第62話 森に入る
第62話 森に入る
この場所に留まり、フライとクモミンの救出を待つか。
危険な森を抜けて一旦町に出るか。
暗くなるまでに決断すべく、俺たち三人で会議することにした。
俺たちの結論が出るまで、マイクには散らばった肉塊を焼いてもらうことにした。
なんでもこいつらの肉は焼くだけでうまいとのこと。
俺はポケットから肉用万能スパイスを一本取り出して、マイクに手渡した。
マイクによると、この森は奥へ進むほど魔素が濃くなって、強い魔物が集まっているらしい。
そしてこの空き地が森の最奥部だと言う。
つまり、あの小翼竜なんかよりずっと強大な魔物が、森に入った途端に襲ってくる可能性があるってことだ。
但し、ここの魔物たちは鬱蒼とした森の中では暗くなると活動せず眠ることが多く、夜は襲われる危険が少ない。
とは言え、深い森に入ればこちらも目が利かないし、明かりを灯せば魔物を引き寄せてしまうだろうと言う。
ここに残ってキャンプを張れば、数日中にフライたちの救援が来ると見込まれるが、岩山には俺たちが出てきた小さな穴の他に、大きくて深そうな穴が一つ見えている。
ぎゅんぎゅんに怪しい気配が漂っている。
もしそこが強大な魔物の住処だったら、ここでのキャンプはそれこそ危険だ。
その可能性が高いと思われる理由がある。
何故この広場には空を飛ぶ小翼竜以外のやつらが襲ってこないのか。
ここに一番やばい奴がいる証拠だろう。
「じゃあこの森を抜けるしかないわね」と、沙織。
「せっかく異世界に来たんだから、町へ出て異世界人の暮らしぶりを見たくないですか」
意外にも、しのぶは冒険心を披露する。
「じゃあ、今夜の内に抜けるか」
こうして会議の結論が出た。
出発前に、マイクが焼いている肉を食ってみるか。さっきからうまそうな匂いがたまらんのだが。でも大丈夫かこれ?
「こいつの肉は焼くだけでうまいぞ」
さっきも聞いたセリフを繰り返して、炙り焼きした骨付き肉をマイクが差し出す。
俺はその代わりに、インスタントスープを作ってやって紙カップを手渡す。
お湯の入ったポットも出してくれるんだよな、四次元ポケットは。
受け取った肉を、俺はおそるおそる一口食べてみる。
じゅわっと肉汁が溢れて柔らかい肉だ。調味料無しでこれだったら……
「こっちは、さっき貸してもらったスパイスをまぶして焼いたやつだ。ほれ」
マイクは別の骨付き肉を、沙織としのぶに一個ずつ手渡した。
何だよ、俺もそっちが良かったな。
「「おいしい!」」
二人揃って、声を張り上げた。
「このスパイスは最高だな。たくさん持ってるのか。
大きな町で取引すれば、あるだけ高値で売れて大金持ちになれるぜ」
「持ち合わせは数本しかないな。
それよか、何でこんな端っこで肉焼いてるんだ、マイク」
「ここがあの大穴の風下だからだよ。
どう見てもあの穴はやばいぜ」
それを聞いて、俺たちの出した結論に間違いはないと確信できた。
「やっぱりそうか。
マイク、俺たちはここを出ることにした。
町まで案内してくれ」
「昼は四人でも結構危ないぜ。まあおまえらが一緒なら大丈夫だ、きっと」
「大穴から何が出るか分からないから、夜の内に出よう」
「コウタ、おまえ分かってるのか。
森の中で明かりを灯すのは自殺行為だぜ」
「俺たちは夜目が利く。明かりなしでも大丈夫だ」
幸い月は新月に近い三日月だ。
森に入ると殆ど道は見えないほどだから、夜目のさほど利かない魔物より俺たちの方が有利だろう。
元々まともな道ではなく、獣道よりは少し広いという程度だ。
とは言え、この道を見る限り森に出入りする者が多くいるってことだろう。
夜になってから明かりを灯さずにここを歩くのは困難だが、俺たちにはスーツによる暗視が利く。
道を行く途上、時折マイクがそこいらに石碑がないかと声を掛ける。
なんだ、目印が処々にあるのかよ。森に入ったら帰ってこれないとかおどろかせやがって。俺は声に出さずにマイクに毒づいた。
いや思い返してみると、一人じゃ魔物の森を抜けられないと言っただけか。
三人のパーティで深入りし過ぎて、他の二人とは森ではぐれたとか、自分はここまで追い込まれたとか言っていたしな。
誰かが殺されたとかは確定してないってわけだ。
マイクの話で森を怖がりすぎた、と気を抜いた瞬間だった。
木々の間からゴリラみたいな奴が出て来た。それも2頭だ。
1頭は子ゴリラみたいな奴で、大きさは俺くらい。
もう1頭は2mをゆうに超える上背に、体重が200kg位ありそうな奴で、片手の一部が裂け流血している。
そろりと接近してきた奴らに、直前まで気付かなかったのは俺の落ち度だが、こいつらも目の前まで来て、俺たちにようやっと気がついたらしく目を丸くして驚いている。
敵意が無さそうに思えたので、俺はしのぶと沙織に、刺激を与えず様子を見るように合図した。
夜目の利かないマイクは、今になって仰天して背中の青剣に手を掛けたが、ぴくりと止まり、ゴリラたちの出てきた背後に注意を向けている。
ポケットからライトを取り出したしのぶが、マイクの注意する方向へ向けてスイッチを入れた。
「狼の群れみたいです」
その瞬間、ゴリラがしのぶのライトをもぎ取る。
俺も沙織も、その動きに反応できなかった。
追撃に備えて構えると、ゴリラは小さい方のヤツを、俺たちとは反対方向の道へ突き飛ばし走り出した。
ライトを振りながら走るゴリラを狼の群れが追って行く。
その一団は、俺たちと小ゴリラの間を、速力を保ちながら道を横切って通り抜けて行った。狼は夜目が利くらしいな。
全部で10頭以上だ。
こちらに気付かれなくてよかった。
置いていかれた小ゴリラは、悲しげな目で行方を追っている。
「親子のオークだな。
どうやら二人では逃げ切れないと思って、子どものオークを助けるために自ら囮になって逃げて行ったんだろう。
あの追っていった奴らは、ウッズウルフと言う魔物だ。
先頭を行くやや大きいやつが頭で、他の奴らは完全に統率されているから、頭をやり過ごせばもう大丈夫だ」
その小さいオークは、俺達から逃げようともせず、かと言って襲ってくる様子もなく、親の走っていた方向を見ながら声を殺して泣いているようだ。




