辛抱時
それからというもの、俺は朝練制度を活用して、毎日の朝にも剣道の稽古をした。夏ということもあり、朝から汗だくになるのは、少々不快になるが、着替えを持参してひたすら稽古に励んだ。それくらいの意気込みがないと優勝は難しいのだ。いくら、規模の大きい大会で成績優秀でも、それがいつ何時に発揮されるかは、本人の力量次第だ。
「蓮!今日も朝練してたのか」
「ああ。夕方に集中してやるだけじゃまだ足りない」
「急に気合いの入れ具合が変わったけど、何かあったのか?」
「全部終わるまでは秘密だ」
「おっけぇ!笑」
陽成もきっと気づいている。俺が何も言わずとも理解するのに、わざと俺に言わせてこようとするあたり、少し腹黒みを感じる。俺は予鈴近くに教室に入ったので、みんなは寝坊だと思っているのだろう。実際は5時に起きてストレッチ、ランニングを済ませてから、7時に登校して稽古を始める。それを現段階で4日間連続で行っている。もちろん、大会が終わるまでこれは続ける。
1度スイッチが入ると中々抜けないのが、俺の長所でもあり短所だ。
「おはよう」
「…………おはよう」
挨拶するか絶対悩んでいた。口がもごもごしているのに何も話さなかったり、顔をしかめたり、ぽかーんとしていたりと、最近の御幸は少し様子がおかしい。まさか、山都先輩に何か甘い言葉でも囁かれたのだろうか。でも、甘い言葉程度で狼狽えるような人じゃないことを俺は知っている。何を言われたのだろう。原因は山都先輩だけなのか?
「陽成、ちょっときてくれないか?」
「いいぞ~」
いつも呑気そうにしている陽成は、呼べばすぐに来てくれるから俺の頼りになる親友だ。そして、色んな相談が出来るところも、陽成の長所だ。
「御幸、最近おかしくないか?」
「確かに、挙動不審なところが目立つようになったな~。それがどうしたんだ?」
「その原因が知りたくて」
「そりゃ蓮に決まってるだろ~」
「でも山都先輩のこともあったじゃないか。その後、『俺とお前は好敵手だ』的なことを言われた」
「ナルシストだったのかよ山都先輩!ぷはっは!」
「俺もそう思った。って、そこじゃなくて」
「はいはい。でも、マジで蓮だぞありゃ」
「そうならどれほど嬉しいものか。ありがとう。ただ、山都先輩に何か唆されたわけではなさそうか?」
「ああ。関わっているところを未だ見たことがない」
色んなところをほっつき歩いている陽成が言うなら、それは事実だ。俺はほっとしながらも、「俺が原因」というところに疑問を抱いた。確かに、あの時御幸が緊張していたのは、俺でも分かったが、それがずっと長引いているわけではないだろう。
「集中!」
自分に活を入れて再び教室に戻る。しばらくは剣道を極めるんだ。今までそうしてきたように、今回は少しばかり目標が異なるが、やりたいことは昔から変わってない。
そういえば、旅館に行くといったものの、予約をまだしてもらっていないような気がする。これは家に帰ってからお母さんに要相談だ。
「よろしくお願いします!」
竹刀を袋から取り出し、1人で構えてみる。今日は調子が良さそうだ。冷静に相手の太刀筋を見れば大丈夫だろう。
「蓮、やろう」
「ああ。今日は負けないからな」
「楽しみだよ」
怪我の治り立ての頃は、全身の動きが鈍く、手足の先も乱雑な動きをしていたが、日々鍛錬を続けてきたことによって、それらもだいぶ改善されてきた。必要な時にものになる筋肉。俺はそれを強化してきた。筋肉はただ存在するだけじゃ、ただのお荷物。脳が命令すればすぐに動くような、有能な筋肉を育てた。
「これまで!」
「ありがとうございました」
結果は、俺が勝った。流石に幾度も負け続けるわけにはいくまい。気合いを十分に持ち、努力を結果につなげる。それがようやく出来た。
「蓮って修正力半端ないよな。試合中にも、おかしいと思ったところは、すぐに直して圧倒させるし」
「自分に至らないところがあるなら、迅速に直す必要がある。そう昔から父さんに教わってきたからかな」
「親父さんが凄い人だもんな。正に親いて子がいる感じだ」
「父さん喜ぶな。喜んで妖精と一緒に試合をしたがるかも?」
「うっ、それはまだ先の話だな。1度動画みせてもらった時、怖じ気づいたんだぞ」
「そんな恐れるほどじゃないでしょ。今の陽成なら十分相手になるよ」
そして、夕方6時になり下校する。今日は御幸の姿が見えない。旅館のお仕事だろう。学校にも行き、社会人と同じような仕事量をこなす。御幸はもう十分凄いのに、自分のことは認めない。なぜだろう。
家に着くなりシャワーを浴びて、すぐさま稽古場に行く。稽古場と師匠に挨拶した後、竹刀を取り出してすぐに試合にうつる。いくら部活後だろうと、動きが鈍くなっていれば、体力の衰えが言える。たかが2時間の稽古で弱るような体じゃまだだめだ。強靱な体を手に入れて初めて、最強になる。
「肩の動きが悪い。解してからもっかい来なさい」
「はい!」
解すと言っても、もうすでに剣道に取りかかっているため、緩めすぎるのはかえって怪我のもとになる。剣道に支障が出ない程度に回したり、壁を使って緩める。
「お願いします」
師匠は色んなところを突いてくる。そればかりか、隙あらば胴を打とうしてくるので、おっかなくてしかたない。でも、実際そんな攻撃的な剣士はいくらでもいるから、俺にとってはちょうど良い稽古だ。反射神経をよくして、なるべく早くに対応する。そして、その勢いに乗ったまま、反撃し点を稼ぐ。その方法を今は極めている最中だ。
「今日はここまで。よくやった」
「ありがとうございました」
竹刀を片付けると稽古場を後にする。今日はまっすぐ家に帰ると、また風呂に入って、体の疲れを癒やしてからストレッチをし、学校の宿題を済ませる。そこから、また素振りをして動きをまとめてから眠りにつく。それが今や日課と化している。
「蓮、みるみるうちに強くなってくな」
「ありがとう。あと1週間もなくなってきたからね」
そう。毎日のルーティーンを決めてから、時が経つのが早い。あっという間に大会3日前となった。他の剣道部の仲間たちも、県大会に向かって緊張感が高まっていき、部の雰囲気が少し堅めになっている。それを陽成は解そうと努力してくれているのだが、ほぐれる気は全くなく、みんな真剣に取り組んでいた。陽成も真面目にやっている。特に俺との試合では、いつも勝とうと全力で挑んでくるから、俺も本流尾発揮ができる。
そして、御幸と喋る時間も日に日に少なくなっていた。前までは、お昼やそれ以外にも話していたものの、俺が昼休みにも武道場に引きこもっているため、4人で集う機会が格段と減っているのだ。俺はもちろん御幸のことが恋しい。だが、この先の幸せも確保するために、今は辛抱する時なのだ。山都先輩もあれから接触している様子はないようだし、大丈夫だろう。




