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      ヒーロー誕生

 小山田正義おやまだまさよしは、小学校の卒業と同時に転校が決定し、それまで生まれ育った土地を後にした。


 新天地に向けての気合も充分で、新しい場所でもやっていける、そう思っていた。

 何しろ、実績がある。 

 以前の学校でのあれだけの扱いを考えれば、どういう場所でもそこそこやっていける、そう思うのは当然の事だ。 

 だが、中学という、小学生だった者からすればまるで勝手の違う場所、知り合いのいない環境、そして以前は自分が望む望まないを問わずに持てはやされた環境だったと言う事。

 それら全てが、正義にとってマイナスに働く事になる。


 中学に入り、新たな生活が始まった正義だったが、正義のクラスのその中ではほとんどの生徒同士が顔馴染みという状況だった。

 近所にある小学校から、そのままこの中学に入る生徒が大多数で、他の学校から来る生徒というのは少数派だった、それにしても習い事か何かで顔と名前は知っている間柄だったりして、まったくの他人はほぼ正義一人であった。

 並みの少年ならばめげてしまう状況だが、正義は並みではない。

 積極的に話しかけ、輪に入ろうと努力した。

 しかし。

 正義は、自分では気づいていないかもしれないが、以前の小学校では誰もが自分に対して好感を持って接してくれたという経験から、相手が自分に対して好感を持っていないと気分がノらないのだった。

 そのせいで、ほんの少し、以前の場所ならば誰も正義から嗅ぎ取らなかった臭いを、そのクラスの人間は嗅ぎ取っていた、その異臭の名は傲慢という。

 それに性格と言う物は不思議な物で、長所が時に短所として働く事がある。

 例えば、泣き虫な性格は、一つの場所では情けないとして嫌われるかもしれないが、別の場所では感受性が強いと言われる。

 それは、正義にも当てはまり、正義感の強い熱い性格というのが、その場所ではただただ鬱陶しいとして受け入れられていた。

 それに薄々気づいた正義も、時折昔の学校を思い返しては、その時の楽しさに浸っていた。

 これが間違いだった。

 過去を思い返すのは決して悪い事ではないが、現状がつまらないから、過去を思い返して自己満足するだけでは何も解決しない、むしろ状況は悪化の一途を辿るだけだ。

 それに、何かに付けてリーダーシップを発揮していたのだが、それがことごとく空回り、しかもたまたま三年生の喫煙現場を目撃し、注意して殴られたり、それを教師に相談したら、今度はチクり魔として扱われたので、ますます正義の肩身は狭くなる一方であった。 

 

 正義は、徐々に孤立していった。

 友達はまるで出来ず、あれほど活発に誰とも会話を楽しんだ正義が、今では学校で授業中に先生に指されたりして、文章を朗読する以外は口を開かないのが当たり前となっていた。

 イジメ、とまでは行かないかもしれないが、その一歩手前の、ウザったい存在として周囲に見られていた。

 それは、かつての生活からすると、正義にとっては地獄に等しかった。

 新天地と今までの世界とのギャップの差、それはまだ中学に上がりたての少年にはあまりにも重過ぎた。

 一度、本当に風邪を引いて学校を休んだら、そこから学校に行くのが怖くて怖くて堪らなくなった。

 それをきっかけに、正義は学校には行かなくなってしまった。 

 両親も心配したのだが、どのような対処が良いのか分からないまま、正義をそのまま放置する結果となった。

 父親は、自分の転勤が原因だと自分を責め、母親は、自分の教育が間違っていたと自分を責め、そのせいで二人とも正義に対して強く何かを言えない引け目を感じていたのだった。

 転校して半年足らずで、正義は学校を事実上休学する形となってしまった。

  

 それから、九年の歳月が流れた。

 正義の世界は、自分の部屋の中だけになっていた。

 かつては変態を路上で取り押さえたヒーローが、今ではテレビとパソコンの世界に没頭し、その中にのみ自分の存在意義を求めるようになってしまっていた。

 かつては空手の道場に通い、引き締まって筋肉質だった体が、今ではすっかり慢性的な運動不足のせいで脂肪が蓄積し、小学生の時自分が捕まえた露出狂の変態の中年と大差無い肉体へと変貌していた。

 20歳を超えているのだが、定職にも就かず、学校にも通わず、それでも両親は正義を過保護に面倒見ていた。

 両親は共働きで、そこそこの収入があったから可能だったのだが、逆にそれは正義が外の世界に出る理由を失ったと言う事にもなる、もしも外に行かなければ生きて行けないのならば、嫌でも外に出るしかない、そうしないなら死ぬだけだ。

 だが、結局、正義は今が何曜日なのかも良く分からないような、昼夜も関係無い生活を続けていた。

 本人は楽しかった。

 好きなゲームをし。

 好きなテレビを見た。

 以前から好きだったヒーロー物でも、最近は凝った物が多く、今ではかなりの知識を持っている正義をも唸らせる出来の作品がある。

 その中でも爆色戦隊カラーファイブが正義のお気に入りで、それにはかなりハマっていた。

 空しさは感じなかった。

 時折、以前の小学校からの同窓会のお知らせも届くのだが、それらは全て黙殺した。

 以前の土地から、車でも片道2時間以上もかかるというのにわざわざ遊びに来るかつての友人もいたが、正義は顔すら見せる事は無かった。

 そうしている間に、正義の事を尋ねてくる友人はいなくなった。

 本当は寂しい事なのだが、正義にとってはもう煩わしいだけだった、むしろそれらが消えてせいせいすらしている。


 だが、ほんの少し、たまにだが思う。


 自分は何の為に生きているのか?

 かつては幸福だった。

 それは間違いない。

 友人もいれば、ガールフレンドもいた。

 大人も子供も自分に対して好意的で、まさしく理想の世界だった。

 何が悪かったのか。

 親を恨んだ事もある、文句を言った事もある。

 だが、どうしようもない事だ、それならば自分で稼ぐしかない、だがそう言う事は考えられない。

 この世の全てが自分に対して牙を剥いているような気分を正義は味わっていた。

 これは何かの策略じゃないかとすら最近は思える。

 英雄である自分の存在を邪魔に思った何かが、自分をこうやって追い詰めているのだ、と。

 これは、明らかに誇大妄想の一つに過ぎないのだが、その妄想に一役買う事件が起こってしまう。

 それは唐突に訪れた。

 いつものように、毎日かかさず訪れているサイトを見ている時だ。

 いきなり、全てが止まったのだ。

 最初は、パソコンがフリーズしたのだと思い、再起動しようとしたが、それでもまったく動かない。

 最後の手段として、主電源を長押ししているのに、それでも反応がまるで無かった。

「クソ! ウィルスかよ!? 対策は万全だってのに!」

 正義は、そう毒づいたが、その時になってようやくおかしな事に気が付いた。

 パソコンが起動中は必ず鳴っている音、それが無い。

 他にも、外の喧騒も一切聞こえない、さすがにそれに対して正義は異常さを感じた。

 一体どうしたと言うのか。


 正義は滅多にしないが、窓のカーテンを開いて、外を見た。

 そして、絶句した。

 正義の家の前の道路、そこには二人の小学生がいた、どうやらキャッチボールをしているようだ。

 そこまでは、普通だ、どこにでもある風景だ。

 キャッチボールをしている二人の中心の辺りに、空中で白球が止まっていなければの話だが。

 混乱した。

 窓の外の風景を見ながら、これは一体どう言う事なのかと、思案していた所、突然背後のパソコンから音が響いた。 

 轟音と言って良いほどの音量だった。

 耳を押さえないと、鼓膜に影響が生じるのではないかと思えるほどの音である。

 今まで正義が聞いたどの音とも違うが、あるいは聞いた事ある全ての音が混ざり合った騒音のような気もする。

「う……、うるせぇ! 何なんだ!」

 正義がそう怒鳴ると、その音が止んで、澄んだ声が響いていた。

 澄んだ声だが、機械的で一切の感情が込められていない声、その声はこう言っていた。


 『You've Got Mail(メールが届きました)』


 そしてその言葉と同じ文章が、停止しているはずのパソコンに浮かび上がっていた。

 正義は、他にどうする事も出来ないので、そのメールを恐る恐る開いた、今更この状況でウィルスメールがどうとか心配する必要は無いだろう。

 そのメールを開く以外の操作は、相変わらず停止したままだった。

 そこには、正義の想像を超えた文章が並べられていた。


 『あなたは、選ばれました。武器を手に取り、敵を倒します。その為の力をあなたは得ます。敵は一人です。相手を殺さないと終わらない、です。戦います、あなたの敵は外にあります』

 

 まるで、英文を下手な直訳したような文章だった、しかも同じ文章が何度も繋がり、それが画面を埋め尽くしていた。

 慣れていない人間が見ると気持ち悪くなってしまいそうな、そんな文字の洪水だった。

 日本語としては不完全な文章だが、意味としては伝わる。

 武器を持って、敵を倒せ。

 そう言っているのだろう。

 どう言う事なのか?

 正義は、その視線の先に、今まで無かった物を見つけていた。

 それは……コスチュームだった。

 自分の好きな戦隊物のヒーローの紅い衣装だ。

 似たような物は部屋に幾つか転がっているが、ここまで精巧な物は無い、思わず歓喜の声をあげてしまっていた。

 敵がどうとか言っていたのをすっかり忘れて、それに夢中になった。

 肌触りは高級品の持つ光沢と、シルクのような滑らかさである、素人が作った物では限界があるが、これは限定販売の実寸大の衣装よりももしかしたら精度が高いかもしれない、マスクの出来も並みの物ではない、正義はそう思った。

 そして、散々触ったら、今度は着てみたい欲求に駆り立てられた。

 今まで、売っているコスチュームなどは全てが、今の正義には小さすぎた、正義の体重は今や100kgを越えているのだ、オーダーメイドでもない限り、そのサイズのヒーローのコスチュームなどは手に入らない。

 しかし、その服は正義の巨体をもすっぽりと覆う事が出来た。

 伸縮性に富んでいるようで、かなり腹の部分が伸びたのだが、それでも動いたら破れてしまうような、そんな気配は微塵も感じさせない。

 それを着て、マスクを被ると、正義の中で、今まで眠り続けていた感情が湧き立つ思いだった。

 小学校以来、かつての土地を離れてからずっと捨てた物、封印し続けた感情。

 

 それは、正義感。

 正しい事を正しい力で行う、それこそが本当の正義せいぎであると思っている。

 力が全身から溢れるような、そういう感情の昂りも全てが正義にとっては久しい感覚だった。

 動かないと破裂してしまいそうだった。

 正義は、色々なゴミやら、他人にとってはガラクタにしか見えない宝物を踏み越えて、いつもは決して開かれない扉の前に立った。

 親が運んできた食事を部屋の中に入れる時と、食器を外に出す時、あるいは用便の時と、たまにだが風呂に入る時以外は決して開かれない扉だ。

 それを前にして、正義は構えを取った。

 その構えは、空手ではなく、自分が大好きな戦隊物のヒーローである、爆色戦隊カラーファイブのクリムゾン・ジョーが敵と対峙した時にする構えである。

 そして、腰の辺りに落とした右拳を、思いっきり前に突き出した、すると、かなり頑丈な造りになっているはずの扉が、いとも簡単に破壊されてしまった。

 自分の知っている肉体の持つ力とは明らかに異質な力だった。

 ヒーローだ。

 自分は今まさにヒーローが持つような力を手に入れたのだ、そう確信した。

 あのメールに書いてあった通り、選ばれたのだ。

 きっと、神に。

 他にも、外には敵がいるとあのメールには書いてあった。

 つまり、悪がいるのだ。

 自分が倒すべき悪が。

 クリムゾン・ジョーの助けを待っている罪の無い人々がいるはずだ、彼らを助ける為に自分は動かなければならない。

 外に出るのは実に九年振りである。

 最後に家を出た時、かなり陰鬱いんうつな気分で、もう二度と学校に行きたくないと思ったものだが、今はまるで真逆のことを考えている。 楽しくして仕方が無いのだ。

 歌でも歌いたい気分だった。

 歌声ではなく、いつのまにか正義は笑い声を上げていた、ヒーローは常に余裕を見せなければならない。

 

 本来、もう少し様々な葛藤があるべきであり。

 この現状を受け入れるに抵抗を感じる物なのだが、この男、小山田正義にはそう言う物がほとんど無かった。

 当たり前の物を、当たり前に受け入れた、ただそれだけのような気もする。

 今回の正義の『敵』となる、郡谷浩一郎ぐんやこういちろうも、比較的早くに状況を受けれた方だったが、正義には敵わないだろう。


 そして、正義は九年振りの外の空気を吸い、敵と戦う事となる。

  

                        ・


 戦いが終わった後、気が付いたら元の部屋に戻っていた正義だったが。

 それら全てが幻では無いと確信を持っていた。

 いずれまた――

 悪が出現した時、自分の出番がやってくるのだ。

 正義せいぎのヒーローの助けを求める声は、いつだって自分の元に届くのだから。

 

 ちなみに、この小山田正義おやまだまさよしには人の命を奪ったという、罪悪感や、それに伴う様々な悩み・葛藤は皆無であった。

 彼の思い描くヒーローは悩まない。

 ヒーローが敵を倒すのに、悩む必要はまったく無いのだった。

 勧善懲悪が世の常であり、悪は必ず滅ぼされなくてはならないのだった。

 実際には正義とはその人それぞれの中にある理由のような物だが、正義にとって正義せいぎとは一つの固定観念により支配されているようだった。


 そして、正義の想像通り、次の戦いは間も無く訪れるのであった。




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