波乱万丈
実行委員の活動が始まってしばらくが経った。当初抱かれていた不信感というのは、だいぶ払拭できた。しかし、まだ旅館にいた若女将としての御幸綾の面影はない。
「今日は、みんなに大まかな概要を伝える日だ。実行委員会の方で決まっていることを伝える担当と、その詳細を伝える担当で分けよう」
「分かった。紅宮君はどっちがいい?」
「俺はどっちでも大丈夫だよ。御幸さんは?」
「私も特にこだわりはないよ」
「なら~、御幸さんに先に決定事項を伝えて貰おうかな。その後俺が詳しいこと話すよ」
「了解」
詳細は少し説明が難しいところがある。そこをあえて話してもらうという手もあったが、なるべく負担は減らしてあげたかった。俺のただのエゴかもしれないが。
「これから、山登りについて現時点で決まっている事項を伝えていきます」
「実際に山を登るグループは自由に組んで良いです。だけど、男女の比率は同じにするのが条件です。軽食などは各自で自由に取って構わないのと、ポイ捨てだけは厳禁です。私たちは山登りを通して、山の幸について学ぶことが目標ですから、それに沿った行動をしてください」
「途中で体調不良などが出たら、スマホを通じて本部や周りの人に連絡すること。症状によっては深刻な場合があるから、迅速な対応が必要です。本部の電話番号は×××-△△△△-○○○○です。」
淡々と述べていって、あっという間に説明は終わった。
「お疲れ様。これから班編制に移るらしいよ」
「そうなんだ」
「それで、もし良ければ一緒に登らないか?」
「・・・良いよ」
少々間があった。でも、結果承諾してくれたのは俺にとってすごくプラスなことだった。班には陽成も誘おう。御幸綾は誰を誘うんだろう。
「藍月。私の班に入ってくれない?」
「良いよ~。紅宮君もいるんだ」
向こうは俺のことを知っているようだった。しかし、俺は本当に周りに興味が無かったことを思い知らされる。
「すまない。名前を教えてくれるか?」
「私は紺野藍月。御幸綾の友達。手出したら許さないからね」
「出さない。俺の手は竹刀を握るためにある」
「そういえば、剣道でアジア王だっけ?凄いね」
「大したことはないし、まだまだ改善点はあるからな。あ、陽成!」
「ここにいたのか!いや~、人がごった返してて移動もままならないわ」
陽成は一瞬で場の空気を軽く、明るくしてくれる。俺はどちらかと言えば、そう言うタイプではないのでとても助かっている。
「陽成もいるの?綾、こころくな班じゃないよ。抜ける?」
「ちょっ、藍月そりゃ酷いって~。そんなこと言わずに一緒に楽しもうよ~」
「軽い。無理」
「ぐっ、」
陽成はもはや何も言えない様子だった。さて、班解散の危機が迫る中、御幸綾は何をやっているのだろう。少し様子をうかがってみると、抜ける気は無いようだ。
「藍月、落ち着いて。馬宮(陽成)君は置いておいて、紅宮君は真面目だよ」
「綾が・・・。一男子を認めるなんて、明日は雪でも降るんじゃないの!」
顔には出さないものの、内心とても嬉しかった。あの日、確実に失望されたところから、認められることをどれほど渇望しただろうか。俺の頭をいっぱいにした人だ、俺も彼女の頭を俺で満たしてやる。
と、変な意地のようなものが芽生えた。
「とりあえず、この班で決まりかな。紙に書いてくるよ」
「私がやっておく」
「御幸さんには、俺の友達兼剣道仲間の陽成の魅力を知ってもらわないといけないから、ここでお喋り楽しんでて」
そう言って、俺は班を後にした。行事がこれほど楽しみになったのは、初めてかも知れない。少しうきうきした気分で席に戻ると、空気が一気に重くなっていた。ひとまず、陽成を廊下に連れ出して話を聞くことにした。
「陽成。何があった?」
「俺が藍月ちゃんに失言かましちゃって、怒っちゃった」
「陽成~。ちゃんと謝ったか?」
「謝った。だけど、許してくれない」
「何を言ったんだ」
「藍月ちゃんとなら、どこまでも一緒に行けるなって言ったのさ」
「き、きもいな」
「俺は本気なのに!」
「まあまあ。会ったばかりで言うことでもないんじゃないのか?」
「それはそうだけどよ」
陽成はあまりにも真っ直ぐすぎて、言葉までもストレートに伝えてしまったのか。陽成にとってはショックな出来事だったろうな。再び、教室に戻ると、2人は仲良く話していた。もしかして、朝ずっと御幸綾と喋っていたのは紺野さんなのか。
「ごめん。お待たせ」
「別に待ってない」
「すまない。さて、これから山を登るルートについて考えない?」
雰囲気は、ざっくり言って最悪だった。一応話には乗ってくれるが、必要最低限というかあまりにも淡泊な話し合いだ。そんな空気を察してか、御幸綾は机の下で俺の脚を蹴った。何か話したいことがあるのだろう。俺は席を立つと、アイコンタクトを取って、御幸綾を連れ出した。
「その、陽成が紺野さんに失言したと聞いた。本当にすまない」
「別に良いよ。藍月は落ち着いた風に見えるけど、すぐに感情的になるから。むしろ、こっちが謝りたい」
「いいさいいさ。俺たちは第三者として見守ろう。多分、この後仲良くなっていくと思うよ」
「本当に?」
「ああ。俺の勘は大体当たるんだ」
御幸綾は友達思いの良い子だということが伝わってくる。必要とあらば、ちゃんと誠実に謝ることの出来るしっかりした人だ。それは一緒に実行委員を務めてる中でも感じる。俺があの着替え事件の後、ずっと教室で着替えていたのだが、教室に戻る時間を少し遅らせて、俺が着替え終わるまで待ってくれている。
俺もそれに申し訳なさがあって、なるべく早く着替えるようにしている。やはり、仕事をしている身だからか、責任感と気遣いは誰よりも兼ね備えている。
「じゃあ、あの2人は一旦そっとしておいて、決めることは決めちゃおう」
「そうね」
そうして、2人で教室に戻ると、和解しかけたのか、未だ紺野さんは陽成に目は合わせていないが、先ほどの拒絶するくらいのものではなくなっていた。
「藍月。決めごとだけはちゃちゃっとやっちゃいましょう」
「そうだね」
「俺この千本樹のところ行ってみたい!」
「ふんっ」
「藍月良いよね?本当はみたいでしょ」
「うっ」
「そんじゃここは決まり」
「おっしゃ!」
間接的に会話しながらどんどん決めていくことが出来た。途中、あまりにも理不尽な言いがかりを陽成に付ける紺野さんに、俺と御幸綾は笑い会った場面もあった。
このまま、何だかんだ良い感じの雰囲気で進んでいったらいいななんて、思ったりもした。