第22話 ウチに宮坂姉妹が来るらしい
第22話 ウチに宮坂姉妹が来るらしい
「会合を、土曜と日曜、両方ともやることになった」
一々驚かないとかは、この際撤回する。
「二日連チャン! ふざけるなよぉ」
俺の声が余程情けなく感じたのか、フライはなだめにかかる。
「まあまあ、パーチンプロジェクトは予定通り一日だけだから」
「後の一日は何するんだよ」
「宮坂沙織とコウタで、中間テスト対策の勉強会をやってもらう。
宮坂しのぶは、自分には勉強会は必要ないと言ってるから、コウタは宮坂沙織と二人きりになるね」
フライの表情は分かりにくいが、こいつは俺が困るのを楽しんでるだろ、きっと。
「なんだよそんなの聞いてないよ。
絶対ダメなヤツだろ、それは。
宮坂と二人きりなんてさ」
とても勉強できる環境じゃないだろ。
「まあ、そういう反応は予想していたがね。
宮坂沙織は、パーチンプロジェクト参加の報酬として、『私の大脳を高速化してもらって、中間テストでは上位を狙いたいの』と言っていた」
宮坂沙織のセリフが気になって、知らず知らず身を乗り出していた。
「大学受験対策だけじゃなくて、中間テストや期末テストでも大脳高速してもらえるのか」
思わず、東名高速とか、中央高速とか、身体拘束みたいな言い方してしまったぜ。
「うむ、高速化するのは、大脳だけではなく脳全体だが、そんなことはコマキニ。
中間、期末、全国模試でも、コウタたちに助力しようと思ってる」
宮坂も自分の勉強に集中するなら、俺をおちょくる暇はないだろうし、それほど悪い話ではなさそうだな。
「それにな、上級委員が委員見習いに負ける訳にはいかない。
明日から中間テスト終了まで、バリア外でコウタは宮坂沙織の1.3倍程度まで高速化することを目標としよう」
「もったいぶらずに沙織の2倍にしてくれよ」
同意を求めるように、iPadのクモミンを見た。
クモミンは、ここまで俺たちの様子を黙って観察している。
こいつはフライには逆らわない設定なんだろうか。
「急に成績がトップになったら先生が不審に思うだろう。あんまり欲張りなさんな」
フライの言葉で我に戻った。クラスや学年でトップの成績になったりしたら悪目立ちしてしまう。
俺が黙っていると、フライは宣言した。
「今日、パーチンプロジェクトを午後3時に開催するから心の準備をしておいてくれ。
スパイ2号も、お菓子と飲み物の準備をしておいてくれ」
ここで初めてクモミンが口を開いた。
「じゃんじゃじゃーん! 名前が正式に決まりました。
アタシの名前は昨日からクモミンで〜す。
フライさん、私はスパイ2号ではなく、クモミンですから、そこんとこよろしく!」
相変わらず、キュートな女児声だw
「クモミンか、コウタに名付けしてもらったのなら何の問題もない。
じゃあクモミン、お菓子と飲み物の準備を頼むよ」
「アイアイサー、クモミンにまっかせなさい」
小さな男児と女児の会話はほほえましいが、フライの言葉遣いはちょっと硬いな。
覚悟は決まったのでフライに声をかける。
「どこに行けば良い。
街の会議室でも予約してるのかい」
そのくらいは、フライなら何とでもなりそうだしな。
「ここ、コウタの部屋で会合を行う。
6畳で少し手狭だが、やむをえんな」
「僕の部屋? ここは女子禁制にしてるんだよ。
委員の部屋限定と言うなら、宮坂の部屋にしてくれ」
宮坂が断れば、会合は中止になるか街の会議室になるか、そのどちらかだろうしな。
「ここは上級委員の家で、駐留基地でもある。
タイムコントロールバリアも、当面はここでしか使えない。
そういうことだから、がまんしてくれ」
フライが複眼を七色に光らせて俺を見る。
威嚇するのか、その目はかわいい女子を動けなくするためだけに使おうよ。
「タイムコントロールバリアがここでしか使えないってことは、明日の勉強会も僕の部屋ってことかよ」
無力感から抵抗するのを諦めた。
もう昼か。会合まであと3時間。その翌日は沙織と二人きりの勉強会…
明日、両親が一緒に外出したら、いっそアイツを押し倒すか。
できもしない妄想を始めたが、虚しくなるのでやめた。
母さんが俺を呼ぶ。
昼飯の時間だ。
今日はカップ麺に、ウインナが二つ乗せられている。
アルトバイエルン熟成ウインナには、ちゃんと焼き目がついていておいしそうだ。
直径12センチの、目玉焼き用の小さなテフロン加工フライパンにのせてから、オーブントースターで焼く。
そうすると、クッキングシートも不要で焼色もうまい具合につくらしい。
この時のオーブントースターの温度は180度、タイマーは4分弱と決まっている。
かあさんは、ウインナにもこだわりがある。
「どうしたのコウタ、食欲がないの」
「少し変だぞ、コウタ」
俺は、箸を持ったままぼおっとしていたらしい。
母さんからも父さんからも、心配する声がかけられた。
「いや、食べるよ。
実は今日と明日、友だちと中間テストの勉強会をすることになった…ウチで」
「あら急ね。友だちが来るなんて小学校以来じゃないかしら」
母さんは嬉しそうな顔をしている。
父さんはうんうんと頷いている。
どうやら両親にも、中学以降、俺がボッチに近いことを感づかれているらしい。
「おやつくらい出さないとね。じゃ、ちょっとこれから買ってこようかな」
おやつと飲み物は、フライとクモミンが用意してくれるらしい。
「いらないかな。
友だちが、適当に菓子と飲み物を買ってくるって言ってたから」
「何人来るの、一人?」
さっさと切り上げたいところだが、母さんは、久しぶりな俺の友だち来宅に、食いつきそうな目をしている。
父さんは、今のところ傍観を決め込んでいる。
「いや、ふ、ふたりかな」
「あ、そう、コウタのお友達はどんな男の子かな、少し楽しみ」
「いや、男子じゃないかも」
父さんは、おや?という顔をする。
母さんは、目を丸くした。
どうせ、あいつらが来たら分かってしまうからな。
「え、それじゃ、来るのは女の子なのね」
がっつりと、肉食獣は俺というエサに狙いをつけたようだ。
俺はどうにかこの場をかわしたい。
宮坂は母さんが期待するような、かわいいガール・フレンドではないし、むしろ俺は、カースト上位者から蔑まれる対象に近い。
だから、あまり興味を持たれても困るのだ。
「あ、ダメなら、今から断るから」
「全然ダメじゃないわ。コウタも中々やるわね」
母さんの目がキラリンと光った。
フライほどではないが。
父さんの方は、これから息子をたずねてくるという異性の同級生について、その容姿を見るまではさほど関心度は上がらないだろう。
同じ系統の男としてその辺は分かる。
「そういうのじゃないから。
同級生がたまたま女子というだけで、しかも二人で来るんだし、母さんが期待したり心配するようなことは何もないからね」
妹のしのぶちゃんは、電話とラインでは大人っぽい感じだし、めんどうだから同級生ということで良いだろう。
母さんは目を細め口角を上げた。
「ふうん、そうなのね。ふふ、楽しみ」
俺は少しさめたカップ麺を、急いでかきこんで、ダイニング兼リビングルームを引き上げた。




