15.子供の嫉妬 <清美>
「鴻池……?」
「……森」
隣の席を取っていたのは、鴻池だった。
久し振りの距離感に、固まってしまう。
ちょうど俺を挟んで鴻池の逆隣に座っていた地崎が、ヒョイッと首を伸ばして鴻池を確認した。
「鴻池も観戦?1人?」
地崎がニッコリ笑って声を掛ける。俺と鴻池の間のぎこちない空気をほぐすような朗らかさだった。
「……うん」
鴻池が控えめに頷く。
そういえば、鴻池の趣味が試合観戦だと以前聞いた事がある。ここに1人で来るというのも、何だか彼女らしい。友達がいない訳では無いと思うが、つるまず単独行動するのも不自然じゃない雰囲気がある。
以前彼女が倉庫で黙々とボール磨きをしていた事を思い出す。好きでやっているのだと言ってその時も誰にも言わず、1人で作業をしていた。
「健君?……誰?」
地崎の向こうから、服を引っ張り確認する小さな声がした。
「……バスケ部のマネージャーの鴻池。理留、挨拶して」
理留ちゃんはジィッと地崎の向こう側から鴻池を見た。鴻池が「こんにちは」と声を掛けると、硬い表情で沈黙した。
「理留」
地崎が咎めるように言って、鴻池に「幼馴染の立花理留っていうんだ。ゴメンね、コイツまだ子供で」とフォローすると、理留ちゃんは「子供じゃないっ」と低い声で抗議してそっぽを向いた。
「鴻池……すまん」
地崎が代わりに謝ると、鴻池は「大丈夫」と首を振った。
「もしかして、モデルさんやっている?『ポロッコ』で見た事ある気がする」
『ポロッコ』とは、札幌で売れているタウン誌だ。ファッションやカフェ、雑貨などの情報が掲載されていて、地元で作っている雑誌にしては結構良く売れている。どうやら彼女のモデルのバイトというのはかなり本格的らしい。
「うん、そうだよ―――こら、理留。俺の部活仲間に失礼な態度、取るな」
「……」
そっぽを向き続ける、理留ちゃん。
彼女はヤキモチを焼いているのかもしれない。
地崎は誰にでも、それこそ男女の別無く気さくに接する。理留ちゃんのように完璧に装った美少女とはテイストは違うが、サラリとしたポニーテールを揺らす鴻池の清々しい容貌は、そのさっぱりとした気性に似合って男どもの目を惹きつける魅力を十分に持っている。
きっと理留ちゃんの内心は、警戒心で一杯なのだろう。
なんだかその必死さがつい先日高坂先輩に敵意を向けた自分に重なって―――背筋がムズムズした。
地崎の理留ちゃんに対する、ゾンザイというか遠慮のない態度も少し問題かもしれない。
やっと中学生になったばかりの理留ちゃんにとっては、自分に対する対応に比べ、他の女子に対する普通の対応が、随分優しいものに映るのだろう。
―――正直俺の目には、いちゃついてるようにしか見えないけどね。
地崎の理留ちゃんを構う様子がツンデレというか……甘くて胸やけしそうだ。
誰にでもキチンと対応する地崎だからこそ余計、好きな相手にちょっと意地悪に、遠慮なく振舞っているのが、新鮮で―――特別なものに見える。
しかし去年まで小学生だった理留ちゃんには、その辺りの微妙な男心を察する芸当は難しいのだろう……精巧に作り込んだ見た目の所為で大人びて見えるけれども。
そう考えるとこの見た目も……地崎に追いつこうと必死になった結果に思えてくるな。
少し痛々しいというか、面映ゆいような気がする。
それは必死な様子の彼女が自分に重なって見える―――からかもしれない。
ねーちゃんは俺の事、どんな目で見ているのかな?
好きでいてくれるのは、判っている。
でも俺を包み込むように見守っているその目線は、どちらかというと年上の『姉』目線のままなのじゃないだろうか……?
だからいつも気持ちを爆発させたり拗らせたりしている俺の気持ちが落ち着くのを―――慌てず待っていられるのか?
そうして毎回何だかんだ言って受け入れてくれていた―――これまでは。
……それって結局、やっぱりねーちゃんにとって俺は単なる『弟』でしか無いって事じゃないか?
俺は未だに子供のように大事にされているだけなのか……?
……こんな状態だから、頼りにならない年下の『家族』のままだから―――ねーちゃんは俺と離れると判っていても、あれほど落ち着き払っているのかもしれない。
際限無く暗い思考に捕らわれて、身動きが出来なくなりそうだった。
ピィーッ
考えに沈み込む俺の耳に、ゲーム開始の笛が響いた。
センターサークルでジャンプした選手が、互いに精一杯伸ばした腕でバスケットボールを追う。
競り負けた選手の空を切る腕が、スローモーションのように見えた。
まるで俺みたいだ。足掻いても足掻いても、欲しい物に手が届かない。
俺は瞼を伏せて、詰めていた息をそっと吐き出した……。




