28.正月はお雑煮を食べます <清美>
空が少し白け始めた早朝、家に帰ると珍しい光景が広がっていた。
「おかえりー」
「おかえり」
「おかえりなさい」
リビングダイニングに居たのは、俺以外の家族全員。
テレビの前のソファに、とーちゃん。ダイニングテーブルに向かい合って座っているのが、かーちゃんとねーちゃん。
皆が顔を合わせるのって、特に12月に入ってからは初めての事なんじゃないだろうか。
「ただいま。あ……あけましておめでとうゴザイマス」
0時前に家を出たから、新年の挨拶がまだだった。
「おめでとう」
「あけましておめでとー」
「おめでとう。神宮混んでいたか?」
「うん、すげー混んでた」
とーちゃんの問い掛けに答えながら、その横に腰掛けた。
「みんな起きていたんだ」
「いや、今起きたとこだ」
「さて。清美も帰って来たから、お雑煮食べない?皆、餅何個食べるー?」
とーちゃんが答えて、かーちゃんが号令をかけた。お雑煮の餅の個数確認は数少ない我が家の恒例行事なのだ。
「2個」と、とーちゃん。
「1個」と、ねーちゃん。
「3個」と、俺。
「おっけ~」とかーちゃん。かーちゃんの後に続いて、ねーちゃんがキッチンスペースに入って行った。
ダイニングテーブルでお雑煮を平らげると、俺の瞼は自然に重くなった。ずっと起きて行列に並んでいたし、寒い所に居た体が外から内からポカポカに温められると、体から力が抜けてトロトロになってしまう。
「清美、ここで寝ないで。誰も2階に運べないから!」
ウトウト気持ち良く舟を漕ぎ始めた俺に、容赦ない言い方をするかーちゃん。
「そうだ、清美2階で寝なさい……」
「そういう和美も、瞼落ちてるよ。寝室行ったら?」
「うーん、もうちょっとソファにいるかな」
「もー、そうやってソファですぐ寝るんでしょ」
「寝ない寝ない……」
きっととーちゃんは5分以内にソファで眠りに就くだろう。それを分かっていて、とーちゃんを甘やかすかーちゃんを横目に見ながら、俺もダイニングに突っ伏して知らんぷりをする。
「清美、風邪ひくから部屋で寝よう?」
ねーちゃんが俺の肩に触れた。その途端、俺はパチリと目を開けて体を起こした。
そうだった。俺、ねーちゃんに渡す物があったんだ。
「うん。俺、2階行く。ねーちゃんもひと眠りする?」
「私もちょっと仮眠とってから、勉強する」
俺はシャキン、と立ち上がり「じゃ、おやすみなさい。ねーちゃんも行こっ」と、ねーちゃんの腕を取って居間を後にした。
階段を登り切るとフリースペースになっていて右手がとーちゃんとかーちゃんの主寝室、左手手前が俺の部屋で、奥がねーちゃんの部屋。
「ねーちゃん」
取っ手に手を掛けようとしたねーちゃんに声を掛ける。手を止めたねーちゃんがこちらを振り替える。
俺はポケットを探ってお守りの入った袋を取出すと、そこからお守りを取出してねーちゃんに差し出した。
「これ、お土産」
「……え?」
ねーちゃんは受けとったお守りを見て、目をパチクリと瞬かせた。
「合格守……」
戸惑っているのが伝わって来る。
当然だろう、俺は受験にいい顔をしていなかったのだから。信じられないモノをみるように暫くお守りを見ていたねーちゃんが、顔を上げて俺を尋ねるように見た。
「弟として―――応援している。頑張って」
彼氏としては、応援出来ない。
でも、ねーちゃんの弟になってからもうすぐ7年―――今まで姉として、ねーちゃんは俺を見守って、励まして……大事にしてくれた。こんなに優しい姉に支えられて、俺はずっと幸せだった。それを返したいという純粋な気持ちは―――振られたからといって簡単に消えてしまうわけじゃ無い。
俺の実の母親、エリカかーちゃんが目の前から突然いなくなって。ばーちゃんが来てくれたけど……ずっと寂しかった。
とーちゃんは仕事でほとんど家に居なかったから、甘える事ができなかった。ばーちゃんが入院すると、タダでさえ忙しいとーちゃんは家事や小学校の対応を一遍に抱える事になって疲れ切っていた。片付けや手伝いを覚えていない俺に指導する時の顔は、いつもの柔和な顔が鬼みたいに見えるぐらい厳しかったな。その恐怖で未だに俺はとーちゃんに逆らえない。
とーちゃんが俺を大事に思っている事は勿論理解しているけれど、仕事で遅くまで帰って来ない彼を待つ日々は子供心に酷く寂しかった。
両親が再婚して。忙しい仕事の合間に4人でご飯を食べに行ったり、遠出はできないけどすごく楽しかった。相変わらずとーちゃんは滅多に家でゆっくりできなかったけど、毎日家にいる優しいねーちゃんと一緒に過ごせるようになった。新しい『家族』の時間は―――俺の寂しさをじんわりと溶かしてくれた。
今では俺はねーちゃんを、女の人として欲しているけど。
それ以前からずっと……俺にとってねーちゃんは大事な『家族』だった。
大事な『家族』が頑張っている事を、応援できないなんていうのは―――嫌だ。
俺がねーちゃんを支えたいっていう気持ち。
そんな気持ちが確かに自分の中に存在する事に、やっと気が付いたんだ。
ねーちゃんは俺から受け取ったお守りを、両掌で包み込むようにして胸に押し頂いた。
その黒曜石の瞳がゆらゆらと揺れて。ゆっくりと瞼を閉じたねーちゃんは小さく吐息を零した。
それから顔を上げて―――花が咲いたようにニッコリと笑った。
「ありがとう、清美。私、頑張るね」
その笑顔が。
少し強張っていた俺の胸に、ぽうっと柔らかで温かい光を灯らせた―――。




