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18.わだかまりが溶けた後に <清美>

鴻池と一緒に、喫茶店を出る。


「帰ろうか」

「うん」


駅を目指して、地下街を2人で並んで歩く。


まだちょっと目が赤いかな。


基本的に真面目で良い奴なんだよな……暴走気味だけど、まっすぐだし。

スタイルも良いし、髪も綺麗。人形みたいに可愛いのに。


俺が、コイツを好きになれたら―――全てが、あっさりと解決するのに。


勿論、どシスコンは止められないけど。


でも泣く泣くねーちゃんの夢を応援して、東京に送り出すんだ。

それで、たまに東京に遊びに行って。

悪い男に引っ掻かってないか厳密にチェックする。男友達は全員会わせて貰ってどんな奴か見極める。そんでねちねち説教するんだ。危ない事してないかとか、男にあんまり気を許すな!とか。

ねーちゃんは、それをハイハイって受け流して。


彼氏が出来たら―――ねーちゃんの事だから、そんな悪い奴を選ばない筈だ。でも俺はどんな良い奴だって面白くないから、嫉妬して彼氏に嫌がらせをしたり。それでも、メゲナイ男だったら許してやる、とか上から目線で言って。


そんで俺の厳しいチェックを乗り越えた男とねーちゃんが結婚したら―――きっと結婚式で号泣しちゃうだろうな。

そんな様子を、ねーちゃんは泣き笑いで喜んでくれる筈だ。


ねーちゃんの子供は俺の姪っ子か甥っ子になるのかな?きっと可愛いだろうな。

俺、猫っ可愛がりしちゃうんだろうな。




あれ?……何だか、これも幸せな未来のような気がしてきた。




問題は俺がちっともねーちゃんを諦められないって事と、ねーちゃん以外の女の子を女性として好きに慣れないって事。


って、それじゃあ全然解決しない。

やっぱねーちゃん以外の彼女を作るなんて無理じゃないか。


そしたら俺、もしかして一生独身?!そして小舅こじゅうと一直線?!







俺がどうしようもない妄想に陥っている間、地下鉄駅の改札に辿り着いた。サピコを出して改札を潜る。2人とも東豊線なのだけど、方向が違った。俺は左側の1番ホーム、鴻池は右側の2番ホーム。


「じゃ、森。また部活で」

「うん」

「あの……本当にありがとう。許してくれて」


おずおずと言う鴻池に、俺は笑って返事をした。


「あのさ、チョーシ狂うから……前みたいに強気でしゃべんなよ」

「……え?」

「仁王立ちして威張っている鴻池じゃないと、なんか変だ。しおらしいの、似合ってないよ」

「なっ……」


鴻池は真っ赤になって、眉を吊り上げた。


「そうそう、それぐらい元気なほうが良いんじゃない」


俺がプッと噴き出すと、鴻池はむぅっと口を閉じた。


あ、ちょっと戻って来たかな。


「……私が元に戻ったら戻ったで、口煩くちうるさいって逃げる癖に」

「うん、逃げる」


俺が真顔で肯定すると、鴻池も噴き出した。


「もー……真面目に反省しているのに、森、甘過ぎ。だから私みたいのに絡まれるんだよ。……やっぱり、森にも責任あるわ。女子はねー、優しくされると勘違いしたくなるモノなの」

「俺、女子にそんなに話し掛けてないけど」


鴻池は呆れたように腰に手を当て、足を開いて大袈裟に溜息をついた。

あ、いつもの仁王立ちスタイルだ。


「普段話し掛けない人が、ふいに優しくするのが、駄目なの!」


そう言って、鴻池はパッと笑った。

憂いの無い彼女の笑顔を見るのは、久し振りだった。俺の心に掛かっていたもやもスッと目の前から消えるような笑顔だった。

そうして、鴻池は右手を差し出した。


「?」


俺はどういう意味か分からずに、首を傾げた。

鴻池は若干ジリジリした様子で、言った。


「握手でしょ!仲直りの握手しよう」


なんか、いきなり強引じゃない?さっきまでの、しおらしさは何処へ行った?!


と思いつつ鴻池がいつもの調子に戻った事に、内心安堵していた。

しぶしぶ右手を出すと、鴻池は強引に握り締めギュッと力強く俺の掌を掴んで振った。


ブンブン、ブンブン……


……俺の掌を掴んだ鴻池の手が、全く離れない。


「握手にしては……長くない?」


指摘すると、振り回していた動きが止まった。

だけど、手はしっかりと離れない。

調子を戻した筈の鴻池の声のトーンが少し落ちた。


「もうちょっと……次の電車が来るまで、お願い」


鴻池は視線を落とした。その声が少し震えている。




……カラ元気……だったのかな。




それは、全くの同情だった。

そしてそれを受け入れたのは、彼女が俺にこれ以上期待を掛けない無いだろうと、何故だか確信が持てたから。




終わりの儀式。




そんな気がした。ただの直観なんだけれども。


ピンポンという合図と共に、電車が到着間近だとアナウンスがホームに響く。

やや暫くして鋼鉄の車体が、構内にするりと滑り込んできた。

風圧に鴻池のポニーテールが鯉のぼりみたいにパタパタと靡く。

自動扉がシュンっと開いたのを合図に、彼女は潔く俺の手をパッと放した。


そして、その手を胸元まで持って行き……ヒラヒラと振った。


「じゃ、また明日」

「うん。鴻池―――ありがとう」


俺は腕を上げて、扉の中に踏み出した。

電車のつり革に捕まる。ホームと反対側を向いて立った。

何となく振り返ってはいけない気がして、俺はそのまま顔を上げて車内に掲示された広告に目を移した。少し目を下げると鏡があって、そこにホームに立ってこちらを見ている鴻池の姿が、電車の窓越しに小さく映っていた。


表情までは見えない。

―――だけどきっと、見えない方が良い。


地下鉄がぶうっんと震えて動き出すと、すぐに鏡の中の鴻池は見えなくなった。



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