第4話 ベロニカ・シーウェル/エトルリアにてその4
第4話です。
誤字脱字や感想などお待ちしております。
あの庭園での出来事以降、ルーファスはベロニカと会えなくなってしまった。
見合いの予定として入っていた日程のすべてがキャンセルとなってしまった。
その理由がベロニカの体調不良が原因だった。
それが嘘だとルーファスは知っている。
「あの日、何かありましたね?」
ラミアカーサが心配そうに尋ねてくる。
さすがに1週間もこのような状態だと彼が心配するのは当然だった。
「オリオンス、知っていただろ、ベロニカ殿の兄のことを?」
ルーファスの質問にオリオンサは頷く。
オリオンサがベロニカの兄のことを知らないはずはない。
「はい」
「そう言うのやめてくれないか」
「ベロニカ殿からお話しないよう言われておりましたので」
「でも、さすがにダメでしょ?」
「申し訳ございません」
オリオンサはルーファスの家宰の立場もあり、シーウェル家の話に従ったまでだとわかっていても納得できるものではない。
「先輩、感情的になっていますよ」
ラミアカーサがルーファスを宥める。
「ならなきゃダメだろ」
「先輩、オリオンサさんを責めても仕方ないですよ。オリオンサさんにはオリオンサさんの立場があるんですから」
ラミアカーサもルーファスがここまで怒っているのを見るのは初めてだった。
これはいけないと思ったのかラミアカーサは話の話題を変える。
「それでなんて言われたんです?」
「あなたとは結婚できないと言われたよ」
「うわ、それは辛い」
確かにそんなことを言われるとルーファスが落ち込んだり怒ったりするのは当然のことだ。
「だが、ベロニカ殿の過去が結婚ができない原因ならそれを取り除く必要はある」
「どうするつもりですか?」
「可能な限り彼女を助けるのみだ」
「その案、賛成です」
ラミアカーサはルーファスはまだベロニカを諦めていないことを嬉しく思った。
ラミアカーサはルーファスを近くで見てきた一人だ。
ルーファスが起こす行動もだいたいは予想はついてくる。
そもそも人を想う気持ちの強いルーファスがベロニカの立場を考えてるとしたら、何かしらの行動を起こすのはわかりきったことだ。
今回もルーファスはベロニカのために動くことを選んだ。
そして、この行為をフォローするのが自分だと理解していた。
「では、さっそくここ数日中にエトルリア内でベロニカ殿が参加する有力者のパーティーがあるか確認しましょう」
「それはどうしてだ?」
「まずベロニカ殿に会うのは先決かと思います。それと今回のルーファスとベロニカ殿の話もすぐにエトルリア中に広まるはずです。そうなるとベロニカ殿に絡んでくる輩が出てくるでしょう」
「そこを押さえる訳だね」
「そうです」
ルーファスはラミアカーサの考えに賛同した。
「オリオンサ、この数日中にパーティーがあるか確認してほしい」
「わかりました」
オリオンサは礼をするとすぐに部屋を出た。
「オリオンサさんもたまっていたんですね。それで俺は何をすればいいです?」
「ラミアカーサは街の人たちに噂を流して欲しい」
「どんな内容です?」
「ベロニカ・シーウェルの見合い相手、ルーファス・マコーマックが見合いを終えて王都に戻る」
「なるほど」
「そうすればこの噂を信じた者たちが動く。どうせ噂を流されるんだ。より真実に近い内容をしてもいいだろう」
「了解です。お任せを」
ラミアカーサの動きは早かった。
翌日には街中にベロニカとルーファスの噂が浸透した。
その反応は大半の人々が残念だと言う中、ベロニカの親類だけが喜びを隠しきれないでいた。
「あの醜女もこれで諦めただろう」
「醜女は醜女らしくいろ」
と耳が腐るほどの罵詈雑言を街中で話していた。
その姿を確認したラミアカーサはルーファスに報告する。
「予想通りです。あの男、相変わらず酒を飲みながら大声で話していましたよ」
「愚かだ。何故、その噂が流れたのか知りもしないし作為的だと気付かないとはね」
しばらくしてオリオンサが戻ってきた。
「オリオンサ、そちらはどうだ?」
「明日、エトルリアの貴族パーティーがあります」
「そうか。では、我々も参加しようか」
「すでに礼服の準備は済んでおります」
オリオンサが包装紙をテーブルに置く。
「さすがだよ、オリオンサ」
手際よいオリオンスにルーファスは感謝した。
翌日、エトルリアの貴族パーティーの日になった。
「母上、行って参ります」
「ええ」
ベロニカの母はいつものように笑顔でベロニカを送り出した。
ベロニカはパーティー会場へ向かっていた。
ベロニカはドレスを着なかった。
今回は男装姿で会場に向かわねばならない。
それはベロニカの母よりの命であった。
母の意図は明確だった。
ルーファスとの結婚はなくなると世間にはっきりと言いたいがためだ。
そこには娘の幸せなど考えない冷酷さがあった。
このような姿をルーファスに見せないだけでも良かったとベロニカは思った。
ベロニカから見れば母の奥底にある気持ちは理解していた。
心の中では自分とルーファスが結ばれることがなくなったことが嬉しいだろう。
残された懸念はアーチボルトの存在だけだ。
すでに母の目的は大半が達成されている。
アーチボルトさえ追放すれば丸く収まる。
それも何か考えがあるだろう。
・・・私には兄を殺した責任がある。
ベロニカは自分が我慢すれば良いと考えていたが、ルーファスのことは忘れることができないでいた。
・・・ルーファス殿は私の罪を許してくれるだろう。
だからルーファスをこれ以上巻き込めなかった。
ベロニカがパーティー会場に到着すると、さっそくアーチボルトが取り巻きたちや貴族の子息や令嬢たちを引き連れてやってきた。
「よう、ベロニカ」
声をかけるアーチボルトだったが、何故か右頬に絆創膏を貼っていた。
「怪我でもしているのか?」
「違う!」
アーチボルトがすぐに否定する。
これは面倒なことになったとベロニカは感じとった。
アーチボルトの琴線に触れてしまった。
このまま嫌味だけで済むと良いのだ・・・。
「今日は付き添いがいると思ったんだがいないじゃないか」
「あの方は帰国された」
「噂通りか。何かしたのか?」
「私が見合いを断ったからだ」
「なんだよ、つまらん」
アーチボルトは吐き捨てる。
「醜女と見合いする英雄殿の顔がどんなものか見たかったな」
アーチボルトの言葉に釣られて周囲の者たちもベロニカを笑う。
「まあ当然の結果だな。お前には兄君の件がある。そんな疵物を英雄殿が許すはずないだろう」
アーチボルトの言葉はベロニカを傷つけた。
それは過去の事だけでなく、ルーファスのことも揶揄されたことへの怒りだった。
「貴様!!」
ベロニカがアーチボルトに掴みかかろうとした。
その時だった。
どこからか男の声が聞こえた。
「私を呼んだか?」
動きを止めたベロニカが声の方へ顔を向ける。
「・・・ルーファス殿」
「遅れてすまない」
そう言うとルーファスはベロニカをかばうようにアーチボルトたちの前に出る。
「久しいな、酔っぱらい」
アーチボルトはルーファスを見た瞬間、彼が自分を叩きのめした男だと気付く。
「お前・・・あの時の・・・」
「なんだ、やっと気付いたか」
「どうして・・・ここにいるんだ?」
「お前の声が大きくてうるさかったから、またお前を躾けにきただけさ」
ルーファスは周囲にいる者たちに目を向ける。
突然現れた謎の男に皆が困惑している。
「しかしここに集まる人たちは王都の貴族より酷いな。一人の女性を大勢で囲んでしまうなんて」
「こ、これは・・・」
何名か男性がすぐに取り繕うとする。
しかし、ルーファスは追及の手を緩めない。
「皆さんは本当にわかっていないな。何故、私がここに来たのかを」
「まったくです」
ルーファスの後ろに控えるラミアカーサが嫌味な笑みを浮かべる。
その様子だけ見ても自分たちがやってはいけないことをしたのではと彼らは怯え出した。
「あなたは何者ですか?」
集団の一人がルーファスに名を尋ねる。
「これは失礼した。私はルーファス・マコーマック。君たちも知る英雄殿と呼ばれる騎士です」
ルーファスの名が告げられると周囲の誰もが小さな悲鳴や後退りをした。
まさかまさかこの場所に英雄殿と呼ばれるルーファス・マコーマックが来ているとは思わなかった。
しかも見合い相手のベロニカのために参加している。
「あの噂は・・・なんだったの?」
彼らは完全にラミアカーサが流した噂を鵜呑みにしていた。
いつもならベロニカの噂を流して楽しんでいる彼らにとってこれは手痛いしっぺ返しだった。
そんな中でアーチボルトが声を震わせる。
「それより聞きたいんだが、どうしてベロニカ殿に暴言を吐いた?」
ルーファスはアーチボルトを冷たい眼差しを向ける。
「・・・わかりません」
アーチボルトはもうそう答えるしかなかった。
「本当にわかりませんか?」
「・・・はい」
アーチボルトの両膝は震えていた。
言い訳が通用しないのはわかっていたが恐怖のあまり逃げることしか考えられていない。
「だが、君がいくらベロニカを陥れようとしてもシーウェル家は継げないよ」
「ど、どうしてですか?」
「答えは簡単さ。私は王都騎士団の代表としてベロニカ殿の後ろ盾となったのです」
「王都騎士団!!」
そこでようやうアーチボルトたちや周囲にいた貴族連中はルーファスの話を理解した。
自分たちはとんでもないことをしてしまったと。
「いや・・・喧嘩売っちゃいましたね王都騎士団に」
ラミアカーサが煽る。
「もちろん今回の件は騎士団長たるジェローン・ベニエー様に報告させてもらうよ」
「お待ちを!!」
周囲にいた貴族の子息や令嬢たちがすぐに床に跪く。
「それだけは、それだけはお許しを」
「君たちは謝る相手を間違っている」
「えっ?」
「私じゃなくてベロニカ殿に謝るのが普通だ。それさえも理解できていない段階で彼女をないがしろにしたということがわかる」
「も、申し訳ございません!!」
ルーファスの言葉を聞いた貴族の子息や令嬢たちはすぐにベロニカに謝罪する。
「謝っても無駄です。君たちの名前は調べているから親にちゃんと今回のことを報告しなさい」
ラミアカーサの言葉に彼らは絶望する。
「さて、君はどうする?」
ルーファスはアーチボルトに視線を向ける。
「・・・俺は」
アーチボルトは顔を下に向けたままぶつぶつを呟き続ける。
その姿はもはや高慢で不快な態度ではなかった。
ただの気の弱い子供にしか見えない。
「そうだ、君を許す方法がある」
「そ、それは何ですか?」
アーチボルトが身を乗り出す。
「私と決闘をしよう」
「え?」
「君は私の大切な人を傷つけた。そんなこと私が許すと思っているのかい?」
ルーファスは羽織っていたマントを脱ぐとそのまま床に投げ捨てる。
「私のベロニカを傷つけた。その代償だ思え」
ルーファスは初めてベロニカの名を敬称なく呼んだ。
「ルーファス殿」
ベロニカは自分の胸が高まったことを感じ頬を紅潮させた。
ラミアカーサもその様子にニコニコと微笑む。
「・・・ベロニカ」
アーチボルトはベロニカに救いを求める。
だが、その行為をルーファスが制する。
「アーチボルトよ、彼女に話しかけるな。ラミアカーサ」
「はい」
ラミアカーサは用意していた剣をアーチボルトに渡す。
「せっかくだ。この場で戦おう」
「ひぃ!!」
アーチボルトは剣を投げ捨てるとその場に芋虫のように頭を抱えて蹲る。
「お許しを!!」
体を震わせるその姿は実に滑稽だった。
・・・こんなものか。
ここら辺が潮時だろう。
「ベロニカ殿、帰ろうか」
「え、ええ」
ルーファスは改めてその場にいる貴族の子息や令嬢たちを見た。
誰もが目を逸らす中、ルーファスは告げる。
「改めて言う。君たちの顔は覚えた。ラミアカーサ、後は任せた」
「はい、お任せあれ」
それだけ言うと、ベロニカを連れて会場を後にした。
会場からの帰り、馬車の中では二人は無言だった。
ベロニカはルーファスに目を合わせてくれない。
ベロニカの屋敷に到着すると、ルーファスはベロニカを庭園に誘った。
庭園は前の時と変わらず薔薇の香りが漂っている。
しばらく歩いた後、最初に話しかけたのはベロニカだった。
「ルーファス殿」
「はい」
「ありがとう。私のために・・・」
「いえいえ」
ルーファスは恥ずかしそうに頭を掻く。
「今回の件は私の独断です。気にしないで欲しいと言っても納得はしないと思いますが、これが私なりのやり方だと思って下さい」
「そうか・・・感謝する」
ベロニカはルーファスと向かい合う。
それはルーファスがベロニカを抱き締めた夜以来だった。
「ルーファス殿、私は正式に公爵家を継ぎます」
「これでお別れですね」
「ああ」
一瞬だがベロニカがルーファスから視線を外したがすぐに元に戻した。
「ルーファス殿はこの後、どうするのだ?」
「きっと新しいお見合い相手と会わされるでしょうね。なにせ、騎士団長の奥様がその手のことが好きな方ので」
「お節介な方なのだな?」
「はい。ですが騎士団長も奥様も優しい方です」
「そうか・・・」
それは不意だった。
ベロニカがルーファスの手を握り締めた。
彼女から暖かい温もりが届いた。
「ベロニカ殿?」
「しばらくこのままにしてくれ」
ルーファスと握手するベロニカの両手がより強くなる。
「ルーファス」
今度はベロニカが初めてルーファスの名を敬称を付けずに呼んだ。
ルーファスが「は、はい」と驚きながら応じる。
「・・・もし、私に伴侶を求める日が来たら・・・その・・・ルーファスが妻を娶っていなければ私と一緒になってくれるか?」
「いいですよ」
「その時は改めて私を・・・その私を・・・だな」
乙女らしく恥ずかしそうにもじもじとするベロニカを見てルーファスが微笑む。
「あの日みたいに抱き締めますよ」
「そうか・・・ありがとう」
ルーファスの微笑みにベロニカも微笑み返した。
次回でベロニカ編の最終回となります。