第24話 宮坂沙織は蜘蛛が苦手
第24話 宮坂沙織は蜘蛛が苦手
「ピンポーン」
母さんが迎えに出ようとする動きを制して俺は素早く玄関へ走った。
「まあ幸太ったら、お友だちが来るのがよほど待ち遠しかったのね」
母さんのつぶやきが後ろから聞こえた。
俺は玄関のドアを開けた。
「「こんにちわ、おじゃまいたします」」
シンプルだが品のいい装いの、宮坂姉妹が、過不足ない笑顔でそう挨拶する。
二人の視線は、俺を通り越した先の母さんに結ばれていた。
沙織は俺には視線を合わせない。
初めて見る妹のしのぶは、俺に少し笑顔を見せた。
確かに見た目は大人しそうだ。
二人に対し、ぶっきらぼうに声をかける。
「上がってくれ、俺の部屋は二階の奥だから」
二人が靴を脱いで、框に上がり靴を揃える。
母さんは俺たちのところへすすっと寄ってきた。
「いらっしゃいませ。
いつも幸太がお世話になってるみたいで。 ウチでは楽にしてね」
二人の最初の挨拶と靴を直す仕草は、母さんに好印象を与えたようだ。
姉の宮坂沙織は、感じの良い笑みを浮かべながら母さんに対し丁寧な挨拶をする。
「宮坂沙織と申します。
こちらこそ、クラスではいつも幸太君に助けられてばかりで。
この度は、突然押しかけてしまいましてご迷惑をお掛けします。
その分幸太君と一緒に今日明日と勉強して、中間テストでは揃って良い成績を取りますのでどうかよろしくお願いします」
こいつ、いつもと全然態度が違うな。
「宮坂しのぶと申します。
どうぞよろしくお願いします」
妹の方も、姉の挨拶が終わるとすぐ簡単な挨拶をした。
「まあ、お二人ともなんてしっかりしてるんでしょ。
みんなでお勉強会頑張ってね。あとで、お茶とお菓子を」
そう言いかけた母さんに、宮坂沙織は丁寧な言い方でたたみかけながら、手元の包を差し出した。
「お菓子も飲み物も、三人分コンビニで買ってきましたからどうぞお構いなく。
これはつまらないものですが、ウチの母からです」
かあさんは、イチコロだ。
それは隣町で評判の店のロゴがプリントされた、クッキーの化粧箱だった。
これで母さんにじゃまされず、パーチンプロジェクトの会合ができそうだ。
二人を部屋に通すと、しのぶちゃんはともかく、宮坂沙織は態度をがらりと変える。
「はあ、めんどい、めんどい。
ママからあんなもの持たされたから、ひっくり返さないように注意して持って来てあげたのよ、感謝しなさい」
「俺はそんなことお前に頼んでないけどね」
途端に、上から下まで沙織は俺をねめまわした。
「あんた、自分の家ではえっらそうね。学校じゃあんなにヘタレなくせに」
こんちくしょうとは思ったが、俺は何も言い返せない。
その瞬間、iPadが反応してクモミンが画面一杯に現れた。
沙織は画面に釘付けになった。
「何それ! 怖い、気持ち悪い」
そう言った切り沙織は固まった。
「コウタ君、メガネを忘れてるよ」
女児声のクモミンがそう言って、机の上の2次元変換グラスを指差す。
そうだ、これこれ。まだ実際には試してないんだったっけ。
それでもクモミンの説明通りなら…
「あれは何って訊いてるんですけど」
怒気が籠った声。顔に恐怖の色を浮かべながら沙織は俺を振り返る。
俺は目を逸らした。こんなに怖い女子と目を合わせたくない。
一方妹のしのぶちゃんは、クモミンのアップ画像とその上の小物体を凝視している。実に冷静だ。
そして、画面の上の本体の方に話しかける。
「フライさんと同じで、画面とリンクしてますね。
あなたはフライさんのお仲間ですか」
「何言ってるの、しのぶ。
誰に話し掛けてるのよ」
沙織のイライラ度は、さらにヒートアップしているようだ。
二人のやりとりの間に、俺は素早くメガネを掛けた。
うん? 特に変化は無いようだが。
ふと思い出して、メガネのツルに指を当て1回揺すってみる。
『2次元モード、レベル1です』
骨伝導で機械音声が俺に伝わってくる。
何だこれ、ダメじゃん。
俺の眼の前に見えるのは、現実よりもシリアス感が増した宮坂沙織だった。
どうやらこれは劇画モードらしい。
尚更怖く見えるんだけど、これ。
もう一度、ツルを揺すってみる。
『2次元モード、レベル2です』
今度はコミックそのままの、2次元美少女が見えるじゃないか。
クモミンがしのぶの問いに答えていた。
「フライくんの同僚で、というか今はフライくんが上司ですけど。
ともかく、アタシはフライくんの仲間のクモミンでぇす」
「まあ、可愛い声ですね」
しのぶの目が、ペットを愛でる目になっている。
もちろん、コミック調でw
しのぶの方は、2次元変換は必要ないかもだが。
「あのね、しのぶ。あんた誰と話してるの」
返答が無いせいで沙織の声がきつくなる。
二次元に変換してもまだいくらか怖いのはそのせいか。
もう1回ツルを揺すった。
『2次元モード、レベル3です』
「ねえしのぶ、聞いてるの、私の話」
おお、今度は骨伝導で声まで変換されている。
音質は沙織のものだが、女児の響きに近づいた。
かわいいな、怒った顔も怒った声もw
本当にあの宮坂沙織なのか。
これならいけそうじゃん。
続いて、俺のPCがホワイトアウトしてフライが現れた。
沙織がタブレットからPCへ視線を移した。ほっとした顔だ。
「フライじゃないの、驚かさないでよ。
あっちの気持ち悪いクモはあんたのイタズラだったの」
フライの方にはすっかり慣れているらしい。
隣のタブレットからまた声が。
「私はまだここにいますけど」
クモミンがバカにするようにそう言った。
声に驚いた沙織がまたタブレットを見てびびる。
「ああ、どうなってるのよ。私、蜘蛛が超苦手なんですけど」
宮坂沙織は目を塞ぎその場にへたり込んでしまった。




