第55話 出発
第55話 出発
フライの話によると、パーチンの地下隠れ家にもスパイ1号などの密偵を送り込んでいるらしい。
エターナルのスパイ技術をどのようにかいくぐって、パーチンは最後の影武者を隠しおおせたのだろうか。
この点はフライも相当な疑問を持っているらしく、その秘密を解き明かすにはしのぶの力が必要。そういうことになったらしい。
しのぶはこのために封印を解いた訳ではないだろうが、今回のミッションには都合が良いタイミングだったようだ。
しかも俺が可能性を疑っていた、送信力のテレパシーもあるらしい。
少し疑問があるのだが、日本語を使わない人に対しテレパシーでコミュニケーションができるのだろうか。
これは後でしのぶに聞いてみよう。
そう思っていたら、俺が訓練している間に、しのぶも隣のバリア内で異言語使用者とのテレパシー訓練をしていたようだ。
仕組みはよく分からないが、どうやらできるらしい。
しのぶが俺の家にどうやって入ったか知らないが、大方クモミン辺りが、アンドロイドか何かを取り出してしのぶを中に入れたのだろう。
しのぶが来たなら早く教えてくれよ、フライ。
そう思ったが、俺の訓練集中度を下げることになるから、わざと訓練は別個に行っていたらしい。
個別の訓練が終わった時刻は、二人とも午後6時少し前だった。
母さんの今夜の帰宅は、午後6時半くらいになるらしいが、バリアを使ってる俺たちにはまだ余裕がある。
「捕らえられている影武者救出は早い方が良いよな、フライ」
沙織もしのぶも同意するように頷いている。
「パーチンにとって、捕らえた影武者をすぐ殺すことにメリットはない。
おそらく人質の家族をどうやって逃がしたか、協力者は誰かについて尋問している最中だろう」
「KGB仕込の拷問や尋問はきつそうだよね。 強い自白薬を使うと聞いたことがあるし」
俺は、アニメか映画で見たうろ覚えの知識を披露した。
「精神を破壊される恐れがあるから、急ぐにこしたことはないが」
常に冷静なフライは弱く複眼を光らせた。
それでも男児のかわいらしい声は、どこか緊迫感を減ずるのだが。
「じゃあ今から向かうのか」
「コウタたちの、身代わりアンドロイドの完成度がまだ不十分なのだ」
おや何かまた聞き慣れないワードが出てきたな。
「何だそれ」
「コウタ、しのぶ、沙織、三人のそっくりさんロボットだよ。
三人が何も告げずに居なくなると親御さんに心労をかけるだろ」
男児の声で大人びたことを言うフライ。
違和感はあるが、状況を考えればその通りだと思う。
一方沙織は目を丸くしている。
おそらく親に心配を掛ける方にではなく、そっくりさんロボットのワードを聞いてびっくりしたのだと思う。
「身代わりアンドロイドはいつ用意できるのですか、フライさん」
しのぶはニューワードをすんなりと受け入れているようだ。結構柔軟性があるな。
フライの代わりにクモミンが答える。技術担当だからな。
「外見は本人と区別できないほど精密に完成してるけど、性格、言動、仕草、喋り方の癖とか、家族にもバレないほど精巧なものとなると、やっぱり1週間程度は必要よね」
これでも頑張ってるんです、という感じが伝わってくる。
女児の声は可愛らしいがフライの様な違和感は無い。俺がクモミンに対して気兼ねのない友人感覚を持ってるからだろうか。
「そんなに待っていたら影武者は廃人になってしまうかも。
救っても意味ないでしょ、それじゃ」
沙織の言い分はもっともだ。俺もそう思う。
「予定通り行けば数時間で戻れるから問題はないが、予定外のことが起きれば数日掛かる可能性もあるから身代わりアンドロイドの用意は必要だ」
予定外という言葉は気になるが、楽観過ぎるのは良くない。最悪なケースまで考慮して計画的に行動すべきだろう。
とは言え、既に俺もやる気になっていた。
「もし不在時間が長くなったら、親に説明できるうまいシナリオを考えておいてくれよ、フライ」
俺は沙織としのぶに目を合わせた。二人が大きく頷く。
「そうよ」「そうですよ」
沙織も、しのぶも、すぐ出発することに賛成のようだ。
クモミンが空間から取り出した3組の特製スーツを、三人それぞれが手に取り簡単な説明に従って着用した。
出発の準備は整った。
母さん、父さん、心配しないでくれ。俺はすぐ戻ってくる。




