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傭兵のカガリ

 ラバースは、城からそれほど離れてはいない小高い丘の上に建てられていた。おそらくは、敵軍が押し寄せて来るのを、いち早く見つけられるようにと建てられたのではないかと思っている。馬から降りると私は馬の顔をひと撫でし、鼻と鼻をこすりつけるようなしぐさをしてみせてから、会議室へと向かった。


(よかった……なんとか間に合った)

とはいうものの、一番遅く朝礼に集合したということは、言うまでもなく。私は突き刺さるような視線を避けるように、最後尾の目立たないところに腰を下ろした。これは別に、遅れて来た今日に限ったことではないのだが……。いつだって私は、目立たない位置に身を隠してきた。

「皆さん、よく聞いてください。今回は何人かのグループに分かれて任務を遂行してもらいます。そのチームを今から発表します。尚、メンバーの変更は認めません」

この人がSクラスの総隊長、名をユイスという。かなりの剣術士であると言われている。一度は手合わせ願いたい人物である。落ち着いた茶色の髪をやや長めに伸ばし、前髪も顎のラインまである。大きめな瞳と幼い顔立ちからも、まだ若いことがうかがえる。背丈はそれほど高くはないのだが、私よりは高い。

「……続いて、チームカガリ。メンバーはカガリ、ソウシ、ギルフォード」

「……えっ?」

思わず声が漏れた。私が隊長? 他のチームはれっきとした小隊長がチームリーダーとなっているのに、なぜ私のチームにはリーダーが居ない……? もし居ないのなら、私ではなく別の二人がするべきである、

「待ってください」

「異議は受け付けません」

私は構わず続けた。目上に対しても臆することなくものをいえることだけが、今までの辛い生活の中で生まれた、唯一の産物かもしれない。

「私がなぜリーダーなのですか。解せません」

「上からの命令です」

その言葉に、場はざわめいた。私に対する嫌味があちこちで聞こえはじめる。私は困惑気味にも言葉を続けようとした。すると、後ろから肩をぐいっと捉まれ、力づくで後ろに下げられた。

「まぁまぁ、皆様お静かに、え~……ユイス隊長? 俺、ギルフォードに異議はありませんよ。こいつがチームリーダーでも、全っ然問題ありませんから。問題ないっす」

私は呆然としていた。一体何が起こったのか……。とりあえず、私に対する嫌味は収まり、辺りはまた静寂とした空気に戻っていった。

「まさか……お前、私を助け……んっ!」

言い終わる前に今度は彼に口をふさがれた。仕方がないので、目で訴える。

(何をする……!)

にらみを利かせたつもりだったのだが、まるでこの相手には通用しなかった。むしろ、こちらをなだめるかのように、大人な風貌で私を見てくるではないか。

「いいから黙ってろよ……ったく。お前、意外と馬鹿だなぁ? アレ以上何を話すつもりだったんだ? これ以上自分の立場を、悪くしたいわけでもないだろうにさぁ」

「……やはりお前、私を助けてくれたのか?」

彼の手から抜け出すと、信じられないという面持ちで訊ねた。すると彼は、曇りのない笑顔で、少し照れながら答えてくれた。

「そんな……オーバーだなぁ。俺はただ、事実を述べただけでだなぁ~……そこまで深く考えてものを言ったわけじゃねぇってば」


これが彼、ギルフォードとの出会いであった。


「……カガリ。カガリ=ヴァイエルだ」

私は深く頭を下げた。なぜそうしたかは、わからない。咄嗟に出た行動だった。すると彼は、そんな私よりもさらに頭を深く下げてきた。

「そいつぁ、ご丁寧に……どうも。俺はギルフォード=オニキス」

「オニキス? 宝石の名前だな」

「皮肉なものだよな……家は貧乏だっていうのにさ。ま、オニキスだから仕方ないか? ダイヤモンドとかならよかったかもなぁ」

彼はそういって、ケラケラと笑っていた。私が今までに出会って来た者にはないタイプの人間であることは、一目瞭然だ。


それが少しだけ、俺は嬉しかった。


戸惑いながらも、微かに私の口元がほころんだ。


すると彼は、目を輝かせて私の顔を覗き込んできた。


「な、何か?」

私はまた何か、いけないことをしたのかと思い、畏まった。そして心配そうな顔つきで、彼の言葉を待った。

「いや……あんたも笑うんだなぁと思ってさ。ま、ちょっと笑顔がぎこちないけどな」

「……」

私は、思いもしなかった言葉を前に、目を見開いた。笑顔だなんて……そんなもの、とうの昔に忘れていたものだった。

「すまない。最近はあまり笑っていなかったから……」

彼は納得した感じで手をポンと打ち、何度もコクコクと頷いた。私がいつもひとりでいたことを思い出したのだろう。

それにしてもその様子が、あの孤児院の少年によく似ていたことに、私は少し動揺した。ほんの数ヶ月の仲だが、あの少年のことは、今でも忘れられない。

抑えようとすればするほど、少年の笑顔が頭の中に広がっていった。脳裏に焼き付いているのだ。そしてその緑の瞳は次第に黄色に輝き始め、髪は青色にと変わっていく……。


そう、永遠に戻りはしない、最愛の我が弟、ハルナの姿に……。


こうなってしまっては、もう自分ではどうにも出来なくなってしまっていた。目頭が熱くなり、私は慌てて俯いた。その様子を見て、彼は私に胸を貸してくれた。

「俺……お前のことを何も知らねぇからさ、何の力にもなれないかもしれない。けれども、こうやって胸を貸すぐらいのことなら、いつだって出来るから。だからさ……」

彼は俺を抱き寄せる手に、より一層力を込めた。

「もう、ひとりで背負い込むなよ。いや、悩みとかを何でも話せって事じゃなくて……そのぉ……分かるだろう?」

私は静かに頷いた。そして目を袖で拭いてから顔を上げた。

「お前……いい奴だな」

すると、彼は軽く私の頭をこついた。そして、チッチと指を振った。

「いい奴だと思うんならさぁ、お前って呼び方はよせよな」

「そうか、すまない……。では、オニキスと呼べばよいか?」

「それは固いぞ? ギルって呼べよ。皆そう呼んでる。俺はどうしよっかなぁ……リーダって呼ぶほうがいいのか? あんたは俺のチームリーダーだからなぁ」

「いや、カガリでよい……至らぬ点が多い私だが、これからよろしく頼む、ギル」

私が頭を下げると、ギルはにかっと笑みを浮かべた。

「おう! こちとらよろしく頼むな、カガリ!」

私は彼と握手を交わした。彼の手はごつごつとした男らしい手であった。剣の修行を積んでいる証拠だ。剣の握りすぎで肉刺ができているのだ。Sクラスにあがることは、そう簡単でないということは、随分昔に師匠から伺っていた。そんな中に突然私のような新参者が来たならば、彼らが怒りを覚えるのは当然の結果だった。

そういうことを考えていると、ふと現実に帰り、周りがよく見えるようになった。なんだかピリっとする刺激が四方八方から伝わってくる。つい今しがたまで新しい出会いにまたもや浮かれてしまい、気づかなかったのだが、先ほどからユイス隊長の話を完全に無視してしまい、自分たちの世界に恥ずかしながらも入ってしまっていたのだ。私たちは、他の隊士から侮蔑の視線を送られていた。

私はようやく、いつもの冷静さを取り戻した。そして、思い出す。自分の置かれている状況を……。


私はひとと関わってはいけない。


関わってしまったら、そのひとを不幸にしてしまう存在なのだから……。


「……私に、近づくな」

「は?」

私は無言で立ちあがり、その場を去ろうとした。突然の私の変わりように、少し動揺しつつも、ギルは今度は止めようとはしなかった。しかし、別の者に呼び止められるのだ。

「カガリ! どこへいくつもりだ。まだ話は終わっていないのだぞ!?」

私はSクラスの副官、フウォンに背を向けながらも足を止めた。優男といった感じのするユイス隊長とは違い、彼はいかにも何かをやりそうな気迫を持った男だった。ただでさえギラリと鋭い眼光を、今はさらに光らせている。そして、私に詰め寄ってきた。普通の兵士ならば、この威圧感だけで立っていられなくなるかもしれない。もっとも、私にはなんてことはないのだが……。もっと恐ろしい空気、殺気を、いやというほど経験してきているからだ。

「話はもう分かった」

「まだ、半分も話してはいない! 生意気な奴が……!」

私は彼の方に向き直った。そして、背が彼より低いこともあるが、下からにらみつけるような体勢で言い放つ。自分でも分かるくらいの嫌味に、内心苦笑しながら……。

「それだけ聞ければ十分だ。何なら試すが良い。お答えしよう」

副長はかなり頭に血を上らせていた。拳を握り締め、今にも飛び掛りそうな形相だ。

「なら言ってみろ! 間違っていたならば、どう責任をとる! 俺たち全員の前に、ひれ伏すか! 二度と大口を叩かんと約束するか!」

私は静かにダガーを抜き、彼に掲げて見せた。

「今度は何のまねだ……!」

「死を以って、我が非礼を詫びよう」

その言葉に場は騒然となった。今まで黙ってこの状況を見ていたギルも、予想外の展開に慌てて立ち上がり、仲裁を測った。

「カガリ、どう見てもお前が悪い。ここは謝って退けよ!」

私は手でギルを制し、不適に笑った。そして真っ直ぐにフウォンを見据える。その様子を見て、ギルはさらにアタフタとしはじめた。

ギルの手が、私の肩を掴もうとしてきたのが分かったので、私は一歩前進してそれをさらりとかわした。

「馬鹿は止めろ! 死にたいのか!?」

空を切ったギルの手をよそに、私はなおも全身を続ける。

「死なないさ」

私はとりあえず、ダガーを鞘に収めた。しかしこのゲームを降りるつもりはない。何の意味もなくこのような無礼を働くほど、私は愚かではない……と、思いたい。

私は孤立しなければならないのだ。さもなければ、私に情を寄せるものは全て、国王に消されてしまうからだ。そんなことになるのならば、いっそのこと、はじめからひとりで居るほうがいいんだ。


そう、自分自身に言い聞かせた。


(ここで周りを皆、敵にしてしまえばいい。それが一番の上策だ。私にとっても、この者にとっても……)

正直なところ、ギルに嫌われることはすでにもう、心苦しいことであった。四年ぶりに自分の心の傷を癒してくれるだろう存在に出会えたと、このわずかの時間で感じ取り、思ったのだ。ほんの少しの接触ではあったが……確かに感じた感触があった。しかし、それゆえに別れを選ばねばならない私の境遇……ため息をもらせば、そのまま涙でも流れてしまいそうだった。

 今となっては唯一の心の支えだった、城に居る師匠にまで突き放された私は、本当にどこにも心を寄せるものが居なくなってしまうのだ。

 そんな時。ふと、脳裏に別の考えが浮かんだ。そこまでして生きる意味はあるのだろうか、と……。

人は、誰かのために存在しているといわれている。ならば私は、誰のために今を生きているのだろうか……。

生んでくれた両親、最愛の弟、親愛なる村の仲間たち。敬愛する師匠、孤児院の少年。そして今、目の前に居るギルフォード。大切に思う全てのものを失う私に、生きる意味はあるのだろうか……。

その自分に対する問いかけは、当然のことながら他の誰にも答えられることはなく、私の心の奥底の闇へと消えていった。

(死ぬべきなのか?)

十六になったばかりの子どもの考えは、そこにたどり着いた。今なら、何の不自然もなく死ねる。彼、フウォンの問いかけに間違えればよいのだから……。たったそれだけで、この苦痛から逃げられる。


一瞬の終幕か、永遠の絶望か……。


どちらにせよ、私には明るい未来などあるはずがなかった。


なぜなら……。


 なぜなら、私は……罪人。


 私のせいで、多くの人々の歯車が狂った。私の村のものは、私を庇って死んでいった。孤児院の少年には、悲しみを与えた。師匠には……色々と迷惑ばかりをかけた。いや、きっと、それだけではない。


「では答えてみよ! 任務内容及び、作戦内容も全てだ!」


 決断のとき……肉体の死か、精神の死か。


「……任務内容は、ヴィレアス地方の制圧。王国クライアントの動きを抑えるためです」

まだ迷っている。決心がつかない。私は自然と拳に力が入っていた。

「作戦は……」

そこで言葉が詰まった。分からないから……? いや、そんなはずはなかった。これくらいの作戦ならば、任務内容さえ分かれば、自分で策略などを簡単に作れるレベルのことであった。師匠がそう、育ててくれた。

 ヴィレアスは森に囲まれた国である。敵の居場所が分からないと同時に、自分たちの居場所もばれにくい。そんな中ではいくつかの班に分かれて隠密行動をとるのがよい……と、昔師匠に教えられた。そのためにユイス隊長はチーム分けをしたはずだ。しかし、これだけではフウォンを鎮めるには至らないであろうことも、ちゃんと分かってはいた……。

 辺りは再びざわめきだした。そして、沈黙を続ける私に視線が集まる。

「どうした。大口を叩いてその程度か!」

「カ、カガリ……」

ギルは気が気でないらしい。青ざめた顔色で、私の汗ばんだ手を掴んできた。そして、自分の方に向かって引き寄せる。

「今ならまだ間に合うって! 謝っちまえよ! くだらない意地とプライド……自分の命! どれが大切かなんて、分かりきったことだろう!?」

「そうだな。普通の人間ならば……」

その言葉に、私の手を握るギルの力は一瞬弱まった。そこをついて、私は彼から手を振り払うと、一息ついた。

(もう少し、普通の人間を演じていくか……?)

死ぬことは別にいつでもできる。なぜなら今、未来ある彼らの前に、絶望に沈んだ男の死など、わざわざ見せることはない……ようやく、こころが決まった。

「ありがとう、ギル。決心がついた」

「そ、そうか……」

ほっとしたギルは、私の隣に並んだ。何のことかと思い、首を傾げる。

「俺も謝るよ。責任なら、俺にもあるし……」

「責任?」

「だってそうだろう? お前、恥ずかしかったんじゃないのか? 俺が……その、抱き寄せたりするから」

私は忘れていた先ほどのことを思い出し、少し顔が赤くなるのを自覚した。人前で泣くなど、何年ぶりのことであっただろうか。

それにしてもこの男。ここ、ラバースには珍しい本当に良いひとだと改めて実感した。彼だけは……ギルだけは、何があっても今度こそ守り抜こうと、思いを引き締める。

「ギル……君に責任はないし、私は副長に謝るつもりもない」

その言葉にいち早く反応したのは、ギルではなくフウォン副長であった。

「カガリ、貴様……!」

「ヴィレアスを攻略するには、隊をいくつかに編成し、分散させる必要があります。あそこは森に囲まれていますから」

私は副長の言葉をさえぎって、言葉を続けた。ギルはというと、少し驚いた面持ちで、私の方を見ていた。

 

 今の私に、迷いはない。


「もし、団体行動をしていたのならば、敵に見つかったときが最後です。おそらく私たちは、すでに囲まれていることでしょう。敵の魔術士部隊によって……」

そう、敵は私たちの居る国同様、魔術士による兵士部隊を持っていた。ここフロートの魔術士部隊よりも少人数ではあるが、脅威になりえることは明らかである。そのため、宿敵である王国「クライアント」を抑えるのはもちろんのことだが、このヴィレアスを攻め落とすということは、それだけでも今後の行く末にとって、必要なことであるのだった。

「周りを魔術士に囲まれてしまっては、私たちに勝ち目はおそらくないでしょう。だからこその分散行動です。私たちが分散すれば、あちら側も分散する必要があります。しかし彼らは、私たちよりも少人数。よって、私たち兵士が相手にしなければならない兵士の数も、自然と少なくなるはずです。たとえ魔術士が相手だとしても、少人数ならば私たちにも勝機はある……」

私はざわめく人ごみを掻き分けるようにして、前に立つユイス隊長の隣まで行った。そこには掲示板があり、ヴィレアスの地図が書かれている紙が貼ってある。

「すみません。何か書くものを……」

「どうぞ?」

差し出してくれたのは、ユイス隊長だった。私はユイス隊長から筆を受け取ると、地図に丸と点線を書き始めた。

「今から各部隊の配置を書きます。点線は進路です」

私は全部で十ある部隊のうち九つを、ヴィレアスを取り巻く森、スフィラに割り振った。

「待て、ひとつ……お前の部隊が記されてはいないではないか」

「私の部隊はここです」

そういって私は、森から少し離れた粗地に丸を書き込んだ。

「ここから出発し、直接、ヴィレアス城を目指します」

「なぜ、ここから?」

声は先ほどと違って穏やかである。何故かといえば……ひとが違うからだ。先ほどから黙ったままであるユイス隊長が、ついに口を開いた。

「それは、囮だからです」

私のその言葉に対し、ユイス隊長はあまり反応しない。おそらくは私と同じ考えだったからであろう。

「……とはいっても、あくまでこれは最後の手段。スフィラ組の動きが止まってしまったときには、此処から奇襲を仕掛けます」

そのために私は、今回ここに呼ばれたのであろう。囮……すなわち「捨て駒」だ。しかし分からないのは、私の班に入れられた二人。彼らはなぜ私と同様に、「囮」なんかにいれられたのであろうか。

ソウシとは数回ではあるが、言葉を交わしたことがあった。もしかしたら、国王にそれが知られたゆえのことなのだろうか。そうだとしても、ギルに関しては本当に理由が思い浮かばなかった。今日、この時をもって、はじめて会話したのだ。

「以上が作戦内容です」

「……下がってください」

ユイス隊長のその言葉を聞くと、私は一礼してこの部屋を後にした。その部屋のドアが閉まると同時、部屋の中から私に対する罵声が聞こえてきた。事は上手くいった。しかし、気持ちは沈みこんでいた。矛盾をひとりで噛みしめながらその場を離れていくと、ドアの開く音がした。そして、声がする。それは罵声などではない、優しい声だった……。

「どこに行くのですか? 私たちをおいて……」

「そうだぜ。俺たちはもう、仲間だろう?」

そこには、ギルと……ソウシが居た。


 私はしばらく呆然としていた。現実感がなかなか沸いてこない。ただじっと、私の前に立つ、タイプの違った二人の姿を静かに見つめていた。

「……カガリ?」

その長い空白の時間――いや、実際には数秒の出来事だったのかもしれない――が、終わった。自分の名を呼ばれ、ようやく彼らに視点があった。しかし、なかなか言うべき言葉が見つからずに再び沈黙した。そんな私にギルは、ゆっくりと顔を覗き込むようなしぐさをしながら歩み寄り、私の目の前で手をひらひらと振ってみせた。

「お~い、起きてるか? カガリ」

「えっ……あ、あぁ」

ようやくそれだけが声となって出てきた。状況把握に困り、思考能力が完全にショートしてしまっていることを自覚した。

「……なぜ、ここに?」

そして、やっと疑問を口にするまでに至った。しかし彼らにとっては、この問いかけは心外だったらしい。怪訝な顔をして、首を傾げた。入り口に立っていたソウシも、私の方にと歩いてくる。

「なぜって……貴方は、私たちのリーダーでしょう? リーダーの後に続くことが、おかしなことですか?」

当然といった顔をして……しかし微かに笑みを浮かべながら、ソウシはそう言って来た。

その笑みは、私を愚弄する笑みでも、嘲笑う笑みでもなかった。それはまるで、手のかかる子どもを前にした、親のような温かい笑みだった。

「今、組まされたばかりの班のリーダーだぞ? 従う義務はないはずだ」

「義務? そんなもん関係ねぇってば。俺たちゃ、仲間なんだ。お前ひとりを悪者にはさせられねぇって。なっ? え~っと……」

言葉に詰まったギルは、ソウシの方を向いて頭をかいた。すると、ソウシはそのギルの行動で心内を察し、自分の胸を指して応えた。

「これは失礼。紹介がまだでしたね。私はソウシ。ソウシ=ヴァルキリーです」

すると今度は、ギルが同じように自分の胸を指し、応えた。

「俺はギルフォード=オニキス。ギルでいいぜ!」

そして二人の視線は私にと向けられた。この至近距離では、目のやり場に困る。しばらく目を泳がせていると、ギルが腕を掴んできた。

「お前の番だぜ? カガリ」

「……語らずとも、ふたりは私を知っているではないか」

今度は二人で私を挟み込むようにして並んできた。

「礼儀ですよ、礼儀。胸に手を置き、自己紹介してください」

礼儀か……と、私は素直に受け止めた。そしてふたりに頭を下げ、胸に手をあて応えた。

「カガリ=ヴァイエル……」

すると二人は、くすくすと笑い出した。何が起きたのかいまいち分からず、二人の顔を交互に見上げた。二人の背丈はいくらか自分よりも高いからだ。年の頃は私と似たようなものだと思うのだが……。なんだか少し、ムっとする感覚が芽生えてきた。背のこともあるが、どうも先ほどから小さな子どものように扱われている気がして、面白くない。

「何を笑っているんだ」

ギルとソウシは顔を見合わせ再び笑みを浮かべた。そして、俺の方を向き胸に手をあてた。

「堅苦しく、俺たちと同じように挨拶してくることが、何だかおかしかったからさ」

そう言われると私はなんだか馬鹿にされているように感じ、ついかっとなってしまった。

「お前たち、自分の立場が分かっていないのか!?」

その言葉に、少なからず嫌悪感を抱いたらしい。特にギルが……。笑うことをやめ、私に向かって鋭い視線を送ってきた。

「立場って何だ? リーダーと配下……ってことかよ」

私は力いっぱい首を横に振った。完全なる否定だ。

「違う! そうじゃなくて……。お前たちは捨てられたのだぞ? ラバースから」

ふたりはお互いの顔を見合わせた。そして首を傾げる。

「捨てられた?」

もう一度顔を合わせて、確かめ合うようにしてから続ける。

「選ばれた(・・・・)……の、間違いだろう?」

「あぁ……捨て駒に、な」

自信を持って「選ばれた」と言うギルに、本当のことを話すのは、とても辛かった。

「私は……知ってのとおり、はぐれモノだ。そんな私と組まされたからには、お前たちに明るい未来はない。この戦いで、殺されるのかもしれない」

「殺される? 捨て駒?」

長く美しい外ハネの癖がある金の髪をかき上げて、ソウシが口を開いた。

「私たちが……ですか?」

「そうだ。今まで私は、個人行動しか認められなかった。それが今回はじめて、チームを組むことを認められたのだ。それも、囮になるためにな。囮……すなわち、捨て駒だろう?」

ギルは私を不意に抱きしめてきた。先ほど抱きしめられたときよりも、強い力で。

「な、何をする!?」

訳が分からず、そこから抜け出すようにもがいた。しかし、力強いギルの腕は揺るがない。そして今度は背後に視線を感じ、神経が際立った。ソウシではない。当然のことながら、後ろに目はないが、私に向かって別の手が伸びてきているのが分かる。

『背後を取られるな。殺されるぞ』

師匠の声が頭に響いた……と、同時に首筋に人の手の感触を感じた。

(殺られる!)

しかしその後には、予想していた衝撃など起こらなかった。


――クシャッ。


そんな音がまずは聞こえた。


そして今度は、頭に重みが伝わってくる。


「……なるほどね」

声はやはり、ソウシのものではなかった。しかし、先ほど耳にした声である。

「ユイス隊長……?」

それは私の問いかけではない。ギルのものであった。ギルは私を解放すると、驚いた顔でユイス隊長を見つめていた。

「話には聞いていたが、君は本当に戦いにおいては、かなりの能力者のようだね」

「話……?」

頭に手を乗せられたまま聞いた。すると、「すまない」という感じでさっと手をどけてくれた。そして当然のことのように、ソウシの隣に並んだ。そんなユイス隊長のことを、ソウシも当たり前のように見つめている。

「そうだ。君のことはソウシを通して聞いていた」

「通して……? ソウシ、なぜ()のことを?」

「俺?」

私ははっとした。頭が混乱し、つい「地」が出てしまった。視線が一気に集まってくる。それをかき消すように、しらじらしくも咳払いをして、一歩前に出た。

()のことをなぜ、ユイス隊長に……?」

「俺の方が合ってるぞ? カガリには。なんで()って言うようにしているんだ?」

再び気まずさを覚え、私は話題を必死に変えようとした。しかし、そうしようとすればするほど、ギルは突っかかってくる。そのことにだんだん苛立ちを感じ、私はギルの方に素早く向き直った。そして、無意識に彼の胸倉を掴んだ。

「なんでそう俺に突っかかる! さっきだってそうだ。お前たちが、これは礼儀だというから俺は、二人を真似して挨拶したというのに、二人そろって笑いやがって。一体何なんだ……まったくもって、訳が分からない」

私は、自分の全てがコンプレックスであった。普通のひととはどこか違う……そう、思われることは、何よりも怖かった。だからこそ、指摘されたことはすぐに訂正し、周りの人間の習慣に適応していこうとしてきた。それなのに、今日は訳が分からないことだらけだ。

そもそも、私がチームを組むという時点からおかしかったんだ。なぜ、今さら……? しかしそれは、頭の中ではこう解釈し、処理することで納得した。


 捨て駒。


 しかし、二人は否定する。


 自分たちは「選ばれた」のだと……。


 そして彼、ユイス隊長。彼は私を評価しているようだ。しかしなぜ? 今まで、まともに話をしたことすらなかったのに……。

確かに、個人任務はそつなくこなしてきたつもりではあった。任務報告だけはする義務があったから、ユイス隊長に報告だけはしていた。しかし、言葉短く、用件のみ伝えることで終えていた。それに、大した任務は今のところ下ったことはない。私を評価するには値しないはずだ。

それに加えて先ほどの挨拶の件だ。分からない。自分は二人と同じ動作をしたはずなのに……何がいけなかった?

「そうか……」


 闇に包まれる……。


私は所詮……。


「ひとでは……」

「えっ……!?」

微かにソウシの声が聞こえたような気がした。それと同時に視線が揺らぎ、世界が反転する。そして暗闇が訪れる。もう何も聞こえない。私の意識は薄れていった。

「カガリ!」

どこか遠くで、私の名前を呼ぶ声がした……気がした。




「決してそのチョーカーを、手放すのではないぞ? カガリ」

「なぜですか? 長老」

「それはお前を、世間から守ってくれるはずじゃ」

「世間?」

「そうか……。お前はまだ、ひと(・・)を見たことがなかったのだな?」

「ひと(・・)?」

「そう。この世界を支配しているもの。それが、ひと(・・)じゃ……」

「あの……長老? では、僕たちは? 僕たちは……何なのですか? その、ひとではないのですか?」

「ひとではない……ライローク(・・・・・)。禁忌の民じゃ」




「……ゆ、め?」

夢を見ることは、別に珍しいことではなかった。むしろ、毎晩見ているものだ。しかしその内容がいつもとは異なるものであった。

毎晩見る夢、それは悪夢でしかなかった。村を焼かれた、あの忌まわしい日のこと。大切なもの全てを失ったあの日のこと……。もう、あれから九年経ったというのに、忘れることは出来ない……いや、忘れてはいけないのだろう。村が焼かれたのも、村人を殺されたのも、全て私のせいなのだから……。

 

気が重い。


だが私は、死ぬまでこの重圧を背負わなければならないのだ。


「気がつきましたか? カガリ」

「心配したんだぞ、カガリ!」

見覚えのある顔が二つ。私に付き合う破目になった哀れなチームメイト。私はうつろな目で彼らを見ていた。あまり焦点はあっていない。

「どうした? 意識、しっかりしているか? お前、もろに後頭部ぶつけちまったからなぁ」

「……後頭部?」

言われてみると、確かに後頭部から鈍い痛みを感じる。しかし……なぜだ? よく覚えていない。そもそも私はなぜ昼間から、横になっているのだろうか。窓の外はまだ明るい。いや、その前に私はなぜベッドに居るんだ? ここラバースに、私の寝床などはない。毎晩私は、裏庭の木下で寝ているのだから……。私は慌てて跳ね起きた。

「ここはどこだ!?」

「は?」

返ってきたのは、間の抜けたギルの声だった。私はもう一度聞き返す。

「布団がある!」

「……それがどうしたんだ?」

「なぜなんだ」

そこで言葉は途切れた。お互いに意味の分からない応答を繰り返しているからだ。このままでは答えなどでない。嘆息し半ば諦めたところで、もう片方から返事が来た。ソウシだ。

「ここは医務室ですよ、カガリ」

「医務室?」

なんとなくだが、ここに至るまでの経緯を思い出してきた。

私は朝のミーティングに出た。そしてその会が終わるのを待たずして、その場を後にしたのだ。廊下を歩いていくと、後ろからこの二人に呼び止められ、その後は……なんだか色々あった気がする。でも、まだ思い出せない。

「なぜ医務室に? 私たちは廊下で話していなかったか?」

「その通りです。そこまでは思い出せましたか。貴方、あの後急に倒れてしまったんですよ。そしてギルが倒れた貴方を、担いでここまで連れてきてくれたんです。ユイス隊長も、とても心配されていましたよ」

「倒れた? ……私が?」

身体は丈夫な方だった。体調を崩すといったことも、滅多になかった。

「お前、熱があったんだよ。医者が言っていたぞ? 過労だってさ。ちゃんと寝ているのか? 食事は?」

言葉に困った。正直、あまり良い生活は送っていなかったからだ。本当のことを彼らに話せば、当然心配を……。

(心配……?)

自分で思っておいて、ふと馬鹿らしく思えてきた。どうして自分のことを心配するのというのだ? まだ会ったばかりの彼らが……。

「……あり得ないな」

「やっぱり寝てないのか!?」

ギルが私につかみかかってきた。

「えっ?」

ついつい胸中での言葉を口に出してしまい、ギルは勘違いをしたようだ。ギルに対しての答えではなかったのだが……それを答えとして、彼は受け止めてしまったのだ。訂正する間もなく、話は進んでいく。

まぁ、確かに不健康な暮らしをしているのだから、別によいのだが……。何のために言葉を止めたのかが、分からなくなってしまった。

「そうだよなぁ。お前どうみても、あんまりいい暮らしをしているようには見えないもんなぁ。背だってこんなにちびっこいしさ」

私はムっとした。背のことは、自分でも気にしている。けれども、好きで小さい身体をしているわけではない。それを他人に言われると、器が小さいと思われるかもしれないが、腹が立つのだ。そういえば、さっきもこのことで腹を立てていた気がしてきた。

「チビで悪かったな」

明らかに腹を立てている私を見て、ふたりは笑った。子どもっぽくて可愛いとまで、言われた。

「馬鹿にするな! 私はこれでも十六だ!」

言葉遣いが崩れた。けれども今は、それを気にする余裕もなかった。

「十六? 私と同い年だったんですね」

「え~っということは、俺より二つ年上だな、二人とも」

「えっ……」

年上だとは思っていなかった。しかし、私よりも頭ひとつ分背が高いギルが年下であったことは、結構ショックだった。

「年下……」

怒る気が自然と失せてしまった。いや、正確には怒れないというのか? ギルが自分よりも年上だったのならば、私はまだこれからも伸びる!……とでも言い返すことが出来たであろうが、彼よりも自分が年上だと分かった今、そんなことを言うのは格好がつかないように思えた。再び嘆息すると、どっと疲れが押し寄せてきた。

「十六でこの身長はキツイなぁ。せめて俺くらいにはならないと。俺はこれでも小さいほうだと思っているからさ」

放っといてくれ……と思ったが、言葉を返すのも億劫になり、私は一度起こした身体をゆっくりと横にした。そして寝返りを打ち、自分が楽な姿勢をとった。

「辛いのですか?」

そういって、ソウシは私の額に手を当てた。そういえば昔、まだ私が村で幸せに暮らしていた頃の話だ。私が熱を出したときには、母さんがこうして手を当ててくれていたことを思い出した。ソウシの手は、ごつごつとしていたギルの手とは違い、母さんを思い出させるような、白くて細い女の人のようなものだった。

「……気持ちが良い」

ソウシは優しく微笑んだ。その笑顔は、誰かと重なる。母さんのものにも似ていたけれども、ちょっとだけ……違っているような気がした。

「私の手ですか? 冷たいですからね」

「知ってるか? 大昔からな、手が冷たいひとは、こころがあったかいって言うんだぜ」

「こころ?」

そうなのか……と、興味を持ち、私は自分の手を眺めた。ソウシとは違う、どちらかといえばギルに近い手。そしてゆっくりと自分の額にのっかっているソウシの手をどけ、自分の手を額に重ねた。

「……熱い」

悲しそうにそう言う私を見て、またソウシは優しく笑っていた。ギルは私の頭をくしゃくしゃとかき乱しながら笑っていた。

「熱があるって言っただろう? 熱くて当然だよ。確かめたいのなら、よく休んでさっさと治さないとなぁ。五日後には、作戦が始まるんだ。遅くても、その前日までには風邪を治さないといけないな。リーダー不在のチームなんて、成り立たないだろう?」

チームという言葉は、私の心に複雑な思いを浮かべさせる。正直にいって、チームを組めたこと。それも、この二人と共に行動が出来るということは、すごく嬉しかった。しかしそれは、彼らを不幸に陥れる危険を伴っているんだ。そのため、素直には喜べない。

それに、もしも私が彼らに好意を抱いているということが、ザレス国王の耳に入りでもしたら……運が悪ければ、俺の村人のように、国王によって殺される危険もあるのだ。

「すまない……」

どんどん人を巻き込んでいく。これ以上犠牲は出したくはないのに……。それでも私は巻き込んでしまう。それは……寂しさからなのだろうか。


私は目を閉じ、二人から視線を外した。


「……カガリ、貴方は何を謝っているのですか?」

「そういえばさっきは、犠牲だとか何とか……言っていたよな?」

彼らはもう、私の狂った人生に巻き込まれている。彼らには、私のことを……王との関係を、話さなくてはいけないのかもしれない。だが、今の私には自分のことを話す勇気がない。それに、やはり今は話をするのも疲れるほど心身ともに参っていた。

「辛そうですね。ギル、話はまたにしましょう? カガリを休ませないと……」

「あぁ~……そうだな。悪かった。それじゃあ俺たちは……」

「身体でも動かしますか?」

「そうだな。じゃ、カガリ。お前はここで、おとなしく寝てるんだぞ?」

ふたりの足音は次第に遠ざかり、次第に全く聞こえなくなった。目を閉じている今、完全なる静寂が訪れた。

「ひとり……か」

慣れているはずなのに、今日は……いつも以上に、心細く感じた。


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