第8話 帰らなかったフライ
第8話 帰らなかったフライ
この木曜日も、俺は終業と共に下校した。
深い思索をした訳でもないのに頭がふらふらの状態だ。
電車を降りた俺は、駅近くのコンビニで、コーヒーのレギュラーサイズを注文した。
店内の小さなテーブルスペースで、ミルクも入れずに口に含んだ。
少し苦い。
大人ぶらずに、砂糖を入れた方が良かったかも。
昨日のフライも、高速思考には甘いものが有効だと言ってたしな。
いやいやと、俺は頭を振る。
今日、ヤツはきっと来ないだろう。
今頃は、俺を見限ってもっと頭の良い人を見つけて乗り換えているに違いない。
こんな平凡な16歳男子など、超高度文明人からしたら、糞の役にも立たない筈だ。
これ、NGワードか。ていうか死語じゃねw
自分を無理やり納得させると、コーヒーの鎮静効果もあって少し平穏な気分を取り戻した。
カフェインには覚醒効果がある筈なのに、相反する鎮静効果があるのは何故か。
どうにか落ち着いた俺は、どうでも良いことを考える。
スマホでググると、コーヒーの香りの方にその効果があるようだ。
さてさて、帰ったら、昨日やるつもりだったPCゲームの検索をしてみようか。
もうすぐSteamで、秋のセールがありそうな気がした。もう終わってるかな?
クリスマスセールの方が値引きは大きいが、狙い目ゲームの目星を付けるだけでも楽しいからね。
十五分近くの徒歩の間、軽い気分を取り戻しながら自宅に辿り着いた。
まだ家人は誰も帰宅してない筈だ。
俺の家族構成は…
1時間の遠距離通勤と毎日の残業がそこそこあるサラリーマンの父。
市内の事務所勤めで定時の5時終了、残業一切無しの母。
そして帰宅部高校生の俺、という三人家族である。
以前のバカな俺は、可愛い妹でもいたら楽しいだろうにと考えていた。
中学、高校と進む内に、女子の不可解さに気付きだし、一人っ子で正解だと考え直した。
家の中で変態扱いされたりしたら、妹を叩くか、俺が泣くか、どっちかだろう。
妹のいない家では、誰かに邪魔されることもなく、PCゲームでも、携帯ゲームでも好きなことができる。たまには18禁もなw
母親が帰宅するまでなら、大型TVで、見放題のアニメも自由に楽しめる。
そう、そんな自由気ままな時間が待ってる筈だった。
部屋にカバンを放り出し、まずはコミックを手に取り、ベッドで横になって、読みかけのページを探し出した。
その途端にだ。
『ブツブツピー』
例の音がして、マイPCが勝手に起動して、ディスプレイに光が差した。
ヤツは帰らなかった!
他の奴に乗り換えたんじゃなかったのかよ。
あ、これは、俺の希望的推察だったっけか。
俺が目を向けたディスプレイの上枠に小さな虫、その下の画面一杯にハエのどアップ像が映し出された。
コミックをベッドに置き、俺は机の前に移動する。
我ながら平静を保っている。
フライも、女子も、不可解な存在という点では同列だと腹を括る。
寧ろ、宮坂沙織の方が苦手かも(泣)
「早いね、フライ」
「5時から8時までが平日のお約束だからね」
確かに4時の終業と同時に下校して、コンビニに寄ったから、帰宅時刻はほぼ5時だろうぜ。
じゃあ俺の自由時間は午後8時からなのか、勉強はどうしようなどと考えたが、ついさっきまでは、ゲームの検索だけを考えていたことを思い出す。
「あのさ、買いたいゲームがあるんだけど、フライの相手をしたらお金の報酬はあるのかな」