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      上崎の策

 

 上崎正かみさきただしが仕掛けた策はこうだ。


 まず、爆弾が好きな形状に変えられるらしいという事が分かった瞬間に、上崎の脳裏に浮かんだのは、この爆弾で武器を作り、攻撃する、相手から反撃を受けたらわざとらしくないように武器を取り落とし、相手に拾わせて爆発させる事ともう一つ。

 それは、この爆弾で鎧のような物を作れないだろうかという考えだった。

 出来るかどうか定かではないがやってみる価値は有ると思った。

 それで殴られてキヨスクの中に吹っ飛ばされた時、よろけるフリをしながら爆弾の一つを取り出して、それをズボンの中に押し込み、鎧を連想した、透明な鎧だ。

 あくまでこの時は、最初のナイフによる罠で敵を倒せると思っていた、だから次の戦いに備えて可能性を模索しようとしていただけだった。

 現に、あの若者は単純にも落としたナイフを拾ってくれたので、その瞬間に爆発させその肉体は見るも無残な肉塊へと変貌した。

 

 上崎の予想と違ったのは二つ。

 一つは、爆弾による鎧を作ろうとしたのだが、大きさの限界が有るのか、全身を覆う事は出来ず、胸の辺りから下半身を覆うのみが精一杯だった。

 腕まではカバーし切れなかったのだ。

 それに鎧というよりも、雨合羽あまがっぱのような物にしか見えなかった、贔屓目ひいきめで見て格好良く言い換えれば防護服とでもいうか。

 その時は、この戦いの為ではなく、次の戦いに備えての試験だったので、それで良しとしようとしたのだが、ここでもう一つの予想を裏切る事態が起こった。

 もう一人の敵の出現だ。

 

 もう一人と言っても同じ人間なのだが、まさか相手が『二人』いるなんて想像を遥かに超えた出来事過ぎて、さすがに最初は反応出来ずに先制攻撃を許した。

 もしも。

 もしも、爆弾による鎧というか防護服を作ってそれを装備していなければ、最初の攻撃による腹への一撃で内臓が破裂していたかもしれない、命は失わなくても、それで行動不能になる恐れがある一撃だった。

 だが、この防護服のお陰でその衝撃を大分和らげる事が出来た。

 その後の缶による遠距離からの投擲とうてき攻撃も、その防護服で覆われている部分はかなりダメージを抑えられた(もっとも覆われていない左腕は酷い有様になったが)

 

 とりあえずの危機は迫っていなかったが、相手が近寄ってこない事には上崎に勝機は無い、だがこっちから近寄っても接近戦では相手にならない。

 ではどうするか。

 そこで考えたのは、相手を待つという作戦。

 言葉で相手を動かそうとした。

 会社じゃ、年下の新入社員にもどう指示を出そうか、どう言ったらこっちの思惑通り動いてくれるのか、四苦八苦しているのに、この場所ではすんなりとその言葉が頭に浮かび、そしてそれを容易く口に出せた。

 それにより相手は多少動揺し、そして近寄ろうかどうか迷っているように見えた。

 それで良い。

 迷ってくれれば良い。

 その間に、こっちも準備をしなければならない。

 小銭を撒いたのはフェイクだ。

 

 爆弾を透明な物体に変えられるのは、防護服の時に実証済みだったので、何に変化させるかは簡単に決まった。

 相手は、こっちの安全圏に気が付くはずだ、爆弾の射程距離も分かっているはず、その穴を突くしかない、そう思った。

 だから変化させたのだ。

 『床』に。

 透明な液体がじわじわと床に広がっていくような光景は、さすがに相手の視力が強化されていても、よほど集中していないと見逃すはずだった。

 ただ床に変化させた透明の爆弾を広げただけではない、それだと万が一相手が覚悟を決めて突っ込んできた場合、その勢いで上崎本人がすっ飛ばされて、床の爆弾を爆発させる前に距離が出来てしまう可能性が有った。

 だから、その床の透明な爆弾を、危険では有るが昔の囚人の足枷のように、足にはめ込んだのだ。


 床の爆弾の威力を、防護服が防ぎきれるかどうか、それは賭けであった。

 同じ性質の物だから防げるかもしれないし、あるいは誘爆してしまうのではないかという恐怖もあったが、他にどういう方法も思いつかなかった。

 相打ちならば、どちらかというと爆弾を事前に知っている分、覚悟の量で多少は意識を保っていられるかもしれないとも思ったが、二つの爆弾が同時に爆発していたら、覚悟も何も跡形も無く吹っ飛んでいただろう、そうなったらどうなったのか、それはいくら考えても分からない。

 重要なのはタイミングと、そして防護服を爆発させない事だった。

 ボタンを押して爆発させる爆弾ではなく、意識による操作というのが難しい。

 足元の床に仕掛けた爆弾と防護服に変化させた爆弾の使い分けだ、それはもう出たトコ勝負だった。

 上崎の予想通り、相手は突っ込んできた。

 しかもナイフを手に持って。

 予想通りではあったのだが、その速度は速すぎた。


 まるで隼や鷹が獲物を宙から襲うような速度で、飛び掛ってきたのだ。

 上崎が気が付いた時には、相手のナイフが胸に突き刺さっていた、突き刺さったと言っても防護服に阻まれて致命傷ではない、しかし胸の肉は間違いなく裂けているだろう、注射針に刺されたような痛みを感じた。

 だが、それに構っている場合ではなかった。

 掴む、そして爆発させる。

 それだけを上崎は考えた。

 ここでまた距離を取られたらおしまいだ。

 幸い、相手はこっちにナイフを刺した瞬間に、僅かだが油断した。

 それはナイフを刺した油断というよりも、爆弾の破壊による危険から逃れたと思った安心感から来る物だろう。

 どっちにしても油断は油断だ。


 ――爆発。


 上手く行ったのか?

 一瞬何も分からなくなった。

 だが、分からないという事が分かるという事は、意識があるという事、死んでいないと言う事か。

 訳が分からない。

 思考を整理しなければならない。

 気が付いた時、上崎は既に地面に転がっていた。

 自分自身は爆発が起こる事を予測していたのだが、それでもあの威力は意識を吹っ飛ばすほどの物だった。

 背中は痛むが、防護服が地面に叩きつけられた時のショックも吸収してくれたのか、命に関わるほどの物ではない。

 上崎は自分の体を見た。

 防護服のお陰で、ズボンはもう見るも無残な布切れに変わっているが、足の傷は軽微で済んだ。

 胸にまだあの若者が刺したナイフが、防護服に食い込んで刺さったままだった、ゾッとした。

 あまり胸にナイフが刺さる光景を見た事は無いが、実際に見るとこれほど背筋が凍りつく物だとは思わなかった。

 それにしても僥倖ぎょうこうだ。

 予想通り行き過ぎた感もある。

 だが、まだ、元の世界に戻っていないと言う事は、あの若者は死んでいないという事になる。


 探さなければ……。

 探して止めを刺さなければ……。

 周囲を見渡した。

 

 いた。


 転がっている、あの若者が見えた。

 ダメージは……

 かなり深いようだ。

 右腕が明後日あさっての方向を向いている上に、両足が吹っ飛んで太股が半分しかそこには無い。

 血がかなりの量流れているようだった。

 上崎は、声を掛けた。


「まだ……、生きているか?」

 分かりきった質問だった。

 生きているから、まだ元の世界には戻れないのだから。


「テメェ……、やりやがったな……、クソが……」

 うわ言のように、その若者――浅野薫あさのかおるは言っていた。

 止めをどう刺そうか。

 それを上崎は考えていた。


                              ・

 

 形勢は圧倒的に不利。

 浅野は冷静に判断していた。

 相手の策にまんまとはまったのだ。

 だが、まだ薬の効果は切れていない、あのおっさんの言った薬の持続力がどうとかいう話は、今思えばただの思い過ごしだったのかもしれない、この戦いが終わるまで効果が切れない、そういうシロモノだったのかもしれない。

 今も、想像を絶する激痛に襲われてはいるが、まだそれを耐える事が出来る、たぶん、止めを刺しに近寄ってくるであろうあのおっさんを掴みさえすれば、左腕一本であのおっさんを殺せるはずだ。

 今度は、あのおっさんが覚悟を決める番だ、そう思った。

 立場は逆になる、あのおっさんはどう動くのだろうか。

 唐突に、浅野の耳に声が届いた。


「立場が逆……、今そんな事を思っていないか?」

 図星だった。

 だが、何故分かる?

 いや、分かった所で状況は変わらない、浅野は返事をする体力も惜しんでただ待った。

 

 上崎は言葉を続けた。

「私は、君と比べて体力にまさるとは思えない、薬の力を抜きにしてもね。知力だって、君の知らない事を私はよく知っているとは思うが、逆に私の知らない事を君は知っているだろう、頭の良さというか回転の速さならば若い君の方に分があるかもしれない、だが、絶対に私が君にまさっていると確信出来る事がある、それは忍耐力。我慢比べならば絶対に君に勝てる、それだけは譲れない」

 それは誇張では無い。

 平凡で味気ない人生を42年も続けてきたのは、想像を絶する忍耐力が必要だった。

 それに比べたら、ここで、どれほど長くても2〜3日の時間を待つだけなど、瞬きに満たない時間に過ぎない。

 

「だから、私は君が死ぬまで、ここを動かないで君を監視する。ずぅぅっっっとね……」

 上崎は、冷たくそう言い放っていた。

 


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