放課後の一コマ
俺はようやく部活動に復帰できた。仲間と共に研鑽し合い、手首の返しや脚裁きなどを意識しながら模擬試合を行う。久しぶりに陽成に負けた。バチンッと音が鳴るほどの面を打たれ惨敗だった。ここまで墜ちたのかと自分に落胆した。相手に礼をするために元の定位置まで戻ると、目の前にある扉の向こうに傍観している御幸がいるのに気づいて、ぼっと顔が赤くなるのが分かった。
「陽成、陽成。ちょっときてくれ」
「何だ?」
「さっきからいたのか?」
「ああ。気まぐれだろうさ。ずっといたよ」
「マジか」
「治ったこと証明できて良かったじゃないか」
「それは確かに、そう、だが。へたくそになった俺だぞ?見て楽しいものじゃない」
「おいおい、人ってのは頑張ってる姿を見て楽しむんだ。うまいか下手かで区別されりゃ、俺なんて剣道部でやってけねえよ。最強の、いや最強だった蓮がいるんだからな」
「おい、言い直すなよ。まあ、事実だから早く復帰しなくちゃいけないんだけどな」
「良い心意気じゃん。さて、次の試合始めるか?休憩する?」
「次行こう。脚の調子がだいぶ戻ってきた」
多分御幸の姿を見たからだろう。もういなくなっていたが、短い時間で元気をもらえた。だから、この後も陽成とずっと試合をしていたが、その都度元の感覚が戻っている感じがして充実した稽古になった。
「「ありがとうございました」」
胴着を脱いで学ランに着替えて校門を出ると、御幸がいた。誰かとの待ち合わせだろうか。
「御幸」
「お疲れ様」
「ありがとう。部活中見てくれてたよね」
「っ。バレてた?」
「俺は気づかなかったんだけど、陽成が教えてくれた」
「馬宮君が。全く、藍月のことでいっぱいになっておけばいいのに」
「えぇ」
「っ、!忘れて」
「忘れます。そいえば、旅館のお仕事はないの?」
「今日はお休み」
「そっか。じゃないとここにいれないか。って、誰か待ってた?」
「ううん。待ってない」
また顔が無になってる。嘘をついている証拠だ。
「ほんと?」
「うん、本当」
「なら一緒に帰らない?」
「……良いよ」
「やった」
日が傾いて薄暗くなっている空の下で、俺たちはゆったり歩いていた。道中、幾度も御幸の方を向くが、御幸はいつも前を向いていた。
「御幸って何曜日に旅館にいるの?」
「ストーカー?」
「んなわけっ。ただ、ちょっと知りたいっていうか。俺今度大会終わりに泊まることにしたから」
「最初に会った時みたい」
「そうだな。あの時は市大会か。俺の成長ぶりを見ててよ。今度のやつ勝てば全国行きのチケットもらえるから」
「凄っ」
「全然だよ。あっ、そうだ。もし大丈夫だったら試合見に来てくれないか。俺、御幸に見られてた方が頑張れる」
「…………。みんなにそんな言葉使ってるの?」
「んなことない!御幸にしか言ったことない」
そんな酷い誤解だけはして欲しくなかった。俺の頭の中は既に御幸でいっぱいなんて言ったら、引くどころか嫌われてしまうから、口が裂けても言えないが、好意を抱いていることくらいは知っておいてほしい。その一心で口走ってしまったが、御幸はみるみるうちに顔が赤くなっていくものだからおもしろおかしくて笑ってしまった。笑うのは1番良くないな。
「ちょ、なんで笑うのよ」
「面白くて、ぷはっ」
「もうっ!」
スタスタと先ほどよりもペースを速めて歩いていかれた。だが、俺の普段の歩くスピードと何ら変わりなかったので、すぐに追いつく。それにも怒ったのか、今にも走って行きそうな勢いになってしまった。お願いだから落ち着いてくれ!
「ふぅ、ふう。悪かった。一旦落ち着こう。あそこに自販機あるな。何か買ってくるから待ってて」
俺はベンチに荷物を置いて、缶ジュースを2本買ってきた。
「どうぞ」
「ありがと」
御幸は疲れたのか、少し息を切らしながらベンチに座っていた。その隣を俺が失礼するわけだが、実際隣にちゃんと座ってみると、体の大きさが全然違った。案外ちょこんとしていて、筋肉はついているものの、細いスタイルだった。と、人をじろじろ見るべきではないと気づいて視線を逸らす。逸らしたところで俺が見ていたことを悟られ、「変態」と一言もらった。
「最近夜に会うこと多いね」
「確かに」
「夜の神様が俺たちのこと見守ってくれてるのかな」
なんと馬鹿馬鹿しい話題をしているのだろう。普段はこんな話しないのに。それも、好きな人が隣にいる場面でこんなこと。大失態だ。いつも焦ると口がおかしな方向に走っていく。
「夜の神様って誰よ」
御幸にはウケたみたいだった。
「あ、御幸改めてありがとう。色々心配掛けちゃったよな。この通り、もう元気だから大丈夫だぞ」
「大丈夫大丈夫って言って、また怪我はしないでね」
「ああ。これから俺にとって大事な試合が待ってるんだ。当然馬鹿げたまねはしないさ。それと、御幸」
俺は姿勢を改めて、少し御幸の方に体を向ける。真剣さが伝わったのか、御幸も無意識に姿勢を正していた。
「県大会が終わったら、ちゃんと言いたいことがあるから。あと2週間、長いけど待ってて欲しい。待った、やっぱ変える。俺が県大会で優勝したら、御幸に伝える。だから待ってて」
「何の話なの?」
「秘密だ。そして、これからはもう試合モードに入っていくから、しばらく剣道ばかりになると思う。それも知っておいて欲しい。あと、」
「落ち着いて、紅宮君。私はいるから。今日で会えなくなるわけじゃないでしょ。また話あるなら明日また学校で聞くから」
「いや!これだけは聞いておいてほしい」
俺はベンチから立つと、体をまっすぐ御幸の方に向けてキチッとする。
「俺、山都先輩に劣らない人になるから!」
御幸は意味を察したのか、さっきまで冷ややかな目なものの、ちゃんと目が合っていたのに急に逸らして、それ以降合わなくなった。目が一向に合わないまま再び帰路について、無言のまま御幸の家まで送っていった。御幸は一言「ありがとう」と言うと、とっとと中へ入っていった。
今の俺は、相当不安だ。俺の好意を拒まれたように見えた。
この時点で振られているのかもしれない。明日以降ちゃんと会話できるのだろうか。この不安は杞憂に終わるのだろうか。どっちみち、友達以下の関係に成り下がりたくはない。そうならないためには、どんなことでもやってやる。
まずは、目先の剣道に集中しよう。優勝しないと告白できないのだ。自分に対して鬼になって接し、自分で自分を律する。そして、絶対に言うのだ。
「大好きだ!」と。




