第44話 母の追求
第44話 母の追求
この日は少し遅くなって、帰宅は午後7時半になった。
母さんの帰宅の方が早くて、夕食はほぼ出来上がっていた。
「お帰り幸太。珍しいわね、私より帰りが1時間も遅いなんて。何かあったの」
一人っ子なので、父さんが帰宅するまで母さんの関心は俺に集中する。ウチは仲のいい家族だ。
俺も両親とはよく会話する。一人息子の義務だからな。
「いやそれ、先週の金曜日と同じセリフだよ」と、俺。
「という事は、返事も同じになるのかしら。
今週始まったばかりで、今日もまた学校帰りにカラオケ行ってきたんだ。結構不良じゃない。
ともだちができることは良いことだと思うけど」
母さんは、遅く帰ったことを全然怒ってない。
それどころか、ずっと学校と家の往復だけが続いていた俺に、カラオケに誘ってくれるような友だちができたことが嬉しいらしい。
今は、その友だちが健全な人たちかそうでないのかを気にしてるだけだ。
「金曜日は中間テストの打ち上げ。今日はその成績発表があった関係で、クラスの男子から初めて誘われて断れなかったんだよ。
みんな良いやつだよ、タバコを吸う奴は一人も居ないし」
「クラスの男子から初めて誘われてか…
この前も男子からの誘いだと勝手に思い違いしてたけど、前回は女子からだったってことなのかしら」
迂闊だった。どうして男子から初めての誘いなどと、口を滑らせてしまったんだろう。
「うん、金曜日は女子が多かったかも。
文系クラスは元々女子が多いんだから仕方ないよ」
俺が言葉を重ねるほど、母さんはその綻びを突いてくる。
「ふふん、言い訳してるのがなんかおかしいわね。
じゃあこの前は、ウチで一緒にお勉強した女の子二人と行ったんだ。
学校帰りにデートとか、幸太、青春真っ盛りだね」
母さんは、俺が年齢相応なことを始めたのが嬉しいらしく、そう俺を冷やかした。
「いや、他の女子も何人かいたよ」
言ってから、他のもっと良い言い方がなかったかと後悔する。
「前回は、男子が何人で女子が何人いたの」
食い気味にそう問われて、つい正直に答えてしまう。
まあ、うしろめたいところは、俺には一つも無いからな。
「女子が6人、男子はむにゅむにゅ」
最後の方が、自分でも聞こえないほど小さな声になった。
「え、聞こえなかったけど」と、間髪入れずに母。
「男子は俺だけ」
「あらら、ハーレム状態ね。いつからそんなモテモテ男になったの」
母さんは息子がモテるのは嬉しいのだろうか。
父さんに対しては、他の女性の話題が出ると結構厳しいのだが。
「色々事情があるんだよ。断れなくてね」と、俺。
「あ、分かった!
ウチに勉強にきた子との仲を他の女子に疑われたんだ。
あの女の子二人のどっちが本命だとか、カラオケとは名ばかりの吊し上げ大会だったのかな」
ニヤケが止まらない感じの母さん。
面倒くさくなった俺はなげやりに言った。
「はいはい、その通りです。
でもどちらとも付き合ってないから、皆の前できっぱり否定されました」
これで終わりのつもりだったのに。間髪入れずに(2回目かw)母さんから確認の質問が。
「どっちの宮坂さんに?」
「背の高い方に」
「ははん、すると、小さい方の宮坂さんは、幸太にまんざらでもないという訳ね」
もうごまかし切れないと思い、素直に答えた。
「いや、あの子は高校生じゃないから」
「え、どういうこと!
全然似てないけど、同じ名字だし、やっぱりあの二人は姉妹なのね」
「夕飯冷めちゃうよ、もういいでしょ」
俺はもうたじたじで、この話題を早く終わらせたかった。
「食べながら話しましょ。お父さんにも教えてあげないと悪いから」
ダメだ。がっつりと掴まれた俺に逃げ場はないらしい。
「分かった、分かった。降参だ。ちゃんと説明するよ」
一旦開き直ってしまえば、飯を食いながらでもどうどうと話せるのだ。
「お察しの通りあの二人は姉妹です。
姉の方とは高2のクラス替えで同じクラスになったんだけど、ウチが引っ越しが多かった頃、小4の時に1年間だけ同じクラスだったと宮坂さんに言われたんだ。
つまり幼馴染になるのかな」
母さんの食も進む。
俺の話はうまいおかずになるらしい。
「宮坂、宮坂、ううん、名前は思い出せないけど。そう言えば公団住宅に住んでた頃、あんたを姉妹で訪ねて来た子たちがいたわね」
「え、そうなの。俺は覚えてないけど」
「確か、あんたがランドセルに傷をつけて帰ってきた翌日の土曜日よ。
幸太の同級生を名乗る女の子が、三つくらい下の妹を連れて、菓子折りを持って謝りに来たのよ。
そうそう、あの子の説明だと、あんたが大きな犬からあの子を守ってくれて、その時、ランドセルに犬がかみついたとかで、母から言われて、お菓子を持ってお詫びに来ましたと言ってたわ。
小さい子の方は、お姉さん子で一緒に付いて来たと言ってたわね。
何だか懐かしいわね」
俺の記憶にはないが、母さんの話だと、沙織だけでなくしのぶもウチに来たことがあるらしい。
「そんなことがあったっけか」
「そうよ、あれから、ウチに二人でよく遊びに来てたわ。
小さい子があんたに結構懐いててね。
可愛かったのよね、あの子」
おいおい、しのぶとも昔にそんな因縁があったとは!
今俺がもてているのは、その頃の俺のお陰だったのか。
母さんは俺の追求結果に満足してくれたらしく、中間テストの結果も訊かずに解放してくれた。
俺が部屋に戻るとフライが現れた。
中間テストの結果を伝えると、満足した様子で、
「あれが、約束した今月分の報酬の一万円だ」と、机の上の封筒を指差した。
開けると千円札が十枚入っている。
フライはいつの間にか、気配もろとも消えていた。
念の為、俺はその内の任意の一枚を取り出して、照明にかざしてすかしを確認する。
新札の千円札は、連番の通し番号が付されていた。
タヌキがくれたお金じゃないのだから、疑ってはいなかったが、外で使ってから偽札だったりコピーだったりしたら、俺も家族も大変なことになる。
何事も最初は用心してかかるに越したことはないのだ。




