【2-1】魔王候補と恋人(仮)
2章開始です。
「おい、そこの。俺の妻になれ」
一目惚れだった。
魔族でさえあまりいない黒髪に黒と赤の瞳。肌は白く、本当に人かと疑いたくなる。
そんな少女に俺は告白、否、プロポーズをした。
「やだ」
少女はその一言を言い、俺の目の前から消えた。
俺は頭が真っ白になった。
今までどんな者でも俺の言う事を聞いた。
俺の容姿は自分で言っといてなんだが、綺麗で逞しく、カッコいい。そして、力もある。
老若男女、俺に跪く。
なのに先程の少女は俺のプロポーズをたった一言で返事をし、去っていったのだ。
面白い。そちらがそうくるのなら、俺にも考えがある。
「おい」
「はっ」
「先程の女を調べろ」
「承知しました」
俺は部下に少女について、調べさせた。
まずは周辺から堕としていく。
少女よ、俺を敵に回した事を後悔するがいい。
次期魔王と噂されているこのヴェルハーノ=グレイス=キャザ・グロリアス、全力でお前の俺のものにする。
劇的な出会いから1ヶ月がたった。
少女の事で分かったのは
・少女の名前はアンナ
・城下町の宿屋で働いている
・宿屋の看板娘である
だけだった。
彼女の家族や故郷、その他もろもろは一切なかった。
「これはどういう事だ!?」
俺は机を叩いた。
少女を調べさせるのに動かしたのはこの国で一番の諜報部隊。
他国より跳び抜けている諜報技術を持った集団なのに少女に関しては得た情報はこの3点だけだった。
「申し訳ありません。
数多の手段を使いましたが、彼女に関して出ていた情報はこれだけでした。
……ヴェルハーノ様、我々の手を使っても、これだけの情報しか得られないのだとすると、彼女は他国の間諜かもしれません」
「我が国の諜報部隊でも得られない情報を有する国があるのか?」
「法の国ボリシェと龍の国シェランの一部情報に関しては上層部のほんの僅か知らないと言われております」
「彼女がその情報の中に入るとは思えん」
俺が見定めた女が頑固な国であるボリシェな訳ないし、国からあまり出ないシェランは該当するはずもない。
「もういい。自分で何とかする」
「ヴェルハーノ様、どこに行かれるのですが!?」
「彼女の所に決まっているだろ」
「執務をなさってから……」
俺は部下の言葉に耳を貸さず、執務室から出て行った。
執務? そんなもの、ないに等しいであろう。
ここ、ディオーラは魔の国と呼ばれているが、実態は国ではない。
平の国カーロックの様に王と呼ばれる者はいる。
だが、その王を中心に何人もの役職があり、その者達と一緒に統治する形式ではない。
ディオーラは王一人が統治し、管理している。
ディオーラの民のほとんどが魔族でその頂点にいる者、それがディオーラの王にして、『魔王』と呼ばれる存在だ。
『魔王』は魔族にとって、人で言う神に等しい存在。
『魔王』の一声で人々は歓喜し、悲観する。
全く馬鹿げている――
たった1人の魔族の為に命を捧げる等と――
それなら、まだ彼女の為に命を捧げる方がましである。
俺はまだ現魔王はいまだに姿を見た事がない。
現魔王は歴代の魔王の中でも賢く、強い力を持っていると言われている。
だが、その姿を見た者はほとんどいない。
月の出ない闇が深い夜にのみ王城に姿を現す。
その為、『闇魔王』とも呼ばれている。
俺はその後継者候補として、育てられている。
もう育てられていると言う年齢でもないが、周辺は『魔王』になるべく、色々画策しているらしい。
俺にとってはどうでもいい事だ。
俺は彼女、アンナを妻にすれば、それ以外の事はどうでもいい。
そう思える程、俺はアンナを好きになっていた。