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36.サンタさんに願うこと <晶>

清美の姉 晶視点です。



清美を地下鉄駅のホームで見掛けた時、私はその場を逃げ出した。

考えるよりも早く体が回れ右を選択して、改札を抜け冷たい外気を求めて全速力で地上へと走っていた。


滅多にしない全力疾走は、私の足に強かなダメージを与えたようだ。力が入らなくなった膝が折れて、気付くとその場にしゃがみ込んでいた。


「晶ちゃん、髪が地面に着いちゃうよ。汚れるからベンチに座った方が良い」


ああ、そういえば高坂君が一緒にいたんだ。

やっと彼の存在を思い出した。

高坂君は親切にも私を支えてベンチへ腰かけさせてくれた。あまりの恥ずかしさに声も出ない。自分の突発的な行動に混乱して、お礼も言えずに彼から顔を逸らしたまま荒い息が整うのを待った。


「晶ちゃんさー。やっぱり、清美のことまだ好きなんでしょ?雛子ちゃんと清美のツーショットに動揺し過ぎ。そんなに大事なら、何で手を離そうとするの?姉弟に戻るなら、これからあんな光景、当たり前に見るようになるんだよ」


その通りだ。

これが罰なのだろうか?

だとしたら、何の罰なのか。


「晶ちゃんは、まだ清美の事……好きなんだね」


そう指摘されて、ストンと腑に落ちた。




清美が好き。




清美がウチの子になってくれてから、私は寂しさから解放された。人と暮らす楽しさや清美の活躍にワクワクする楽しみを教えて貰った。それにいつも清美のまっすぐな所に助けられたし、励まされてきた。大切な弟で、家族で……清美は私にとって、掛け替えの無い、大事な人だ。


「晶ちゃんはもっと我儘になって良いと思う。自分のやりたいこと、感じたことをもっと、正直に清美に伝えるべきだ―――お姉ちゃんぶらないで。清美はあれで いて、そんなに子供じゃない。男は基本的に際限無く甘えたがりなんだから、厳しく蹴飛ばすくらいでちょうど良いんだよ?」


高坂君は、優しい。


高坂君のほうがむしろ私よりずっと長い間、叶わない恋に苦しんできた筈なのに、私の事を気遣ってくれている。その優しさが心にじんわりと沁みて温かくなった。


……それとも苦しんできたからこそ、人に優しくできるのかな?




「晶ちゃん、これあげる」




彼がポトリと私の掌に落としたのは、小さなガラスで作られた―――白いリボンの掛かった赤いクリスマスプレゼントの箱。


「晶ちゃんの願い事、ちゃんとサンタさんにお願いすれば、叶うかもよ?……でも、神様の返事として何が入っているかは、開けてみてからのお楽しみ、だけどね」


気障なセリフも、カッコいい高坂君が言うとさまになるから不思議だ。


キリスト教徒では無いけれど、願ってみても良いだろうか。


サンタさん、クリスマスプレゼントをくれるなら。

清美に祝福を与えて下さい。


どうか私の大切なあの子が、私という呪縛と悲しみから解き放たれて―――

この先心のままに幸福に生きられますように。







** ** **







あれはクリスマス・イヴの前日だった。

珍しく清美が夕食を用意してくれた。


「明日から、俺が料理、担当するよ。だから、ねーちゃんは勉強に専念して」


そう言って屈託なく笑った清美に、私は少し戸惑った。

センター試験まであと1ケ月も無い。正直言ってその申し出は有難かった。でも、清美は毎日部活で忙しいし、掃除や洗濯は几帳面な性格だから私より得意なくらいだったけど料理に関しては補佐的な事しか経験していなかった。


実は清美の料理経験の不足は、少し私に責任がある。

私が作った料理を美味しそうに食べる清美を見るのが、私の密かな楽しみのひとつだった。だから私は敢えて彼に料理を教えると言う事をしなかったのだ。




「俺、ちょっとやってみたいんだ!いつか独り立ちするんだから、今から徐々にやっていこうと思ってさ」




照れくさそうに笑って言う清美に、私はつい寂しくなった。


清美は私から離れて、独り立ちしようとしている。

姉である私から。

そして恋人であった私から、距離を取って歩き出そうとしている。


『姉弟に戻ろう』と提案したのは、自分だ。

でも改めて清美が、それを受け入れて離れていこうというのを目の当たりにすると、心臓がぎゅうっと締め付けられるような気がして、切なくなった。


これで良い。

清美のためには、これが一番望ましい流れなんだ。そう自分に言い聞かせた。




「弟として―――応援している。頑張って」




初詣に行った清美から『合格守』を貰った。

ああ、清美は私の事を吹っ切ることができたんだ。

切なくて瞳が潤みそうになったけど、私を思って買って来てくれた『合格守』が、本当にすごく嬉しくて、自然に笑顔になった。


慣れない料理やこれまで手を出さなかった範囲の家事を積極的にやるようになって、大変だろうに笑顔で『大丈夫』と言ってくれる弟の優しさに、胸が熱くなる。




まだ今は彼女だった自分の心はじくじくと痛むけれど。




彼の姉として、期待に応えたい。

そう、心から思ったのだ。



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