第32話 パーチンぼっこぼこ
第32話 パーチンぼっこぼこ
よく晴れた日曜日。朝早くから両親は二人でドライブデートに出かけた。
どこが目的地かは知らない。夕食は自分で外食するか、コンビニで買って食べてと言われている。
今日の午後もウチにやって来る宮坂姉妹について、あれこれ詮索されるのもいやだし返って好都合だ。
その宮坂姉妹には昨日で慣れたので今はもうびびってないが、妹宮のしのぶにどういう態度を取れば良いのか、少しばかり決めかねている。
昼飯のカップヌードルの3分間を待っている時に、TVをつけてみた。
丁度お昼のニュースが始まる時だ。
「最初のニュースですが、ラシアのクレムリン大宮殿に映し出された動画に関する続報です」
なんだって! 何の動画がクレムリン大宮殿に映し出されたんだ?
「…こちらが、現地時間夜9時頃から1時間おきに3回に渡り、プロジェクションマッピングと思われる方法で、クレムリン大宮殿一杯に投影されたとされる動画です。
2分間の短い音声付き動画ですので、まず全編を御覧ください」
俺はTV画面に食い入るようにして、それを見た。
最初は覆面をした男がラシア語で語る短いシーン…続報というだけあって、TV画面では日本語の字幕が表示されている。
『我々は独裁政権からラシア国民を解放する民間組織パーチンフリーである。
ラシア国民よ、パーチンにだまされるな。
現在パーチンが特別軍事作戦と称しているものは、隣国エクライナ征服のための侵略戦争であり、全世界の平和に敵対し、友好国エクライナを自己利益だけを目的に蹂躙する悪逆非道な殲滅戦争である』
その短い声明に続く動画は、柔道場で向かい合うパーチン大統領とゾレンスキー大統領だ。
パーチンは白、青、赤のトリコロール模様の柔道着、ゾレンスキーは青と黄色の二色でデザインされた柔道着だ。
審判が試合開始の合図をする直前に、パーチンはゾレンスキーに蹴りを入れた。
ゾレンスキーは、ルールを無視した急襲に思わず腹を抑えてうずくまる。
続けてパーチンは手に巻いた鉄の鎖でゾレンスキーの頭を叩きつける。
ゾレンスキーの頭部から出血するシーンがクローズアップされる。
次の瞬間、すっと立ち上がったゾレンスキーは、さらに打ち据えようとするパーチンの腕を取り鮮やかな一本背負いを決める。
腕を離さず、パーチンが安全に受け身を取れる形のフェアプレイだ。
審判団が一本勝ちという意味で、一斉に青と黄で染め上げた旗を上げる。
勝負がついたと見たゾレンスキーが深々と礼をしていると、すっと後ろから近づいたパーチンが、長く伸ばした鎖をゾレンスキーの首に巻き付けぐいぐいと締め上げる。
審判団が止めにかかるが、パーチンの私兵が数人飛び出し、審判団を羽交い締めにして引き戻す。
もう息絶え絶えという感じに見えたゾレンスキーだったが、パーチンがさらに締め上げようと鎖を動かした瞬間に首と鎖の隙間に手を入れ、一息継いだ直後に鎖ごとパーチンを投げ飛ばした。
全く受け身を取れなかったパーチンの顔が苦痛にゆがむ。その表情がまたクローズアップされた。
パーチンが私兵に向かって指を立てると、私兵からパーチンにピストルが渡された。
パーチンは銃をゾレンスキーに向けて一歩二歩と近づく。
ゾレンスキーは後退りするが丸腰ではなす術もない。
この時、審判団の中の一人がささっと近づいてパーチンからピストルを取り上げた。
それを制止しようした私兵数人は、憤った観客たちに取り押さえられた。
ゾレンスキーが右手を使って、来い来いポーズを作りながら「カモン」と叫ぶ。
パーチンは柔道の構えでゾレンスキーに近づくが、組手の間合いに入った瞬間にパンチを振るった。
その手を素早く取ったゾレンスキーは、クルッと体を回して、パーチンの体に両足を掛けストンと畳に叩き落とした。
その形は、格闘技ファンなら誰でも知っている「腕ひしぎ十字固め」である。
ぐいぐいと腕を引っ張ると、梃子の原理でパーチンの右肩関節がみしみしと音を立て、ついには脱臼したようだ。
床を叩く降参の合図をする暇も与えない早業だった。
苦痛で気絶してしまったパーチンの短い髪の毛に、ゾレンスキーの手が伸びそれを引っ張った。
パーチンの頭髪がまるごと外れた。カツラの下はツルッパゲだった。
そのクローズアップシーンで格闘動画は終了した。そして画面は覆面男に戻り、また声明が読み上げられた。
「これはフェイク映像だが、近い将来に正義無きラシアは必ずエクライナに敗れる。
再び平和がやって来た時、両国が真の友人に戻れるかどうかは我々ラシア国民次第である。
付け加えるが、パーチンが卑怯なツルッパゲであることは、フェイクではなく真実である。
尚、ハゲは単なる肉体的変化の一部でありそれ自体に罪は無い。
ハゲが悪いのではなく、悪辣で卑怯なパーチンこそが悪なのである」
エターナルはやってくれたな。すげえアピールする動画だった。
昨日の今日でこんなことができるとは、さすが超高度文明のハイテクだぜ。
ニュースキャスターは続けてアナウンスする。
「ラシア広報部は、これは全くのフェイク動画であり、クレムリン宮殿にこの動画が映し出された事実は全く無い。
これは西側による、人民の不安を煽ることを目的とした、悪意ある合成画像と情報操作であると主張しています。
当局はSNSに出回った動画を一掃しようとしているが、新規のアップが続くので削除が追いつかないようです。
尚クレムリン宮殿の周辺を、大勢の人がくまなく探し回る様子もカメラに捉えられています。
しかしながら事件の手掛かりが掴めない様子で、この動画が2時間あまりで3回に渡って映し出されるという大失態を演じることになり、ラシア国民の間に動揺が走っているようです」




