振り向かせる
好きと分かれば、俺は何も躊躇する必要は無い。明日も明後日も話して、もっと御幸綾のことを知れば良いのだ。彼女の好きなものを把握し、誕生日を知り、そこから少しずつアピールしていきたい。
火曜日、いつも通り御幸綾の姿は席にあった。仲睦まじそうに喋っている姿は、俺の心を掻っ攫っていく。朝から幸せなところに、他クラスから女子がやってきた。俺はモテているらしいのだ。いや、俺もうすうす自覚しつつある。バレンタインデーにチョコを30個貰った時は、怖かったほどだ。そして、陽成によるとファンクラブまで。本人からすれば、同い年の人のファンになるという行為そのものに疑問を抱く。
「蓮く~ん!今日の放課後空いてる?」
「ごめん、稽古があるんだ」
「キャー!」
・・・・・・。
どこに叫ぶ要素があるのだ?俺に誘いを断られてむしろ喜ぶとは、とんだSだと認識して良いのだろうか?一方で、御幸綾はまだ友達とおしゃべりしている。俺もあわよくばその会話に入れれば、何て考えたりもするが、現実的に考えると不可能に近い願いだから、必死に消し去っている。
「御幸さん、おはよう」
「おはよう」
まずは挨拶する関係から始めよう。急な進展は、俺も緊張する。徐々に仲良くなっていくのがセオリーだろう。
「蓮~。昨日とは比べものにならないほど、積極的じゃないか~」
「声が大きいぞ、陽成!」
「ごめんちょ。」
「陽成、俺は気づいたぞ」
「おっ、何にだ?」
「俺は御幸綾のことが好きなんだ」
「おぉ!なら早速何から始めようか」
「いきなり弁当を一緒に食べるのは駄目か?」
「うーん、向こうはちょっとびっくりしちゃうかもしれないな。まずはちょっとした会話から始めてみたらどうだ?」
「だが、以前まで関わりもなかった人に急に話に入られたら嫌になるのではないだろうか」
「考え過ぎ!大丈夫大丈夫」
確かに会話数を増やしていくのも一つの手だ。俺は御幸綾の友達のように、彼女を笑顔にさせたい。
思い悩んでいるうちに昼になってしまった。
「何か案は決まったのか?」
「一向に決まらない」
「そりゃ困ったな」
俺達は一緒に悩んだ。時々閃くものの、駄目だったり。また考えて6限目になった。
「は~い!これから山登り遠足の実行委員を決めるぞ〜!やりたいやつヘンズアップ!」
少々クセの強い担任が俺達に問いている。俺は誰もやらなかったら、いつもそれをやることになってる。俺の中の暗黙のルールだ。今回も誰もいなかったらやる。手を挙げようとしてると、先にスッと手が伸びた人がいた。
御幸綾だ。
「お〜し!そしたら御幸決定〜。男子ー!」
まずい。御幸綾は学年一の美女と呼ばれていたのを忘れていた。クラスの男子らは一斉に手を挙げて、むしろ挙げない人のほうが少ない比率になってしまった。
無論、俺も手を挙げた。
「てめぇら多すぎ〜!じゃんけんするぞ〜」
ここで一か八かの賭けをさせる先生は、手っ取り早く決めたいだけだろう。俺もそれには同感だが、もし仮に負けてしまえば、それで終わりだ。
「話で決着つけさせて下さい」
俺がガヤガヤしてる中で一人言うと、男子たちは一瞬静まり返り、俺の方を向く。だが、その後すぐにそうだそうだという声が増えていき、話し合いになった。
話を聞いていると、大体の人がやはり美女目的だった。アホらしいと思っている自分すら、その目的なのだから笑ってしまう。
「山登り遠足の実行委員は、これから毎日、放課後に集まって、色々みんなで決めていかなくてはならない。また、その際に全員を引っ張って行かなければならないので、リーダーシップを持つ人が好ましい。と先生は言っている。それに相応しいと思わない人は抜けて頂きたい」
そう言うと、渋々席に戻っていく男子が数名いた。素直で有り難い。
そこからもどんどん絞っていく。リーダーシップを持つ人の中でも、周りに目を配れるような人ではないと、実際に山に行った時に困るため、自己中な人を暗に消していった。
そうして、結局俺か、イケメンと囃されている蒼士かの2択に絞れた。あとは投票だ。
「んじゃあ、この2人のどっちがいいか、顔伏せて〜」
接戦だっだものの、無事俺が勝った。その差僅か1票差だった。
「それじゃあ、実行委員は御幸と紅宮な〜。今日から早速活動あるからよろしく〜」
俺は心のなかでガッツポーズをした。早くも御幸綾と一緒にいる機会を得たのだ。勿論、役割全うする。さもないと、俺が俺でなくなってしまう。
「蓮〜。良かったなぁ」
「陽成、俺このチャンス絶対無駄にしない」
「うぉ!かっけぇ!俺応援してる♡」
放課後になって、1クラスに実行委員らが集められた。
「御幸さんよろしく」
「よろしく」
至って御幸綾は冴えていた。むしろ、冷たい空気を感じた。俺が御幸綾目当てでなったと思っているようだ。確かにそれは否めない。一生懸命勝ち抜いてきたんだ。だが、そう思われてしまうのは心外だ。俗に言う下心というものだからな。武士道にそんな心があってはならない。
俺は決心した。
委員中は絶対にアタックしない。ただ仕事をこなしていく中で、少しでも御幸綾の助けになれるようになる。
「以上が実行委員にやってもらう仕事だ。質問がなければ解散!」
初回の集まりは1時間ほどで終わった。まだ部活には間に合う。俺は急いで教室に戻ると、胴着に着替えた。
「ここで着替えるの」
「悪い!着替えさせてくれ。時間が無いんだ。練習の時間は1分たりとも無駄にしないために。見てもらっても構わない」
「誰が貴方の裸を見るんですか!」
と、御幸綾は顔を真赤にしながら言うと、そのまま教室を離れてしまった。はしたないと思われただろう。
急ぎながら気分は最悪の状態で武道場に入っていった。
「実行委員会にて遅れた。すまない」
「お、待ってたぜ〜!」
「始めよう」
俺は身体を十分に伸ばしてから、持ち前の竹刀を持って、陽成と対面した。久しぶりに長く続いた。陽成があれこれ技に挑戦しているから、俺も飽きることなく試合を続けられた。終わると、扉の方には御幸綾がいた。それに心臓を持っていかれると同時に、手には俺のものがあった。
「紅宮君、これ忘れ物。先生が大事って言ってたやつだから、無くさないでね」
「ごめん。ありがとう」
任務は終わったとでも言うように、さっさと踵を返して帰ってしまった。そりゃそうか。帰らなければならないのに、俺の忘れ物を丁寧に持ってきてくれたんだ。
「蓮が忘れ物なんて珍しいじゃん」
「部活に行けなくてそわそわしてたんだ。多分そのせいだ。それに教室で着替えていたら御幸さんに見られ、急いでいるから見てもいいって言ってしまったんだ。」
「そりゃいけないな」
「俺としては、気にしなくてもいいという意だったのだが、上手く伝わらなかったみたいだ」
俺の中にはこれから上手くいくのだろうかと不安が募っていた。