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      躾

 その駅は、鉄道が三本も通り、上り下りで合わせて六本の線路が有る。

 その為、始発から、終電まで人の波が途切れる事はない。

 一日の平均利用客数は15万人を超えており、その周辺も繁華街が賑わっている。

 朝の通勤ラッシュでは溢れかえるほどの人がおり、何かのイベントでも有ればその時間帯は通勤ラッシュに迫るか超えるほどの人の量となる。

 東京駅や渋谷駅などと比べるとさすがに劣るが、それでもその人の量はこの県ではNO.2だという。

 普段は、平日休日を問わずに、およそ静寂とは無縁の駅である。

 その駅の改札を出てすぐの場所にある時計台の下。

 そこで二人の男が向き合っている。


 一人の男は、初老と言っても良いほど老け込んでいるが、やけに眼だけは生気を感じさせる男だった。

 いかにも休日のおじさんという服装をしている。


 もう一人の男は、若い。何か投げやりな雰囲気を周囲に漂わせているが、ギラギラとした何かが眼から滴り落ちそうな視線をしている。

 いかにも今時の若者というような服装をしている。


 二人が出会ったのは、この時が初めてであるはずなのに、その視線は互いを捉えて離さない。

 まるで憎しみあっているように見詰め続けている。

 不思議な事が有った。

 今の時間帯は、土曜日の、しかも17時である、その賑わいは半端な物ではないはずの時間である。

 だが、その二人の周囲には一切の音が存在しなかった。

 お互いの呼吸音、心音すらも聞こえそうなほどの静寂である。

 音だけではない。

 その二人以外の一切の動きが停止していた。

 人の動きもちろん、風の動きすらも無い、時計の秒針も時を刻む事を止めている。

 異様な光景である。

 

 若い男が声を発した。

 若い男の名は浅野薫あさのかおる、人生においてあらゆる努力を否定し続ける男である。

「あんた、何回目だ?」

 単刀直入で、一切の前置きも無い、そして相手に対しての礼儀も皆無な口調であった。

 用件だけを相手に投げつけるような言葉だった。

 とても年上の、しかも初対面の相手に対しての言葉遣いではない。

 会社などでそのような口の利き方をしたら、こっぴどく説教を受けかねない、というよりもそういう人間は、まず入社の際に面接があるまっとうな会社には採用されないだろう。

 

 その言葉遣いを注意するでもなく、また機嫌を悪くしているようでもなく初老の男が答えた。

「聞いているのが、この戦いの回数ならば2回目だ」

 穏やかとも思える口調だった。

 初老の男の名は上崎正かみさきただし、一週間前に突然この戦いに巻き込まれるまでは、人生に一切のうるおいを感じられなかった男である。

 

 上崎も普段ならばもう少し優しい口調で答えている。

 優しいというか、控えめというか、決して若者の無礼をたしなめたりはせずに、ただ優しいだけの口調である、つまり関わりたくないという気持ちを極力抑えて、まるで店員が無礼な客に接するように感情を殺して会話をするのが、普段の上崎である。

 だが、今は違う。

 堂々と相手に対して答えている。

「それで君は何回目だ?」

 上崎のその質問に浅野は無言だった。

 自分が聞きたい情報を聞けたから、それで満足し、そして敵であるはずの上崎には一切情報を与える気が無いようだった。

 

「親のしつけがなっていないようだな」

 上崎が普段思っていても絶対に口にしないような事を言った。

 それを聞いて、浅野の視線が険悪な物に変わっていた。

 「うるせぇな、ちっと考えているんだ、黙ってろよオヤジ」

 浅野は確かに考えていた。

 だがもちろん答えを返せないほど考え込んでいた訳ではなく、ただ答えるのが面倒であったのと、そしてやはり相手に情報を与えるつもりが無いという思いも有った。

 

(2回目……、やっぱり俺と同じ回数か、最初の時も相手は初めてだった、これは同じ回数戦った相手とやりあうって事か? だったら今後はもっとキツくなるな――)

 浅野はそのような事を考えていた。

 上崎に負けるという発想がまるで無いようだ。


 お互いの距離は5m以上離れている。

 飛び道具でもない限り攻撃は不可能な距離である。

 会話はもう終わりといった雰囲気で、二人は臨戦態勢をとっている。

 そしてうかがっている、互いの武器は何なのかを。

 お互いに自分が持っている武器を理解している、そしてそれは相手も持っているはずだという警戒をしている。

 この距離でいきなり武器を見せて攻撃してこないと言う事は、互いに遠距離攻撃の例えば銃などを持っている訳ではないという事になる。

 お互いに近距離でないと機能しない武器を持っていると言う事か?

 互いに一歩だけ足を踏み出し、二人が近付いた。


 その時だった。

 二人が互いに、そしてほぼ同時に、気付いていた。

 自分の体の異変にである。 

 一歩踏み出したはずなのに、二人の想像を超えるほど距離が縮まったのである。

 相手の吐息がかかるほどの距離までである。

 

「ちょっ、タイム!」

 浅野はまるで何かのゲームの最中に、トイレに行きたくなったように上崎に掌を見せるようにして言った、とてもこれから殺し合いをしようとしていたとは思えない。

 上崎が攻撃をしようとしていたら、タイムといわれてもそのまま攻撃していたが、上崎自身も自分の肉体の事で確認をしておきたい事があった。

 二人の距離が離れた、今度は10m以上の距離を取っている。

 

 二人が同時に感じた体の異変。

 それは体の中から溢れるような力の流出である。

 流出と言っても、どんどん溢れて枯渇こかつしてしまうような恐怖のある流出ではない、どんどんと溢れて止めようが無いと感じられるほどの力の高まりであった。

 今の一歩で分かった。

 浅野は上崎に近づく時に歩いていたが、その時はただ近付くというだけで、臨戦態勢での動きではなかったから気が付かなかったのだが、自身の動きが普段の何倍も研ぎ澄まされているのが分かったのだ。

 まるで、ちょっとアクセルを踏んだら、一気に時速何百kmにも加速したような印象を受けるほどであった。

 肉体だけでなく、五感の全てが、今までがまるでその全てが錆び付いているのに気が付かないで生活していたんではないかというほどに、研ぎ澄まされているのだ。

 これは一体どう言う事なのか。


(前回の戦いのボーナスという訳なのか……?)

 上崎はそう推測した。

 前回の戦いを乗り越えた事により、身体能力が増している――そうとしか思えない。

 それだけではない。

 上崎は自分の持っている手荷物のバッグの中に入っている自分の『武器』を確認した時に、その数が増えている事に気が付いていた、恐らくこれもそのボーナスの一つだろう、戦いを繰り返していけば武器とそして身体能力が増していくという事なのだろうか? 

 どういう推測も確定ではないが、かなりの確率でそれは相手の持っている武器も数が増えているか、あるいは――威力が増しているという事になるのではないだろうか。

 上崎は油断無く目の前の若者を見ている。

 

 浅野は、自分の体がこれほど躍動するのを感じたのは初めてだった。

 軽い。

 今までは気だるさがどうやっても拭えないほどだったのに、今ではまるで細胞の一つ一つに羽根が生えているように軽い。

 まるで血液の代わりに何か濃縮したガソリンのような液体が流れているような気分だった。

 軽く飛び上がるだけで、全力で助走をつけたくらいに体が跳ぶ。

 拳を軽く振るだけで、空気を裂く音が聞こえる。

 この力は凄い。

 浅野は顔ににんまりとした笑みを浮かべていた。

(多分、目の前のおっさんも体が強くなっているはずだな、ま、こんなおっさんは敵じゃねえ、大事なのは俺の『武器』の特性を理解する事だ、その為の実験動物モルモットになってもらうぜ――)

 あくまで、上崎の事を敵というよりも、自分の能力を確かめる為だけに使おうと思っているようだった。


 上崎は、バッグに手を入れて、そこからナイフを取り出した。

 大振りのナイフだ。

 以前流行ったバタフライナイフよりも二周りは大きいサバイバルナイフである、職務質問に引っかかったらどういい逃れても(バタフライナイフでもそうだが)、不当所持で逮捕される代物である。

 これが上崎の『武器』と言う事か。


 浅野は、ポケットに手を入れて、そこから一つの錠剤を取り出した。

 白い錠剤だ

 大きさは8mm程度の物である。

 これが浅野の『武器』なのだろうか。


(……ナイフか、刺されたらヤベぇ、いやそれ以上に何か特性が有るとヤバイな、急に伸びたりしてもおかしくない)

 浅野は、そのナイフを見て自分なりに警戒をしているようだった。

 あくまで『武器』に対しての物であり、上崎本人に対してはまるで警戒をしていない、舐めきっているのである。


(……薬? あれが『武器』なのか、だとすると飲み込んでから何かが起こると思って間違いないな、ならば――)

 上崎はその錠剤を見て、推測し、そして行動に移した。

 薬自体には殺傷能力は無い、あくまでそれを飲み込んでからの肉体の変化だと断定した攻撃だった。

 普段は階段の上り下りでも息を切らしてしまう上崎だが、この時は獲物に襲い掛かる肉食獣のような速度で浅野に向かっていた。


 さすがに浅野もその動きに余裕を見せている訳にはいかず、すぐさま手の持っている錠剤を口に放り込んだ。

 その時にはもう浅野の目の前にナイフを振りかぶった上崎が迫っていた。

 その勢いに浅野は圧された。

 浅野の『武器』は確かに、上崎の予想通りその薬である。だが、飲み込んでから効果が出るまでの時間は5〜10秒はかかる、これは飲み込んでから吸収されるまでの時間と考えると早いが、それが戦闘中だと考えると致命的な時間である。

 実際に、浅野は必死こいてそのナイフを避けていた。

 今の浅野は反射神経は通常の時よりも遥かに優れているが、それは上崎にも同じ事で、その攻撃は苛烈を極めた。

 まるでナイフに遠慮も躊躇いも無い、確実に命を狙う為の動きをしていた。

 浅野は、何とか避けているが浅く体を切りつけられ、そこから出血している。

 その痛みのせいで浅野の動きが鈍った。


(――このまま押し切る!)


 上崎が、浅野の首にそのナイフを突きたてようとした瞬間。

 上崎の視界から浅野が消えた。

 唐突だった。

 瞬間移動したとしか思えないほど、忽然と浅野が上崎の視界から消え失せたのだった。

 その時、上崎の背後からゾッとするような声が響いてきた。

「危ねえなぁ」

 その声と同時に衝撃が上崎を襲った。

 上崎は真横に吹っ飛ばされ、改札横のキヨスクに突っ込んでいた。

 上崎の手から、ナイフが取り落とされていた。

 

 浅野は消えたのではない。

 浅野の武器である、その錠剤の効果による物である、その錠剤は飲むことにより、常人を遥かに超える身体能力を授けるのだ。

 それは今の、一流アスリート並みの上崎の動体視力を上回り、その視界から消え去ったように感じさせたのだ。

 人間の限界を遥かに超えた超人的な動きであった。

 そして、無防備な上崎の顔面に一撃を叩き込んだのだ。


 もちろん、致命傷ではないだろう、相手が常人ならば頭蓋骨が砕ける一撃だったが、薬がいつ効果を発揮するのか分からなかった事と、ナイフによる身の危険を感じていた事から、僅かに踏み込みが甘かった、脳震盪くらいは起こすかもしれないが、死にはしないはずだ、浅野はそう判断している。

 骨もヒビはもしかしたら入っているかもしれないが、折れているような手応えじゃなかった、と浅野は感じていた。

 だが勝負は決したのは間違いない。

 上崎の武器は、今や上崎の手を離れ、地に落とされているのだ。

 浅野は、軽くため息を吐いた。


(歯応えがねぇ〜な、最初の勢いだけじゃねえか、これじゃ俺の力を試す事も出来ねえ、使えねえおっさんだぜ、クソッ!)

 心の中でそう毒づきながら、浅野は上崎が突っ込んだキヨスクにゆっくりと近付いていく。

 上崎は、その体を雑誌の山から起こそうとしているが、とてもじゃないが最初のように機敏な動きとは思えない、もたついた動きである、まるで酔っ払いのようにすら見える、起き上がることすら困難なようだ。

 

 浅野は近付きながら、上崎が落としたナイフに視線を落とした。

 (あのおっさんの武器でる、ってのも皮肉が利いてて面白いかもな……)

 そう思い、それを拾った。

「おっさんよー、あんたの武器を使ってやるよ、ありがたく思えよ!」


 その時だった。

 今の常人離れした浅野の耳に言葉が飛び込んできた。


「やっぱり親の躾がなっていないな――」

 上崎の声だった、呟くような声だったが、周りが静かな事と、浅野の聴覚が異常なまでに研ぎ澄まされているから聞こえた声である。

「あ?」

 浅野がそう言った、その瞬間だった。

 落ちていたナイフを拾って、それを握った瞬間。

 

 浅野の視界は、突然真っ白に多い尽くされた、白だけでなく、白と赤のコントラストとでも言うのか。

 それと同時に感じたのは、熱、そして衝撃。

 いや、それ以上の何か、今までに浅野が感じたことの無い、圧倒的な破壊力をその肉体が味わっていたのだ。

 そして、浅野の意識はその衝撃の掻き消されていた。


 吹っ飛ばされていた。

 浅野の上半身が、原型も残らないほどに。

 それも一瞬である、上半身が消し飛んだ後すぐに、下半身もバラバラになりどこかに凄い勢いで吹っ飛ばされていた。

 ビデオを撮っていてスローモーションで見ていないと分からないほどの一瞬の出来事であった。

 一体どうなったのか。

 それを理解しているのは、上崎正ただ一人である。

 

「人の物に手を付けるなと――、親に習っていなかったようだな」

 

 その言葉だけが、静寂極まるその駅構内に響いていた。






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