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「独断で行動し、申し訳ありませんでしたオイゲン様」
「あの場にいてもお前ができることはなかっただろうし、何より結果としてアヴィが救われておるのだ。感謝こそすれ、責めるつもりは全くない。助かったクリスティアン、礼を言う。」
「はっ、ありがとうございます」
「それでアルマ、アヴィの具合はどうだ?」
「はい、マリア・ヘレナ両名による輸血のかいもありまして、容体は安定しております。消耗した体力さえ戻られれば、自然とお目覚めになることでしょう」
現在アヴィは動かす事が危険になり得ると判断され、アリア・マリア・ヘレナの看護の元、礼拝堂のベンチで眠っている。そして集まっていた一族の者の内、レキュペールの者以外は通常の体制へ戻し、アヴィの容体が落ち着いたのを見計らい、オイゲン達は城の一室に移動していた。アヴィの容体が心配であるため、屋敷まで戻るのは早計だと考えたからだ。
「それより父上、問題はアヴィの属性では?」
「属性だけでなくあの炎よな……。初代様以来、火の属性の者は本家では数えるほどしかいない、とはいえいないではない。そしてその中にあれほどの炎を溢れかえらせた者はおらぬはずじゃ」
「アヴィが初代様のような火属性であることは喜ばしいのですが……。あの炎が能力の覚醒による一時的なものであればよいのですが」
「その可能性はないではない、が低かろう。あれは一度変質を行うと際限なくアヴィの体から血を引き出し燃え続けていたように見える。訓練次第ではある程度制御できるようになるやもしれんが……」
「その点では此度の二人の従者は適格かと。マリアが炎を抑え込み、ヘレナが癒す。多少の危険は伴うかもしれませんが、少量の血から始めればそう危険ではないでしょうし、何より訓練せずにいざという時に力が使えない、あるいは暴走するということになればより危険かと」
「クリスの言う通りじゃな。様子を見つつ訓練は行うようにしよう。となると監督をするものが必要になるが……」
ダダダダダダッ。
「アヴィ様! アヴィ様は!? アヴィ様はどちらですか!?」
「ちょうどいい。クリス、あの騒がしいのをここに連れて来い」
「……はい」
「……というわけでアヴィはひとまず大事ない」
「ああよかったです。わたくしはアヴィ様が血醒の儀で倒れられたと、屋敷に帰ってきた者から聞きまして……」
「大方話の途中で飛び出したのであろう?帰した者たちもアヴィの容体が落ち着いたという事は知っているはずだからな。まぁそれはよい。話の途中で飛び出すほどアヴィの身を案じているお前にちょうど頼みたい事がある。無論後でアリアの了解もとらねばなるまいが。何、今までのアヴィの世話係の延長のようなものだ。問題あるまい」
「なんでしょうか。わたくしに務まる事なら可能な限りさせていただきますが?」
「うむ、今話した通りアヴィの権能は強力ではあるが、全くと言っていいほど制御できておらぬ。それを改善するための訓練の監督をしてほしいのだ。相性もある故、アヴィの従者の二人を軸に訓練は行わせるが、あの二人もまだ幼い。それを監督するものが必要なのだ」
「そのような事でしたら! わたくしが責任をもって監督させていただきますわ」
「それはよかった。アヴィを頼むぞ、エヴァ」
「私からも願いしますよ、エヴァ。私もそろそろ出仕しなければならないですからね」
「お任せ下さい。わたくしの力の及ぶ限り、アヴィ様を立派な魔法師に育て上げて見せますわ」
血醒の儀に間に合わず、アヴィを助けられなかった後悔からか、オイゲンらが半ばあきれ顔で苦笑するほど、エヴァは決意と使命に燃えた瞳でアヴィが休んでいる地下の方向を見据えた。
こうしてアーヴィング育成計画は本人のあずかり知らぬ間にエヴァに託されたのだった……。
一方こちらはアヴィの休んでいる城塞の地下礼拝堂である。
「……ん。ん……?」
「あぁアヴィ起きたのね! もう母さん心配で心配で……」
「んう……? 母上?確か儀式が始まって……?」
「アヴィが急に燃え上がっちゃったから、母さんもう駄目かと思って……。大丈夫なのアヴィ? 痛いところとかはない? もしあったらすぐに言うのよ」
「……。どうやら大丈夫のようですから、落ち着いてください母上。」
と、そこでアヴィは自分がなにか柔らかくて暖かいものを枕にしており、さらに母ではない2つの瞳によって顔を覗き込まれていることに気がついた。
「あれ、ここは……? それに君は?」
「失礼致しました、私はヘレナ・レキュペールと申します。本日よりアーヴィング様の従者を勤めさせていただくこととなっております。ここは儀式の行われた礼拝堂でございます。不用意にアーヴィク様を別の場所にお移ししてしまうと危険なのではないか、とのオイゲン様の判断によりこの礼拝堂にて、アーヴィング様のお目覚めをお待ちしておりました」
「この子と、もう1人の子があなたの事を炎から救ってくれたのよ」
「そうなのですね。助かりました、ありがとうございます。あなたがアルマの言っていた姪ですね? これからよろしくお願いしますよ」
「こちらこそどうぞよろしくお願い致します。はい、アルマ様からアーヴィング様は……ですが、利発で素晴らしい方と伺っております」
「アヴィで構いませんよ……。何か、一部聞こえなかった所が気になりますが……。いえいいです、言わなくていいです。大体想像はつきますので、ええ」
アリアが、あらあら楽しそうね、と横で見守る中、初顔合わせを済ませ、雑談にシフトしつつある二人であったがその時
「城に有った予備の寝具一式持ってきた。流石にベッド本体をここに持ち込むのは無理だったが、ひとまずはこれでよかろう……。ん? おお、アーヴィング様が目覚められたのですか?」
「ええ、アヴィは大丈夫みたいよ。ほらアヴィ、この子がもう1人のあなたを助けてくれた子で、あなたのもう1人の従者よ」
「申し遅れました、本日よりアーヴィング様の従者となりますマリア・フォクアーデと申します。どうぞよろしくお使いください」
「助けていただいたようでありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。あなたもアヴィで構いませんよ」
「いえいえ、礼には及びませんアヴィ様。従者として当然の事ですから。それはそうとヘレナ、お前もそろそろ疲れただろう。代わってやろう」
「アヴィ様を膝枕させていただく事に喜びこそあれ、疲れなどはありません。そのような気遣いは不要ですよ、マリア」
「ふむ、だかお前の太ももは少々柔らかすぎるのではないか?柔らかすぎる枕は首や肩に良くないとも聞く。なによりアヴィ様もこのように微妙な顔をされているではないか! これは今すぐ私の適度に鍛えられた膝枕へと移っていただかねばなるまい。そこを退きたまえヘレナ」
「いや別にヘレナの膝枕がいまいちだからこんな顔になっている訳ではないですから、そんな悲しげな顔をしないで下さいヘレナ。え?マリアの膝枕も確かに適度に引き締まっていて中々に素晴らしいものでは素晴らしいものであろうとは思うのですが、僕はもう寝ていなくても大丈夫ですから! ええ。ヘレナだけずるい? もし次に膝枕をしてもらう機会があればマリアに頼みますから……。は、母上。母上も笑ってないで何かおっしゃってくださいよ! 従者と仲良さそうでなにより? それはそうですが……。ああ、もういいです起きますお祖父様はどちらですか!?」
アヴィは年上の少女二人の板挟みと、母の生暖かい視線に耐えきれず、逃げ出したのだった。
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