5.依頼を受けましょう
(……まさか、レッドキャップとゴブリンを間違える人がいるなんて……いや、ゴブリンリーダーでしたね……だからと言ってありえませんけど……)
シズネは家からギルドへの道筋で彼女の主人である神人の横顔を見ながらそう思った。
(ゴブリンは頭に血染めの帽子を被るなんてことないのに……レッドキャップのいない土地に住んでたんですかね……?)
彼女はこの国に生まれてこの国から出たこともなく出る予定もないのだがそう言う土地もあるのかもしれないと頷いて自分を納得させた。
そうこうしている内に二人はギルドに着く。
ギルドに入って神人を迎えたのは数名の同業者の厳しい目などといったの負の感情が入った視線と、ギルド側からの歓迎の目だった。
神人は同業者の目を意識しないようにしてギルドの受付嬢のところ……には今日は行かずに隣の厳ついスキンヘッドのおじさんの声をかける。
「む?……そう言えば君が来るということは……もうこんな時間か。マーシャさん。私の方は休憩に入らせてもらうよ?」
「はい。ではジン様の方の受付は引き継がせていただきます。
が、さらりと躱されてギルドの受付嬢が神人の前に来た。神人はそのギルド嬢に押されると弱いので内心苦々しく思いつつも依頼は依頼なので話をすることにする。
「こんにちは……あー……依頼、あります?」
「こんにちは。ジン様。本日のおすすめの依頼はこちらになっております。」
神人は自分の勘は当てにならないのでシズネに選ばせる。その際にそれとなく採取のように見える植物の紙を幾つか押し出してシズネに見せると受付嬢は微妙な顔をした。
「あの……ジン様のギルドカードは採取の方に傾かれているので……」
「……極めたいんで。」
何とか誤魔化しのようなことを言うが、それを聞いていた同業者たちが思わずと言った風に噴き出した。ギルド嬢も顔を引き攣らせている。
「き、極めるですか……ですけど、それなら高位の採取が出来ないと極められないと思いませんか?」
「まずは、目の前のことからしっかりとやりたいんですけど……Dランクの全部の採取が終わってからに……」
神人はそこまで言ってふと思った。このまま採取だけをし続けると変な噂が立ち、この町以上には広まらないだろうが、目立ってしまうのではないだろうか、事実として現状でも噂されているとシズネにも言われたばかりだ。
(……普通って言われても難しいよな……文化が全く違うんだし……あぁもう……こうなったら【観測せし者】先生に頼むしかないか。)
色々考えても自分ではよく分からないので神人は【観測せし者】に任せることにして、検索を掛ける。
(……虎の子を切ったんだし、戦闘時間が20分で済む依頼を……それで今の噂を打ち消すことが出来て、今俺が言ったことと相反しないでギルドの人にも文句を言われないような仕事で、シズネが納得できるような依頼……)
そんな都合のいい仕事などあるのか自分でも首を傾げながらもあの神様のことを信じて検索を掛ける。するとすぐにヒットした。
そして検索結果に出た依頼があるのを確認して、その依頼書をギルド嬢に渡して軽く得意げになりそうになるのを抑えて言った。
「トレント討伐をお願いします。」
「っ!はいすぐに準備いたしますね?」
【観測せし者】をかけている状態の神人はギルド嬢の一瞬だけ浮かべた喜色を見逃さなかった。
神人が言ったトレントは神人の認識での話で実際の討伐対象は単なるこの世界における食人植物に宿るモノの総称だ。単体だとDランクでの討伐対象。トレントの分布地での討伐になるとBランク討伐対象になる。
今回の依頼では、貿易商が南方の珍しい植物をここで繁殖させて売ろうとして失敗し、廃棄した中にトレントの種子が混入していたらしく、町の近くの村の農場に樹木型がソロで芽生え、村人を食い殺したとのことだ。
「シズネ、どうかしたか?」
「……いえ、先程までご主人様は採取を選ぼうとなさっているようにお見受けしてましたので……」
「……トレントの樹木型から得られる樹脂は【サマエル薬】に使える貴重な物だから採取しておかないと勿体ないからな……」
シズネは神人が言った薬品の名前を聞いて思わず神人を肉まんの仮面越しに二度見した。
【サマエル薬】は別名神の毒と言われる猛毒で、幻想種にのみ作り方が伝えられていると言われる超希少な薬なのだが、あたかも製法を知っているかのように何の気負いもない言葉を出す神人に驚きと、そして誰を殺す気なんだろうと言う寒気が走ったのだ。
「……ご、ご依頼は、えっと……」
「よろしくお願いします。」
【サマエル薬】の名前を聞いて営業スマイルにぎこちなさが加わったギルド嬢と周囲が沈黙した様子を見て神人は流石は神の英知【観測せし者】だなぁ……と呑気に思っていた。
そんな状態の神人を見てシズネはもしかしたらと言う疑念と、ここに来る前に常識に疎いと自分から言っていたことを踏まえて、間違っていたら……と思いつつも神人の耳元で小声で言った。
「……ご、ご主人様、あの……【サマエル薬】のことはあまり口に出さない方がいいですよ……?」
「ん?……げ、マジか……ハハ。冗談冗談。」
神人はシズネに言われて【サマエル薬】のことを【観測せし者】で調べ、思ったよりも大変な物だと気付いて今更過ぎる下手な誤魔化しを入れた。
(あ~……また余計なこと言ってしまった……もう全て【観測せし者】様にお任せしよう……俺は外で喋らない方がいい……)
神人は自己嫌悪に浸り始めながらそう思い、この後のことは全て【観測せし者】に任せることにしてギルド嬢や周囲の人間たちを全力で誤魔化した。
尤も、あまりにも上手い説明はいつも一緒にいるシズネにすらこの場の理屈は正しいと思わせたものの、いつもの状態との差異に対する更なる疑念を抱かせる結果になった。
「シズネ、どうかした?」
「……いえ。何でもありません。」
「気分が悪いなら言えよ?」
だが、そのことに神人は一切気付くことはなく、【観測せし者】にも尋ねることはなかったのでシズネが疑問を抱いた件について神人が知る余地はなかった。