浅野薫
浅野薫は努力が嫌いだった。
何故か。
何か明確な理由があったはずなのだが、忘れてしまった。
努力嫌いだから、この22歳という年齢まで生きてきて、努力らしい努力は数えるほどしかしていない。
それも努力と呼ぶには値しない小さな事ばかりである。
そもそも、浅野は努力をする人間を総じて心の底から馬鹿にしていた。
努力とは何かを積み上げる行為だ、他の何かを我慢してその分それを積み上げる。
だが、それは他人がちょっと手を加えただけで崩れるような脆い物に過ぎない、あるいはちょっと運が悪いだけですぐに失ってしまう。
例えば、何年も努力を重ねてきたスポーツ選手がいたとして、あと少しで目標達成だとする、それが世界一を目指しているのか、日本一を目指しているのは置いておいて、ちょっと一回怪我をしたらどうする? 本人の意思に関係なく、いきなり夜道に通り魔に襲われたら? 復帰の可能性は限りなく薄い。今までの努力が全て無駄だ。
例えば、何年も勉強して、良い高校に入り、良い大学に行き、そして良い会社に就職したとして、たまたま通勤途中の電車で痴漢をやっていないのに痴漢に間違われて、それで鉄道警察に突き出されたらどうする? 稀に裁判まで持ち込んで勝訴する者もいるが、それに掛かる費用と時間は今まで費やしてきた努力を明らかに削る、それに万人がそれほど強い意思で戦える訳ではない、もしも根負けして痴漢を認めたら、会社はクビ、今までしてきた努力が全て無駄だ。
それが浅野の考えなのである。
それに努力しなくてもコネで何とかなる人間が多い。
それも浅野の努力嫌いの要因の一つだった。
自分が100、もう一人も100だとして、まったくほぼ同数の評価が与えられても、相手にコネがあれば相手が選ばれる、それが世の中だ、と妙に悟った事を考えている。
あるいは自分と相手に明確な差が有って、自分が相手よりもかなり優れているのにも関わらず、コネがその実力差を跳ね除けてしまう場合も多々ある、そういう事を浅野は自分は体験していなくても、人の話等で聞いて、なるほどな、とか思っている。
そもそもスタート地点が一緒じゃないのに、どう頑張れというんだ。
日本人に生まれた時点で背負っているハンディもある。
骨格で日本人は、明らかに諸外国人よりも劣っている部分がある。
例えば、ボクシングヘビー級の歴史がそれを明確に物語っている。
例えば、オリンピック100m走の歴史がそれを如実に物語っている。
もうそれだけでやる気を削がれる。
もちろん浅野は格闘技には一切興味が無いし、スポーツにも今まで真剣に取り組んだ事は無い。
所詮全てが、何に対しても努力をしない事に対しての、言い訳に過ぎないのだが、浅野にとってはそれで充分だった。
積み上げるよりも、今。
今を楽しむ、それで良い。
人生を謳歌する、そして短命にこの世を去る。
それで良い。
それが浅野の哲学だ。
長生きして、下の世話まで誰かにしてもらうようになってまで生きる気は、浅野には毛頭無い。
もっとも浅野がその歳まで生きても、今のままでは誰も世話をしてくれはしないだろうが。
努力とは違うが、浅野は働くのも嫌いだった。
誰かにヘコヘコ頭を下げるのは気に入らないし、客商売で相手がありえない事をしてきても、それを笑顔で「お客様は神様です」と言い切るほどの気持ちが浅野には無いのだ。
だから、金に困ったら女の所に転がり込む。
実家は、既に浅野を見放しているし、浅野も実家に頼る気は無い。
浅野は器量が良く、女に対しての接し方も、相手を気遣いすぎて逆に駄目にする事も無く、浅野のようなタイプの人間を嫌う女にとっては会話もままならないが、逆に浅野を好くようなタイプの女ならば、浅野の虜になるのだ。
浅野は適当に女の家を渡り歩いて生活をしている、野良猫のような生き方だが、誰にでも出来る事ではないという僅かな自負心が有る。
積み上げるのが嫌いだから、一人の女と添い遂げる気もまるで無いので、長続きしないのだが、高校を中退してから今まで女が途切れた事は無い。
浅野は時々、世界なんて無くなっちまえば良いのにというような無性に退廃的な思考に囚われる事がある。
核戦争でも起きねーかな、とか、暇な時間に空を見上げ、紫煙を吐きながらそう思う。
浴びるほど酒を飲んでも。
大麻吸っても。
性交しても。
どうしても、頭の中に湧くようにして浮かび上がる、このどうしようもない虚脱感とそして虚無感からは逃れられない。
何か巨大なものに頭を押さえつけられているように感じるほどだ。
周期的なもので、どうって事無い時はフツーなのに、ヤバイ時はもう本当に逮捕してくれというほどにヤバイ。
その虚無感の根っこが、今まで一切の積み上げ――努力をしてこなかった事に対しての自分自身の無意識の『報復』ともいえる想いなのだが、浅野はまるで気が付いていない。
たまに、どこか遠くから「本当に、このままで良いのか?」というような声が聞こえるような気もするのだが、他の雑多な音に紛れて、浅野の心にはまるで届かない。
それは躁鬱病の初期症状に近いのだが、浅野は別の要因も多分に絡んでいるのかもしれない。
人の精神はそれほど複雑であり、そして意外なほど単純に出来ているのだから。
少なくとも、浅野にはどういう救いも救いにはならない。
宗教も、友情も、恋愛も、酒も、麻薬も、金も、美食も、運動も……どう言う物でも、自分の心を満たすには足りない。
浅野は、心のどこかでそう確信していた。
だが、つい最近あった衝撃的な体験から、浅野は人生の考えを多少変えることとなる。
それは、異空間での殺し合いであった。
最初は幻覚の類だと思った。
ついにここまで来たのか、そう思った。
だが、違った。
携帯電話で話を聞いても、いまいち現実感が無かったのだが、最終的に浅野はその空間で一人の男を殺し、現実に引き戻された、それだけならば幻覚で話は済むのだが、実際にその中で殺した相手が、死んだのを眼にしたら信じない訳には行かない。
不思議な事に、人を殺した罪悪感は僅かも感じなかった。
戦場においても、人を殺して吐く人間と、特に罪悪感を感じない人間がいる、浅野は後者だったのだろう。
もちろん、それもこれも今も現在も幻覚であるかもしれない、そういう思いが無い訳でもないのだが、どちらにしても今を楽しむだけだ。
浅野の考えはどう変わったのか。
それは、今まで積み上げる側の視点だけだったと言う事からの変革である。
積み上げても壊されるから、だから積み上げずに今を享受する。それが浅野の考えだった。
だが、変わった。
今度はこっちが『崩すほう』に回るのだ。
何故、今までそういう発想をしなかったのか不思議で仕方が無いほどに、浅野はその考えを飲み込んだ。
人は何もしなくても、努力を一切しない人間でも積み上げている物がある、それは『命』。
その当たり前すぎる物を、呆気ないほどに崩す役目が自分に回ってきたのだ、そう浅野は解釈していた。
だから、あれから常に警戒している。
そう、まるで宮本武蔵の時代の人間のように、トイレの中でも風呂の中でも、いつどこで戦いの場に放り込まれるか分からないので、気を抜かないように注意していた。
だが、もしかしたら、あれ一回で終わりではないか。
浅野の心に僅かな、焦りに似た恐怖が浮かんだ。
だが、その時は来た。
浅野は電車に乗って待ち合わせに向かう途中だった。
相手は、2,3回会っただけだが、これから自分が何度か家に押しかけるかもしれないので、多少は相手をしようと考えている女である。
浅野は待ち合わせに時間通りに行った事が無い。
わざと相手よりも遅れて行って、相手に自分に対しての優越感と主導権を与える事で、逆に操作しやすくする方法を浅野は実践しているのだが、単純に浅野は時間にルーズなだけという理由もある。
電車から降りて、駅の階段をのぼり、改札に向かった時。
それは起こった。
前と同じように、全てが止まり、音が消えた。
一瞬、浅野の顔に喜悦の表情が浮かんだ。
来たのだ、遂に来たのだ。
そういう思いが洪水のように溢れて来そうになるのを必死に堪えた。
状況は前と同じだが、前と違うのは携帯が鳴り響かない事だけだ。
携帯が鳴るのは一番最初の時だけなのだろうか?
分からないが、もしそうだったら、もう相手はこの近くにいるはずだ、浅野は周囲に注意を向けた。
いた。
すぐに分かった。
他の全てがまったく静止しているので、人間がどれだけ抑えても出る生理的な動きだけで分かったというだけではなく、明確な闘う意思をその男から感じたのだ。
見た目は、冴えない感じのおっさんだった。
年齢は40代かそこらだろう、もっと上でも別に驚かない。
服はとてもじゃないが浅野には理解できないセンスの持ち主だった、自分が仮に40過ぎまで生きても同じような服装はしないだろうと神に誓える。
駅で肩をぶつけても文句も言わないほど気の弱そうなタイプに見える。
だが、その眼は爛々(らんらん)と燃えるように浅野を見ている。
その眼は言っている。
お前を殺す、と。
その眼を見て、浅野の心の中に普段では感じられない高揚感が湧き上がってきた。
崩してやる。
あんたが必死こいて40年か、50年か分からないが積み上げてきた命を、今から俺が崩してやる!
熱いと思えるほどの感情が浅野に満ちていた。
「おっさん、今度はあんたを殺しゃー、良いのかな?」
浅野は感情を抑えるように、言葉を目の前の男――上崎正に浴びせていた。
戦いが始まろうとしていた。