第31話 しのぶの失敗
第31話 しのぶの失敗
『幸太さん、先程はお疲れ様でした』
『お疲れさん』
『明日なんですけど、フライさんには勉強会に参加しないと言っておいたんですが、気が変わって私も出ることにしました』
『ああ、そうなんだ。
高速化して勉強すれば、中学校のテストもばっちりだろうし、良いんじゃないか』
『ご迷惑じゃないですか』
『全然。しのぶちゃんこそ、俺が一緒で迷惑じゃなかったの。人見知りって言ってたし』
『幸太さんは、もう全然大丈夫です』
うれしいことを言ってくれるぜ。
『なら良かった。明日も待ってるよ』
『幸太さんこそ、姉さんが苦手だったので、迷惑だったのでは?』
確かに今日沙織が来た時まではとんでもなく苦手だった。
今は多分、初対面でヘタレ呼ばわりされる前と同じ位の状態の戻っているかも。
『今日の会議で、沙織に対する苦手意識も薄れたよ』
俺はクールに答えた。
『みたいですね、姉さんも幸太さんのこと、見直したとか言ってたし』
『あいつは冷ややかな高飛車タイプだと思っていたけれど、俺の思い違いだったのかも知れない。
しのぶちゃんも、姉はあれで根はいい人だとか言ってたよね』
『言いましたっけ』
しのぶちゃん、何故それを否定する?
『過去ログみれば分かるよ。そう言ってたし』
『そうですかね。
それは置いといて、幸太さん、今は姉さんが好きなんですか』
突然なんてことを訊くんだ。
『苦手意識は薄れたけれど、それだけでどうして好きとかいう話になるんだい』
『嫌いなんですか』
『嫌いじゃないけど、それは好きという意味にはならないでしょ』
『そうですか、何かあやしい』
どうして姉のことをそんなに気にしてるんだろう。もしかしてしのぶちゃんは俺に気があるんだろうか。いやそんな訳ないか。
『そんなことないよ。
じゃあ俺も訊くけど、しのぶちゃんは中学で好きな男の子とかいるのかな』
俺に対する好意があるのか確かめてみようと、遠回しに攻めてみる。
『ざんねん』
なんだ、何が残念なんだ? 意味不明だ。
『え』
『ノーコメントという意味です』
そうは思えないが。
次はもう少し大胆に攻めてみる。
『しのぶちゃんは結構大人っぽいから、好きな人はもっと年上かな』
『いらっしゃいませ』
おいおい、意味不と思ったが、この返しはさきほど見たばかりのような気がする。
『え』
この「え」は疑問文ではなく、その意味を知って驚いた方の「え」だ。
『それもノーコメントですよ』
その誤魔化しはもう通用しないよ。
今度は直接的な質問だ。
『俺みたいな男は好きですか』
『いらっしゃいませ』
胸がドキドキしてきた。
『俺のこと嫌いですか』
『ざんねん』
文字変換が必要な告白だが、これは俺の人生で初めて経験だ。
思わず昔見たNHK朝ドラのセリフが飛び出た。
『じぇじぇ!』
『何ですか、その、じぇじぇ!って』
『しのぶちゃん、秋アニメでは何が好き』
スルーするという選択肢もあったが、それはフェアじゃないだろ。
俺は種明かしに入った。
『何ですか、唐突に』
ラインの文面では何も分からないが、スマホの前でしのぶちゃんが焦っている姿が思い浮かんだ。
『俺、「自動販売機に生まれ変わった俺は」という奴がおもしろかったんだけど』
『えええ!』
『やっぱり、しのぶちゃんも観ていたのか、それ』
盛大な種明かしだ。俺はフェアだからな。
『ひどいです』
やっぱり女子から告白させるのは罪なのかな。
『ひどいかな』
『幸太さんは、私が好きですか』
しのぶちゃん、開き直ったか!
『ううん、、、、いらっしゃいませ』
『間が長いのは気になりますが、まあ良いですよ。
じゃあ私にもチャンスはありますね』
『じぇじぇじぇじぇ!』
『何ですか、そのじぇじぇじぇじぇ!って』
『いや、これは驚いた時に岩手県の一部で使う方言らしいよ。
ちょっと驚いた時には、じぇ、もっと驚いた時はじぇじぇ、さらに上はじぇじぇじぇ、じぇじぇじぇじぇとなるらしい』
『なるほど、理解しました。
幸太さんは何故そんなに驚いたのですか』
しのぶちゃんは絶対大人しくなんかない。年上の俺が心乱されるぜ。
でもそんなことがありえるのか、調子に乗ってから痛い目は見たくない、、、
『中2の美少女が冴えない高2男子に告白って、違うか、ただ俺をからかってるだけだよね。そんなことがある筈ないし。
俺が反応に困ったらヘタレと笑うつもりだったのでは』
『ざんねん』
『本当に、まじで言ったの』
喜んで良いのか? でも中2の子と恋愛関係になったら、それこそひどい目に合いそうだ。
葛藤している俺に対し、しのぶちゃんは暗号ながら素直に答えてくれた。
『いらっしゃいませ』と。
この後しのぶちゃんからライン電話が掛かって来て、ひとしきりアニメの話で盛り上がったが、ずっとドキドキで冷静を装うのが大変だった。
明日はどうなるのか、また心配になってきた。
(注: アニメ「自動販売機に生まれ変わった俺」の中では、特定の言葉しか発することができない主人公ハッコンに対し、ヒロインのラッミスが、
「『はい』の代わりに『いらっしゃいませ』、『いいえ』の代わりに別の言葉を話すってのはどうかな」と言うと、ハッコンが
「ざんねん」と答えます。
ハッコンに意思があると確信したラッミスは
「それって『いいえ』の代わりってことで良いのかな」と訊きました。
するとハッコンは『いらっしゃいませ』と答えました。
「『はい』だね、分かった」とラッミスは言いました。
この方法で、ラッミスとハッコンは簡単な意思疎通ができるようになりました。)




