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僕の奥さん、のようなひと  作者: 花鶏
§ エピローグ §
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エピローグ


 帆立と蕪の白味噌バター焼き。

 わざわざ豆腐屋に寄って買ってきた冷奴。

 焼き茄子の煮浸し。

 ズワイガニと湯葉の炊き込みご飯。

 季節の天ぷらの盛り合わせ。


「……すごいわね」

「はい。頑張りました」


「今日、なにかあった?」

「ご満足いただけたら、後でお話があります」

「いただけなかったら?」

「次回リベンジします」


 二ヶ月ぶりの、理子さんのマンション。


 僕は昼からお邪魔して、今の僕にできる最高の夕飯を拵えた。

 大量の作り置き惣菜にカモフラージュさせたおかげで、サプライズは成功したようだ。


 揚げたての天ぷらをひとつずつ理子さんの目の前に運ぶ。


「あなたは食べないの」

「作りながらつまみ食いしたので。

 それに、今日は理子さんに、この四年で僕の料理がどれだけ上達したかを実感してもらおうと思って」


 嘘だ。


 本当は、緊張で全く腹が減らないだけだ。


 僕はにこりと笑顔を取り繕って、キッチンとダイニングを往復した。


 紬が高校生だった三年間ずっと、月に二、三度は三人で食事をしていた。

 料理の担当はもちろん僕だ。

 三人で食卓を囲む時間は、僕にはとても大切なものだった。


 紬の十八の誕生日の前日に、僕の後見人の任期は終わった。

 高校を卒業して動物看護の専門学校に行った紬は、今年の春から学校の寮で一人暮らしをしている。

 気軽に帰ってくるには遠く、僕と理子さんの二人では、食事をする頻度がぐっと減ってしまった。


 紬のことはもちろん会えれば嬉しいけど、元気にしていると分かるだけで十分だ。

 でも理子さんには、いつも会いたくて、一緒にごはんを食べたくて。

 本当は昔みたいに、毎朝おはようございますって言いたい。


 たまに我慢できなくなって、伺いを立ててから、今日のように食材を買い込んでお邪魔している。


「冷蔵庫と冷凍庫に、作り置き入れておきました。

 いたみの早い順に番号ふってます」

「ありがたすぎる」


 目を細める理子さんに、僕は少し自信をつけて、少し息がしやすくなる。


 この四年間、未熟なりに社会人として、紬の保護者として、精一杯生きてきた。


 会社に入ってしばらくした頃、告白されて付き合ってみた人もいた。

 だけど元妻である理子さんと定期的に会っていることへの理解が得られず、すぐに振られてしまった。


 彼女の怒りは尤もで、浅慮な自分を申し訳なく思うと同時に、――じゃあ僕は、もう誰とも付き合えないんだなと、すとんと納得してしまった。


 理子さんともう会わないなんて、考えられない。

 五年後も、十年後も、その先も。


 多めの食事を完食した理子さんの目の前に、デザートの焼き林檎とバニラアイスを置く。


「すごい……え、満足できなかったって言えば、リベンジしてくれるの?」

「そんな意地悪されたら、泣いちゃいますよ。

 満足してくれたら、今度はリクエストも受け付けます」


 もし理子さんにパートナーができたら、こうやって会うことは難しくなるのだろう。


 出会ってから一度も理子さんには男の影がない。だから安心していた部分もある。

 だけど僕には分かる。

 今は、理子さんの男に対する嫌悪感は殆どない。

 時々、あの頃には見たこともない警戒心のない顔で、とても可愛く笑う。

 それは、もしかしたら、少しは僕のせいなのかもしれないと、自惚れたりしている。


 今は結婚に興味はなさそうどけど、これから言い寄ってくる男が現れたらどうなるか分からない。


 僕ではない男が、理子さんの隣であの笑顔を向けられる――それはなんだか無性に腹の立つ想像で、絶対に納得できなかった。


 だから今日、お願いすると決めた。


 もう一度、僕と、家族になってくれませんか、と。


(……怖い……)


 じわりと、握った手に汗が滲む。


 怒られるのはいい。

 それはもうほぼ確定事項だ。

 何度怒られても、僕から諦めるつもりはない。


 だけど、だめだったら。


 何度お願いしてもだめだったら、理子さんがお願いされること自体が耐えられないというなら、諦めるしかない。――そしたら、もう、こんな風にふたりで会うことはできなくなる。


 ダイニングテーブルの下でこっそり胃袋を摩る。


 一応僕なりに戦略を練って、殺し文句をたくさん考えてきた。


 ふたりいると、小町の介護に便利ですよ。

 毎日僕の手料理を食べたくないですか。

 いざという時、まともな身内がいると手続きが楽ですよ。

 電球も替えるし、家具も運ぶし、虫も退治できますよ。


 理子さんには覿面に効くに違いない。

 もしかしたらうっかり惚れてくれるかもしれない。


 楽観的な予想に、少し落ち着きを取り戻す。


(……もう一度、あなたを、妻と呼びたい)


 あの頃のように。


 あの頃とは違う温度で。


 デザートを食べ終えた理子さんが、美味しかった、と幸せそうに笑った。


 その笑顔を見て、大丈夫だと、思った。


 例え駄目でも、もう会えなくなっても、僕たちの過ごした時間がなくなるわけじゃない。

 つらくて泣いてしまうとは思うけど。

 理子さんがこんな風に笑っていてくれるなら、僕は大丈夫だ。


 足にまとわりつく小町が、にゃあん、と頭を擦り付けてくる。

 その白い頭をひとなでして、僕は静かに大きく息を吸う。


 そして膝の上で拳を握りしめながら、口を開いた。







完結です。


長い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ブクマ、感想、評価などで応援くださった方、更新の励みでした、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
すごくおもしろかったです! 毎回続きが気になってやめられず、昨日今日で読ませていただきました。 とでも良い気持ちで読み終えることができました。 こういうストーリー、思いつきたい!w
毎話、感情移入して、すごく大好きな作品になりました。小野寺さんのような味わい深い大人がいるのも良かったです。 奏汰と理子さんのその後が気になって仕方ありません…。できましたら、後日談があると嬉しいです…
プロポーズの結果が…知りたいです!! お願いします!何卒!
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