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とあるアムネジアの日記  作者: 山本
第一章 御山編
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9話 アムネジアだけど人と戦う


 このネズミ男、正気か!?


 頭2つ分も小さい少女に力負けして悔しいのは分るが、凶器を持ち出すなんて自分を見失いすぎだろう。恐らくは模造刀なんだろうけど、長さ1mもありそうな金属棒で殴られたら確実に骨折するだろうし、当たり所が悪ければ死に至る。


 こんなモノがぱっと出てくるなんて、コイツはプロレスラーじゃ無いな……ヤの付く人か? いや、今は法の縛りが厳しいからヤの付く人がこんなのを持っていたら一発逮捕だ。よく考えればこの汚らしい鎧も、威力なんとか罪でしょっ引かれる口実になるだろう。

 あ、そういえば日本とは違う国なのか……でも他の国でも武器を持ってこんな格好をしていたら官警が飛んで来るんじゃ無いか?


 目の前で激高する男に困惑しつつ横に居るコスプレ少女を見やると、腕を組み仏頂面でオレを見ているだけで、凶器を出したネズミ男には全く興味を持っていない様子だ。

 この状況を解決する気は無いようで……割り込んだんだから自分で何とかしろということだろうか?

 どうやら彼女らが住まう文化圏はかなり暴力的で危険なものらしい。


 視線を戻すと、ネズミ男は武器を振りかぶって今にもオレを殴ろうとしていた。 って、うぉぉぉおおい!?


 バックステップで辛うじて避ける。


 武器が顔の前を通り過ぎた際に感じた風圧と、地面を軽く抉ったその一撃が、ネズミ男の本気を示している。


 ……これはもう話し合いは無理だな、アレ系日本人得意の無抵抗アピールをやったとしても問答無用で殴られるだけだろう。


 オレはネズミ男から視線を外さずに、近くに停めてあった軽トラの荷台からシャベルを取り出した。そして穂先をネズミ男に向けて槍のように構える。


 それを見たネズミ男は一瞬キョトンとした表情を見せた後、盛大に笑い出した。


 確かにネズミ男が持つ武器に対し、オレが持つシャベルは農機具で頼りなく見えるだろう。更には武術なんて習ったこともない(と思われる)素人が構えても様にはならない。

 だけど、このシャベルで殺したモンスターの数は三十を越えるんだぜ?



 嘲笑を貼り付けて繰り出してきた大雑把な斬撃を左ステップで避ける。

 続けて振るわれた横殴りの一撃に対してシャベルの剣先を下から合わせて跳ね上げる。

 上からの斬撃に再びシャベルを合わせて弾き、ネズミ男の首元に剣先を置く。



 たったの三合で勝負は付いた。

 大仰な格好をしている割にネズミ男はオレよりも素人――武器の扱い方が稚拙だった。

 これだけの技量差を見せつければ抵抗はしないだろう。


 再び屈辱で顔を真っ赤に染めるネズミ男に向かってため息を吐くと、シャベルの剣先を下ろし、ポケットから麻紐を取り出そうとした。

 しかしそれが不味かったようだ。

 不意に繰り出された蹴りに体勢を崩されたところに、ネズミ男が投げた何かが襲い来る。

 顔は不味いと思ってシャベルの腹で覆ったが、それ以外の部位に衝撃を受けた。

 まるで野球の硬球を投げつけられたような衝撃に顔をしかめつつ、落ちた何かを見るとナイフのようだった。


 このヤロウ、本気でオレを殺すつもりか……!!


 シャベルを顔からどかすと、驚いているネズミ男の顔が見えた。何故刺さらなかったのか分らないって顔だ。オレだって分らないけど、いま着ているツナギは見た目のチープさとは裏腹に防刃繊維で編まれているらしい。


 が、今はそんなことはどうでもよい。初めて向けられたヒトからの殺意に、頭に血が上っていた。


 困惑しつつも再び斬撃を振るおうとするネズミ男。

 その懐に入り込むと、左の掌底で顎をかち上げて脳を揺らし、ぐらつく体を支える足の膝関節部をシャベルの棒部分で思い切り叩く。

 そうして膝が完全に落ち、頭の高さが同じになったところで渾身の頭突きを放った。

 額に感じる鼻が潰れる感触に満足しつつ、最後は後ろ回し蹴りでネズミ男の鳩尾を強打した。


 鎧越しでも打撃技なら多少は徹る。

 よろめき、倒れ、目を回したネズミ男が今度こそ沈黙したのを確認し、オレは構えを解いた。



 いつものモンスターとの殺し合いであればこんな失態はなかっただろう。相手は殺しに来ていたというのに、初めての人との戦闘という状況が判断を誤らせた。このツナギを着ていなかったら死ぬまではなくても、確実に深手の傷を負っていた。これからは紛争地帯にいるという認識で対応しないとな。

 ……さて、コイツをどうするか。


「Y8P=、&$¥*J4TG“!!」


 死んだふりを警戒して中々捕縛に掛かれないオレに、隣から叱責と思われる鋭い声が投げかけられた。見るとコスプレ少女が苛立たしげに首をかしげて地団駄を踏んでいる。

 オレのまごまごとした手際がお気に召さないようだ。


 確かにさっきも手をこまねいていて捕縛の機会を逃したし、早いところ縛ってしまおう。

 そういえばまだ食事もしていないし、腹が満ちたら少女の機嫌も治るかもしれない。


 オレがツナギのポケットから麻紐を取り出して、ネズミ男を縛ろうと一歩を踏み出したところ……横からその麻紐を少女に奪われ、あさっての方向に投げられた。


 何をするんだと窘めようとしたが、少女はオレを無視し、倒れているネズミ男に近付いた。そして地面に落ちている剣を拾い、振りかぶると、オレが制止する間もなくネズミ男の首に剣先を叩き込んだ。


 ぽーんと、冗談のように宙に飛ぶネズミ男の頭。そして、当然のように残った体から間欠泉のように吹き出す赤い血しぶき。


「は? な、なんっ、何をしやがるんだ、テメェはッ……!?」


 人が人を殺す。

 そのあまりにも非現実的な光景に我を忘れて叫ぶ。


 そりゃあ、このネズミ男はオレを殺すつもりで武器を振るった。実は模造品ではなくてホンモノだったことに今更ながらに震えが来ている。しかし、コイツは見せかけだけで、オレ達に手も足も出ずに倒された弱者だ。再び起き上がったところで難なく倒せただろう。

 あ、あれか、オレがいつまでも捕縛しようとしなかったのがいけないのか? でも、そんなことが人を殺す理由になるのか!?


「悪いが、こやつは我がY6=の怨敵たる先兵だ。捕虜という%!Lは無い故、片付けさせて貰った……しかし■U¥、我を倒す%&でありながら、なんとも&~Pなことだな」


 向けられる少女の冷たい視線と言葉に怯みそうになる。しかし、しかし……!? 言葉が……通じている?


 慌てて左腕の妖怪時計を見やる。原因はコイツしか思いつかない。

 すると勝手にホログラフのウィンドウが目の前に映し出され、そこには次のような文字が表示されていた。


『一定の異種言語を蓄積したので翻訳を開始します。ただし一部翻訳出来ない言語があります』

『初めての殺人による特別ボーナスを支給します。次回のエネギー補給時にご期待ください』


 翻訳はともかく……殺人による特別ボーナスだと!? ふざけるんじゃねぇッ!!


 思わず妖怪時計を腕ごと地面に叩き付けようとしたが、その手をコスプレ少女が掴む。少女の力は強大で、振り払おうにも万力に締め付けられたように動かせない。


「ほほぅ、貴様、単なる只人ではないと思っておったが……これは面白い、更に興味が湧いたわ。我が物とするのに躊躇う理由はないな」

「あ、アンタ、一体……いいからその血に塗れた手を離せ!」


 オレがそう叫ぶと、少女は初めて気付いたように自分の手足を見る。

 少女の体はその多くがネズミ男の返り血で濡れ、濃厚な鉄の匂いをさせており……まるで殺人鬼のようだった。


 「おお、すまんな」と呟く少女の顔に浮かぶ屈託無い笑顔に、くそったれなスプラッタな状況に、そして今まで蓄積された情報量に耐えきれず……オレはあっけなく気絶してしまった。



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