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      二人

 

 上崎正かみさきただしは、キヨスクの雑誌の山から体をようやく起こした。


 今まで利用する事はあっても、その中に立つ事など無かったから奇妙な気分だった。

 普段体験できない事を味わった訳だが、嬉しいとはとても思えない。

 とりあえず顎が痛む、骨折かあるいはヒビくらいは入っていてもおかしくないだろう。

 歯も、舌で押すと動く感触がする、折れてはいないが、抜けかけているようだった、それも二本も。

 頭もクラクラしている、日常生活で滅多に味わう経験が無いが、脳震盪と言う物だろう。

 先ほどの若者が、自分が落としたナイフを拾うだろうと思い、その時間稼ぎの為にちょっともたついているフリもしていたが、実際に体を動かそうとすると、演技する必要が無かったことが分かる、それほどまでに顔を殴られると言う事は肉体的に、そして精神的にもダメージが有るのだ。


 それにしても妙だった。

 この前の戦いの時は、爆発した瞬間に一瞬で元の世界――日常に引き戻されたが、今回はまだ戻らない。

 どう言う事なのだろうか。

 辺りには肉が焦げた嫌な臭いが充満している、元は人だった肉片が散らばっているのを見るのも良い気分はしない、それを造った張本人が自分であるならなおさらである。

 最初と違い、携帯電話が鳴らなかった。

 そして最初よりも力もそして武器も変化していた。

 この、すぐに元の世界に戻らないというのも、最初の時との変化の一つなのだろうか。

 

 それにしても上手く行った。

 上崎の『武器』、それは自由に形を変える爆弾である。

 変幻自在爆発物カメレオン・ボムとでも呼べる代物のそれは、上崎の意思に従って形を変化させる。

 最初に、バッグから取り出した時にナイフの形状をさせていたのは油断させる為である、そしてそのまま攻撃して倒せれば一番良かったのだが、相手の反撃を受けるようならばわざと武器を落とすつもりだった、それを拾うかどうかは賭けであったが、拾わなくても近寄った時に爆発させればダメージは大きい、そう思ったのだ。

 爆発条件は色々試した訳ではないので確かな事は言えないが、上崎が強く念じる事がその条件のようだった。

 だから、さっきの相手の一撃で意識を失っていたら、爆弾は爆発せずにそのまま命を絶たれていた可能性も否定できないと言う事だ。 


 上崎が初めての戦いの時、相手が(名前も知らないが)、上崎からその爆弾を取り上げた瞬間に爆発した、恐らく上崎が相手の理不尽な態度に腹が立って、「こんな奴はこの世からいなくなってしまえば良いのに」と、そう強く思ったのがきっかけなのだろうとは思っていた。

 最初の戦いの時、もう一歩相手に近寄っていたら自分も巻き込まれていたのは間違いない、そうなったら相打ちだ、その場合はどうなっていたのか想像の範疇を超えている。

 少なくとも、この爆弾は威力こそ強いが、相手が接近戦で来た場合には、諸刃の剣になりやすいという事を頭に入れなければならない、今回のように相手が単純に罠にはまってくれるとは限らないのだ。

 

 今回は、爆弾が『3』個、有った。

 それは最初はケースに入っているゲル状の物体で、触れてから意識を集中させると形となり、ナイフをイメージしたら先日見た戦争映画の影響のせいか、あのようなサバイバルナイフになったのだ、切れ味も再現しているのは汎用性が高い、さすがに銃などは再現できないだろうが、ただの爆弾よりも遥かに優れているように思う。

 形状をナイフにして相手の隙を誘おうと思ったのは、直感な閃きだった、前回の時は形を変える前に戦いが終わってしまったので、今回初めてその爆弾が形を変えることが出来る事を知って、すぐにそのアイデアが浮かんだのは奇跡的だった。

 こういう発想が日常でも生かせれば良いのに――、上崎は自嘲気味に苦笑を浮かべた。

 実は用心の為に、既にここに吹っ飛ばされた時に、一つの爆弾を別の形に変化させていたのだが、それが活躍する機会は今回は無かった。

 もう一つの爆弾は、まだ上崎の上着のポケットの中に入っている。

 

っつつ……」

 顎を押さえながら、上崎は、既にかなり回復していたが僅かによろめきながら、キヨスクの中から一歩外に出た。


 その時だった。


 何者かが上崎の死角である右側から手を伸ばした。

 上崎が、それに気が付いた時には遅かった。

 その手は上崎の右の二の腕をしっかりと掴んでいた。

 そして次の瞬間、上崎は、その何かに右腕を強く引かれた。

 それは何者かに引っ張られた強さというよりも、片手だけで逆バンジージャンプを体感させられたかのように、一瞬で上崎を軽々と10メートル以上もの高さに放り投げていた。

 人の腕力ではなく、機械の持つそれに匹敵する圧倒的な力であった。

 上崎は完全に思考停止状態に陥っていた。

 何が起こったのか理解できない。

 それは無理も無い。

 いきなり上空に放り投げられ、今は落下が始まりジェットコースターで急降下するような気分を味わっていた、天地も逆転している。

 こういう状況で平静を保てる人間などそうはいないはずだ。

(なっ、何が起こった!?)


 混乱する上崎の視界に何かが見えた。

 それは丁度上崎が頭から落下していく状況で、地上に顔を向けていたから見えたものだ。

 人影のように見えるが、早すぎて、そして上崎自身が落下という日常生活では滅多に体感できない状況であった為、正常に捉える事が出来なかった。

 ただ何かが迫っていると言う事だけは分かった。

 その人影は、落下しているとはいえまだ地上から5メートル以上は上空の上崎に、地面から跳躍しゆうゆうと追いつき、そして――


 蹴った。


 上崎の腹に強烈な衝撃が走った。

 まるで小型の車が腹の一部に激突したかのような衝撃だった。

 内臓が痙攣を起こし、胃液をぶちまけそうな痛みが、上崎を襲った。

 その勢いのまま、上崎は駅の改札前の広場を滑るようにして、転がっていった。

 どれほどの衝撃が加われば、成人男性をそのように吹っ飛ばされるのか、常人の想像を超えるほどの威力が込められているようだった。

 上崎はその時計台の有る広場を50mは転がっていった、上崎は受身を取る余裕も無かった、全身を強く打ち付けられた。

 危うく、広場の下の繁華街に通じる階段から転げ落ちそうになったところで、上崎の体はぎりぎりの位置で停止していた。

 まだ、上崎は自分の身に何が起こったのか理解できていない。

 状況は上崎を置いて進行していた。

 

 ヒュッ!


 空気を切り裂く音が、上崎の耳に届いた。

 その音とほぼ同時に、体に何かが食い込むような衝撃が走った。

 本能的に頭部を防御したが、その『何か』は、腹部に狙いすましたようにぶつかってきた。

 空気を切り裂く音と、何かが体にぶつかる衝撃が立て続けに襲ってきた。

 一体何がどうしたのか。

 それは防ごうとするとその部分を破壊してしまうほどの威力を持っている。

 現に、左手はその何かに直撃を食らって骨が折れてしまったようだ、中指が有り得ない方向を向いているのだけ、体を打ちつけた衝撃で、まだクラクラしている上崎でも、それだけはどうにか確認できた、出来れば確認したくなかった。

 自分の指がそんな風に折れ曲がっているのを見たら、それだけで吐き気を催してしまう。

 その痛みが、他の部分に当った衝撃でも、まるで跳ね上がるように痛む。

 それでもその攻撃は淡々と続く。

 まるで嵐に怯える子供のように、上崎は頭部を抱え込んで、そこにうずくまって、ただひたすらにそれが終わるのを願った。

 その願いが通じたのか、10回以上も衝撃が襲ってきた後に、ようやくそれが収まった。

 それと同時に声が上崎の耳に届いた。


「ま〜だ、生きてんのぉ?」

 それは上崎が、ごく最近聞いたばかりの声だった。


 上崎が、服も肉体も全身ボロボロになりながら、ようやく声の方向に視線を向けると、50mほど先のそこには一人の若者が立っていた。

 それはどう見ても、先ほど吹っ飛ばされたはずの青年――浅野薫あさのかおるだった。

 服装も何も変わっていない、最初に見たときの姿のままでそこに立っていた。

 左手にはコンビニの袋を持っている、それだけが最初に見たときとの違いだった。

 上崎は、驚愕していた。

 先ほどの爆弾で完全に吹っ飛ばされたはずのこの男が何故ここにいる?

 超スピードで避けたとか、そういう次元の話ではない、それならばまだくすぶっている肉片はどう説明するというのだ。

 まるで忍者の変わり身の術のように、どこからか別の物を持ってきて自分は爆発を避けたとでもいうのか。

 有り得ない。

 

「混乱してるよーだから、説明してやろうか〜? 俺ってばシンセツだからさー」

 浅野は上機嫌に、まるで子供が親を驚かせる為に何か前準備をしていた事を話すようだった。

 先ほどは、自分が聞きたい事だけ聞いて、上崎の質問は無視していたのに、今度は自分から何かを話すようだ。

 上崎の頷きも確認せずに、浅野は言葉を続けた。

「前回、まぁ俺の最初の時だけども、相手はどっかのチンピラだった、俺はよく分かんねーけど、電話で言われた通り、『武器』を探したら、ポケットの中から見慣れないクスリを見つけたわけ、まぁ飲む以外はねーだろうと思って飲んだら、あんたもさっき見た通りスゲェ〜力が湧いてくる、んで目の前の奴はってーと、武器は持ってなかったが『二人』いた、まぁあんな雑魚、二人まとめてち殺したけども、多分その力が引き継がれたんだろうなー、あぁちなみに『俺』も『武器』のクスリは持っているぜ、もう飲んだからあんたを片手で投げ飛ばしたりも出来たわけ」

 

 大分掻い摘んで話しているようだが、要約すると、前回浅野が闘った相手は武器を持っていない代わりに『二人』いる、という特性を持っていた。 

 それが勝者である浅野に引き継がれたのではないかという話だ。

 つまり、最初に爆弾で吹っ飛ばされた浅野薫とは別の、もう一人の浅野薫が自分だと今言っているのだ。

 その話から推測すると、上崎の形を変えることの出来る爆弾は、実は前回の対戦相手が何か形を変えることの出来る武器を持っていて、それを倒したからその力が今の爆弾と特性が融合したのではないかという話である。

 だが、それを確かめる術は無い。

 そして、それだけの余裕は上崎には無い。


「いや、しっかし危なかったな、傍から見ていると、あんたの思惑がスゲェ分かったし、そんでもって『俺』がどんだけ考えてねーか、よく分かったわ。 そもそもあんたが、自分の武器のはずのナイフを簡単に落とすってのがまず不自然だった、それに加えて『俺』がそれを拾う間抜けぶりは、思わず声を掛けたくなったし」

 浅野は饒舌だった。

 もう勝負は付いている、そう確信しているのだ。

 それにしても、自分自身が爆弾で吹っ飛ばされるかもしれないというのに、加勢もせずにただ傍観を決め込むこの男の精神構造は理解に苦しむ。

 恐らく、最初に吹っ飛ばされた浅野薫は、もう一人の自分の存在に気が付かなかったに違いない、もし気が付いていたら、わざわざ自分が危険な目に合う役目を選ぶ訳が無いからだ。

 

 上崎は、自分の周りを見渡した。

 エスカレーターが上り下りあわせて4本あり、その左右に大きな階段がある、その階段の端の辺りに上崎はいる。

 逃げようにも、階段を下りている最中にあの超人化した浅野に容易く追いつかれてしまうだろう。

 それよりも周囲に散らばった物、これも厄介だ。

 それは、缶ジュースだった。

 先ほど、雨霰あめあられのように上崎を襲っていた物の正体はこれだ。

 浅野が、吹っ飛ばされた上崎に向けて、そこらの自動販売機を壊したか、あるいは改札横のコンビニから拝借したのか分からないが、それを投げつけてきたのだ。

 空き缶ではなく、中身のしっかり入ったジュースだ。

 今の浅野の力で投げれば、それは十分すぎるほどの威力を持った凶器となる。

 実際、既にかなりのダメージが上崎の体には刻み込まれている。

 

 浅野の饒舌の理由がこれだ。

 上崎はどう前向きに見てもボロボロで、しかも、『武器』の『爆弾』の特性まで見抜かれている。 

 それに引き換え、浅野は傷一つ無く、しかも『武器』の『薬』で肉体強化されている状況である、爆弾と違って肉体強化はそれを見抜かれたからといって致命的ではないのだ。

 圧倒的な差がここにある。

「あんたの爆弾は怖えー、ぶっちゃけるとさ。それに多分まだ幾つか持っているんだろうし、形を変えれるみたいだし厄介だ、近寄るのはヤバイ、そんだったらいっそ、この離れた場所からあんたを攻撃し続ける事に決めた、あんたが動かなくなるまで、ずーっっっっとな」

 それは死刑宣告に近い言葉に聞こえる。

 それほどまでに警戒しているというのは、敬意に等しいのだが、そのような敬意は上崎にとっては少しもありがたくない、それだったらまだ侮ってくれていた方が嬉しいくらいだった。

 

 いわば、罠を張って待つ攻撃向きの上崎の『爆弾』を冷静に分析した結果、浅野は近付かなければ問題なしと判断したのだ。

 それは正しい。

 その戦法こそが、最良に思える。

 自分自身すらも捨て駒にしてしまえる精神力と、冷徹さが導き出した最善の攻撃方法だった。

 その為に、ジュースが切れて補充している間に逃げられないように、まだ何本もジュースをコンビニの袋に入れて持っているのだ。


 ようやく上崎は、まるで生まれたての仔馬のように、ヨロヨロと立ち上がった。

 そして最初に浅野が接近してきた時に「タイムッ!」と言ったように、浅野に向けて掌を向けた。

 さすがに、浅野も虚を突かれたような顔つきになった。

「あ? 何のマネだよ」

 

 上崎の顔には奇妙な事に痛みによる悲壮感も、絶望感も漂っていなかった。

 むしろ有利なのは自分だと言わんばかりの顔つきだった。 

 とても左手が、見るのもおぞましいほど滅茶苦茶な状況になっている人間が浮かべる表情ではなかった。

「あと何分だ?」

 上崎は、そう一言呟くように言った、聴覚も強化されている浅野には容易く聞き取れるが、意味が分からない。 


「はぁ?」

 浅野はその質問の意味が分からず眉を寄せた。

 

 上崎は不敵な笑みを浮かべていた。



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