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血薪物語  作者:
9/11

2-2

 ラズニク家王都屋敷。王都ブカレスト貴族街東門の正面にある200坪ほどの敷地の屋敷だ。かつては王都の東の抑えとして広大な敷地を誇ったが、王国の領土が広がるにつれ、王都に防衛施設が存在する意義が薄れ、また王都が栄えることによる用地不足、ラズニク家代々の自領偏重の方針もあり、今ではこの程度に落ち着いている。


 そしてラズニク家の敷地であったところとその周辺は、土地の価格が土地不足に喘ぐ貴族街の中にあって異様に安く、結果としてその周囲にはラズニク家の噂に怯えつつも背に腹は代えられないと、下級貴族が集まることとなった。


 そして、ラズニク家屋敷を東端として貴族街が区切られ、その正面に東門が存在するのはラズニク家を監視するためにほかならないのだ、などという事は王都に暮らす者なら一度は聞かされる根も葉もある噂である。


「実際どう思う?これ」


 寝起きのコーヒーにお子様らしくミルクと砂糖を放り込みながら、傍らにたずねるアヴィ。


「そのような馬鹿らしい噂を流しているのはどこの……」

「そうですね。貴族街の境界の柵は基本青銅製、場所によっては木製のところもあるというのに東側はほぼ鉄製。更に鉄張りの門に、左右には櫓まである。いくらなんでもここまで露骨に差別化しておいてルーシーへの備えと言い張るのは失笑すら出ないかと。ああ、付け加えるならなぜあの門は外開きなのでしょうかね?」

「城門やその類いは内開きが基本のはずなんだけどねぇ。あ、マリア。僕らから見ればきちんと内開きになってるじゃないか! ちゃんと設計した人は内開きにしてるね」

「そのようですね。王都の設計をされた方が無能ではなくて何よりです」

「「あははははは」」

「笑い事ではないでしょう!?」


 これは傑作だと腹を抱えて笑う二人と、主家へ対するあんまりな扱いに憤るヘレナ。この6年間余りの間、変わることなく続けられてきたいつもの光景である。


「そうは言うけどさ、ヘレナ。物語の吸血鬼と僕らの違いなんて『人の血を飲まなければ必ず死んでしまうかわりに強い力を持つ』と『人の血を飲むことによって力を強化できる』くらいの違いしかないんだよ。それに僕らだってもし生きるか死ぬかの瀬戸際になったら周りの人の血を頂こうとするだろうしね。血を飲まれる側からすれば大して差はないんじゃないかな?」

「それは、そうかもしれませんが……」

「そんな事よりもそろそろ朝食を食べませんか?」

「そうだね。じゃあ、頂きます」

「「イタダキマス」」


  今日は記念すべきアヴィの王立学校入学の朝である。アヴィはこの時12歳。ようやくアヴィはラズニクの領域から出、社会の荒波の中に身を投じていくのである。



 朝食を食べたアヴィが家を出ようとすると、父の従者のジョルジェが待ち受けていた。


「お祖父様達は一旦お城の方へ行ってるんだっけ?」

「はい、一度王城の方へ行かれ、国王陛下と合流された後に式の方へ行かれるとの事です」

「でジョルジェは留守番、と」

「……いつもの事でございます」

「強く生きてね、ジョルジェ」

「はい、ありがとうございます……」


 ジョルジェ・ルミフルガー。アドリアンの従者なのだが……、どうにも影が薄く、裏方に回される、というよりも気が付けば裏方に回っている事が多い。


「それじゃあ行ってくるよ」

「「行ってらっしゃいませ」」


 屋敷の使用人一同に見送られ学校へ歩いていくアヴィ達。


「いっちねんせ~いになった~ら~、いっちねんえせ~いになった~ら~、とっもだっちひゃっくにっんでっきるっかなっ」

「アヴィ様その歌は何ですか?」

「学校に入りさえすれば友達が自動的にたくさんできると無垢な少年少女に勘違いさせる悪魔の歌だよ」

「なんでそんなものを歌っているのですか……」

「少なくとも私たちは何もしないでいたら間違いなく村八分になるでしょうね。もっとも何かしたところで、どれほどの意味があるのかはわかりませんが」

「数は多くなくていいから、いい友人ができるといいんだけど」

「アヴィ様ならすぐ……ええ、すぐ出来ますよ!」

「今の途中の間はいったい何なのか問い詰めたくはあるんだけど……。いやぁ、随分と視線を感じるね」


 アヴィ達が学校の正門前につくと、そこは馬車でごった返していた。貴族街の中にある門であり、事実上貴族専用の校門であるので皆馬車で乗りつけてくるのである。そこへ徒歩で現れたアヴィ達は蔑みの目で見られているのだ。


「この距離だとむしろ馬車の乗り降りの方が面倒なんだよなぁ……」

「無駄であっても見栄や格式という物にこだわるのが貴族という物でございますよ?」

「そして幻想を抱えて溺死する、と」

「マリアの言う通り。少々の見栄とかはわかるけどね、少なくとも徒歩5分かからないところを馬車はねぇ?」

「ラズニク家の皆様は質実剛健が過ぎるのですよ……」


 ラズニクという言葉がヘレナの口から放たれた途端、これまで


「馬車も用意できないとはどこの貧乏貴族だ……」

「あのような者がいるから貴族の権威が……」


 などと貶す言葉がささやかれていたのが


「い、いまあのメイドは何と言った!?」

「ラズニク家だと……?」

「吸血鬼か!」

「おいっ、その言葉を出すな! もし聞こえればどうなるか知れたものではないのだぞ!」


 と急に怯える様な言葉が大半を占める様になった。


「聞こえてるし、聞こえたところで別に何もしないよ、出来ないし」

「多少は想像しておりましたが、まさかこれほどとは」

「これも自領の発展に力を注ぎ、王都での政治に余り参画しなかったがゆえ、でもありますねぇ」

「誤解を解こうと思えば魔法を詳しく説明しなきゃいけなくなるからね。そんな事をするよりは無駄に広い領地を発展させて独立独歩でやっていこうと考えるのは、あながち間違ってはないよね。とはいえ、実際にこんな扱いを受けるとなぁ」

「今はオイゲン様が王都で陛下の相談役に就いておられるというのにこれです。もし引退され、アドリアン様と領地に引き籠られたら、と思うと……」

「父上は絶対に中央で政治なんて関わらせちゃいけない類いの人だからね……。うーん、そう考えると僕も漫然と学校に通うわけにはいかないんじゃない?」

「子供から丸め込む、というわけですね?」

「言い方が悪いなぁ、間違っちゃないけど」


 これが生まれの不幸を呪うがいいってやつか、などと嘯きつつアヴィは門を抜け、講堂へと向かうのだった。



「新入生のアーヴィング・ラズニク様とその従者なのですが、席はどのあたりでしょうか?」


 講堂に入るとすぐの所にある受付でヘレナが受付嬢に尋ねる。


「はい、新入生のアーヴィング・らずに……ひぃっ!?」

「どうかいたしましたか?」


 アヴィの家名のところまで復唱したところで小さく叫び声をあげ固まる受付嬢。それを見てこめかみをピクピクさせるヘレナ。


「どうかされましたか?」

「い、いえっ。新入生のアーヴィング・ラズニク様ですね! あちらの新入生席の二列目にお願いします!」

「ありがとうございます」


 そう言い捨てるようにして、怯えるように差し出された受付嬢の手から式次第をもぎ取り、アヴィの元へ戻るヘレナ。


「いやぁここまでくると逆にすがすがしくなってくるね」

「むしろ対応が迅速になってありがたいかもしれませんよ?」

「何を言ってるんですかもう……」


 そろそろこのような扱いに慣れてきたアヴィと、とぼけたようなマリア。そしてそんな二人を見てあきれ顔のヘレナ。

 そんなやり取りをしつつ指定された魔法・魔術コース新入生の席に着くアヴィ達。


「うーん、最前列から二列目か……なんとなく落ち着かないね。もう少し後ろの方がいいんだけど」


 と、三人掛けの席に着き、左右に従者二人を侍らせながらアヴィが言う。


「大体は爵位順ですからね。」

「私たちの前の席は公爵位の方とかですかね」

「ということは僕らの後ろは伯爵家以下?」

「そうなりますね。式次第の紙によりますと、一応は私たちより後ろの席は自由席ですが、実質は爵位順になるでしょう」

「の、割には僕らの後ろスカスカなんだけど……」

「アヴィ様。そう言う突っ込みの分かり切ったボケは面白くありませんよ?」

「やっぱり?そろそろ僕もやりすぎな気がしてたんだよ」

「「あははははは」」


 天丼も乗せすぎはよくないのである。とはいえ、行く先々で露骨に避けられているのも事実なのだが。


 式の開始時間が近づくにつれ、後ろの方から押し出されるようにして徐々にアヴィ達の周囲まで人が埋まり始めてきた。前の席に行くほど爵位が低く、後ろに行くほど爵位が高いという、なんとも珍しい光景である。そしてついにアヴィの後ろの席にも人が押し出されてきたようだ。


「後ろの座席、失礼させていただいて、よろしいでしょうか。アーヴィング・ラズニク様」


 後ろからアヴィ達にかけられた声には、案外怯えの色が含まれておらず、逆にアヴィ達は少し戸惑っていた。


「ええと、まだ後ろの方の席はちらほら空いているようですけど……。いえ無論自由席なので好きに座っていただいて構わないのですが……えーと?」

「マリチカ・バラシュですわ、どうぞマリチカとお呼び下さい、アーヴィング様。それでは遠慮なく座らせていただきますわ」


 声を掛けてきた少女の名前がわからず戸惑うアヴィに、マリチカ・バラシュと名乗った少女は、躊躇うことなく三人掛けの椅子の真ん中、つまりアヴィの真後ろに腰かけた。


 この事に驚きを隠せないアヴィ達は、顔を見合わせるばかり。


 このアヴィとマリチカのやり取りを見、なんとか大丈夫そうだと更に二人の男女がマリチカの左右、マリアとヘレナの後ろへ座った。

 未だアヴィの前の席は空席のままであるものの、式の開始時刻間近となり、新入生席・保護者席はほぼ埋まり、学校の教員らしき者や来賓らも皆席へ着いたようだ。


 入学式からサボりとは、まだ見ぬ公爵家の子供は中々やるな……、などとアヴィが考えていると講堂の入り口の方から


「マリウス殿下御入来!」


 と大きな声が響いたのだった。

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