山登りのハプニング
あの一連の出来事が終わってから、2週間ほど経ち、とうとう山登り遠足の日になった。ただ、一つだけ変わったことがある。陽成と紺野さんのことがあってから、俺と御幸綾はちょっぴり仲良くなった。と言っても、俺が「御幸さん」から「御幸」に変わっただけなのだが。
「みんな忘れ物はない?」
「やっべ!帽子忘れてきちゃった!」
「陽成、そうかと思って2つ持ってきてるんだ。1つ貸すよ」
「蓮ありがとう!」
「だらしないね」
「藍月ちゃ~ん。そんなこと言わなくたって良いじゃないか」
「行くよみんな!」
「「「お〜!」」」
初っぱなから忘れ物があったが、何とかなりそうだ。未だ陽成と紺野さんはすれ違いにいる。というより、紺野さんが陽成からの愛を拒んでいるような構図だ。そして、一つ。今日は御幸が異常に気合いが入ってる。恐らく、影でこの日を待ちわびていたのだろう。
「御幸。これ地図。多分このまま真っ直ぐ進んでいけば、最初の目的地に着けるはずだよ」
「ありがとう」
「陽成!紺野さんに絡んでないで、道迷わないように気をつけろよ」
「わかってら!なぁ〜藍月!」
「暑苦しい」
今日も陽成は紺野さんに振られていた。だんだん、見てるこっちが悲しくなってくる。
「ここに目印付けておこ」
「だな。テープテープっと、これでいいか?」
「うん。ありがと」
関わり始めたばかりの頃は、どこかわからない所が多かったが、仲を深めていくうちに、やることとプライベートを見事に分けている人だと気づいた。
俺と御幸はもはや、実行委員や、同じ班員として義務的に付き合わせていることが節々で感じられる。それが悔しかったりもするが、今はその義務的な期間でさえ、俺は御幸と接していきたいと思っている。
「お〜!着いた!」
「最初のポイントは、『6本連なる雨桜』か」「すごい綺麗な所だね。綾写真撮るんだっけ?」
「そう。ポイント地点で必ず1枚は集合写真撮らなくちゃいけないの」
ルールをすっかり忘れていたが、そんなこともあったなと思うと最高の気分だ。これもまた義務にはなってしまうが、またとないチャンスなのだ。絶対に無駄にしない。
「はい、チーズ」
カシャ
出来栄えを見させてもらったが、中々良かった。唯一言うところがあるのは、せめて撮影の時くらい陽成は愛を抑えられないのかというくらいだ。こんなときでさえ、なるべく紺野さんの横にくっついて離れようとしない。
「ほんっとに鬱陶しいよ、陽成」
「ごめん、」
犬みたいにシュンと萎れる陽成もまた面白みがある。紺野さんもだんだんどうでも良くなっていったのか、以前のような強烈な否定はしなくなった。
カシャ
2人の光景を見ていたら、後ろでシャッター音が鳴り響いた。振り返ってみると、そこには地面の草花を撮っている御幸がいた。
一見、雑草のように見えてしまうものも、御幸にとっては、綺麗な花に見えるのだろう。俺はそんな一生懸命に撮っている御幸に見惚れていた。
御幸は気が済んだのか、次の目的地に行こうと言った。そして、俺らが返事をした頃にはスタスタと歩いていってしまっていた。余程次の場所が楽しみなのだろう。
次のポイント地点は、『花の草原、美しゅうていたり』だった。別に俺たちが命名してるわけではないが、これから行く所はどこもクセが強い名前ばかりだ。
「御幸待って!後ろの陽成達が追いつけてない」
「あ、」
だいぶ切実な「あ、」だったと思う。さっきからずっと御幸の瞳はキラキラと前を向いていたのだ。
「御幸って自然好き?」
「うん。私の心を軽くしてくれるから」
「癒しってわけか。俺も自然は好きなんだ。まるで、俺が山の中にいる動物になった気分にさせてくれるんだ」
俺の言葉にふふっと笑ってくれた。さほど面白いものでもないのに、優しそうに笑う顔は、いつまでも見ていられた。
そして、本当にずっと見ていると、それに気づいた御幸は少し怪訝そうな顔をして、俺を睨んだ。
まずいと思って、すぐさま別の方向を向いたのだが、案外欲望は素直らしい。10秒も経たないうちに、再度御幸の方を向く。相変わらずそこには、不機嫌そうな表情のまま、ちょっぴり耳を赤くしてる姿があった。
そのままら俺はずっと御幸だけを見ていて、一方の御幸も地図と目の前に集中していたせいで、俺たちは見事逸れてしまったのだ。
向こうは地図を持っていない。だから、必ず山の中で迷う羽目になるだろう。
すぐさま、スマホを取り出して連絡しようと試みるも、最悪なことに圏外だったため、もうどうすることもできなかった。
「御幸、少し探してくるからこの木の幹で座って待ってて」
「そんなことしたら、私たちまで逸れちゃう。一緒に行く」
「だけど、来た道をもっかい戻ることになるんだ。もうだいぶ上の方まで来たから疲れてるだろ」
図星のようで少し言い淀んだが、すぐさま御幸は強い眼差しで俺を見た。
「私も探す。藍月と離れるのは嫌だ」
「もう離れちゃってるけどな」
「だから見つけるんでしょう!」
ごもっともだった。俺だって陽成と離れるわけにはいかない。何としても、2人を見つけ出さなくちゃいけないな。
「それじゃあ、行こう。水分足りる?」
「大丈夫」
「よし」
ここからは2人一緒に協力しながら、下山しに行った。逸れると言っても、そこまで複雑な形状になっているわけじゃない。まともに探せばすぐ見つかるだろう。そんな安易な考えだった。
だが、捜索活動は手こずっている。
探し始めてから1時間経った今も、一向に2人の姿が見える気配がしない。日も傾き始めていて、危なくなってきている。御幸ももう体力が少なくなってきているのが、目に見えてわかる。
「紅宮君、もうはじめの目印のところまで来ちゃったよ。2人大丈夫かな?」
「心配だ。俺達はだいぶ下ってきたが、そもそも、どこかの道に逸れてしまっているかもしれない」
御幸の目は、若干涙目に変わっていた。これ以上長く活動はできないだろう。そう諦めかけた時、閃いた。
今なら圏外じゃないかもしれない。
すぐさまスマホを取り出すと右上の表示マークをみてみる。圏内だ。連絡がつくと思って電話をかけてみるが、「おかけになった番号は・・・」と応答しなかった。だから今度は本部に連絡を入れた。先生の方でも捜索してくれるようになった。人手が増えたことで見つかる可能性は大いに高くなる。
少し安心すると、また俺達は山を登り始めた。向こうが圏外なら、俺たちがあるところよりももっと上にいるということだ。それなら、一刻も早く合流しなければならない。
「御幸。絶対見つけるからな」
「うん」
御幸の中でも少し希望が見えてきたのか、先程よりかは暗くない。しかし、まだ薄暗い霧がかかっているような感じだった。
着々と登り進めていると、木の幹に足を捻っしまった。その場で崩れ落ちると、すぐに御幸が俺のもとへ駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「ああ、ごめん。すぐ立てる」
「無理に立たなくていい。確かバッグの中に氷が入ってたはず。溶けてるかもしれないけど、ないよりかはマシだから一旦そこに座れる?」
俺は頷くと、痛い左足を引きずって、大きな幹に座った。こんな時でも、御幸は冷静にバッグの中から着々と物を取り出して手当てをしてくれた。
「これで痛くない?」
「大丈夫。ありがとう」
その後は宿に着くまで御幸に肩を貸してもらっていた。俺よりも小さな体にも関わらず、しっかり支えてもらって申し訳無さでいっぱいだった。
読んでくださりありがとうございます。
語彙の少なさに驚いている今日この頃です。