第6話 ジョアンナ・カナカレデス/ティベルにてその1
新エピソードです。
新たなお見合い相手の話です。
誤字脱字やご感想などお待ちしております。
ルーファスは目を心を奪われていた。
今、彼女の力を目の当たりにした。
彼女を後ろから抱き締めたまま、彼女がバランスを崩さないように支えている自分の前で奇跡の力を見ていた。
ふと、ルーファスは彼女を見た。
彼女は鋭い眼差しで荒れ狂う山々の唸りを抑え続けていた。
そこには出会った頃に見せた物憂げで面倒臭そうにしている時の姿はなかった。
「あと少しだけ支えて!」
彼女はそう言うと瞳を閉じて光の力をより強めてゆく。
すでに彼女を支えるために地中深く突き刺した剣はぐらぐらを揺れ始めている。
剣に括り付けたロープも鞘と下半身から外れようとしている。
このままいけばルーファスの体勢は不安定になる。
だが、光の力を放ち続ける彼女を守るためは踏ん張らなければならない。
ルーファスはより両脚に力を入れ込んだ。
・・・彼女は本物だ。
感嘆とするルーファスはこの場にいることを神様に感謝した。
◇
ルーファスが目の間の奇跡を見る9日前。
彼は二度目の見合い相手に会うためにティベル州にいた。
王都より2週間ほど旅路となるティベル州はユリウス王国の北側にある地方都市である。
近くは大きな山脈があり、街道は整理されているが冬の天候で通行が厳しくなる。
一方で夏は山々が多いため盆地群が形成されており冬の寒さが嘘のように格段の暑さがあった。
今年の春も他の州よりも温かいので多くの動物たちが活動的であり、狩り場は動物を仕留める罠師や腕を磨きたい見習い騎士たちなどで盛り上がっていた。
ルーファスたちの移動は春と言うこともあり苦になるものではなかった。
馬でも移動と言うこともあり、夜の寒さもそれほどなかったためか旅路は行程より三日ほど早くティベル州へ到着した。
このティベル州にルーファスの今回の見合い相手がいた。
相手の名前はジョアンナ・カナカレデス。
今、ルーファスはそのジョアンナ・カナカレデスと初めての顔合わせ中である。
最初の対面はジョアンナが勤めている治癒院で行われた。
この治癒院の中にある応接室へ職員に案内されたルーファスの前にジョアンナは現れた。
「遅くなってごめんなさい」
応接室へ駆け足で入ってきたジョアンナはそのままルーファスの前に座った。
あまりのことにルーファスは少々驚いてしまった。
・・・なんだろう、この人面白いだな。
「午前中は色々と用事があって遅れてしまいました。ごめんなさい」
「いえ、気にしてないんで」
ルーファスとしては人によってはその時間の使い方が違うことを理解していた。
それは騎士となってから多くの討伐を行う中で知った常識と言うべきものであった。
当然、目の前にいるジョアンナも他人と違う時間の使い方をしている限り、このようなことが起こるのは当然だろう。
「では、自己紹介でも」
側に控えるルーファスの家宰であるオリオンスがお見合いの場を進め出す。
二人は最初の体面と言うことで挨拶の後にお互いの名前と告げた。
ジョアンナは司祭の姿で眼鏡をかけていた。
ジョアンナ曰くこれがいつもの姿だと言う。
「あの・・・本当に来たんですか?」
ジョアンナは最初から困惑しているようだった。
「はい」
「私、もう聖女ではないんですけど?」
そう、ジョアンナはユリウス王国で数少ない聖女だった者だった。
「はい。元聖女だと聞いています」
もちろん、ルーファスは事前に騎士団長のジェローンより話を聞いていた。
彼女がユリウス王国中で聖女と活躍したと聞いている。
ただ、ルーファスは一度も彼女と会ったことがなかった。
そもそも魔物や魔獣の討伐の後の処理は他の騎士に任せていたし、戦いの後はすぐに体を清めて眠るのでその後のことをルーファスはあまり知らないでいた。
聖女だったジョアンナは負傷した騎士たちや民衆たちを治療するために別の場所にいるのでルーファスと会うことはなかった。
そんな二人が今、この場所でこの見合いで初めて会ったのだ。
「物好きな人もいるものですね」
ジョアンナはゆるくふんわりしたカールのウェーブヘアを指で丸めながら話す。
その様子を見つめるルーファスの視線にジョアンナが気付く。
「気になります?」
「まぁ・・・」
「光の力を使うとこんな髪型になったんです」
「そうなんですか?」
「信じてないでしょ?」
「いや・・・そう言われても・・・」
ジョアンナの問い掛けにルーファスは困ってしまう。
「この髪だって力を使った影響で髪がくるっとした感じで癖になったんですよ」
「そうなんですか」
聖女の力を使い続けると髪型が変わるとはルーファスは初耳だった。
「男の人にはわからないでしょう?」
「それはさすがに・・・」
ルーファスは頭を掻きながら言葉を詰らせる。
・・・この人、めんどくさそうだ。
ルーファスも困惑気味になる。
しかも、彼女は結構しゃべるタイプだ。
「あの・・・いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「お見合いって何するんですか?」
ジョアンナも困惑していた。
「あなたもそっちなんだ」
ルーファスは思わず苦笑してしまった。
「どういうことですか?」
「私もお見合いがあまりわかってないんです」
そう答えるルーファスにジョアンナも苦笑しながら呟いた。
「あなたもそうなんだ」
◇
しばらくの談笑の後、ジョアンナは自分の話をし始めた。
「私、14の頃から聖女として生きてきました。神託ってものですね。それが私が聖女だと〈神のお告げ〉があったと王都から派遣された神官さんに言われた時には笑うしかなかったです。だって、14になったばかりの女の子に神様から聖女だって言われたんですよ。そんなの急に言われても困るでしょ?」
「うん、確かに」
ジョアンナの語り口は軽快だ。
きっと、何度もこの話をしているようで話慣れているようだ。
「その後は教会で修業と奉仕活動を交互にやって、修行が終わると各地に派遣される日々でした」
ジョアンナは両手の指で年数を数える。
「その後の14年間は奉仕活動が私のすべてでした」
「14年間ですか・・・長いですね」
「そうなんです。だから、私の力が弱くなるのは当然じゃありませんか?」
確かにその通りだとルーファスは頷く。
「その分だけ恩恵はもらいましたけどね」
聖女となったものは当然の如く、手厚い待遇を受ける。
給与は一般の人たちの年収の数倍もあり昇給も可能である。
引退後は一代限りの子爵家の爵位を戴く。
今の彼女はカナカレデス家の名を戴く子爵だった。
そのような制度を王家と教会は話し合いの末に作ったことをルーファスは知っている。
ただし、聖女が王族や有力貴族との接触は禁忌となされている。
その理由は単純である。
過去に聖女が問題を起こした事例があったからだ。
王子と恋に落ちた聖女がいた。
その聖女は王妃の座を得ようと王子の婚約者を陥れようして失敗した。
結果として聖女は終生遠島となり禁固刑となり、王都へ禁足となった。
そんな経緯があるからか、元聖女はなかなか婚姻などできる環境ではなかった。
一代限りの爵位もそう言う因果を密かに含んでいると言える。
「ルーファスさんはどうしてお見合いをしようと思ったですか?」
ジョアンナは親しげにルーファスに<様>ではなく<さん>をつける。
そう言うのが彼女には当たり前なのだろう。
誰もが親しみを覚える印象を覚える。
「私の祖母が早く孫を見たいと言ってましてね」
「そうなんですね・・・ルーファスさんは見た目と違って優しいんですね」
「祖母は親代わりですから。親孝行ってことで納得して下さい」
その日はここで対面は終わった。
午後になってもジョアンナは色々と忙しいようで一緒に食事もできなかった。
仕方なくルーファスは街を探索することにした。
すでにラミアカーサがジョアンナの情報を収集に動いている。
その辺りは彼に任せるとして、ルーファスはただふらふらと街を歩くことにした。
・・・落ち着いていていいな。
ティベル州は冒険者が多い。
ティベル州は地理的にダンジョンや森林地帯が多いので一攫千金を目指す冒険者が多くやってくると聞いている。
冒険者ギルドのネットワークも広く、彼らからの情報が騎士団のところへもたらされることもしばしばあった。
その情報を元に騎士団は討伐へ向かうことが多い。
それが他の州の情報もあるのだから、ティベル州の冒険者ギルドの力は大きいと言えた。
とはいえ、荒くれ者がそれなりにいる冒険者の姿があまりないのはどうしてだろう?
そんな疑問はすぐに解決した。
「あんた、お嬢の見合い相手だろ?」
街を歩くたびに冒険者たちがルーファスに話かけてきたのだ。
しかも、冒険者たちは気前よくルーファスの肩を抱きながら話してくるのだ。
「あんた、英雄殿なんだろ?お嬢を頼んだぜ!」
「お嬢を幸せにしてやってくれよ」
冒険者の皆が口々にそう言うものだから、ルーファスはジョアンナの人となりをすぐに知ることができた。
誰が自分の話したか想像がてきた。
おそらく冒険者ギルドの関係者だろう。
つまり、それほどまでにジョアンナへの想いが強いと見るべきか。
もしかしたら、ギルド長はジョアンナと何かしらの関係性があるかもしれない。
・・・これは予想以上に大変かもしれないな。
もしかしてジョアンナではなく彼女の周りがめんどくさいのではとルーファスは思った。
こうして、ルーファスの二回目の見合いは始まったのだった。
登場人物
ジョアンナ・カナカレデス
ルーファスの三回目の見合い相手。見合い場所はティベル
元聖女。