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俺の気持ちは何なんだ?

次の日の朝、俺たちは午前中に旅館を後にした。


「行ってらっしゃいませ」


最後まで若女将を全うしていた御幸綾。俺たちを目の前にしていた場面も、少なからずあった。にも関わらず真っ直ぐ、仕事を貫いた御幸綾。なぜ、そこまで徹底できるのか、俺は興味を持った。


「明日学校か」

「顔合わせるの気まずくなる!」

「確かにな。」

「本当に思ってるのかよ。笑」

「本当さ。だが、正直俺と御幸綾はそこまで関わりがない。だから、陽成ほどは気まずくはならないはずだ。大体、喋る機会すらあるかないかだ」

「にしても、凄い美人だったな~」

「陽成も周りみたいなファンなのか?」

「いやいや、客観的に見てさ。中々こんな綺麗な人はいないからな!」


俺よりも知ってる世界が広い陽成が言うんだ。本当だろう。


「2人とも誰のこと話してるの~?」

「母さんが若女将って言ってた人だよ。俺たちの同級生なんだ。」

「そうだったの!?あら、挨拶も出来なかったじゃないの~」

「しなくていいよ。仕事中だったし、公私混同させたくないだろうから」

「それもそうねぇ」

「凄い綺麗な子だったよね?」

「ええ!だからまさか学生とは思ってなかったわ」


俺は家に帰ったあと稽古場に行って、父さんではない先生の下へ行った。昨日とは気持ちを切り替えて、次の県大会に向けて研鑽していく。

胴着を着て竹刀を肩に担ぐと、自転車を漕いで10分くらいのところにある稽古場についた。


「こんにちは。よろしくお願いします」


まずは挨拶を済ませてから、竹刀を取り出して、仲間と共に練習していく。その間の時間はあっという間に過ぎる。14時から始めて今は20時だ。途中で稽古を終えて帰っていった仲間もいる。その中で、俺はただ竹刀と対話していた。これまでの時間で取った休憩時間は、僅か10分。これには、流石の先生も驚いていた。


「蓮は本当に剣道が好きなんだな」

「はい。将来も剣道続けます」

「それは嬉しいことだ。この稽古場もいつかは、蓮に任せたいな」

「早く一人前になれるように頑張ります!」

「その意気だ」


先生はいつも俺の背中を押してくれる。時々、練習の成果が出なかった時などに落ち込んでいると、自分の経験談を通じて教えてくれる。それがまた面白かったりすると、笑いながら、だんだん元気になっていったり、励まし方は先生の中で多種多様なものがある。


「ただいま~」


汗だくの状態で家に帰ってきた。父さんはもう帰ってきていたみたいで、久しぶりに酒を呷っている。母さんは洗濯物を畳んでいたが、俺のびっしょり姿を見てすぐさまお風呂を沸かしてきてくれた。


「お疲れ様。今日も頑張ったのね」

「ううん」


俺が否定した理由は、竹刀だけと向き合っていた時間ではなかったからだ。頭のどこかに、ふと蘇ってくる御幸綾の姿があった。すなわち、集中できていなかったと言うことだ。14時からの6時間、すべてを剣道に注ぐことが出来なかった。


「明日の予定は何だ?」

「学校行って、部活やってから稽古」

「そうか。毎日頑張ってるな。今度家族みんなでどこか出かけよう。行きたいところでも決めておいてくれ」

「わかった。ありがとう」


シャワーを浴びて夕食を食べて、風呂に入って勉強をして11時に就寝。



今日は、緊張の月曜日だ。普段は何てことの無い、1週間の始まりなのだが、今週の始まりはやけに体が強張っている。まるで、1回線目に戦った相手のようだ。学ランを身に纏うと、指定バッグと竹刀を入れた袋を肩に掛けて家を後にする。


「陽成おはよう」

「蓮~!おはよう」


俺は教室に入るなり、席に座って仲良しの女子と微笑んでいる御幸綾を見つめる。なぜか、目を離せない。すると、向こうが視線に気づいてしまったか、俺のことを見た。俺は咄嗟に陽成の方を向いて、俺も席に着いた。不自然だっただろうか。じっと見られて良い気がするわけがない。朝から御幸綾には迷惑を掛けてしまった。


「陽成は至って普通だな」

「ああ。なんか、家で友達とゲームやってるうちに、そんなたいしたことじゃないように思えてきたからな!」


豪快に笑う陽成に、俺は不覚にも苛ついてしまった。俺は稽古中だって考えてしまったのだ。これは普通じゃない。


「今日部活かぁ~。友達と遊びたかったな」

「陽成」

「はいっ!剣道で腕を磨く方が楽しいです!」

「そこまで言わなくて良いが、剣道に対する武士道正心を無くしてはいけないよ」

「そうだな!迂闊だった」


そうして、授業が始まると俺は黒板を見ては御幸綾の席を見ての繰り返しだった。美術と音楽の選択授業では、俺も御幸綾も美術を選んでいた。普段は周りのことはあんまり気にしないから、隣の席だったことも今日知った。少し心が浮ついて隣の絵を見ていた時にふと横から声を掛けられた。


「紅宮君」

「え?あ、何?」

「土曜日、旅館に来てくれてありがとう」

「あ、ああ。母さんたちが企画してくれていたんだ。ちょうど大会終わりだったから」

「だから竹刀持ってたの?」

「え、見てたのか。ああ」

「庭での演舞?も綺麗だった」

「そこまで見られてたか。笑」


会話はここまでで、終始真顔だった。俺の前に来る女子なんて大体、満面の笑みで話しかけてくるから、少しおどおどしてしまった。しかし、見られてしまっていた俺の練習を褒めてくれたのは、嬉しかった。


そのあとのデッサンは、自分でも驚くほど筆が進んで、珍しく先生に褒められた。


授業が終わった後、俺は勇気を出して至って冷静な雰囲気を出しながら、声を掛けてみた。


「御幸綾、さん。嫌だったら答えなくて良いけど、旅館でバイトしてるの?」

「バイト、そんな感じ。でも、あの旅館はうちが経営してるから、どちらかといえば、手伝いかも」

「そうだったのか!?一家で旅館か。憧れるな」

「それ言うなら、紅宮君は3歳から剣道をしてるんでしょ?長く続けていて凄いと思う」

「ははっ、そりゃ嬉しいな。機会があれば、また旅館にお邪魔してもいいか?」

「良いよ。ぜひ、お越しください」

「みんなが君が旅館で働いているの知ってるの?」

「・・・知らないと思う。もちろん、仲が良い子には言ってるんだけど、あんまり知られたくなくて」

「それはどうして?あんな素敵な場所なのに」

「・・・・・・」


聞かない方が良いことを聞いてしまったようだ。どう答えれば良いのかわからなくなって、無言になってしまった御幸綾が目の前にいる。


「まあ、俺はまた来るよ。じゃあ、周りには言わないようにしとくわ。話してくれてありがと。また話しかけてもいい?」

「良いよ」


美術の時間で、御幸綾とだいぶ進展を深められた気がする。陽成は音楽を取っているため、事後報告だ。休憩時間に廊下に行って2人で喋っていた。


「蓮~。どうだった?」

「陽成は俺と御幸綾が同じクラスって知ってたのか?」

「そりゃもちろん。音楽クラスにいないもん」

「教えてくれよ」

「ははっ、ごめんごめん」

「同じクラスどころか、隣の席だった」

「マジ!?なら話せた?」

「ああ。色々聞いた。また話しかけて良いらしい」

「あれ?もしかして、蓮、御幸ちゃんのこと好き?」

「分からない。まだ断定はしかねる」


本当に、今の俺の気持ちは分からなかった。確かに、惹かれている。いわゆるギャップというやつに俺はやられた。真顔の時の方が多かったというのに、仕事中の暖かみのある笑顔や、庭園での困ったような、寂しげな表情は、御幸綾という人物も1人の人ということを思わされたからだ。


「じゃあ、自分の心しっかり吟味すると良いさ。答えなんて、俺から言わせて貰えば、すぐそこにあるからな」


意味深なことを言われて、気持ちがどっちつかずの状態のまま、放課後になった。胴着に着替え、部員たちに指導する。無論、俺も陽成と一緒に稽古をする。いつも通りのことだ。だが、どこか浮ついていた。今日はずっとどこか浮ついている自分がいる。


「蓮~。今日へにゃってね?」

「へにゃる、そうかもしれない。ふう、気合いを入れる」

「珍しいじゃん?」


謎ににやけながらそう言うのはやめて欲しい。


「よし、ここからは本気だぞ」

「おいおいっ!急に本気出されたら俺死んじゃうよ」

「研鑽だ」

「うぅ」


剣道部では、研鑽という言葉が大事にされている。研鑽は日々の積み重ねだ。だからこそ、研鑽を怠る者は良い結果など出ない。それが裏に秘められているため、この言葉を武道場の壁に掛けてからは、サボろうなどとする部員は格段と減った。


「ありがとうございました」


部活が終わると、家でサッとシャワーを浴びてから、すぐ自転車に乗って稽古場に行った。


「先生、よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、始めようか」


部活で気が緩んでいたからか、ここではしっかり最後まで集中して取り組むことができた。家に帰ると、俺は机に向かって勉強をした。今はただ無心に何かをしていたかった。少し気を緩ませるだけで、頭の中に浮かぶのは、御幸綾の顔。たかが、旅館で会っただけじゃないかと思う時もある。だが、彼女の対応、表情1つ1つに心躍らされる。明日も学校に行くのが楽しみだ。


もう分かった。俺は御幸綾のことが好きなんだ。






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