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デジョニス 完

 白鳥雅彦しらとりまさひこが停止している前で、その男は静かに佇んでいた。


 右手には、携帯電話を握っていた。

 その会話が、周りに一切の音が無いこの世界ではよく響く。 

「クリス先生、どうしますか?」

 電話で、相手がその雅彦の前に立っている、国籍と年齢が定まらないその男に問いかけている。

 クリス先生と呼ばれたその男は。

「人物は全て除外してくれ、誰もいないこの時代を少し散歩してから帰るよ」 

 と、答えた。

「分かりました、本当に誰もいない場所を歩くのが好きなんですね」

「いや、監視カメラも無い場所を、自由に歩くのが好きなのさ、繊細なんだよ私は」

 クリスは、そう答えた。

 受話器越しの相手が微かに笑ったような、そんな息が漏れた。

 その次の瞬間、クリス以外の全ての人間が、その空間から消え去っていた。

 白鳥雅彦も例外ではない。

 体の半分が破壊されている山南敬やまなみたかしも例外では無い。

 待ち行く通行人、全てが消え去っていた。 

「監視カメラが無いと言っても、ずっとモニターで監視されている訳ですけどね」

「カメラが見えない分、精神的に落ち着くのさ」

 そう言うと、クリスは電話を切り、携帯を胸ポケットにしまった。


 クリスは、その街を歩いていた。

 現代とはまるで違う街並みである。

 彼の言う”現代”とは西暦2980年の事を指している。

 先にも言ったように現代と違い、監視カメラがどこにも無い。

 もちろん高性能カメラが開発されており、超小型で尚且つ人の肌に貼り付けて使えるようなこの時代で言うと絆創膏の形をした、特殊な小型カメラも存在している訳だから、カメラを壁に埋め込むなり何なり出来るのだが、それをあえてしないのは(というかしているのだが全てをそうしないのは)、街を歩く人間達に『監視しているぞ』と警告を促す為である。

 それに実際には、目に見えているカメラ以上に、上空からの衛星も含めるとかなりの数のカメラが、360度の角度から街を映している、この中で犯罪を行える物は皆無だ。

 あるとすれば捕まるのを覚悟での犯罪か、精神的な疾患が影響、あるいは違法薬物などの異常での行動が考えられるが。

 犯罪を犯す寸前に人間の心拍数が急激に上昇することから、突然心拍数が上昇した人間にはすぐさまカメラが動く仕組みになっている、それにより覚悟があっても犯罪を犯す前に取り押さえられる可能性が極めて高い。

 現代において、全員の心拍数、呼吸数、それすらも国が監視しているのだ。

 そんな世界だから、精神的な疾患がある人間、違法な薬物を投与しているような人間は、常に警戒されている訳で、犯罪の発生率は極めて低い。

 交通事故も無い。

 車全体が、行き先を指定すれば勝手に動いてくれるからだ、この時代でいうならば電車のように、ただ目的地に向かうだけの乗り物だ、地面が既にそう変わっているので、当て所無い気ままなドライブなど不可能になった。

 食糧事情から、コンビニや食堂で、店に入り、その時の気分で食事を注文すると言う事も無くなった。

 事前に予約していなければ食べられないのだ。

 そうすることにより、食料が過剰に余り、それを処分するという事態が急激に減った。

 地球の環境全体を見ると、砂漠化が進んでいる地域もあるが、それは徐々に収まり、緑化運動が盛んになっているので、各地で木々が増えつつある。

 21世紀当初と比べれば、二酸化炭素の排気量も格段に減っている。

 子供を産むのも登録制なので、人口爆発も起きない、また過剰な少子かも管理されている為に起きない。

 科学技術、医療技術が格段に進歩し、不治の病という定義がこの世から消滅していた。

 宇宙開発事業も進み、現代では火星までは当たり前のように行けるようになった、もっともそこまでの運賃は庶民にはまだまだ手が届かない額である。  

 プライバシーは無い。

 人々は、自らの安心を保障する代償として、自分のプライバシーを国家に譲渡したのだ。

 人々は監視され、そして管理されているお陰で、幸福で平穏な生活を営むことが出来るようになった。

  

 本当に?

 クリスは思う。

 これが本当に幸福なのだろうか、と。

 人には、見えない部分が多々ある。

 自分で特に意味も無く、街を歩く事だってしたい、今では徒歩でどこかに向かうのですら『どちらに行かれますか?』と異常なほど丁寧な口調で問われる。

 街の至る所にはカメラだけではなく、盗聴器も仕込まれ、携帯電話で話す会話はもちろん、使用しているパソコンの情報、街中での会話、全てが拾われている。

 これが本当に幸福なのかと思う。

 息苦しくて仕方が無い。

 人というのは、その環境に適応していく生き物だという。

 だから、今ではクリスのように息苦しいと思う人間のほうが、何でそんなに意識しているの? 自意識過剰じゃないか? そういわれるような時代である。

 こんな世界は嫌いだった。

 もちろん誰にも言った事が無い。

 誰かに発言すると言う事は、それは国に直接伝えるのと同じ意味だ、どうせどこからでも奴らは聞いているのだから。


 だから、この世界を造ったのだ。

 この『デジョニス』を。

 限りなく現実に近い仮想現実世界を。

 時代設定は自由だが、とりあえず基本は最も私が影響を受けた21世紀初頭の街並みを再現している。 

 『デジョニス』は言うなれば、超大規模体感参加型遊戯空間とでも言うのだろうか。

 簡単に言えば、バーチャルリアリティの世界だ。

 パソコンで指だけ動かして参加するゲームとはまるで違う、専用の機械に入り、そして意識までもこの世界に送り込むのだ。

 きちんと設定さえすれば、風の設定も出来る、特殊な設定をすれば、味覚も聴覚も嗅覚も視覚も触覚も痛覚ですら感じられるのがこの世界だ。

 もちろん有る程度抑える設定をしていないと、この世界で車に轢かれたりして死ぬ可能性が出ないとも限らない、それに心臓に疾患の有る人間や、衝撃に弱いと診断されている人間は、痛覚のシステムが働かないように設定できる。

 まだ、この『デジョニス』は試作品だ。

 現実世界の誰も、私以外は誰も『デジョニス』には参加していない。

 街の人々はあくまで全てが精密に造られた、会話も出来るし有る程度のコミュニケーションが可能だが所詮はただのデータであるが、例外も有る。

 それが『2007ショック』で猛威を振るった”犯罪者”達である。

 この『デジョニス』製作は実は、私個人のものではない。

 驚くべき事に国家から依頼されたのだ。

 依頼した理由はハッキリしている、より一層の監視をしようとしているのだ。

 この空間では人の精神を表すような仕掛けが多い、巧みな心理テストのように、ただ普通にこの空間に生活をしているだけで、犯罪者予備軍や現政府に対する危険思想者のリストが次々と出来上がってしまうという仕掛けだ。

 私は、それを当初嫌がった。

 もちろん、口に出して言った訳ではない、そんな事をしてしまえば、”良くて”禁固刑は免れないだろう。

 だから、私は開き直った。

 逆らえないのならば、従いながら自分の好きなことをしてやろうと。

 その好きな事というのは、『魂の再現』である。

 過去の人間のDNA情報、趣味嗜好や言動行動などから造り上げた、本物と比べ物にならないほど精巧な『本人』である。

 だが、何かが足りないのだ。

 99%は本人。

 だが、残りの1%が足りない、そしてその足りない1%の部分がその人間の根幹に関わる、そのように思えてならないのだ。

 実際に、DNAを使って本物と同じ精神構造を持つ人間を作り出すには、あまりにも規制が厳しい現代においては、自分とそして助手の数名で試すしかなかった、それでも毎回に微妙に性格が違うのは、『魂』が欠けているからだと思った。

 その部分を知りたい、それが研究者としての私の欲である。

 激しく乾くような欲求に苛まれていた。


 だから、国に交渉し、保管して外部には決して流出しない、『2007ショック』の犯罪者のDNA情報、犯罪前の生活習慣、友人関係、犯罪後の自供の資料、その際に行われた精神鑑定の一部始終、それらを『デジョニス』を造る為、と言う事で借りたのだ。

 そして造り出した彼らを、最初は何人かを一箇所に集めて、ただ会話させただけだった。

 何も得られなかった。

 全ての組み合わせの彼らで試したが、ただの一般人と変わらない、『2007ショック』の引金となった彼らならば、人の異常さを現実に世に訴えかけた彼らならば、面白い結果が出ると思ったのだが、結果は普通すぎた。

 それならば、と言う事で彼らに殺し合いをさせるまでに至ったのは、他に何百通りの実験を行った後である。

 面白い変化が見られた。

 平凡な彼らが、自分の命や他者の命に関わる状況となると、普段とはまるで別の姿を見せるのだ、普通の人間よりも遥かに過敏な反応だった。

 最初はただの、素手の殺し合いをさせた。

 その時は、腕力が自慢の人間が生き残り、たまに非力に思える人間が、意外な知恵を発揮し勝利する場面があった。

 その後に武器を与えると、結果は毎回異なりを見せた。

 今回のように、その人間に見合った武器を持たせての闘いが一番面白いデータが取れた、もう少し、あと少しで掴める……

 その確信が今のクリスには有る。

 闘っている彼らの精神、心理は常にこちらで分析している、今回は白鳥雅彦のデータが中々面白かった。

 この男は、特殊な武器を与えての闘いを始めさせてからは、9割以上の勝率でほぼ毎回勝ち抜いてきた。

 決勝、つまり5回目の闘いにおいては、敗北は極めて少なく、相打ちによってやられてしまうケースのほうがまだ多いくらいだ、それでも異常な戦績を残していた。

 武器のせいでは無い、他の武器で試したときも戦績はそれほど変化が無かった。

 だが、私が知りたいのは、人がどうやって人を殺すのでは無いから、勝者よりもむしろ敗者の方が、死ぬ寸前に何を思うのか、その瞬間にこそ興味をそそられた。

 もう何回も繰り返しているが、後数回、ほんの数回行えば――

 到達する。 

 その予感が有る。


 その時、クリスの携帯が鳴った。

 あくまで、外界の助手との会話の手段であるが、別に自分で戻ろうと思えばいつでも戻る事が出来る。

 それに現代において携帯電話は主流では無い、現代では体に直接埋め込む形の機械で、互いにやり取りが出来るのだ。

「どうした? 何か有ったのかね?」

 クリスは、助手にそう尋ねた。

「あのですね、ちょっと前から疑問に思っていたんですけど、質問良いですか?」

「質問?」

「ええ、この空間『デジョニス』の名前の由来ですよ」

 唐突な質問だった。

 だが、そういえば、この助手は一番近くでよく働いているが、この世界の名前の由来を教えた事は無かった。 

 というよりも、わざわざ誰かに言うほどの理由など無かったからだ。

「そうだな……『D-JOYOUS』から付けたんだよ」

「は? ちょっと意味が分かりません」 

「Dには色々な意味が込められている『DAY』とか、まぁ色々だよ。それで『JOYOUS』は楽しむという意味、まぁ毎日イロイロな物を楽しもう、それを略してちょっと言葉を崩して『デジョニス』」

 妙に自信たっぷりに言ったクリス先生だが、助手は電話口で沈黙していた。

「……嘘ですね」

「嘘だよ」

 悪びれる事無く、クリスは即答した。

「どうせ、適当に考えた単語にむりやりに意味をくっ付けたんでしょう?」 

「さすがに付き合いが長いと良く分かっているな」

 感心したように言った。

「お陰で謎が一つ解けました、ずっと心に引っかかっていたんですよ、これでようやくスッキリしました」

「それは良かった」

「そのネーミングセンスは良いとして、もう完成している『デジョニス』を半年以上も国に「まだ製作途中」と言い続けている、それはいただけませんよ、先生……」

 助手の声が急に温度を落としたように聞こえた。

「いや、まだ試作の段階だ、それは君が良く分かっているだろう?」

「作業の段階は私が一番良く分かっていますよ、あなたが道楽でその犯罪者達のデータで遊んでいる間に、私がその未完成の部分を作り上げておきましたからね、ほとんどあなたが骨組みを作っていたから、そこから先は私のような凡人でも簡単な作業でしたよ」

「……直接話そう、そっちに戻る」


 クリスは、この『デジョニス』から抜け、現実世界に戻ろうとした。

 だが、助手の声は続く。

「しかし、天才と何とかは紙一重とはよく言いますね、自分で作った仮想現実の世界において、その中で自殺を図るなんてとても正気とは思えませんよ」

 助手は静かにそう言った。

 クリスは、その言葉の意味も、そして『デジョニス』から脱出できない事も同時に察していた。

「馬鹿な……、どういうプログラムを組んだんだ? 『管理者』として登録している私が何故戻れん!」

「別に大したことじゃありませんよ、あなたから私に『管理者』権限が移っただけです」

 それすらも、決して簡単な仕事ではなかったはずだが、いとも簡単にそう言ってのけだ。

 自分では凡人と評しながらも、その実力は決して低い物ではないようだ。

「私を殺すつもりか、ありえん。全てが監視されているぞ、この会話も全て!」

「ええ、そうでしょうね。でも何故か誰も止めに来ない、どうしてだと思います? 天才のアナタならば悩むほどの事は無いでしょう?」

 先生からあなたへと呼び名が変わっていた。

「……黙認されていると言うのか」

「国家プロジェクトを任され、それを片手間でやりながらも完璧にこなし、そしてその中で趣味も楽しむ、アナタのその才能には敬意を払いますが、制作期間の引き伸ばしは国家反逆罪が適応されるそうです、良かったですね、精神的には自分の好きだった21世紀初頭で死ねるんだ、本望じゃ有りませんか? もちろん、痛覚プログラムも完全に作動していますから、そこで致命傷を負えば、ショック死するでしょうね」

「どうするつもりだ?」

「じきに分かりますよ、それではさようなら、センセイ」


 クリスは、呆然と立ち尽くしていた。

 場所は、いつの間にかスクランブル交差点の真ん中だ。

 日本の中でも常に絶えず人が集まり、賑わいを見せているその場所の中心にクリスは立っている。

 無力な存在だった。

 先ほどまでは、この世界において神の如き存在であったにもかかわらず、今ではただの人と同様に扱われている。

 いつの間にか、街には通行人が出現して、ごく当たり前の日常が刻まれ始めていた。

 一体これからどうやって、私は殺されるのだろうか。

 あの助手が私を殺すといったならば、私はそれから逃れる事など出来ないだろう、それはこの世界を造り出した私が一番知っている。

 絶望ではない、何か狐につままれているようなそんな凡庸な感覚が自分を占めていた。

 人で溢れているが、その中で絶対的な孤独を感じていた。

 当たり前だろう、この世界に本当の人間など誰もいない、そして自分の死期はもうじき迫ってくるのだ。

 重病に冒されている人間よりも、遥かに明確に自分の残りの命の秒読みが聞こえるようだった。

 慌てても仕方が無いと知っているが、クリスは走った。

 誰も彼もが自分を殺す人間に見える。

 彼らは擬似人格でありながら、慌てて走るクリスに不審な眼差しを向けている。

(そんな眼で私を見るな! 誰がお前たちを造ってやったと思っているんだ!)

 心の中でそう叫びながら、クリスは疾走している。

 目的地などどこにも無いのに。


 その時だった。

 街が急に停止したのだ。

 クリス以外の誰もがその動きを止めていた。

 そして、いつの間にか、クリスの手には斧の形をした武器が握られている。

 これは、まさか―― 


「次の相手はお前か」


 クリスの背後から声が響いていた。

 

 殺し合いが始まろうとしていた。

 クリスにとっては勝利しても、生存の見込みなどまるで無い殺し合いが。

 希望無き闘いが。 

  


 完





長かった……

予想以上に長くなってしまいました。

ここまで、読んでいただいた方に、あの最後はどう受け止められるのかちょっと分かりませんが、自分なりにきちんと書けたような気はしています。

ですが、激辛カレーを作ろうとして甘口が出来てしまった気分も、ちょっと残っています、実際はほとんど年齢制限もいらないような描写ばかりでしたし。


自分の好きなように、好きな物を書くのは楽しいですけど、途中で止められないのが辛い所だという事を勉強させてもらいました。

ここまでお付き合いしてくれた方には、感謝いたします。

この作品について感想をいただければ、本当に嬉しく思います。 不明点「ここはどういう意味?」など聞いて頂けたら答えられる範囲でお答えいたします。


今後は気が向いたら、登場人物達の話として番外編で、こちらは完全に18禁な感じの外伝でも書こうと思っております。


それでは、また。

最後になりますが、ありがとうございました。


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