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絶望のカガリ

俺は、どうしたらいいんだ……。


家族を失い、村を失い、これから一体どう生きればいい?


村から出たことのない俺が、どうすればひとりで生きていける? 


どうしてもっとも無力な俺だけが、生き残ってしまったんだろう。


村を焼いたものに復讐をしようと思って武器を取れば、たちまち返り討ちにあってしまう始末だ。


それなのに、俺はまだ生きている。


それはなぜか……。


殺されそうになっていた俺を、救ってくれるものが現れたからだ。俺を助けたのは、この国「フロート」の若き王、名を「ザレス」という。わずか当時七歳だった俺を、城で雇ってくれるというのだ。だが、その真意は幼かった俺には分からなかった。ただそのときは、純粋に、ザレスのことを「親切な王」だと思っていたんだ。


ただ正直なところ、慎重に思い返せば可笑しなところもあったし、どこかで不安もあったはずなのだ。けれども、ついていかない訳にはいかなかった。なんといっても、村を失った俺には、生きる術も場所も、何もなかったからだ……。


そしてこの事が、後に俺の人生を大きく狂わせることになるなんて、この時はまだ、想像もしていなかった……。




 間もなくして俺は自由を奪われた。


 生きる希望も価値も、完全に消されてしまっていることに気付かされた。




「おい、カガリ」

「……はい」

王室に響くその声の持ち主は、紛れもなくこの国の王、ザレスのものだ。はじめは俺を可愛がってくれていた。それは傍から見ていても分かるほどの、寵愛ぶりだった。国王はまだ若く、成人しているかどうかという年頃だった。小さな人里離れた山奥の村で生まれ育った俺は、まったく知らなかったのだが、この世界は今、戦争の真っ只中で、前フロート国王は、戦禍の中で病死されたらしい。そのため、この国で唯一の皇子だったザレスが、その若さで「国王」という座を継ぐことになったそうだ。ザレス自身が俺にそう、語っていたのだから、おそらくは……間違いないのだろう。

 だからザレスは、俺と一緒で早くに家族を失ったから、俺に対して親身になってくれているのだと、出会った当初は思っていた。それを信じて疑わなかった。


 けれども、実際のところは全く違っていたのだ。


 国王はある日を境に、突然変貌したのだ。


 何の前触れもなく……いや、これまでが演技だったということを、嫌というほど知らしめられることになる。


 俺は日々身体中にあざを作り、ろくに食べ物も与えられなくなった。話し相手はザレス以外には居ない。そのザレスが、俺を蔑ろにする。俺は、今すぐにでも逃げ出したいという思いに駆られた。こんなことになるのだったら、「逃げ出したい」と思うのならば、ここから抜け出せば済むことだと思われるかもしれないが、こんな状況下におかれても、俺がこの城を出て行かなかったことには、理由があった。


俺には生きる術が本当に何もなかったからだった。


いくら傷が増えようとも、少しでもご飯が与えられるだけマシだった。よそに放り出されでもしたら、偏狭の地で育った俺は、村を焼かれるまで、自分の村のひとたち以外には会ったことすらなかったし、子どもだった俺は自分の力で狩りをしたこともなかったし、お金だって少しも持ちあわせてなどいなかったから、数日で野たれ死んでいたことだろう。

 ただし、ここに残るということは、「生きること」と引き換えに、「自由」を完全に手放すほかなかった。俺は常に国王の監視下におかれ、城の外へ散歩に出かけることさえも許されなかったからだ。俺へのその執着ぶりは、まさに異常なほどだった。どうしてここまで「俺」にこだわるのか。このときの俺にはまだ、分からないことだった。


その頃になると俺は、七歳という年で国王の側近という立場が与えられていた。それを快いと思う他の兵士や城のものは、おそらくはいなかっただろう。その証拠に、国王の命令で戦場に出たとしても、俺を助けてくれるものはいなかった。ひとりで戦禍の中を、生き抜くしかなかったんだ。

 剣を手にするのは、殺された村人たちの復讐をしに出向いたとき以来のことであり、俺の剣の腕なんか、まるで基礎も何もなっちゃいなかった。それでも何とかして生き残れたのは、俺が死ぬ前に他の兵士たちがその場を鎮圧してくれていたからだ。それとも、もしかしたら国王から俺が死なないよう他の兵士に命令が出ていたのかもしれない。どうしてなのか、国王は俺に死なれては困るらしいのだ。それなのに、この仕打ち……俺には、何を信じればいいのか、このままこんな生活をしてまで、生きながらえるべきなのか。少しずつ、生きる意味を見失いはじめていた。


 剣を持たされたのも、俺の意思ではない。


 国王に無理やり持たされ、戦場に送り込まれたのだ。


 経験の無い俺は、ただの役立たずだ。


 功績なんてあげられない。

 

 増えるものといえば、身体への傷と、心への痛みだけだった。


城に来て、国王から自由を奪われてからのある日、偶然俺は中庭である人物と出会うことになる。この国、フロートの誇るレイアス部隊の兵士がひとり。名を「ルシエル」という。

 明るめのブラウンの髪は胸あたりまで伸び、奥が深い青の瞳はとても優しく、城内どこにいても蔑まれる俺に対しても、何も気にすることなく、他の兵士達と同様に優しく接してくれた、唯一の者。年は俺より十歳ほど離れていそうな、まるで貴族のような容貌の青年だった。

 彼は不思議なことに、俺によく声をかけてくれた。この世界のことを何も知らなかった俺に、色々なことを教えてくれた。たとえば、読み書きのできない俺に、文字も教えてくれたし、戦場に出なくてはいけない俺に、様々な武器の扱い方から体術。それに、馬術に戦術までも教えてくれた。そんな彼のことをいつしか俺は、自然と「師匠」と呼ぶようになっていった。


 けれどもこれは、誰にも知られてはいけない、内緒の付き合いだった。


 俺に関わったひとはみんな、不幸な目に遭わされてしまうと知ってしまったからだ。




 そう……俺の生まれ育った、村のみんなのように。




 真実とは、とても残酷なものだった。


 村人は俺のせいで、「ザレス国王」によって……殺されていた。




 そして今、俺はまた独りとなる……。




 もう、何も失いたくない。


 大切なひとを失うくらいなら、はじめからそんなひとはいらない。


 もう、傷つくのも、傷つけるのも……嫌だ。




 そう思い「私」は師匠からも離れ、再び孤立した日々を送ることを選んだ。あれからもう、四年の月日が経っている。

私は偶然、任務先付近で見つけた孤児院に住む、当時五歳の男の子にこころ惹かれた。色素の薄いブロンドの髪に、色白の肌。そして、吸い込まれそうになるほどの深い緑の瞳。彼は、瞳と髪の色こそ違うが、その要望は私が七つのときに失った、弟ハルナに瓜二つの少年だったのだ。

 こころのより所を失い、絶望の渦に沈み込んでいた私を、彼は救ってくれていた。戦渦の中で、汚い仕事をし続ける私も、彼といる間だけは、素顔でいられた。彼は「フロートのカガリ」ではなく、なんの肩書きもない、ただの「カガリ」として私を見てくれていたからだ。私のことを本当の兄のように慕い、よく懐いてくれた。

孤児院にいるということは、家族を失っているのだろう。戦争で失ったのかどうかは分からないが、私は国に仕える兵士のひとりとして、少なからず責任も感じていた。ただ、そんな責任からではなく、私は愛情を以ってこの少年に接していたつもりだった。

 私は、師匠が私にそうしてくれたように、まだ読み書きの出来ないこの子に勉学を教え、これから必要となるかもしれない、生きていくために私が必要だと感じた武術なども学ばせた。少年も、嫌な顔などひとつも見せず、むしろ喜んで私が来るのをいつも待っていてくれた。

少年と会っていたのは、ひっそりとたたずむ孤児院の裏庭。一本の木が生えており、そこで待ち合わせて隠密に会っていた。無論、国王や他の誰にもこの関係を告げてはいない。

それなのにも関わらず、そんな穏やかな日は、長く続かなかった。ほんの数ヶ月もすると、私は彼から否応がなしに引き裂かれてしまった。憎き仇、フロート王によって……。

おそらくは、深く傷つき不幸な顔をしていた私から一変、こころの在り処を見つけてしまった私の様子、その異変に気づいてのことだろう。すべてを隠し通せるほど、私はまだ人間ができていなかった。


青かったし、甘かったのだ。


城に戻ってから私は、「国王の側近」という立場の兵士を辞めさせられることになり、言葉さえ交わさなくなったものの、たまに顔を見かけていたルシエル師匠とも、全く会えなくさせられてしまった。ただし、師匠との関係性までが、ザレス国王にバレたとは、考えにくい。師匠は私とは違って、何に対してでも慎重な方だった。私がひとりで居たがる理由を、まるで知っているかのように接し、国王の目の届かないところで密会を交わしていたぐらいだ。




いや、ただ私がそう思いたいだけだったのかもしれない。



 程なくして私は「ラバース」という組織のSクラスに入れられることとなった。自由な行動を、さらに制限させる為であることは、既に知れていた。しかも私は、本来最下位クラスのDからはじめるべきところを、いきなりの飛び級でSクラスというトップクラスにと編入させられてしまったのだ。

その事はもちろんのこと……国王のもとで今まで働いていたという事が、他の傭兵たちの顰蹙をかってしまい、「友」と呼べるものを、私は作ることをできなくされてしまっていた。


何もかもが、国王の策略どおりであるということは、もはや言うまでもない。




そして、今に至る……。

 



同世代の男、「ソウシ」という者とは何度か顔を合わせることがあったが、会話をすることはなかった。私が誰かと言葉を交わす機会といえば、味気ない隊長への任務報告のみとなってしまった。




 こんな状況下、私のこころは曇る一方であった。




これは私が十六歳のときのことだ。




 そんな私に、あるとき珍しい任務が入って来た。いつもは、他のSクラスの者とは違い――Sクラスの者は、それぞれ何人かいる隊長の下につき、グループ行動をするのだ――ひとりで戦地に赴くものばかりであったが、今回はラバースSクラスの者と協力するように……との命令だった。

それは私にとって、ここ「ラバース」へ来てから、はじめてのグループ行動となるのだ。笑われるかもしれないが、馬鹿にされるかもしれないが、「ひとり」を望んだ私が、これをどれほど待ち望んでいたことか……他のものには、知る由もなかったであろう。ただ、ルシエル様だけには伝えておきたかった。

 ずっとひとりでやって来た身だったが、はじめてラバースのメンバーと共に、任務を迎えることになったからだ。弟子の初任務……といえば聞こえはいい。とにかく、頭の悪い私は素直にこの命令を喜んだ。久々に胸に浮かんだこの喜びを、この感情を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。私は、Sクラスの集会がはじまる前に城へ行き、ルシエル様に会おうと、こっそりラバースの棟を抜け出していった。私は、足早に馬小屋へ向かい、そのまま馬にまたがると、鐙を鳴らして走り去った。




「城か……」

別に、ここに思い入れはない。任務といえば他国を落とすことであったし、率直に言えば「嫌い」な場所であった。私は誰かに見つかる前に……と、辺りを警戒しながらルシエル様のもとに向かった。この時間ならば、前と変わらず日課をこなされているとすれば、誰も使っていない旧図書室に居るはずだ。そこはちょうどひとの出入りもほとんどないし、塔も国王や兵士たちが群がるところとは別の場所にあった。

 私は、音を立てないように廊下を駆け抜けていくと、向こう側から見覚えのある人物が歩いてきた。まるで私がここに、「今」来ることを想定していたかのように……ブラウンの髪に青い瞳。額には刀傷の容貌の男。会うのは実に四年ぶりであった。

「師匠……」

変わらぬ姿に安心した。安堵の笑みをほのかに浮かべ、私は師匠の方に向かった、しかし……師匠は一言私に声をかけると、私の横を通り過ぎて言った。

「去れ」

私は、心が凍りつく感覚を覚えた。師匠の目は恐ろしく冷たかった。しばらくそこに立ち尽くし、私は師匠の幻影を見つめていた。


 あの優しかった師匠が、私をまるで見ていない。


 師匠の瞳に、私の姿は映ってはいなかった。


 何かあったのだろうか。私が城を離れてから、やはり師匠の身にも、不幸があったのだろうか……。

 自分が今を生きていることを喜び、ひとり行動をしなくてもよくなる日が来たことを喜んだ矢先の出来事に、私はとても、ついてはいけなかった。


そこでふと冷たい風が吹き、私は我に返った。


「いけない……時間だ」

会議の時間が迫っている。私は急いでラバースにと馬を走らせざるを得なかった。敬愛して止まない師匠にも見捨てられてしまった心の痛手に、浸っている時間もない。私は、結局「孤独」なのだと、思い知らされた。だが、師匠が無事であったその事実が分かっただけでも、今はいいじゃないかと、必死に言い聞かせながら、馬の足を止めることはなかった。


 止めたところで、虚しさが押し寄せてくるだけであった。



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