3話 アムネジアでもガチャは回す
起きたら目の前でクリーチャーが鳥にたかられていた。
そんな衝撃的なシチュエーションを前にして悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。飛び上がって無様な連続バク転でその場から逃げたのはご愛敬だろう。
今は何時だ、昨日は一体何が起こった、なんでオレは屋外で寝ているんだ、目の前で起こっているこの惨状は何なんだ!?
混乱して変な拳法っぽいの構えを取ったオレに構わず、鳥達はクリーチャーを啄み続けている。その数は十羽ほどで、カラスに似ているが羽が白く、その綺麗な羽が緑色の血に汚れるのにも拘わらず、激しく嘴を使って肉を貪っている。
腹が減っているんだろうか? 太陽は既に昇っているようだし朝飯ってところかな。もうちょっと起きるのが遅かったらオレもあの呼び出された化け物と同じ末路を辿っていたかもしれない。
そんな感想が頭に浮かんだ途端、昨日の出来事が怒濤のように蘇った。
自身の記憶喪失、今いる場所、ガス欠の軽トラック、変な時計、4つの月、穴から出てきたクリーチャー、そして……そうか、アレは夢じゃなかったんだな。
クリーチャーを殺す為に使ったシャベルは地面に突き刺さったままで、見上げると青空に4つの白い月が浮かんでおり、左手首には黒い腕時計がある。
と、とりあえず腕時計は外しておくか。また、いきなり変な物を呼び出されたら困る。
そう思いバンドを締める中留めに手を伸ばしたのだが、どこをどういじっても外せない。ボタンはなく、結構な力を込めて引っ張ってもビクともしないのだ。一体どういう構造になっているのか……
肩で息をするオレの目の前で、時計の時字が再び輝きだして日光の下にも拘わらずにウィンドウが結像する。
そこには『無駄です』とだけ表示されていた。
「てめッ、このヤロ、どういうつもりだ!?」
腕時計に怒鳴り散らすなんて様は誰がどう見たって変人だろう。だけど、この腕時計は普通じゃない。カメラやマイクがついていないのに現状を理解して簡単な意思疎通が出来ている。
機械に宿る意識、それをヒトは人工知能と呼ぶ。そしてこんな反応を返す工知能をオレは知らない。
更に、昨日見せた月からのエネルギー補給にしても、ワープ技術にしても、オレが知る人類の技術を遙かに超えている。何でこんなモノを着けているのか記憶喪失のオレには知りようもないが、意思疎通が図れるならオレに関する情報を引き出せるかも知れない。
「おい時計、お前は一体なんなんだ? 何でオレは此処にいる? いやそれより、何かオレに関する情報を持っていないか?」
………………5分ほど経って無視されたのだと気付いた。
思わず地面に叩き付けようと腕を振りかぶったのだが、壊してしまったら元も子もない。これが唯一の手がかりかもしれないのだ。それにもし借り物だった場合に凄い額を請求されそうだしな。
なんとか理論武装を終えて気分を落ち着けたオレであったが、再び宙に浮かんだ『臆病者』という文字に激高させられた。
多分、コイツを創った技術者とは仲良く出来そうにない。
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腕時計への嫌がらせになるかもと思い、左手を使ったシャドーボクシングらしきものを行っていると、クリーチャーを啄んでいた白カラスの一匹が飛んできて近くに降り立った。
そいつは群れの中でも一際大きく、首に勾玉らしい装飾品を掛けている。そのヒトを全く恐れない様子からすると、この山の神鳥として飼われているのかもしれなかった。
大きな白カラスは地面に小さな石を置くと、一声鳴いて群れに戻っていった。
もしかしてお礼のつもりだろうか? この妖怪時計とは違って礼儀を知っているようだ。
置いていった石はクリーチャーの粘り気のある緑色の体液で汚れていたが――うん、こういうのは気持ちが大切なのだ。しかし、これは…………池の水で洗ってみるか。せっかく貰ったモノを捨てるのは良くないからな。
オレは多機能ナイフにあったピンセットを用いて緑色の血に汚れた石を摘まむと、池に移動してジャブジャブと洗ってみた。対岸では同様に白カラスの群れが水浴びをしており、緑色に汚れた羽を洗っている。
念入りに水の中で石を洗い、これくらいで良いかなと目の前に持ち上げると、白カラスから貰った石はまるでダイヤモンドのように輝いていた。
「おいおい……リアルでわらしべ長者か? って、あ、やべッ」
思った以上に綺麗だった石――宝石に驚いて力加減を誤り、ピンセットから宝石がこぼれ落ちる。そして反射的に差し出した左手の腕時計に宝石が触れた途端、時計に宝石が吸収された。
再び発生した摩訶不思議な現象にオレの思考が停止する。
しかし、事象は止まらない。宝石を吸収した時計は虹色に輝くと再びウィンドウを結像した。そこにはこんな表示がされていた。
『モンスター初討伐記念 10個の品物をランダムに取り出せるブロンズ宝箱を進呈します』
くじ引き、ガラガラ抽選、いや、今風にいうならガチャか? ゲームみたいなノリで物質変換をやっちゃうとか……あり得ないだろ。
明らかにシンギュラリィティ、且つオーバーテクノロジーをノリ(としか思えない)で発揮し続けている腕時計に戦慄する。まるで左手に核爆弾を埋め込まれたような気分で、衝動的に左手を切断したくなる。
これは明らかに人の手に余るものだ。
――落ち着け!
まだオレは何も知らない、わかっていない……わかっていないままに放り出すのは無責任だ。せめてこの超技術をなんでオレが持っているのか判明させないと誰にも助けてもらえない。そうだ、一刻も早く記憶を取り戻さないと……まずはそれを目標に行動するとしよう。
なんとか精神を均衡させたオレは、いつの間にか出現していた銅色の宝箱……を模したダンボールの大箱に近寄った。出所がなんであれ、オレが今持っているものは少ない。もらえるモノは貰っておかないと後悔する事になるだろう。
ダンボール箱を封印しているガムテープを剥がすと、手を突っ込んで触れたモノを取り出そうとする。取り出したのはこれまた小さなダンボール箱だった。表面には『N』という表示がある。
『N』が何の意味かは判らないが、開けてみると……トイレットペーパー12ロールが入っていた。
う、うおおぉ、い、いきなり大当たりじゃねーか!
ツナギのポケットには2個のポケットティッシュしかなくて、心細い思いをしていたんだ。現代人のオレは葉っぱで尻を拭くのはどうにも避けたかった事案で、これで下山時のトイレ事情に心配は無くなった!
シモの生活必需品を手に入れたオレのテンションは俄然高くなった。この調子で良いモノが出続けたら左手の妖怪時計をハイテク時計と呼んでもいい。
よーし、この調子でどんどんアイテムを取り出していこうか! はは、そういえばテレビゲームで敵が滅多に出ない宝箱を落とした時、何が入っているかドキドキしたもんだ。うん、テンションを上げていこう!
次は……同じく小さな箱だな、今度は『R』の表示がされている。もしかして、Normalの『N』、Rareの『R』を意味しているのか? そうすると、さっきよりも良い品かもしれない。何が出てくるかな? これは……え、もしかしてこれは……………………
出てきた黒光する金属の塊は、テレビの中で警察管と呼ばれている人達が腰にぶら下げているモノだった。
ひょっとしたら模型かなーと思ったが、ご丁寧に本体とは別に同じく金属製の特徴的な備品もR小箱に入っていた。試しに横側に付いているボタンを押して備品を詰める箇所を確認すると、とてもプラスチック製の弾を込められる構造にはなっておらず、ホンモノ専用ですとでもいうようにデカい空洞になっていた。
ちなみにその黒光りする物体には『Beretta modello 92』という文字が刻印されている。
とりあえず、オレはその物体をそっと箱の中に戻し……軽トラックの荷台へ向けてぶん投げた。