六 薬屋のブランチャード
六
これは、ランダルに着いたときに、アルトが私に話してくれたことなのだけれども、どうやら、アルトがランダルに向かう理由は、彼の母親の病気を治すための薬を買うためだそうだ。
ランダルに入ってから、まず、アルトは私を引き連れて、薬屋に向かった。
薬屋の位置は、アルトがランダルに来るのが、初めてではないそうなので、私は素直に彼について行くことにした。
その薬屋の店主も、アルトのことはよく知っているようだった。
目的の薬屋に入ると、薬屋の店主は、私を見るや否や、物珍しいそうな顔をする。
「アルトくん、いらっしゃい。そちらの綺麗なお姉さんは一体全体、誰だい?」
それに対して、アルトは今までの道中のことを、説明する。
「このねーちゃんは、俺を悪い騎士どもから助けてくれたんだ」
「ほう。たしかに、あいつらは、最近、狂ったくらいに過激になっているからね。おや、アルトくん、怪我をしているようだね」
薬屋の店主はそう言うと、棚から、なにやら、変な塗り薬を取り出して、アルトを座らせるための椅子を用意すると、その塗り薬を綿棒ですくって、アルトの身体のあちこちにある傷口に、それを付けた。
「この、アルトを助けてくださって、本当にありがとうございます。あなたの名前を、是非とも、お聞かせねがいますかな?」
アルトの傷の手当をしながら、薬屋の店主は、私にそう言った。
「私は、サラといいます」
「サラか、ひょっとして、君は旅の人だったりするかい?」
「はい。行くあてのない旅ですが、今は東の大陸を、回っていると、エウレカに着きました」
「そうかい。しかし、君も面倒な時期に、エウレカにやってきたものだねえ」
「面倒な時期……、ですか?」
「ひょっして、君は、今、エウレカがどうなっているか、知らないのかい?」
…………。
知らない──
基本的に、私は世間知らずなのだ。
「それは、参ったなあ。なんていうか、今、エウレカと隣国が、戦争を始めようとしているのだよ」
「戦争ですか、それは、知りませんでした」
とはいえ、他国の戦争なんて、私には全く関係のない話である。すると、薬屋の店主は、私の意表をつくように、続ける。
「旅人だからって関係ないと思っているかもしれないけど、君もさっき被害に会ったと思うけど……、って、もう、言うまでもないよね?」
おそらく、薬屋の店主が言いたいこととは、騎士の不当な通行料の徴収とか、その騎士の、奴隷商との関係のこととかのことだろう。それを裏付けるように、彼は続ける。
「まあ、とにかく、悪いことは言わないから、この国からさっさと出て行った方がいいよ」
突然──
私と薬屋との、始終の会話を聞いていたアルトが、それを遮るように、言った。
「エウレカから出て行っちゃだめだよ、だって、このねーちゃんは、兄の情報を蒐集するために、ここまで来たんだから」
「そうなのかい? 君?」
アルトの言葉に、薬屋の店主は、私に尋ねた。
「でも、もうほとんど諦めているのですけどね。かれこれ、どれくらいになるのかなあ。とにかく、ずうっと、探しても、兄は見つからないので」
「まあ、ランダルに流れ込んでくる旅人は、大抵は、なにか大きなものを抱え込んでいるものだけどね、そうかい、そうかい。そういうことなら、これを持っているといい」
薬屋の店主は、アルトの薬を取り出した、同じ棚から、なにか袋を取り出すと、私にそれを、手渡した。
「アルトくんを助けてくれた、お礼だよ。中には、様々な薬がある。傷薬から、どんな猛毒も解毒する、解毒剤あらね」
「いいや、こんなにたくさん、さすがに、いただけませよ」
「別にいいだよ、どうせ、もう、薬なんて買ってくれる人はいないのだから」
「……それは、どういうことですか?」
「どういうことって、それは、魔法とかいう、わけの分からん、おまじないが、あるからじゃねえか」
「…………」
その薬屋の店主が言う、魔法というのは、私にとって、あまり馴染みのある言葉ではなかったけれども、それがどんなものなのか、私は疑問に思った。
「そもそも……、魔法とはなんですか?」
「ああ──旅人だから、魔法を知らねえんだな。魔法っていうのは、その名前通りに『魔法』だよ。万能の力さ。火を起こすことだって、風を起こすことだって、偉い魔法使いは、どうやら、ただの石ころから、金を精製することが出来るらしい」
「それは、すごいですね」
「だろう。だから、もう今の世の中は、俺がやっているような薬屋業は、廃業なわけよ。なぜかって? それゃあ、薬なんて使わずに、魔法一つで、どんな病気も、たちまちどころに治ってしまうんだ」
すると、薬屋の店主は、どんな名医でも治すことのできない不治の病を患った患者を、一人の魔法使いが、それを一瞬で治してしまったという話をした。
なるほど──
魔法か──
そして、薬屋の店主は、話の最後に、魔法についてのことを、
不可能を可能にする、究極の力、
と、
付け加えることを忘れなかった。
「まあ、その魔法のせいで、薬の売上が下がるいっぽうなんだけどよ」
薬屋の店主は、苦笑した。
「いいえ、そんことは、ありませんよ。どうも、ありがとうございます」
「別に、いいってことよ。それより、その俺、サーヴィス旺盛な薬屋、その店主の、ブランチャード様を、都市中の人間に広めてくれよ」
アルトの怪我の治療も終え、彼の母親のために必要な薬もしっかりと揃えて、私とアルトは、店を出た。
うわあ──
私は、そう声を漏らさずには、いられなかった。
薬屋の外には、私とアルトを待ち伏せをしていたのか、ランダルの道中にいた騎士と、全く同じ甲冑を付けている騎士が、少なくとも七人かそれ以上、槍を私と彼に向けてつつ、十分に間合いを開けて、威圧するように包囲していた。