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血薪物語  作者:
1/11

プロローグ

初投稿です。よろしくお願いします。

 青年が息苦しさを感じ、目覚めた時、既に辺り一面は火の海だった。


 大阪と奈良の境界付近、山沿いの寒村にある木造平屋建ての住居は、もはや致命的なまでに燃え盛り、丑三つ時の暗闇を照らしている。周囲に点在する家屋は静まり返り、ただ桜の花びらが火勢に押され舞い散るばかり。


 母屋は内側から火を噴出して燃え盛っており、その火は中庭の草木、母屋と離れを繋ぐ渡り廊下の双方から彼の眠る離れを攻め立てていた。


火元は何て事はない。夜中に起きだした彼の祖母がお茶でも沸かそうとしたのか、年代物のコンロを付け、それを忘れて寝入ってしまい、そこから燃え広がったのだ。



「どうしてこうなった……」


目覚めたばかりの彼の目には障子越しにも分かる異様な中庭の明るさとが映った。そしてその明るさが離れを完全に包んでおり、彼の部屋にも忍び込みつつあった。正確には彼が茫然自失している間にも火は攻めの手を緩めず、彼の部屋を中庭と同じ明るさで照らし、彼への包囲を完全なものとしていた。


体を炙ろうとする熱に青年が我を取り戻したときに、彼に残された領土は布団とその周辺のわずか4、5畳ばかりであった。


青年は火に慌て部屋を飛び出そうと考えるも、寝起きで酸欠

の手足は混乱している命令系統と相まってすぐさまそれを果たすことはできそうになかった。

 彼は、まだ時間はある落ち着け、と一つ深呼吸をすると、その場にうつ伏せ、周囲をつぶさに観察した。


 スマートフォンを置いていたところを見るも、壁沿いのコンセントに繋いで充電していたスマホはすでに火に飲まれ、その機能を果たせそうにはない。そして水分の類も部屋には置いていない。仮に2L程度あったところで文字通り焼け石に水である。

助けも呼べず、火も消せないとなれば脱出する以外の方策はない。


脱出経路は2つ。1つは普段通り渡り廊下で西の母屋へ向かいそこから玄関、門へと至るルート。2つ目は南の中庭を突っ切り直接門へ向かうルート。


 焼け落ちた障子越しに中庭と母屋を見ると、母屋は既に全焼しており、一部は崩れてもいた。だが中庭の草木は燃え盛っており、火の粉をあちこちへ飛ばしてはいるものの、火傷を恐れなければ突っ切れないほどの火勢ではないように見えた。


 問題はこの離れから如何にして脱出するかだ。燃える畳と焼け落ちた障子を突破し、燃えている縁側さえ踏み越えれば中庭へ辿り着く。使えるものは一揃いの寝具と着の身着のままの自分、それも裸足に寝間着だ。


「一か八か……」


 眠気もとれ、覚悟を決めた彼は酸欠の重い体を叱咤しつつ、敷布団を障子の方へ投げて道代わりにし、掛け布団を被って突進していく。

 畳と障子を越え、敷布団の道が途切れたところで所々火の付いている敷布団を縁側に放り投げ、道をつくる。


「これで……!」


 中庭に出さえすれば死ぬような事はない、そしてそれは目の前だ。生き延びられた、と少し彼が気を抜いたその瞬間だった。

 築数十年経った縁側、経年劣化と炎の浸食によりその縁板は限界を迎えており、彼の体重を支えられず崩れ落ちた。


「ぐっ……、くそっ!」


 頭から縁側の下へ崩れ落ちた彼は、少々の火傷もいとわず、なんとか体勢を立て直して前進しようともがいた。

 だが、彼のその動きが離れの崩落を加速させた。

縁板だけではなく、縁側の支柱、離れの柱へと崩壊は連鎖し、何とか上半身は崩れた縁側から抜け出した彼の足へ屋根が崩れ落ちた。


「があああああああああああああっ!?」


 何とかそこから抜け出そうとするも、屋根は完全に彼の足を踏み潰しており、ピクリとも動かない。


「……だめか」


 そう彼はぽつりとつぶやき、遂に脱出をあきらめた。

 下半身は完全に火に包まれ、上半身にも火が付き始めた。


 彼はもう何も言わず、やけどの激痛と一酸化炭素中毒で朦朧した意識の中で、中庭で燃え上がりながらも散る桜を見つめていた。


 燃えながらも舞い散る桜。そのどこか幻想的な風景を見つめたまま、彼の意識は遂に焼け落ちた。


 はずだった。


 だが彼の記憶はそこで途切れることなく、何の因果か、異世界の赤子として生まれ落ちたのだった。

ブックマーク・評価・感想等、作者が飛んで喜びますので、是非よろしくお願いします。


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