エピローグ
境界の道は、どこまでも続いていた。
町を離れて三日。
振り返れば、神殿の白い影は、もう見えない。
昼下がり、二人は小さな丘で足を止めた。
草は低く、風は穏やかで、遠くに別の町の煙が見える。
リナは、懐から銀の欠片を取り出した。
割れた聖貨の、ほんの一部。
あのとき、誰にも気づかれないうちに拾ったものだ。
光は鈍く、
もう、何の意味も宿していない。
「……捨てた方が、いいですよね」
独り言のように言うと、
グラディスは歩みを止めた。
「決めるのは、お前だ」
彼は振り返らない。
リナはしばらく考え、
銀の欠片を、道端の石の上に置いた。
それだけだった。
祈りも、後悔も、ない。
ただ、置いていく。
再び歩き出すとき、
胸の奥にあった冷たさは、もうなかった。
代わりにあるのは、
言葉にできない、重さと軽さ。
遠くで、鳥が飛び立つ。
境界の道は、今日も続いている。
正しさを預ける場所はない。
だが、歩くための足は、確かにここにある。
二人は、何も語らず、
それぞれの沈黙を携えたまま、
次の町へと向かっていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は、落語の演目 『柳田格之進』 を着想の元にしています。
原作落語では、「弁明しないこと」「証明しないこと」が、
かえって人物の誇りを浮かび上がらせます。
この物語では、その構造を異世界に移し、
「正しさを誰が決めるのか」
「沈黙は本当に罪なのか」
という点を、少し違う形で描いてみました。
グラディスは多くを語りません。
それは高潔さではなく、
彼自身が選び続けてきた生き方です。
一方で、リナは語らざるを得ず、
選ばざるを得ず、
その結果として取り返しのつかないものを抱えます。
正しさが暴走するとき、
それを止めるのは、
いつも「より正しい言葉」ではない――
そんな思いを込めました。
落語をご存じの方にも、
初めて触れる方にも、
何かひとつでも残るものがあれば幸いです。




