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事故から飛躍して

一瞬何が起こったのか分からなかった。刺されると思っていた俺は、無傷のまま台に押しつけられており、代わりに背中に1人分の重みが加わった。知っている匂いを纏うその人。御幸。男は何があったのか大急ぎでコンビニを後にした。お金の存在などなかったかのように。ドサッという鈍い音が聞こえ、挙げ句に叫び声まで聞こえてきた。

急いで後ろを振り返ると、御幸が地面に倒れていた。肩からは大量の血が出ている。


「急いで救急車をお願いします!早く!」


ありったけの声で叫ぶと、上の服を脱いで傷口にきつく巻き付けて圧迫する。あっという間に服は赤く染まり、布からぽたぽた垂れてきた。この光景を見ているだけでも痛いのだから、御幸はもっとだろう。にも関わらず、叫ばず静かに悶えていた。


「綾!今止血してるからな!すまねえ。俺のせいで。もうすぐ救急車くるからな!」


意識が朦朧としてきているから、俺は必死に声を掛ける。


「綾、絶対に死ぬなよ!絶対生きろ!」


俺は必死に服で傷口を押える。どのくらいの力加減ですれば良いのかなんて分からなかった。だから、弱くも強くもできずに、御幸が痛まずに止血できるのを模索していた。途中、血が俺のズボンまで浸食してくることもあった。だが、御幸の血なら俺は構わない。愛しい人を目の前でなくすことだけはしたくない。

幸い、近くにいた人がすぐに救急車を手配してくれたので、最悪の事態には至らなかった。

だが、この一連の出来事の犯人がまだ逮捕されていないことで、後に報道されるくらいの大事となった。

御幸は近くの総合病院に搬送され、緊急手術が施された。その手術は3時間超えのもので、その間は俺や御幸のご両親が待合室でそわそわしながら待っていた。そこはまさに地獄の雰囲気だった。この場にいる誰もが御幸の身を案じ、一言も喋らない。スマホ画面も開かない。

俺のせいで御幸がこんな怪我をしたのだから、今やこの後御幸のご両親に叱責されるのは目に見えている。抗う気など毛頭無い。むしろ、殴られるくらい酷い仕打ちをして欲しいくらいだ。


待っている間、御幸の母親が声を発する。


「あなたが、紅宮蓮君なの?」

「はい」

「どうして、娘を外に連れ出したの?もう夕方だったんだから、返してくれて良かったでしょ」

「美陽、こういうのは聞くべきじゃないよ」


御幸の父親が制するが、だんだん怒りがふつふつと出てきた美陽さん(母親)はさらに口調を荒げて俺に問い詰める。


「私は普段から娘からあなたのことをたくさん聞いてきたわ。いい人かと思っていたけれど、勘違いだったようね」

「すみません」


俺はただ謝るしかなかった。逆に、他の何もできない。美陽さんが俺に聞いてくることは正しかった。夜になっていたら危ない人も増える。これは幼い頃から知っていた。だが、高校生になり体も大きくなったから大丈夫だろうと、どこかで油断していた。それが、今回の事を起こした。時は巻き戻らないのだから、今更悔いることでどうにかなるわけではない。すべては、俺が誤った方向に御幸を導いてしまったからだ。俺の心の中にも、だんだん自責の念が湧いてきて、固まってしまった。


「紅宮蓮。君はとっても良い子だよ。さっき応急処置が無ければ、あの場で死んでいたとお医者さんに漁れたよ。その場で冷静に処置をしてくれた君にはまず感謝したい」

「決して礼に及ぶことではありません」

「はは。しかし、君には理解してもらいたいことが1つ。綾は僕たちの大切な娘だ。それは君の様子を伺っている限り分かる。だが、それと同時に、次期女将という、重要な役割も担っているのだ。そのために、日々努力をしている。恐らく、この怪我でしばらく旅館の仕事に携わることはできないだろう。君は、僕たちの娘にとんでもないことをしでかしたんだよ。その穴埋めはしっかりしてもらおう」


次に続く言葉を俺は信じられなかった。


「我が旅館、『幸』の支配人になってもらいたい。つまり、我が旅館を継いでほしい」


なんだそりゃ。もちろん、何でもするつもりではいたが、なぜ支配人という大役をお願いされたのだろう。だって、俺は無責任にコンビニに誘った。それに対して美陽さんも決して良くは思っていない。


「あなた何言ってるの!支配人がどれだけ重要な役割かわかってるの?」

「ああ。こんなにもしっかりした人はこの先見つけられないよ」

「でも、!」

「美陽、一旦落ち着いて考えてみてくれ。今回のことはあまり連君には関係はないだろう。たまたまの出来事なんだ。無論、彼もコンビニに例の男がいるとわかっていたら連れ出さない」

「………………」

「納得してくれたか」

「全ては素質。旅館に働く者全員が認めるような人格でないと、みんなをまとめることなど、ましてや旅館のさらなる繁栄など見越せません」

「それももっともな意見」 


「ちょっと待ってください!確かに俺は怪我を負わせてしまいました。それについては反省し、いかなることも受け入れる所存です。しかし、いくらなんでもの支配人になるなど、あまりに話が飛躍しています」

「なりたくないのか」

「俺には剣道があります。稽古場の長となり、次の世代の者へ指南するという大役を担う覚悟で生きています。それがもし、支配人という役目と並行することになれば、どちらもを中途半端に行わざるを得ません。俺にはマルチプレイの技術は持ち合わせていないのです。1つを極め、また1つをこよなく愛します」


「ならば、しばらく旅館に通ってもらえないだろうか。旅館の敷地内で稽古することも許可する。やりたいことをしながら、旅館というシステムを理解してもらいたい。話はそこからだ」

「わかりました」


御幸と共に過ごしていくには、どうやら御幸の父親の試練が待っていそうだ。

今話も読んでくださりありがとうございます。


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