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バイト終わりの事故

バイトが終わって速攻着替えると、外で待ってくれていた御幸と合流する。もう2人は帰ってしまっていたようだ。となると、随分待たせてしまったのではないだろうか。


「ごめん、待たせた」

「ついさっきまで藍月たちがいてくれてたから待ってないよ」

「そうだったのか。なんか、こうして一緒にいるの久しぶりだね」

「確かに。最近互いに忙しかったもんね」

「貴重な休みなのに、会ってくれてありがとう」

「これくらい普通でしょ」


それはつまり、当たり前のように俺に会ってくれているということか。それだけで俺の心は躍る。


近くの小さな公園に着くと、二人でブランコにゆらゆら揺られながら話していた。


「俺さ、今度一緒にどこか出掛けたいと思ってるんだ。中々一緒にいれることないから」

「いいね。どこ行く?」

「ここら辺に新設された水族館知ってる?」

「あ~、知ってる。県内最大級のところだっけ?」

「そうそう。そことかどう?美味しいご飯も食べられるっぽいし」

「紅宮君が食べたいんでしょ」

「あはは、バレた?」


御幸は優しく笑った。何だろう。誰の笑みよりも心の奥深いところにぐっとくる感じ。御幸が笑えばすべてが良くなるような、そんなふわふわした心地。


「ぼーっとしてるよ」

「あっ、すまん」

「最近剣道はどう?」

「全国控えてるから、毎日筋肉痛状態」

「稽古きつい?」

「うん。今が1番鍛え時だからさ」

「いつあるんだっけ?」

「来月の1週目」

「あと2週間なんだ」

「応援しててね。頑張る」

「頑張れ。ところで好きな食べ物は?」

「プッ」


つい吹き出してしまった。御幸がいつになく弾丸質問を繰り広げるから胸がいっぱいになる。


「な、なんで笑うっ」

「御幸が俺のこと知ろうとしてくれて嬉しくて」

「笑うならもうやらない」

「ごめんごめん。照れ屋なところも好きだよ」

「そうやってすぐにからかう」


言葉は確かに鋭かったが、表情は真顔だった。というより、少し眉間にシワが寄っているくらいで、御幸にとっちゃ怒っている時の顔じゃない。だから、安心して俺も言葉を紡ぐ。


「御幸ってさ、どうして旅館の手伝いしてるの?」

「それは、」

「確かに、家族が営んでいるという理由もわかるけどさ、俺だったら嫌だったら断固としてやらないなと思って」

「…………。本当に理由は家族だけだよ。『手伝うこと=家事が上達する』でしょ?将来お嫁になったら、嫌でもすることになるだろうから。私って案外打算的でしょ」


何かわからないものに、圧倒された。御幸にとって、家庭を持つことは当たり前で、嫁側が家事をするというのが普通なのだ。確かに、男尊女卑がなくなりつつある今でも、家事は女性がすることがある。しかし、愛する者同士なら協力して分け合ったりするものだ。御幸にはその概念は無いのだろうか。


「あ、そんな深く考えないで。だって、例え将来の旦那さんがやってくれるとしても、全部じゃないでしょ。その人だって忙しいんだから」

「ああ」

「だから、せめて私がするときはその人を煩わせたくないの」


そういうことかと納得した。確かにそうだ。どちらかが全てやるなんて思っていた俺が馬鹿だった。国際分業があるように、家事分担をすればいいんだ。


「納得してくれた?」

「ああ。ちゃんと相手のことまで考えてるなんてすごいよほんと」

「全然」

「俺の彼女は最高です!」

「ちょ、夜なんだから声!」

「そう言う御幸も」


ププッと2人で笑った。ああ、ただ喋っている時間が尊く感じるなんて。今までのように剣道だけをやっていたら、絶対に味わえないことだったな。


「ああ〜!楽しかった。御幸って面白いよな」

「面白くないし」

「至って真面目なところも笑いを唆られるよ」

「茶化してばっかりなんだから。いつか痛い目あうよ」

「御幸にされるなら歓迎かな」

「もう!」


バシッといつになく強い平手打ちを横腹に食らった。だけど、その手にはどこか優しさが含まれていた。


「本当に俺の彼女になってくれてありがとう。毎日が幸せなんだよ」

「……私は嫌だ」


え。正直、御幸も俺と同じことを考えてくれてあると思っていた。しかし、返ってきた言葉はその真逆。頭の中が一気に混乱する。


「ど、それはどうゆうことだ?俺、何かしちゃったか」

「紅宮君といる時の私が私じゃないみたい。小さなことに浮かれるわ、周りばっかり気になって目の前のことをまともにできないわ。今までの私じゃない」


話している間に、御幸の顔がどんどん赤くなる。それは夜でもわかるくらい俺の目に鮮明に写っている。


「俺ちょっぴり安心した。御幸が俺のこと嫌いになっちゃったのかと思った」

「そんなわけないでしょ」


燃えた。普段、精神は剣道をする時に邪念が入らないように落ち着かせ、無駄な波を作らないようにしている。だが、今は通用しない。


「俺さ、この先もずっと御幸のこと好きでいるよ」

「人の好みって案外ころころ変わるんだよ」

「そうだね。映画が好きだった時期もあるし、ドラマが好きになった時期もある。御幸の言うとおりころころ変わってる。でも、剣道をずっと続けてきたように、俺の好きな人は変わらない」

「紅宮君って本当に真っ直ぐだね。私もうそろそろ耐えられないから程々にお願いします」

「御幸。あとでアイス食べよ」

「え?いいけど」

「俺、頭冷やさないとヤバいわ」

「やめてよ」


みるみる赤くなる。御幸は案外周りの人の影響を受けやすいのだろうか。



俺たちはコンビニに入ってアイスを選んでいた。すると、突然事は起こる。


「金出せよ」


大学生くらいの店員に、黒パーカーを羽織った男がナイフを突きつける。決して怒鳴り声をあげているわけではなく、むしろ店員さんにしか声が届かないくらいで言っていた。俺たちは偶然アイスコーナーにいたからたまたま会話が聞こえてきてしまったのだ。

店員は何をするべきか分からずに混乱している中で、男が先ほどよりも少し大きな声をあげるものだから怯えながらレジの鍵を開け始める。流石にまずい状況だと思い、咄嗟に男に手を出してしまった。


「何やってるんですか」

「大人しくしてないとぶち殺すぞ」

「盗みを見たら大人しく何てできないでしょう」

「んだと!」


周りに長い棒がなかったから、接近戦になってしまった。相手はナイフ片手に頭に血が上り詰めている。俺は辛うじてナイフを持つ手を押えられているが、いつ振りほどかれるかわからない。緊張した空気の中、俺たちと同じく、コンビニ内にいた人の1人が警察に電話をしている。男はまずいと思ったのか、もう片方の手で、一瞬のものすごい力で俺の顔面を台に殴りつけると、ナイフを振りかざした。


その時、ずっとアイスコーナーに固まっていた御幸が、突然飛びかかってきた。

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