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12.トンカツはふっくらとジューシー <高坂>


さくっ


揚げたてのトンカツに歯を立てると、小気味良い音が顎を伝って耳に響いた。


じゅわっ


続いて染みだした熱い肉汁が、口の中に拡がる。


「おいしいっ……!」


思わずと言ったように晶ちゃんの口をついて出た賞賛の言葉に、蓉子さんは頬を緩ませた。


「わぁー、周りはサクッとしているのにお肉がふっくらと柔らかくてジューシーで……すごーく美味しいです。わたしが作るのと全然違う……」

「ふふふ……ありがとう。冷たい油から揚げるのが、柔らかくするコツなの」

「え?トンカツを冷たい油で……?」


蓉子さんが楽しそうに種明かしをして見せると、晶ちゃんがその話題に食いついた。受験生のため最近は頻度を控えているが、晶ちゃんは毎日の食事や弁当を作っているそうで、料理の工夫については一家言あるらしい。

話が弾んで何よりだ。人見知りしそうな晶ちゃんが蓉子さんと打ち解けてくれているようで、嬉しい。


「晶ちゃんは、蓮君と同級生なの?」

「いえ、学年は一緒だけど、クラスは違います」

「蓮君とは何が切っ掛けで仲良くなったの?」

「えーと……」

「晶ちゃんの弟が俺のバスケ部の後輩なんだ。だから、試合観戦とかによく来ていたよね。あと、受験校が一緒だから模試で一緒になって……ね?」


応えあぐねる晶ちゃんの台詞を、引き継いで説明する。

実際は俺が『友達になって欲しい』と申し込んだのだのが理由だけれど、それを言ったら蓉子さんが際限なく盛り上がってしまうような気がした。

晶ちゃんは、コクリと俺の台詞に頷いて同意を示してくれた。


「じゃあ、晶ちゃんもT大目指しているの?」

「あ、はい」

「スゴイのねー」

「いえ、まだ受験してもいませんから」

「晶ちゃんは、受かるでしょ?うちの高校にいるの不思議なくらいだもんね」

「こんなに可愛らしいのに、頭も良いのねえ」


蓉子さんが感心したように晶ちゃんを眺める。晶ちゃんは首を振って否定の意を何とか示し、居心地悪そうに身を竦めた。ちょっと頬が上気している。


相手を手放しで褒めるのは、蓉子さんの長所ではあるが……褒められる本人は羞恥心で居場所が無いくらい照れてしまうこともある。彼女は幼い俺に対しても、裏心無い賞賛を与えてくれた。そのお蔭で俺は、何度も精神的な窮地を救われた経験がある。

けれども恥ずかしいものは、恥ずかしいだろう。晶ちゃんの心の内を思って俺はつい苦笑してしまった。


「晶ちゃん、蓮君って学校ではどんな感じかな?」

「えーと?」


余裕をかまして面白がっていたら、突然話題が変わって自分に火の粉が降り掛かって来た。


「蓉子さん」

「彼女とか、いないのかな?親バカかもしれないけれど、すごくモテると思うんだ。蓮君は恥ずかしがってそういうこと、全然教えてくれないから」


思わず咎めるような声を出したが、彼女は平気な顔で聞き流した。


「彼女……は分からないですけど、モテているとは……思います」

「やっぱり!そうだと思ったんだー。じゃあ、……」

「晶ちゃん、もうすぐ7時だよ。清美帰って来るから、そろそろ……」


俺が慌てて割り込むと、晶ちゃんもホッとして表情を緩めた。

料理の話は彼女の興味を引いたようだが、人間関係の話題や噂話は苦手らしい。

蓉子さんも食い下がる気は無いらしく、あっさりと引いてくれた。


「もうそんな時間?晶ちゃんトンカツ、持って行かない?弟さんの分も」

「そこまでお世話になる訳には……」


遠慮する晶ちゃんに、蓉子さんは微笑んだ。


「いっぱい揚げたから、ね?その日のうちに食べた方が美味しいし」

「蓉子さんが清美にも食べさせたいんでしょ。今日、すごく美味しく出来たもんね」


俺がフォローすると、晶ちゃんは遠慮がちに頷いた。


「じゃあ、いま包むからちょっと待っていて。あ、苺大福あるの!食べてかない?」

「あ、はい……いただきます」


今度は即答する晶ちゃん。蓉子さんは、おやっという表情をして後、破顔した。

晶ちゃんはやはり……甘い物に関しては素直になってしまう体質らしい。


「蓮君、お茶と冷蔵庫の苺大福だしてくれない?私、トンカツお土産に包むから」

「はいはい、りょーかいです」

「『はい』は、1回」

「……はーい」


蓉子さんの命を受けてお茶と苺大福を振舞うと、それまでほとんど表情の浮かばなかった晶ちゃんの顔が、ほんのりとした笑顔に描き換わっていた。


「どうぞ。食べたら送るよ」

「ありがとう」


ニッコリと微笑む彼女の顔を、やはりじろじろと眺めてしまう。しかしそんな不躾な視線も既に視界には入っていないようで、彼女は嬉しそうに苺大福にかぶり付いたのだった。



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