まさか橋から落ちるなんてね
御幸はこの後旅館に戻らなければならなかったようで、帰りは俺と陽成の2人だった。
「蓮はやっと告白するの?」
「ああ。ちゃんと優勝できたから」
「なんだよそれ、懸けてたの?」
「うん。そうじゃないと、剣道に身が入らなくなりそうで」
「相当重症なんだな。無事勝てて良かったな!」
「ああ」
陽成と別れて俺は家族で旅館へ行った。そこに御幸がいると思ったら、少し緊張してしまうが、俺たちはあくまで客だ。俺が意識していては御幸も居心地が悪くなってしまう。そもそも、俺たちの対応をしないかもしれない。いろんな気持ちが混ざるが、1つ確定しているのは、絶対に言うということだ。ここに来たのはそのためでもある。
「ようこそ、おいでくださいました」
「こんばんは」
迎えてくれたのは御幸だった。今は仕事モードに入っていて、微笑みかけたりお茶を丁寧にくれたり、(普段雑ということではない)俺たちがいやすいようなもてなしをしてくれた。2度目の旅館なのであんまり緊張はしないが、また胴着で来てしまった。こういう時こそ私服で行った方が良かったのだろうか。それも竹刀片手に入った。これでは、初めて行った時と全く同じ状況になる。
「蓮、父さん、先に夕ご飯にする?」
「うん」
「ああ」
ここの美味しいご飯を堪能した後、俺たちは風呂に入った。気持ちの良い湯加減ではいつまでもいられちゃうくらいだ。頭を乾かし廊下をてくてく歩く。もし御幸に会えたら、なんて思っていたが、忙しいのだろう、廊下に全然姿を現さない。
仕方が無いので庭でまた素振りをすることにした。今度は父さんも一緒にいるから、色々アドバイスをもらえる。
「もっとここを素早く切り替えるんだ。足をうまく使うと良い」
どんどん実践していった。疲労もあるが、父さんの教え方はうまいからみるみるうちに成長していく過程を目の当たりにできて、やって楽しいと思える。
「2人とも休憩したら~」
「そうしよう」
「俺は少し残ってるよ」
結局、今8時だが未だ会うことができていない。どうすれば会えるのだろうか。それとも無理に会うべきでないのか。後者は正しいと思う。無理に追いかけ回して疲れさせては元も子もない。だが、試合後会った時に、確かに「うん」と言ってくれた。待ってみるが吉なのだろうか。
1人で悩んじゃ中々解決しないもので、いつの間にか橋の真上まで歩いてきてしまった。その下の池ですいすい泳いでいる鯉を見ていると、騒がしくなっていた心が落ち着いてきた。屈んでうっとりしていると、後ろから声が掛けられた。
「紅宮君、」
「御幸。今良いか?」
「うん」
何を言われるのか、検討付いているのか分からないのか、所作には出ていないものの、緊張がこっちに伝わってくる。姿勢を直してきちっと立つ。
「御幸。俺と付き合ってください。いつも御幸との何気ない会話で癒やされてるんだ。俺の方が頼りないのは十分理解してるけど、何かあった時はすぐに助けに行くし、呼ばれたら何をしてようと駆けつけるよ。そして、御幸の全部を知りたい。受け止めたい」
俺の顔が言い進めるにつれて熱くなっているのが分かっても、言うのを止められなかった。これぞ抑えきれない衝動に近い。
暖色にライトアップされた庭で、御幸の表情が照らされる。目は潤んで顔は火照っていた。そして、ゆっくり口を開くと俺に言う。
「はい」
たった2文字の返事。でもそこに全てが詰まっていた。言葉よりも顔にでているのだ。俺は胸がこんな張り裂けそうになるくらいの幸せを感じたことがなかった。
愛しい人に俺の好意を受け止められることの心地よさは、今が最頂だろう。
「そっちに行ってもいい?」
今ならきつく抱きしめられる自信がある。
「良いよ」
そこで俺は失敗した。
俺は今橋の上にいて、御幸は池を跨いだ先にいる。それを忘れていてまっすぐ直進してしまったのだ。1歩踏み出した瞬間、俺の視界は真っ暗になった。つまり、池に落ちたのだ。すぐに立つものの、全身びっちゃびちゃの状態で、上がってきた。これでは抱きしめるどころじゃなくなってしまうではないか。こんな時に、触れられない悔しさで悶えていると、御幸が急いで中へ戻ってバスタオルを持ってきてくれた。俺は池に突っ立って唖然としていると、手をさしのべられた。
「ありがとう」
「付き合い始めて数分で私に助けられたね」
少し意地悪な表情をしながら言うものだから、俺は満面の笑みでバスタオルを御幸に掛けて上から抱きしめる。池に落ちたから表面体温が冷たくなってしまったが、その分御幸の持つ熱を感じることができた。とっても熱い。
「俺すっっっごい好きだよ」
胸元に御幸をおさめながら言う。御幸は負けじと「いつも目は離せなかったよ」と言うから俺はまた悶えた。
どうもこう嬉しい言葉を次々に投げられるのか。無意識なのだろうが、俺にとってはその無意識は強敵だった。
「それより、ちゃんと乾かして」
いつもの御幸に戻る。俺はさっきの表情を一生忘れないだろう。あんな綺麗だと思う顔は初めて見た。
「ははっ。着替えなきゃな」
「まさか橋から落ちるなんて思ってもみなかった。剣士は視野広いんじゃないの?」
鋭い指摘をされてしまう。だが、どんな言葉も愛おしいものに変わりなかった。
「普段はそうだね。だけど、さっきは、今は特別だよ。御幸にしか目がいかなかった。他のものなんて見えなかったんだ」
「っ、またそんなこと言って」
「本当だよ」
また抱きしめようとするがもう手で拒否される。ここは旅館だ。俺以外のお客様が庭を眺められる。今は幸い誰も見ていないようだったが、危ない危ない。自制心が効かない。
「また明日。後で会いに行ってもいい?」
「……10時にここならいいよ」
「よし、待ってる。だが、疲れているよな。会うのは明日の朝一でも、」
「10時ね」
「うん!」
かつてこんな可愛い人に出会ったことがあったのだろうか。断言できる。ない。俺はどこか御幸への好意を押さえ込んでいた節があった。だから今こうして衝動を抑えられなくなっている。
ちゃんと俺の心は普通に戻るのだろうか。




