第3話 ベロニカ・シーウェル/エトルリアにてその3
第3話です。
誤字脱字や感想などお待ちしております。
「先輩、これは良い噂ではないですね」
翌日、街に出たラミアカーサはその日のうちに色々と噂の情報を仕入れてきた。
その話の内容を聞いたルーファスは怒りを覚えた。
あの女だてらに男勝りで醜女な令嬢と物好きな騎士がお見合いをした。
そんな偏見塗れの嘘を流した者がいるのだ。
「ベロニカ殿の外見を揶揄してるね」
「それで噂を流した相手は誰かわかっているんですか?」
オリオンサがラミアカーサの尋ねる。
「噂の相手を探すのは簡単でした。街の人たちはすぐにその相手を教えてくれました」
「そいつ、よほど嫌われているね。それは誰だい?」
「アーチボルド・ヴォーンと言う貴族の息子です。ベロニカ殿の親類に当たる方ですね」
「なるほど。どうせベロニカ殿と何かあったんだろうな」
「ご明察です」
「どんなことをしたんですか?」
興味を持ったオリオンサが尋ねる。
「その男は平民の女性を強引に口説いて攫おうとしていたところをベロニカ殿に咎められたのを恨んで決闘を申し込んだそうです」
「いくら騎士だからと言っても女性として見てなかったから彼女を見下していたんだろうね。それで徹底的に叩かれた訳だ」
それは相手の自業自得と言えるだろう。
それでいて、女だからとベロニカに舐めてかかった結果、無様に制裁を受けた。
それが自分の責任だと言うのに逆恨みをするとは人間として恥さらしとしか言いようがないとルーファスは思う。
「はい。当然、世間で恥をかいたので恨みを持つのは当然かと」
「でも、それだけではないように思える」
「その辺りはまだなんとも言えないですね」
オリオンスもそれ以上、シーウェル家については知っていなかった。
「ちなみ。私のことはどう思っているだろうね?」
「馬鹿にしているでしょうね。醜女とお見合いした愚か者だと」
「・・・そうなるか」
思い込みや偏見は面倒なものだとルーファスは思う。
「オリオンサ、今回は私の名前はどこまで知らせているんだろうか?」
「今回のお見合いはシーウェル家の関係者以外は名前を伏せておりますのでルーファス様の名前は知らないかと」
この辺りは事情がある。
王都ではルーファスとの婚姻を企てる貴族階級の者たちが多い。
少しでも見合いの話が漏れたら面倒になる可能性があるのでルーファスたちは秘密主義で対応していた。
「ただ、相手はベロニカ様の親類ですので使用人の誰かから情報を仕入れているのは確実かと思います。でなければ見合いの話は出るはずもありませんので」
「そうなると言葉でしか私の外見は知らない訳だ」
「そうなりますね」
ルーファスが思うに仕入れた情報をあの男が確認していなければ自分の姿はわかるはずもない。
この辺りは利用しても良いかもしれない。
「さて、どうすしたらいいと思う、ラミアカーサ?意見を聞かせてくれ」
「さっそくその馬鹿に会いに行きましょう」
ラミアカーサは即答する。
「いいね」
ラミアカーサの意図をルーファスはすぐに理解できた。
その昼のうちにルーファスはラミアカーサに案内されてアーチボルトがいる場所へ向かう。
「そう言えば、婚約者には何をお土産にするんだい?」
ルーファスがラミアカーサに彼の婚約者の話を振る。
ラミアカーサがどのように婚約者と付き合いをしているのか気になっていた。
「ネックレスです。エトルリアではサファイヤが名産ですから」
「そうか」
やはり恋人や恋愛対象の異性には宝石類は必須なのかと納得する。
「あと、騎士団には何を渡そうか?」
「薔薇酒でよろしいのでは?」
「樽で馬車1台分でいいかな?」
「十分でしょ。騎士団にそれほど酒飲みがいる訳じゃないですし」
「そうだね」
そんな話をしながら、ルーファスたちが歩いていると怪しげな酒場の前に目的の男たちがいた。
「あれです」
道角に隠れながらラミアカーサが目で男たちを示す。
アーチボルド・ヴォーンは取り巻きと思われる男たちと一緒にいた。
昼間から酒を飲みながら大声でゲラゲラを笑っている。
酔いのためか声が大きいので会話がまる聞こえだ。
「しかし、あの女と見合いをするとは物好きな奴がいたもんだな」
「まったくだ」
「お前もさっさとあの女を追い出してシーウェル家を継ぎなよ」
・・・なるほど、そう言うことか。
こんな時にアーチボルトの企みを聞かせたのは運が良かった。
「あんなに大声出して。周りに聞いてくれと言ってるようなものだ。酒を飲む奴はどうして口が軽いんだろう」
「酒は飲んでも飲まれるな、ですよ」
「そうだな」
愚か者は所詮、愚か者だ。
それなりの制裁を与えよう。
「では、行くか」
ルーファスたちは気分良く酔っているアーチボルトたちの前に現れる。
「醜いな~」
先に仕掛けたのはラミアカーサだった。
この辺りはいつもラミアカーサが挑発する。
「なんだ、お前は?」
アーチボルトが酔いのままルーファスたちを睨み付ける。
「通りがかりの旅の者だ」
「そうそう」
「それで俺たちに何か用か?」
「いや、用はない。ただ、言いたいことがあってね」
「なんだよ?」
「お前ら、弱そうだな」
「なんだと!?」
今度はルーファスの挑発にアーチボルトたちが酒杯を持ったまま立ち上がる。
「どうせ女と子供、老人にしか強がることができないんでしょうね」
「どうしてだい?」
「街の人たちが言っていたんですよ。いつもどこの令嬢の悪口を言って楽しんでいるって」
「それは最低だな」
ルーファスの笑いにアーチボルトたちは挑発に乗った。
彼らは酒杯をその場に投げ捨てた。
「お前ら何者だ!?」
「どうしてお前らに名前を言わないといけないんだ」
「名前を名乗るほどの価値もないだろうしな」
「ふざけるな!!」
アーチボルドの取り巻きたちがついに抜刀する。
その姿を見てルーファスはすぐに実戦経験がない者たちだと理解した。
それはラミアカーサも同様だったようで、今度は彼が取り巻きたちの前に立ち塞がる形になる。
「ここは自分にお任せを」
ラミアカーサは鞘を付けたまま剣を取り出した。
ラミアカーサの鞘は敵に対して効果があるよう耐久性に優れたものだったので、その重さだけで打撃で相手を卒倒させることができる。
「これ、鞘をつけても痛いぞ」
「黙れ!!」
アーチボルドの取り巻きの一人が大声で叫びながらラミアカーサに斬り掛かった。
そして、それが合図となり他の取り巻きたちもラミアカーサを襲った。
ラミアカーサは強かった。
瞬く間にアーチボルドの取り巻きたちを叩きのめした。
彼らが剣を振り下ろす前にラミアカーサの鞘が彼らの急所を捉えたのだ。
ある者は腹部と殴打され、ある者は首を突かれて、最後の一人は鼻先を叩かれてその場に蹲った。
「なっ!!」
あまりのことにアーチボルトは絶句した。
「さすがだ」
ルーファスが拍手をしながらアーチボルトの前へ行く。
「どうする?」
「くっ!」
アーチボルトが剣に手をかける。
「今度は私が相手しよう。だが、剣を持つと不公平だ」
ルーファスは両手を肩まで挙げる。
「ハンデキャップでこの手だけで相手をしよう」
「ふざけるな!舐めやがって!!」
アーチボルトが抜刀しようとした。
だが、ルーファスが一歩前に踏み出すとアーチボルトの手を抑えた。
グリップを握っていたアーチボルトの手は動かない。
「なんで!?」
アーチボルトが何度も剣を抜こうとするがまったく手を動かせない。
「握力もないね。訓練を怠り過ぎだ」
そう言うとアーチボルトの首元を手で突いた。
人間の急所の中で最も狙いやすい場所である首元。
そこを騎士として鍛えられた手で突きを喰らえば誰もが耐えられるはずもない。
頸動脈や周辺の神経を圧迫されたアーチボルトは呼吸ができずその場に蹲った。
「やり過ぎたかな?」
「いえいえ、問題ないですよ」
ラミアカーサが倒れているアーチボルトに近寄ると声をかける。
「弱いんだから自覚しないと。次はないからな」
そう言うとラミアカーサがルーファスに頷いた。
確かにここまでやればいいだろう。
この後、この男がどう動きか。
それもこの男次第。
軽く叩きのめしたとはいえ、どうせ諦めが悪い奴だろう。
シーウェル家を乗っ取るためにベロニカに絡んでくる。
その時はより強い制裁を与えるのみだ。
「行きましょう」
ラミアカーサに促されてルーファスは彼と共にその場を離れた。
その夜、ルーファスはベロニカと食事をすることになった。
ルーファスは昼の出来事を彼女に伝えなかった。
その必要などないと思ったからだ。
今回の食事会ではベロニカは男装姿であった。
この姿は日々の姿だった。
ベロニカとの会話は主にルーファスの戦いの話が多くなった。
その中でルーファスはベロニカの近況を確認した。
これもラミアカーサのアドバイスだった。
ベロニカの話を聞く限り、来年には正式にシーウェル家を継ぐことになりそうな流れのように思えた。
・・・それで私とお見合いか。
でも、ルーファスに一つの疑問が生じる。
自分と婚姻をしても状況は変わらないのではないかと。
それに後ろ盾として王都の騎士団が立つのだからそれほど危機感を抱く必要はないはずだと。
そうなると別の思惑があるのではとルーファスは考え始めたのだが、その考えはその場で収めることにした。
その後、二人は前と同じ庭園に移動した。
月夜の光が庭園の薔薇たちを美しく照らし出している。
その中を歩きながらベロニカがルーファスに話しかける。
「ルーファス様は私の噂を知っているか?」
「ええ」
「私が醜女だと言う噂です」
「はっきり言えば不愉快ですね」
「あなたならそう言ってくれると思っていた」
ベロニカが優しく微笑む。
「ベロニカ殿」
「はい」
「私に何か隠していませんか?」
ルーファスは迷う事なく彼女に尋ねた。
「隠し事か・・・」
やはり、何かを隠しているようだ。
「ルーファス殿、あなたは私のもう一つの過去をご存じか?」
「いや」
ルーファスは首を横に振る。
「私は・・・兄を殺した」
ベロニカが声を震わせながら話した。
「私の存在が兄を追い詰めてしまった」
「それは自害されたと言うことですか?」
「うん」
ベロニカの視線が夜空にある月へ向かう。
「私のような騎士のために兄は周囲の者たちに比べられてしまった。兄は心の優しい人だった。だが、その優しさは心の弱さにもなっていた。周囲のプレッシャーに負けた兄は遺言も残さずに毒を仰った」
ベロニカにとっては信じられないことだったであろう。
「私は兄を尊敬していた。だが、私は兄を追い詰めてしまった」
「ベロニカ殿・・・」
ルーファスはどう声をかければ良いかわからなくなっていた。
ベロニカの落ち込んだ姿を見たのは初めてだった。
「ルーファス殿、あなたに尋ねる。あなたは私と婚姻を結びたいですか?」
「あなたがよければ」
「そう言うと思っていた」
ベロニカがルーファスに向き合う。
「母上はきっと私とあなたの婚姻を認めないと思う。兄の件がある限りは・・・」
「そう言うことですか」
これですべてが納得できた。
何故、ベロニカの母君が自分と会わなかったのか。
そこにはあまりに重い理由があったのだ。
ルーファスは自然とベロニカを抱き締めた。
「ルーファス殿!?」
ベロニカが驚きをあまり声を上げた。
「私はあなたの妻になれない」
だが、ルーファスは無言のままベロニカを抱き締め続ける。
「・・・ルーファス殿」
ベロニカはルーファスの優しさを理解した。
ルーファスはこうすることでしかベロニカを慰めることができないと知っているのだ。
・・・本当に優しい人だ。
その想いを受け止めながら、ベロニカはルーファスの体を抱き返した。
登場人物
アーチボルド・ヴォーン・・・
どら息子で街の嫌われ者。シーウェル家の後を狙っており、ベロニカの悪い噂を流している。
ベロニカの母・・・
娘とルーファスとの見合いの日なのに彼と会わなかった。
それには訳があって・・・。