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Battle 1 山南敬


後にちょっとグロくなるかもしれません。

長編ではないですが、短編の繰り返しで長くなる可能性はあります。

気長にお付き合いのほどを――







 急いでいた。

 

 電車に揺られながらも、体はそわそわし、落ち着きがまるで無かった、もしも自分がこの中で全力で走る事でほんの僅かでもこの電車の速度を速める事が出来るのならば、恥も外聞も無く走り回っているところだ。

 電車賃を車掌にちょっと多めに払えば速度を上げてくれるというのならば、2000円くらいまでならば出しても良いとさえ思っている。

 もちろん、自分がそんな事をした所で、電車は速度を上げてくれない、逆に不審者が居ると言う事でこの電車が停止してしまう事だって充分に有り得る。

 そうなったら元も子もない、それに大体2000円払うというのならば、車掌じゃなくて鉄道会社に……

 ――いや、何を考えているんだ、阿呆か俺は。

 心は急いているのに、自分が何をしても状況が変らない事に対する苛立ちが、無意味な想像を掻き立ててしまうのだ。

 ……とりあえず、俺がどれほど慌てているのか多少は理解してもらえたと思う。

 

 俺の名前は、山南敬やまなみたかし

 年齢は23歳。

 興味無いかもしれないが、身長は173cm、体重は72kg。

 一見すると標準体型に見えるのだが、慢性的な運動不足のせいで、服を着ていると分からないがお腹に溜まった定期預金しぼうを解約するのは、かなり難しい状況になっている。

 名前の由来は、父親が新撰組総長である山南敬助の影響を受けて付けたというが、どれほどの人物でも、切腹する破目になった人の名を子供に付けるのはどうかと思う。

 趣味は、読書に映画鑑賞、音楽鑑賞。

 無趣味な人間がとりあえずあげそうな趣味ばかりだ。

 自分は参加せずに受動的に受け入れるだけの趣味ばかりである。

 それに読書は漫画専門だし、映画だって専門的マニアックな物は見ない、メジャーなシリーズ物ばかりだ、音楽だってそう、誰もが知っている物しか聴かない。

 無趣味というのは気恥ずかしいから、とりあえず自分が好きな物を趣味と言っているだけの話だ、それだって悪い事じゃないはずだ。

 嘘をついている訳じゃない。

 高校卒業と同時に就職した俺は、世間では(少なくとも職場では)、スキーに一度行っただけで趣味がスキーと平然と言う人間もいる事を知った。

 それと比べたらまだマシな方だ。

 

 何で俺が急いでいるのかを説明しよう。

 恥ずかしい話だが、俺はこの歳まで女性と付き合った事が無い。

 いや、無かったというべきか。

 学生時代は、男同時でつるんでいる方が楽しかったし、それに女が擦り寄ってくるような容姿でもなかった。

 そして自分から相手に向かっていくような積極性や主体性も皆無だった。

 先にも言ったが、就職したものの職場は恐ろしい事に男だらけであり、部屋は違うが、同じフロアーにいるのは、30を軽く跳び超えた(かなり控えめに言って)おばさんばかりであった、はっきり言って18の俺からしたら、もちろん今から見てもであるが射程距離外である、芸能人では稀に30を過ぎても美貌を保っている人が居るが、そういう人ならばもちろんOKだ、だが職場にそういう例外が居る訳が無い、そもそも百歩譲って若くて可愛い子ならば身近に居る可能性は有るとしても、歳をとっても綺麗な人というのはそういるものじゃない。

 ……話が逸れた。

 それで結局、俺が頼ったのは、学生時代の友人であった。

 学生時代はモテなかったそいつも、社会に出てから修行を積んだらしく、女に対する扱いが巧みになっていた。

 そいつ主催の合コンに何度か参加させてもらった。

 結果は言いたくない。

 学生時代から免疫がついていない自分が、軽やかな口調で、相手を楽しませる会話トークが出来る訳が無かった。

 それだけは言っておこう。

 その学生時代の友人にはっきりした彼女が出来てからは、その合コンも開かれる事は無くなってしまった。

 

 もうこうなったらヤケだ、という事で最終手段と考えていた出会い系に手を出したのだ。

 出会い系とは、自分のような出会いを求める男女が、サクラやらネカマやらの敵と戦いながら、最終的に財宝かのじょ獲得ゲットするまでの非常に厳しい道のりなのだ。

 この手の話を女性にするのならば多少は気をつけた方が良い、親しい女友達に話す時でもだ、出会い系という言葉に過剰な反応を示す潔癖な人も中にはいるからだ。

 出会い系と言っても金はかからない物を選んだ。

 文章力が物を言う。

 パソコンから掲示板に書き込むタイプの、趣味の友達を集めるみたいなそういうソフトな感じのものを始めたのだ。

 そういう物ならば文系の自分にとっては、多少は有利だろうと考え、そして始めて半年。

 ようやく一人の女の子とのデートに漕ぎ着けたのだ。

 相手は自分よりも2歳年上だった、だが、その程度はまるで問題無い。

 そして何度かデートを重ねて、ようやくお付き合いをする事となったのだ。

 思えば長く遠い道のりだった。

 今まで待ち合わせをするだけして、待ちぼうけを喰らった事も有った。

 もう形容し難い女の子と嫌々ながら食事に行った事も有った、その時はもちろんその場限りでその後は一度も会っていない。

 その道のりの果てにようやく実りを得たのだ。 


 だが、その時、俺は勘違いしていたのだ。

 恋愛というのは付き合ってゴールではない、そこがスタート地点だという事に。

 初めての彼女という事に舞い上がってしまったが、はっきり言って彼女の性格はキツイ。

 容姿はまぁまぁ、肩まで伸びたストレートヘアーは中々に素敵だとは思うし、服のセンスも奇抜ではなく、常識の中で見栄えがするように纏めている。

 だが、性格はかなりキツイ。

 何かにつけて毒を吐く、彼女が知っていて、自分が知らない事があると「常識じゃん!」と言われる、それに合わせて「常識だよねえ」とかおどけて見せるが、内心ではちょっと傷ついていた。

 待ち合わせをしても、最低15分は遅刻は当たり前、時には連絡無しで1時間待たされる事も有った。

 そして第一声が謝罪ではなく、「どこ行くの?」であればまだマシで、「待ち合わせ時間が早い」と文句を付ける事もあった。

 その話を古い友達にすると、「よく付き合ってるなァ」と言われるが、初めて出来た彼女を手放したくない一心で、彼女のわがままを許していた。

 何かを言って、それで彼女の機嫌が悪くなったり、別れを切り出されたらどうしようかと考えると何も言えなくなってしまうのだ。

 時間にルーズかと思えば、たまに早く来て、自分が彼女よりも遅れると激しく叱咤される。

 元々俺は、中学時代は運動部に所属していて、時間とか上下関係とかを叩き込まれている、だからそういう事は滅多に無い、待ち合わせ時間に遅れそうになると強迫観念めいた、プレッシャーを感じて、体調が悪くなるのだ。

 お陰で、会社では無遅刻無欠勤なのだが、そんな事は今どうでも良い。

 

 そんな俺だが、今日は色々な物が重なって、今は時間に遅れそうだった。

 まず急に腹が痛くなって、トイレに駆け込んだのが一つ。

 家を出てから靴下に違和感を感じて穴が開いていうのを発見して、引き返したのが一つ(もしも靴を脱ぐスタイルの居酒屋に行って穴開き靴下を彼女に見られたら何を言われるか分かった物じゃない)。

 そして人身事故だとかで、電車が遅れたのが一つ。

 どれか一つだけならば、10分前行動が常の俺が遅れる訳が無いのだが、こうまで重なるとどうしようもない。

 嫌な汗が流れていた。

 このまま遅れて行って、彼女の方が先に着いていたら別れ話を切り出されるんじゃないか? そういう不安が、待ち合わせに遅れるという昔からの罪悪感と重なって、かなり精神的に参りそうだった。

 

 気分転換する意味で、車内を見渡した。

 座席は満席だが、立ってる人は俺を含めて数人だった。

 降りた時に、すぐに改札に駆け寄る為に俺がいるのは先頭車両である。

 激しい苛立ちから貧乏揺すりをしたい気持ちをぐっと堪えていた、以前彼女にも注意されたのだ。

 その車両の中で一際眼を引く男がいた。


 ――体のでかい男だな。


 素直にそう思った。

 7人掛けの座席の中央に座り、大人二人分、いや細身の女の子ならば三人は座れるだろうというスペースを一人の男が占めていた。

 岩のような肉体をしていた。

 二の腕は俺の倍以上の太さが有るだろう。

 顎も俺なんかが思いっきり殴っても、逆にこっちの手を痛めそうなほどがっしりしている、とても同じ人種とは思えない。

 座っているが、座高の高さが他の並んでいる人達と比べて軽く見て頭1つ分は高い、身長は180cmを下らないはずだ。

 もう冬に入ったこの季節にしては、かなりの薄着に見える、これだけ体を鍛えるとやはり筋肉で寒さを感じないのだろうか?

 Tシャツの上に上着を羽織っているだけのシンプルな服装だった。

 下はジーパンで、そのジーパンのどこにも隙間が無いだろうと思えるほどパンパンに太股が張っていた、あれだけの足を作り出すにはどれほどの筋トレが必要なのだろうか、子供の頃、強制されてスクワットを100回やらされ、次の日トイレにしゃがむ時に叫び声をあげたような俺には到底想像も付かない世界の話だ。

 顔は武骨、30は過ぎているように見える。街中の不良チンピラの持つ怖さは無いが、好んで怒らせたいと思う相手でもなかった。

 趣味で体を鍛えているというよりも、明らかに何かの格闘技を学んでいる顔と体付きであった。

 これほどまでに自分を鍛え上げた人間ならば、俺が急いでいる理由を聞けばきっと鼻で笑うだろうと思った。

 多分、禁欲的ストイックに鍛錬を続けて、体だけでなくて心も鍛えられているのだろう、きっと悩みとかも俺とはかけ離れているんだろうなぁと漠然と思った、今も眼を閉じて寡黙に座席に座っているが、その姿から根拠も無しに現代社会の抱える問題を真剣に悩んでいるっぽく見えた。

 TVとかで見た事が有るかな?

 記憶の糸を辿ろうとした時、向こうがこっちの視線に気付いたのか、眼を開いてチラッとこちらを見た。

 

 俺は慌てて、不自然じゃない程度に眼を逸らして、外を見た。

 眼が合っただけで文句を言って来るようには見えなかったが、あまり他人にジロジロ見られて気分が良いものではないはずだ。

 12月である。

 今年は暖冬と言われているが、それでも寒い日は寒い。

 子供の頃、雪が降るだけであれほどはしゃいでいたのが嘘のように、会社勤めをしてからは雪が嫌いになった。

 子供の頃は知らなかったのだ、雪が降ろうと、台風が来ようと、交通機関が停止しない限りは会社員は出勤しなければいけないという事を。

 雪に足を取られながら、あるいは多少時間が経ってスケートリンクのようにツルツルと滑る状態になった地面を歩いていくというのが、どれほど大変なのか知らなかったのだ。

 台風の時、いつも通り、会社に向かう道への最短距離で進もうとして細い路地に入ったら、くるぶしの辺りまで水浸しで、引き返そうにも引き返したら会社の時間がヤバイ(と言っても引き返しても五分前には着くのだが、五分前というのは精神的に耐えられない)、ざぶざぶとその巨大な水溜りと化した道路を歩いてでも会社に行かなければならない事を知らなかったのだ。

 

 彼女との待ち合わせ時間は19時、駅から少し離れた有名な待ち合わせ場所で待ち合わせをした。

 今の時間は18時40分。

 電車が順調に進めば、18時52分には駅に到着する、そこから待ち合わせ場所までは走って5分。

 普通の感覚で言えば焦るような時間では無い。

 だが、10分前には着いていないと精神的に落ち着かない性分の自分にとっては、かなり厳しい時間である。

 人によっては当たり前のように時間に遅れる人が居るが(彼女もそうだが)、遅刻とは待ち合わせ相手の時間を無駄にする行為なのだ、だからそれはやってはいけない、そう教え込まれた。

 それに約束を破るというのは、信頼関係を破ると言う事で、これも駄目だ。

 そういう事を彼女に言ってやりたいが、言える勇気が有るならばきっともっと学生時代に女性関係に縁が有ったはずだ、学生時代からの友人達を見て思ったのは、彼女を作るのに必要なのは容姿ではなく(かなり失礼な事を言うが)、積極性と勇気なのだ。

 何度フラれてもめげない勇気、声を掛けて無視されても構わないという勇気、そういう勇気が自分には無い。

 傷つく勇気が無ければ人と触れ合う資格が無い、最近はそのように思うようになった。

 でも、彼女とデートする度に傷ついてばかりいるように感じるけど……

 それに、ついでといっちゃ何だが、まだ彼女とは手すら満足に握っていないのだ、こればっかりは今日のデートで何とかしたいと考えていた。


 それにしてもまだ着かないのかな。

 苛立ちを感じながらも、そう思って携帯電話を開いて時間を確認しようとした時。

 突然、素っ頓狂な音が響いた。

 一瞬、馬鹿な奴が携帯をマナーモードにしていないんだと腹が立ったが、だがその音の発信源が異常に近くから感じた事でようやく俺は理解した。

 その馬鹿な奴は俺だった、何とその音は自分の携帯電話から聞こえるのだ。

 慌てて表示を見ると着信有りになっている。

 「うわっ! え?」

 携帯電話は間違いなくマナーモードにしていたはずだ、そういう常識は自分はしっかりと守る。

 それにその音は、自分がいつもしている着信音とはまるで違う。

 ダウンロードするのが面倒で、最初から携帯の着信音の中に用意されていた物の一つ『惑星』である。

 ホルストという作曲家が作った「木星」の管弦楽組曲『惑星』の第4曲であるのだが、そこまで深くは俺は知らない。

 だが、今現在、そこから流れてくる曲はまるで違う。

 いや。

 曲とは呼べない代物だ。

 セミの鳴き声。

 カエルの鳴き声。

 道路工事の地面を削る掘削機のような音。

 ドアを思いっきり勢い良く閉めた時のような音。

 それらが混ざり合いながら、一つ一つがちゃんと主張しているような、見事な調和ハーモニーの取れた、だがはっきり言って騒音だった。

 音量も半端じゃない、例え熟睡して深い眠りについていても、現実に一瞬で引き戻されるほどの音だった。

 俺は焦った。

 こういう反社会的な行為は、俺がもっとも好まない事の一つだ。

 きっとこういう事をする奴は、電車内から冷たい視線を浴びせられる事となる。

 もしも、批判したがりの乗客や、正義感の強い奴が居れば、俺は怒鳴られる事になるかもしれない。

 そう思った。

 だから、慌てて電話に出ようとは思わず、すぐに電源そのものを切ろうとしたが不思議な事にそれはまったく反応しなかった。


 間抜けな事に、俺はその時になってようやく異常な事態に気付いたのだ。

 誰も俺を見ていないのだ。

 危ない奴だから視線を合わせないとかそういう次元でもなかった。

 どういう事だろうと、視線は送らなくても車両内に気まずい変な空気が流れる物だ。

 だがそれもまるで無い。

 全然俺に興味が無いような――

 いや、それはきっと正確な状況説明にはなっていない。

 俺だって理解できない事を上手く説明できる訳が無いだろう?

 誰だってそうだ、いつの間にか電車の外の風景が、停車駅でもないのに静止して、しかも移動する乗り物が停止する時は間違いなく感じるGを俺はまるで感じていなかったのだから。

 外の風景というか、車内の風景すらも静止している。

 瞬き一つする者が居ない。

 音がまるで無い。

 耳が痛くなるほどの無音だった。

 深夜だろうと、風の音を初め、電化製品の音やら何やらで、まったくありとあらゆる音が消えるという事が現代社会では皆無だ。

 それなのに、今、聞こえるのは自分の異常に早く動く心臓の鼓動音と、呼吸音だけ。

 これを説明するのは、どうすれば良い?

 時間停止?

 俺は気が狂ってしまったのだろうか?

 

 間違いなく俺は、その時、非日常の扉を潜って。

 日常から一歩飛び出した世界に足を踏み込んでいたのだった。

 

 だが俺は、その時、それがほんのまだ始まりに過ぎない事をまるで想像もしていなかったのだった。

 





 

 

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