表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/60

      誓い

 石間千枝いしまちえは、最初から全てを上空から見下ろしていた。


 種は、全部で六個ほど有った。

 最初の戦いの時は、その数が三個だったので、それと比べて現在は倍になっているという訳だ。

 今回の戦いでは。

 一つ目を犬に。

 二つ目を車に。

 三つ目を電柱に。

 四つ目を橋に。

 そして五つ目を、千枝が停止したこの世界でもっとも近くに居た鳥類、カラスに与えたのだった(もちろん順番的には、このカラスに最初に与えたのだが)。

 カラスは種を与えられると巨大化し、大鷲よりも一回り大きな存在へと変化を遂げた、千枝はそのカラスに肩を掴んでもらって、上空に飛んでいたのだ。

 先ほど、あの敵である小山田正義おやまだまさよしがカッコ付ける為に、上空に蹴り上げた車を剣で切り裂いた時、あの時は自分が空に居る事をバレたのではないかと思ったが、そうはならなかったようだ。

 最初から、種で怪物化した部下総動員でまとめて襲い掛かっても良いのだが、千枝にはそういう発想は無い。

 集団で一人を痛めつけるという発想も無ければ、その種を自分に植え付けたらどうなるのか? なども考えたりはしない。

 千枝にとって、これは人生の中でも、数少ない娯楽の一つである。

 一手一手こちらの駒を送り、そしてその戦いを上空から観戦する、それだけの物だ。

 もちろん、死ぬのは避けたいが、その理由の主な物は花壇の花達を枯らしたくないという思いだけである。

 

 しかし、どうやらこの戦いも決着を迎えたようだ、と千枝は思った。

 今の攻撃、橋に種を植え付けたらどうなるのか、ほとんど実験的だったが、想像以上に動いてくれた。

 種を植え付けると、その存在は基本的には千枝の指示に従うが、指示を与えなければ、勝手に敵を排除してくれる便利な物達だ、実際に千枝が明確に指示を出しているのは、自分を掴んで飛んでくれているカラスだけである。

 それでも細かい指示などではなく、ただ自分を掴み、そして上空に舞い上がり、後はただ敵を追跡してくれと言っているだけだ。

 カラスは文句も言わずにそれに従う。

 橋の攻撃は思った以上に苛烈で、おまけに電柱もやって来たので、もう決着は揺るがないだろうと判断していた。

 だが、最後の一瞬。

 橋から投げ出される瞬間に、間違いなくあの敵は千枝を認識した。

 それだけは間違いなかった。

 もし、万が一まだ生きているのならば、今度は自分の命を狙って直接攻撃を仕掛けてくるだろうと思う。

 しかし、本当にそれだけの元気が残っているのだろうか?

 かなりの攻撃を受けた直後に、川に叩き込まれたのだ、それも打ち付けられるようにしてである。

 全身のダメージに加え、水に叩きつけられたダメージ、それを考えるとまだ生きていたとしても、そこから上空に居る千枝を攻撃する手段などないように思える。

 だが、それでも油断はしない。

 千枝はその点については異常なまでに徹底している。

 幼い頃からゲームなど満足にやった事が無いから、逆に勝敗がきっちりつくまでは油断しない性格なのだ。

 普通は、子供の頃に何度も何度もゲームやら遊びやらを繰り返し、そしてほどほどというのを覚える、あるいは自分がこれは勝つという確信を得る事も覚える、しかし千枝にはそういう機会が無かった。

 それにしても、本当にまだ生きているのだろうか。

 まだ、元の世界に戻らないと言う事はそう言う事なのだろうが。


                       ・


 もちろん生きていた。

 小山田正義おやまだまさよしは、水中で力を溜めていた、そして考えていた。

 どうしたものか、と。

 自分の間抜けさに腹が立っている所でも有る。

 間違い無く、先ほど上空に跳躍した時、相手が視界に入っていたはずなのだ、それなのに目標物である車に気を取られすぎて、敵の存在に気づかないなんて迂闊にも程が有る。

 だが、その失敗は今からでも充分に取り戻せるものだ。

 やってやる。

 自分にはそれが出来るだけの力が有る。

 考えも有る。

 だが、時間制限も有る。

 やるなら一気にやるしかない。

 今、正義がいるのは川の中の、ほとんど底の辺りである。

 可能かどうか分からないが、やって見る価値は有る。

 それに仮に失敗したとしても、そこからまだやり直せる機会は充分にあるだろう、そう思った。

 何をするのか。

 普通ならば絶対に考えない方法であり、また考えた所で真似の出来ない方法であった。

 そして、物凄く単純な方法でもあった。

 要は、川底を足場に、思いっきり跳躍して上空の敵を撃破しようというのだ。

 水中からの跳躍は、地面からの跳躍とは話が違う、かなりの抵抗が有る上に、水中の透明度は沖縄の海などとは違うのだ、上空にいる敵の正確な位置など分からない、先ほど確認した位置にまだいるのなら良いが、少しでも移動されていたら成功しない攻撃だ。

 

 だが、やる。

 正義はそう決めている。

 何より、それが一番ヒーローらしい攻撃である。

 ヒーローが川岸から、溺れて九死に一生得たように陸に上がるのはとてもじゃないが考えられない。

 やるなら派手に、そして出来るなら無駄に派手ではなく、攻撃に通じる派手さをその行動に含まなければヒーローは務まらない。

 正義は、両足に力を込めている。

 全力で跳躍した事は、正直言ってまだ無い。

 はっきりと言ってしまえば、全力で攻撃した事も無い。 

 まだ自分の力の底をまだ正義は知らないのだ、それを見てやるつもりでもあった。

 やってやる!

 正義は両足で、思いっきり川底を蹴った。

 ごぼん、と地盤沈下して、その反動で物凄い速度で、まるで潜水艦から放たれた魚雷のように、正義は一気に水面を飛び出し、そして上空にいる千枝に迫っていた。

 水中から飛び出ると同時に、正義は敵の位置を確認していた。

(良しっ!)

 相手の位置は変わっていない。

 だが――

 明らかに飛距離が足りない。

 正義は水中からの跳躍というのを考えれば、十分すぎるほどの跳躍力を披露したが、それでもまだ相手に打撃を入れるにはまだ、五mほどは距離がある、到底届かない。

 しかし、正義はまだ手に剣を持っている。

 その剣が伸びる所を相手は知らないはずだ。

 むしろこの飛距離が足りないという状況は、相手の油断を誘うには絶好の材料かもしれない。

 正義は自分の体が落下を始める前に、剣を構え、突くようにして最大限まで思い切り剣を伸ばした。

 前回の戦いの時よりも、その剣の長さとその速度が増しているような気がした。

「クリムゾン・ソード・シューティングだ!」 

 こういう決めのシーンでは、必ず必殺技の名前を叫ぶようにしているようで、正義は実際には存在しない、今思いついたであろう技名を叫んでいた。 


 紅い剣が、真っ直ぐに千枝に向かって伸びていた。

 千枝の無表情な顔に、驚きが浮かんでいた。

 明らかに予想外の攻撃を受けた表情であった。

 それでも、距離が多少ある為、背後のカラスに指示を出し、その剣を避けようとした。

 しかし。

「逃がすか!」

 正義は、逃げる千枝に向かって剣を振っていた。

 胴体を真横から払うように剣が動いていた。

 その剣は千枝を捉えていた。

 千枝よりも、むしろ背後のカラスに、その剣は甚大なダメージを与えたようで、そのまま真っ逆さまに地面に墜落していった。

 勝負は決したかに思われた。

 だが。

「浅いか!」 

 手応えは有ったが、致命傷に至るかどうかと言うと疑問だ。

 並の人間ならば致命傷かもしれないが、怪人の部類に入るのならば、あの位では死なないだろうと正義は考えた。

 それに、あのカラスが護るようにして動いたので、胴体を薙ぎ払うのに失敗したのだ、中々忠義に厚い部下を従えているようだな、と密かに正義は感服していた。

 敵の怪人の中にも、極悪非道でありながら、部下からの信頼が厚い敵もいる、実は正義はそういうキャラが好きなのだった、最終的には味方側に寝返る場合も有るの好きな理由なのだが。

 正義が、攻撃を失敗したと言う事は、上空で静止する術も、飛行する術も持たないので、千枝と同じように落下する以外に道は無い。

 しかも、正義には下から橋が石飛礫を雨霰あめあられと放ってくるので、悠長に落下をしている暇も無ければ、追撃する事も出来ない、その攻撃全てを避けるのは不可能なので、上手く防御しながら落下しなくてはならないのだ。

 もちろん、落下地点は地面ではなくまた水中なのだが。

 またしても、正義が着水と同時に激しい水飛沫が上がっていた。


 千枝は苦しんでいた。

 あの攻撃には驚いた。

 まさか、剣が伸びるなんて――

 本当ならば、あれで殺されていたはずだった、だが背後のカラスが咄嗟に身を捩って自分を庇ってくれたのだ、命が助かった事よりもそちらの方が嬉しかった。

 今まで、自分の身を省みずに、千枝を助けてくれる存在など皆無だった、母親は過保護に世話をしてくれるが、そこに見え隠れするのは単純な自己愛だ、恐らく追い詰められたら千枝よりも自分の命を優先させるだろう。

 だが、いくら庇ってくれたと言っても、ダメージは大きい。

 今の一撃で、右腕はもう使い物にならないし、右胸の辺りにも深い傷を負っていた。

 地面に落下した時の衝撃で、足を捻っているようだし、もうここから動く事は出来ない。

 骨の何本かは間違い無く折れているだろう。

「い、痛いよう……、痛い……」 

 巣から落ちた雛鳥のような声だった。

 こういう痛みに、千枝は耐性がほとんど無い、そういう痛みを母親が出来うる限り排除してきた人生だからだ。

 だが、耐性が有ろうと無かろうと、血は止め処無く流れていく。

 千枝は、致命傷こそ免れたが、そこから移動も出来ないほどの傷を負っていた。

 助かるには、種の一つを自分に植える位のはずだが、それを千枝はしようとはしない。

 そういう思考に行き着かないのだ。

 誰の眼にも、その姿は戦意喪失しているように見えたし、実際にその通りであった。

 もう既に勝負は決していた。


 水中の正義は、すぐに泳いで敵を追跡するつもりだった。

 あれだけの傷を与えているのだ、逃げようとしてもそう遠くへは行けまい。

 そう確信している。

 勝敗は既に決しているのだ。 

 正義の考えるとおりだった、もう勝負は決着していた。

 正義は、後はただ、水から出て――

 おかしい。

 いくら泳いでも岸に辿り着かない。

 そんな訳が無い。

 何かに足を引っ張られている訳でもない、ただいくら泳いでも前に進まないのだ。

 それに、そんなに深い川ではない、一番深いところでもせいぜいが三mほどの川なのだ。

 一体どうなっているのか。

 これは、まさか……

 水自体に何かを仕掛けたと言うのか。

 先ほどの、橋の上にいる時に、橋が敵になったのとは次元が違う、周り全てが敵という状況だ。

 足場がどうこういう問題でもない、ましてや、敵のどこを攻撃すれば良いのかも見当が付かない、橋の時は最終的には橋を粉々に粉砕してやれば良かったのだが、だが水をどうしろと言うのか。

 敵がここまで考えていたというのか、敵の思考に正義は驚愕していた。

 だが、実は違う。

 千枝は、先ほどの攻撃の際に、最後の取って置きとして隠し持っていた種を落としてしまっただけだった。

 それが着水し、水に種が浸透し、そして水の怪物となったのだ。

 橋全体を怪物化するほどの種である、その効果は一体どれほどの範囲なのか分からない、ただそれはプールの水よりも遥かに量が多いと言う事だけは間違いなく分かる。

 この怪物は、明確な指示は受けていない、ただ分かる事がある。

 それは、今自分の体内を泳ぐこいつが敵であると言う事、そしてこいつを倒す事が自分の役目であると言う事である。

 

 その中で正義は足掻いていた。

 こんなはずじゃない。

 水中で必死に剣を振っているのだが、それで問題はどうにも解決されない。

 いっその事、先ほどのように底まで潜って、川底を蹴り一気に抜け出す事も考えたが、下に進もうにも、やはり周りの水がそれを許さない、足場も何も無ければ自慢の力を発揮する事すら出来ない。

 水泳とは、水をかいて、その推進力で進む物だが、周囲の全ての水が意識を持ってそれを邪魔したら、どこにも進む事など出来る訳が無い。

 何かのブースター的な物でも持っていれば別だが、そんな物は持っていない。

 足掻いたせいで、急激に酸素を消費していた。

 馬鹿な。

 ヒーローが溺死?

 そんな訳が無い。

 そんな事、有って良いはずが無い。

 そんな話、聞いた事も無い。

 そんな地味なやられ方などする訳が無い。

 それに――

「びぃーぼぉーばっ! ぶびびばっ! (ヒーローは不死身だ!)」

 水中では、それはただ酸素を無駄に吐き出す行為には他ならない叫びが、水中に響いていた。

 正義の願いが届いたのだろうか。

 正義の、『地味なやられ方』は、嫌だという願いを聞き届けたように、周囲の水は、その能力がただ敵を溺死させるだけではない事を証明した。

 水の怪物は、内部の水圧を調整する事も可能で、一部分だけ、そう、それこそ人一人の範囲程度ならば、一気に海底数千mもの圧力をかけてやる事も可能だった。

 そして、それは行われた。

 イメージとしては、雑巾を絞るようなイメージである。


 最初は耐えられた。

 だが――

 いくら、超人的な正義だろうと、そのコスチュームの力でも防ぎようも無い水圧には対処の仕様も無かった。

 耐えられたのは五秒にも満たない時間だけだった。

 一気に来た。

 一部分にではない。

 全身に満遍なくそれは襲ってきたのだ。

 全身の骨が、一瞬で砕ける音、圧し折れる音、それを正義は聞いていた。

 耳で鼓膜から届いた音ではない、あくまで内部から伝わる振動でそれを認識していた。

 出来れば一生耳にしたくない音であった。

 しかし、壮大な音でもあった。

 正義の望む、少なくとも自分にとっては派手な最後であった。

 それほどの大音量がその耳に響き渡っていた。

 ある意味では、それは今まで聞いた、どんな効果音よりも正義の心に響き渡った。

 口から泡が吐かれて、それと同時に水中を響く悲鳴が発せられたはずだが、それを聞く者はどこにもいなかった。

 正義の最後の台詞、それは歓喜だったのか、恨み言だったのか、悲観だったのか、誰にもそれは分からない。

 ただ一つ分かるのは、彼の命がここで潰えたという事実一つだった。

 その最後が、派手だったのかどうか、それは本人と、もし見ている者がいればその意見は大きく分かれる事となるだろう。


 こうして、正義のヒーロー、クリムゾン・ジョーこと小山田正義はその儚い生涯をそこで終えたのだった。

                             ・


 千枝が気が付いた時、いつものように花壇に水をやっている所であった。

 自分がどうして生き残ったのか分からない、しかしそれを悩む素振りも見せない。

 僅かに、傷口であった部分を見たが、そこが元と変わらずに存在しているのを確認しただけで、わざわざ手で摩りもしなかった。

 こう言う物だと理解したのだ。

 理解したら、それはそうだと思い込み、それ以外の考えは特に思考したりはしない。

 深く悩んだりは決してしないのだ、思考は最小限に留める、それが彼女の処世術であった。

 もしも、彼女が深く物事を考える性格だったら、とてもじゃないが現在の状況、見えない牢獄に囚われているような、母親の両手を常に首筋に感じているような生活には耐えられずに自殺していたかもしれなかった。

 彼女は、戦いに勝利したが。

 現実の一切全てに対して、戦うという発想すら抱かなかった。

 そういう発想を抱かない事こそが、彼女を生かしているのだから。


 こういう生き方、戦い方も有るのだった。 


 千枝は、生き残った事が嬉しいらしく、珍しく鼻歌を口ずさんでいた。

 曲名も歌手も知らない、ただ街を歩いていた時にどこからか聞こえてきた歌だった。

 テレビに流れている歌は、街中で流れている物しか聞いた事が無かった、それに母親の前では決してしないように気をつけているが、さすがに生き残った事が嬉しいように見える。

 千枝は花に水をやりながら、この子達の為ならば、後何回だろうと戦って生き残ってみせる、そう誓った。





今回、中々駆け足気味でバトルを終えました。


次回が最終バトルですが、ちょっと間隔を置いて書くかもしれませんが、ご了承を。

今月中には完結予定ですのでよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ