問答
何も無い真っ白な空間で二人の男が、向き合っている。
突如現れた白い扉を開くと、突然にこの空間に入り込んでしまったのだ。
椅子だけが置かれているこの空間、もちろん椅子自体も色の濃度が違うだけで、真っ白な物である。
そこに座ると、突然に目の前に人が出現したのだ。
だが、本当ならば驚愕し、椅子から立ち上がる場面でありながら、その状況でも二人はほぼ平然としていた。
さすがに現実の修羅場を潜り抜けてはいないように見える。
二人は話を始めていた。
「この戦いの意味を考えた事は有るかい? ええと……」
一人の男が、そう言葉を発した。
間柄としては、まだ名前すら満足に知らない関係の二人である。
共通点は分かる、明確すぎるほどに、だ。
生存者。
いや、ここまでの勝利者といった方が正しいかも知れない。
「あ、山南です、山南敬」
「ああ、そうか。私は白鳥雅彦、よろしく」
こういう奇妙な場面でも、自己紹介はごく普通だった。
それがまた異様とも思える。
「戦いの意味と言いましたよね? 白鳥さんは何か知っているんですか?」
一応、相手が年上だと判断し、敬の口調は丁寧だったが、その口調に遠慮は無い。
聞きたい事は躊躇わず聞く、そう決めているようだった。
以前の敬ならばもう少し口篭っていた所だが、今の敬はまるで別人のように聞く。
「いや、何も知らないのと同じさ、たぶん私と君で得ている情報量は大差無いはずだ、違うのは戦いの最中に何を考えていたか、そのくらいだろう」
「何を考えていたか?」
「私はずっと考えていた、最初にこの戦いが始まった時からずっとね」
「ちょっと確認したいんですけど、白鳥さんも四回勝ってここに来たんですか?」
「そうだよ、四回殺してここにいる」
敬が”勝って”と表現した部分を、わざわざ”殺して”と言い直して雅彦は言った。
何か違う空気が流れたような気がした。
それは、冷え冷えとした空気だ。
しかし、それに気圧されたり、萎縮したりするような精神ではこの場所まで到達できない、敬はまるで平然としている。
「まず。理由の話は少し置いておこう。とりあえずこれは最後の戦いらしい、それは確信が有る、お互いにね」
「そうですね、電話でも言ってたし、何しろご丁寧にこんな空間まで用意されているとなれば、そう思わざるを得ないって所ですか」
「神……というのを信じるか?」
「……いえ、無神論者なもので、それに今まで四回は死にかけましたけど、四回とも神様が手を貸してくれた覚えが無いのでね、白鳥さんはどこかの宗教の信者なんですか?」
確かに、敬は今まで幸運と思える状況こそあったが、それも全てが敬の努力と覚悟の上での結果論である。
「なるほどね、まぁその辺は熱心な信者たちに言わせれば『神の意図は計り知れない』とでも言うんだろうけどね。ああ、私は君と同じで無神論者だよ、そう言う物が存在するのを否定はしないが、それを熱心に考える事も無い、信じる事により何かの精神的な付加が存在するとは思うけどね、私はどうやら余りにも感受性が乏しすぎるらしい」
雅彦は、やれやれと言った感じで、自分自身の業の深さに呆れているような口調でそう言った。
敬はそれに対して何のリアクションも取らずに、
「何だ、てっきりこの戦いは神が何たらとか言うのかと思いましたよ」
と、言った。
「……まぁ、誰かが何かを選んでいるという感触は有るけどね、なぁ、こう考えると面白くないか、この戦いは何もつい最近始まった訳じゃない、たぶん人類が誕生してからずっと行われてきたんじゃないかってね」
「え?」
「我々の周りで人が死んでいくが、それが皆戦いの敗北者だとしたら? 実際に私と戦った相手は事故として処理されたり、自殺として処理されたり様々だった、普通の殺人以外の死に方全てが、この戦いの敗北者だとしたら凄い事だとは思わないか?」
確かに凄い。
その通りならば、この世の全ての死因はある意味では”殺人”となるのではないだろうか。
実際に殺害された人間以外、その全ては実はあの空間で戦いの果てに死んでいたとするならば、だ。
もちろん、その言葉が正しいという証拠はどこにも無い。
「突拍子も無いですね」
「ああ、もちろんただの妄言に近い事さ、でも私たちが最初だとは思えないだろう?」
「それは、まぁ……」
「あるいは、そうだな。まぁ宇宙人かな、我々人間の闘争本能を探る為に、局地的な場面に追いやって戦闘時の思考データなどを集めているとか」
雅彦はややSFチックな事を口にした。
こういう状況でもなければ、胡散臭い視線を投げかける所だ、敬は別に宇宙人がいないとは思ってはいないが、それを肯定的に意見する人間にはほとんど全てに胡散臭さを感じて仕方が無い。
テレビに出て宇宙語を話す女性というのがいたが、失笑を通り越して、むしろ逆に心配してしまったほどだった。
だが、こういう状況。
全てが停止した空間での殺し合いという現実を突きつけられては、そういう物に対してもやや寛容になるのも無理は無い。
「それなら最終的に勝ち残ったらどうなるって言うんですか?」
それは、言外に目の前の相手を殺す事を含めた言葉だった。
『俺を殺したら次は何が待っていると思います?』と聞いているのに等しい。
だが、雅彦はまるで気にしないで、そのまま答えを返した。
「所詮はサンプルとしてすぐに破棄されるか、あるいは――」
「あるいは?」
「何か更なる存在と戦わされるか、どちらかな?」
「どっちもありがたくない考えですね。 それに、この戦いについて俺とは考え方が違いますね、根本的には同じかもしれませんけど」
「聞かせてくれないか、君の考え」
「俺は、最初の戦いをするまでは、自分自身が嫌いでした」
「ほう」
あえて何も言わないが、その部分には雅彦も似た感情を抱いている。
「でも、この戦いで、眼が覚めたっていうか、真剣に考えられるようになった気がします」
「では、この戦いは君を成長させる為の物だと?」
「いえ、まさか、そこまでは言ってませんよ。ただ、俺のように自分自身に価値を感じない奴がこの戦いに突然巻き込まれて、生き残ってようやくまともな奴になれるっていうか――」
「それじゃ、この空間は更生施設みたいな役割を持っていると?」
ここで、戦う事により、世の中にとって無利益な存在を、有益な存在へと変える。
その為に、誰かが仕組んだ事ではないか、そう敬は言っていた。
「どうなんでしょうかね、少なくとも俺は変われた気がしますし、白鳥さんは変わったりはしませんか?」
「そうだな、特異な経験を積んで、社会の見方が多少は変わったような、そんな気はするよ」
嘘だった。
何も変わってなどいない。
確かに、一時期はこの戦いを楽しみに思えていたが、今ではただ空しいだけだった。
「ああ、話を蒸し返すようで悪いが、一つ聞きたいんだけど」
「何です?」
「この戦いを今まで終えてきて、今では自分が好きになったのかな?」
「……どうなんでしょうかね? 死に掛けるたびに絶対に生き残ってやるとは思いますけど、自分自身をまだ心の底から好きだと言える自信はまだ、はっきり言って無いです、でもまだこれから努力を怠らずに、いつかは胸を張って言いたいとは思いますよ」
その眼には力が有った。
真っ直ぐに前を向き、そして突き進んでいく者の眼だった。
この眼の前には多少の困難は自分から遠ざかるし、降り掛かったとしてもそれで決して挫けたりはしないのが、この眼の持ち主の力だった。
「なるほど……、君がここまで生き残ってこれた理由が見えた気がするよ、これならば生き残れて当然とも思える、立派な強者だ」
「煽てても、何にもならないですよ、手加減もするつもりはありません」
これから殺し合いをしようというのに、まるでスポーツでも始めるかのような、そんな口調で敬は言った。
「もちろんさ。私は、全力で殺しに来て欲しい、そうでなければ勝負にならないと思うよ」
あっさりと雅彦はそう言った。
つまり、要約すれば、自分の実力ならば、敬がもしも手加減などしようものならば、秒殺出来ると言わんばかりの口調だった。
そして、そのまま雅彦は驚くべき事を敬に告げた。
「あ、そうだ。私の武器について、説明しておこうか――」
最初、敬は雅彦が何を言っているのか、それが理解出来なかった。
当然だ。
これから殺し合いをする相手が、自分の武器について話をしようというのだ。
ポーカーで自分の手の内を晒す程ではないにしろ、相手にとってかなりの利益になり、また自分にとっては不利益にしかならない話をこれからしようと言うのか。
敬は戸惑った。
いや、待て。
これも策かも知れない。
わざと嘘を教えれば、相手がその情報を信じてしまったら、それは決定的な隙になる。
全てが嘘でなくとも良い。
僅かな部分、99%の真実を教えて、そして重要な1%について嘘をつく、それが後に有利に働く場合もある。
そのような戦いを相手は仕掛けてきているのかもしれない。
惑わされてはいけない。
「いやいや、これから言う事をも信じる必要は無い。ただ、教えておかないとあまりにも不公平すぎるのでね、それにあくまで私の趣味の話だから、君は私の話を聞き流しても良い、私が君の立場ならば多少は聞くけどね、信じる信じないは自分の責任でやってくれよ」
まるで、詐欺師が、これから君を騙します。と、そう言っているような口調だった。
軽い口調なのが逆に怪しいのだが、本当に騙そうとしているのならば、このように話すだろうか
まさか、こういう思考すらも相手は読んで――?
「私の武器はクロスボウだよ、原始的な形に近いが、他では見たことの無い形をしている」
雅彦は、敬の疑いの視線を無視するように言葉を続けている。
「この武器の大きな特徴は、それは四本の矢が対になっているところだ、もっともこれからの戦いでその矢が新しく一本追加されていてもおかしくないけどね」
対になっている?
その意味は良く分からないが、これからの行われるであろう戦いで武器が強化されていたり、例えば敬であれば弾倉に詰められる弾丸の数や、その大きさが増している可能性は充分に考えられる話だ。
「私の矢は、『捕獲用』と『殺害用』に分かれているんだ、話は単純だよ、『捕獲用』の矢で動きを止めて、そして『殺害用』の矢で攻撃する、それだけさ。ちなみに付け加えておくと、その『捕獲用』の矢は全てが違う効果を発揮する、だが『殺害用』は全部試した事が無いからいまいち分からないが、今の所全部が同じ効果を発揮する、まぁ刺さったら命が無いと思って構わないよ。 四本の対の矢、つまり計八本で私はこれから君と戦う訳だ、これが私の武器の全てだ」
雅彦はそう言い切った。
敬は考えた。
どうすべきか。
惑わされるな、と思ったが、聞いてしまった以上それについて考えない訳にはいかない。
今、自分は先制攻撃を受けたようなものだ。
あるいはこれは純粋な贈り物かもしれないが、それが後々に爆発する危険物の可能性も充分に考えられる。
ならば――
「白鳥さん、それじゃあまりにも不公平過ぎる、俺の武器の情報も教えますよ」
敬は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「面白いな、君は」
本当に面白そうに、雅彦は応えた。
「俺の武器は銃です、弾は何でも使用出来る、弾倉に入れられる弾丸の数は決まっているが、何発撃ち出しても弾倉さえ補充すれば、いくらでも攻撃が出来る……」
「なるほどね、私のクロスボウと決定的に違うのはその弾数か、撃ち合いをしても勝ち目が無いようだ」
また、軽い口調でそう言った。
自分の事のはずなのに、あまりにもその言葉には重さが感じられない。
「俺の武器の説明は終わりです」
敬はそう言った。
敬は全てを話してはいない。
自分の体の部位を、自分の意思に応じて強化して機能させる能力の事を。
だが、それを卑怯とか、姑息とかは思わない。
相手も同じような情報を隠しているかもしれないのだ、相手が1を出してきたのだから、敬も1を出した、それだけの事なのだ。
敬は真実を伝えたのだが、そもそも、互いにその情報が正しいのか、確かめようが無い。
相手が疑心暗鬼になる可能性は充分にありえる。
それに、細かくその情報を確かめる時間も無ければ、そんなに悠長に相手を批判できる場所でも無い。
それに嘘をついたところで誰にも責められる場所でもない。
それを考えれば、銃についてしっかりと本当の情報を語った敬は、むしろ正々堂々過ぎるほどだ。
雅彦は、何と拍手をしていた。
ぱんぱんと、乾いた音がその白い空間に響いた。
「いや、ここまで生き残ってきたのは伊達じゃないな、今ので自分の武器に付いて何も語らないのは二流、私の説明について『嘘だろ?』と下らない問いを投げかけたら三流以下、君は立派な一流だ」
「……」
敬は、その拍手と賞賛に視線で応えた。
冷たく、威圧感のある視線だ。
街中で、チンピラ程度ならばその視線でどかせそうなほどの眼光が放たれている。
「……もう話す事も無い、かな?」
「ええ、もう無いです。俺はね」
「それじゃあ、行こうか?」
「たぶん、あの扉を開いたら戦いが始まるって事ですよね」
二人の座っている場所から、やや離れた場所に、いつの間にか入ってきたのと同じような白い大きな扉が出現していた。
この扉が意味する所は、恐らく『開始』である。
「じゃ、やろうか」
「そうしましょう」
そのような、気軽なやり取りの末に。
二人は戦いの場に向かうのだった。




