1-2
鉄扉の先は礼拝堂になっており、ベンチはすでに埋まっていた。そして最奥にある祭壇、その中央には何か赤黒い柱状の物が屹立している。
そして開いた鉄扉の傍には一人の女性が控えていた。
「ふむ。アルマよ、我らが最後か?」
「はい、皆さまお待ちかねです」
「どこぞの小僧が手間をかけさせおるから……」
鉄扉の傍に控えていた女性、アルマに、皆揃っていると聞いたオイゲンはアヴィを軽く睨む。
「今日の主役は僕でしょう? 最後に入ってくるくらいでちょうどいいのでは?」
が、アヴィはこれを気にせず冗談を飛ばしている。
「最後に入ってくるのと遅れてくるのでは話が違うわ! まぁよい、アルマ、クリスを」
「はい」
オイゲンはアヴィを叱責することを諦め、アルマにクリスを治療するよう促した。
アルマはもう一人のオイゲンの従者で、アルマ・レキュペールという。
アルマは懐から取り出したナイフで自らの指先を傷つけ、そこから溢れた血をクリスの手の傷口に擦りつけた。
「この程度構いませんのに……。ありがとうございます、アルマ」
「いつものことですよ、クリス」
するとクリスの手のひらの傷は跡形もなくなり、アルマの指先にも傷は残っていなかった。
これがラズニク家とその一族に受け継がれる魔法、その内『水』と呼ばれる系統のものだ。
「何度見ても水の力は凄いですね。羨ましいですよ」
「ふふ、アヴィ様も水かもしれませんよ? なによりアヴィ様の従者には私の姪が就くと聞いておりますから、これからはいくらでも見られますよ」
「そんなに見るほど怪我したくないんだけど……。て、あれ? 僕は誰が従者になるか決まったとしか聞いてないんだけど、もうみんな知ってるの?」
「いえ私は姪から直接アヴィ様にお仕えすることになりそうだと聞きましたので、あまり知っている者は多くないと思いますよ」
「そうなのか。確かこの儀式の後から従者は僕に就くことになってるんだよね?もうちょっと楽しみにしとくよ……。その儀式が憂鬱なんだけどね」
「儀式は……通過儀礼なので頑張ってくださいアヴィ様」
「もう諦めてるよ……」
「ほれ、いつまでもぐちぐち言っとらんと行くぞ。いくら何でも皆を待たせすぎじゃ」
「はい……」
そして周囲からの好奇の目にさらされつつアヴィ達が祭壇の前につくと
「誕生日おめでとうアヴィ」
「おめでとうアヴィ。心の準備はいいかしら」
「ありがとうございます父上、母上。心の準備は全く良くありません」
「何、安心しなさい。アルマ達も控えていることだし、少々いきすぎた位では跡も残りはしないさ」
「そうよアヴィ。痛いのは最初だけよ?」
「そうとも。先っちょ、先っちょだけ我慢すればいいんだ」
この息子の一大事に冗談のようなことを真顔で言っているのはアヴィの両親、アドリアン・ラズニクとアリア・ラズニク。厳格なオイゲンの息子とは思えぬほんわかとした性格のアドリアンと、彼と性格的にはうり二つであるアリア。アヴィーの言うところの『似たもの夫婦』だ。
「それだと何か別のことに聞こえますが……。ともあれ、やるしかないのでしょう? なんとか頑張りますよ」
「それでは始めよう。皆、よろしいな?」
そういってオイゲンがベンチの方を見渡すと、それまで微かにあったざわめきは収まり皆軽くうなずいた。それを見てアドリアン・アリアは最前列のベンチへ座り、アルマは祭壇の脇へ、クリスティアンは入口の扉へと下がった。
「ではアヴィ、ここへ」
そう言ってオイゲンが指し示すのは祭壇の中央、赤黒く先端の尖った”白木”の杭の正面だ。アヴィが言われるがままそこへ立つと、オイゲンは杭を挟んでアヴィと正対するように立ち、厳かに儀式の開始を宣言する。
「血醒の儀を始める。アーヴィング・ラズニク。此処へその血を捧げよ」
「……はい」
オイゲンの儀式を始める言葉にうなずき、アヴィは右手を杭へ押し当てていく。さらにオイゲンがその指と手首を掴み、杭を手のひらへ押し込んでいく。
「うぐ、ぎぎぎぎぎ……」
幼いアヴィの口から洩れる呻き声に構うことなくオイゲンはアヴィの手を押し込み、ようやく杭の先端が手の甲から姿を現したところで手を放す。
「ラズニクとその眷属の祖霊達よ、その末たるアーヴィング・ラズニクにその血の遺志を宿し給え」
「ぎぎ、ぐ、あ、あああああああああああああああ」
そして、杭へ垂れたアヴィの血の端に一瞬炎がチラついたかと思うと、アヴィ諸共1つの火柱と化したのだった。
血醒の儀――――。
それはラズニク家及び、その眷属たるフォクアーデ・レキュペール・ルミフルガー・クープラズムの4家に生まれた子供が、6歳の誕生日に受ける儀式である。ラズニク家初代を葬り去ったとされる白木の杭に手を突き刺し、初代及びかつてこの杭に貫かれた一族の者達の血痕を触媒とする事で血の権能を覚醒させ、突き刺した手のひらの周囲の血が何かに変質する事でそれが顕われる、のだが……。
「があああああああああああああああ」
アヴィに訪れた変化はその程度ではなかった。突き刺した手のひらどころではなく、全身が炎に包まれたのだ。
「アヴィ!? アルマ早く血を!」
「既にやっていますオイゲン様! しかしあまりにも血の勢いが強く……」
「アヴィ! アヴィ!?」
「アリア、落ち着くんだ。」
「アヴィが、アヴィが……」
アルマをはじめ、レキュペールの癒し手達がその血を変質させながらアヴィにかけようとするものの、アヴィの手のひらの傷から炎は際限なく吹き出しており、何の効果も及ぼしていないように見えた。
そしてアヴィはもはや叫び声も枯れ、気を失ったかのように手を杭に突き刺したまま、杭にすがるように膝をついていた。
オイゲンは炎を見つめたまま放心し、アドリアンは必死に、泣きじゃくりアヴィに近づこうとするアリアを止め、礼拝堂にいるアルマ達レキュペールの者達も全て力を使い果たしへたり込んでいた。もはやこのままアヴィの炎が収まるのを待つか、一か八か炎に飛び込むしかないのか、と思われたその時。
「皆様、失礼いたします」
「挨拶などしている場合か? 私が炎を抑え込むからその間にお前はアーヴィング様の手をなんとかしろ!」
「言われなくともそうさせていただきます」
礼拝堂の鉄扉を蹴破る様にして、黒髪短髪・銀髪長髪の10歳程の二人の少女が飛び込んできた。
二人は呆然とする一同を尻目にアヴィに向かって突進し、銀髪長髪の少女は両手から炎をいまだ燃え盛るアヴィに向かって放出、炎を相殺し押し留め、その隙に黒髪短髪の少女が
「アーヴィング様、失礼いたしますね」
その身を炎に飲み込まれることも厭わず、アヴィに後ろから抱きつき手を杭から引き抜き、その手をあらかじめ傷つけておいた自らの両手で包んだ。するとアヴィの手の傷が癒えると共に炎は手の傷口に吸い込まれるようにして消えていき、ついには傷口もろとも跡形もなく跡形もなく消え去った。
「う、ぐ……。だ、大丈夫ですかアーヴィング様!?」
「ふむ、アーヴィング様は気絶しておられるな。少し血が足りていないご様子だが、この程度ならすぐ快復されるだろう。ソレにしても今、はたして抱きつく必要はあったのか?」
「まさかアーヴィング様を床に倒れさせる訳にはいきませんから。従者になるものとして当然の事です」
「ほう、では私が今からアーヴィング様に血をお分けするのも従者として当然の事だな?」
「血は私がお分けいたします。私はレキュペールですから、貴女よりアーヴィング様の傷つかれたお体に良いでしょう」
「変質していない血に、さして差はないはずだが? それに私はお前が消耗しているだろうと気を使ってやっているのだ。その気持ちも分からんのか?この能面女め」
「余計な心配は不要です。アーヴィング様のためであればこの程度、なんでもありません」
この少し後、この二人の少女に助けを求めに行ったものの、事態を聞くや否やアヴィの元へすっ飛んでいった二人に、おいてけぼりにされたクリスティアンが礼拝堂へ戻ってくるまで、突如表れアヴィを救った少女達が、どちらが血をアヴィに分け与えるのか激しく言い争う様を、周囲は皆唖然とした顔で見続けたのだった。
ブックマーク・評価・感想等、作者が飛んで喜びますので、是非よろしくお願いします。