思い出は心の奥(Alice the WORLD番外)
朝、少し肌寒く微睡から目が覚め、そこからまだはっきりしない頭でスッーと少しひんやりした部屋の空気を鼻で吸ってから、口からはぁ〜っと深く吐き出す。
やっと起きようと身体にエンジンが徐々に掛かり始めて起きると、遠くで鳥の囀りの声が聞こえてくる。心地良い会話だが、まだ完全に目が覚めてはいなく重い瞼を擦りながら大きな欠伸が漏れる。
ふぅっと身体から力を抜けて、両手を上にうんと伸ばして凝り固まった身体をほぐしてからベットから出る。そんなゆったりとした時間を、
過ごしていた、はずだった。
目が覚めると耳の奥がキーンと鳴ったような感覚で、一瞬で凍結しそうなほど肌がチリチリと痛み、寒さに身を小刻みに震わせ目が覚める。
ここは何処だと目を細めるが、薄暗くよく見えず、ゴミ溜めのような臭いが微かに漂って来て不快に眉を軽く寄せる。
はぁっと小さなため息と共に見上げた空は、生憎曇り空、いや、ここに来て晴れ間など見たことがなく、ここ、でのいつも通りの多分朝である。
薄暗く何処か不気味で、ねっとりと何かが纏わりつく、そう蜘蛛の巣を株ってしまったような不快感を常に感じて、
かつての自分がいた
地球
日本
とはまるで違う。
何もかもが歪んでいて、アンバランスなのに絶妙なバランスで均衡が取れている、けれど、何処か危険を孕んでいて、
何故かそれが麻薬のような脳の奥がピリピリ痺れるような甘美な感覚がして、異常だと思うのに不快と思う反面、心地良いと思う自分がいる。
やっと、ここで思考がはっきりとしてきた。
一緒に来た仲間と、逸れてしまったことを思い出す。思い出してしまうと急に寒さが心に染みて、急に身体の芯が凍りついたような気がして背を丸くし両腕を抱えると、子犬みたいに身体全体をブルブル震わせた。
ここはネオンが輝く煌びやかな街だが何処か淀んだ空気が流れ、ゴミゴミとして街全体は大きいが家やビルが密集しているためにメイン通りと言われる道ですら狭く、さらに一人通るのがやっとくらいの路地裏が数多あり、ネオンの光が届かないところはどこも薄暗く目印を失うと何処も同じように見えて迷路のようである。
知っているはずなのに未開の地でも来たかのようで、迷いに迷って今いる路地裏に辿り着いた。
何処が何処だか分からなくなった俺は、ホームレスのような人達が同じ方向に大量に流れていくのを見て、その列に付いて行ったのだ。
もうこの時は空腹と眠気と疲労が困憊して頭の中がぐちゃぐちゃで、思考が麻痺していたのだ。それに何処かぽっかり小さな穴が空いたみたいで寂しくて、知らない人でも一緒に居たいと思ってしまったのだ。
着いた先はガムテープをベタベタと貼ってできた歪な形をしたダンボールの家が大量にあちこちに置かれた場所。そこへ個々に流れて行った人達がそれぞれの家なのだろう、入って行った。
生憎俺の分の家はなくかといってダンボールが都合よく転がってるわけもなく、俺はなるべく風除けができそうな場所を選んで家と家の隙間にすーっと入り座り込むと丸まって気絶するようにその場で眠ってしまったのだ。
それが今まで起きたことで、だからずっとこのまま集団ホームレスをしているわけにもいかず、俺は衣服についた泥を手で叩いてから出口の方へと向かった。
歩けど歩けど、同じ道をぐるぐる回ってるだけじゃないかというほど同じような道をずっと歩き続けてふくらはぎと足裏が痛くなって来た頃、ようやっとネオン街のメイン通りに戻って来たようで路地裏に差し込んでくる灯りが眩しい。
後少し行けばメイン通りという時に、何かを蹴飛ばした感覚があった。石である可能性もあったが、どうしてもその時は気になって身を低くして辺りをキョロキョロ見回した。
なんでもなかったのかと諦めた時に、すぐ側に掌サイズのフィギュアが転がっていた。薄汚れてはいるが、それは大昔に流行ったスーパーヒーローのフィギュアだった。懐かしいなとしゃがみこみそれを拾い上げて立ち上がり、光に当てるために少し上に掲げた。
何処かの星からやって来て、3分間だけしか戦えないヒーロー。カップラーメンができるくらいの時間しか戦えないのかと、友と良く笑っていたのを思い出す。
そう、これが懐かしいのは、友が好きで、これを教えてくれたのも、友だからだ。
そう思うと、何故か心に冷たい風が吹いて切なくなって急に会いと思った。
そのフィギュアを手に持ったまま、俺はメイン通りへと出て辺りをキョロキョロ伺うと相変わらず人でごった返した道を掻き分けて、シャッターが閉まった店の前にしゃがみ込んで腰を下ろした。
手の中のフィギュアを知らぬうちに強く握り締めていたらしく、フィギュアの出っ張っている部分が手に食い込んで手が少し赤くなって寒さもあってジンジンと地味に痛んだ。
すぐそこの道へ出れば人がウヨウヨしてガヤガヤと賑わって五月蝿いほどなのに、フィギュアを見ていると何故か騒がしい音もボリュームのボタンをゼロに捻っていくような感じで聞こえなくなった。
掌の上のフィギア、汚れた、人形。
人形と、友。
何かが心の奥底から湧き出てくるような感覚があり、俺はフィギュアを包み込むようにゆっくりと握り締めるとシャッターに背中を預け、少し空を見上げるように後頭部もシャッターに預けるとゆっくりと目を閉じた。
「おーい。おーい。おーい!」
呼ばれて、ぱちっと目が覚める。
「心!そんな所で寝てると、風邪引くよ?」
懐かしい友の、声だ。
俺はパッと俯いていた顔を声のした方へ、向ける。
「...あ、うん、そうだな」
そこには友がいて、いつものようにはにかんで笑ってる。
本人が悪いわけでも、何が悪いわけでもないが、環境が他と違うというだけで、友はいじめの悪い意味でよい対象となっていた。もちろん、いじめはどんな理由があったとしても良くはない。
ただ、友は、
少し変わっていた。
長いものに巻かれろなんて言葉があるが、子供は特別でありたいと思うものである。どんぐりの背比べで、さほどそれが優れた何かではないと知るのは大人になってからで、力が少し強いだけで、それはとても特別なことと勘違いするものがいる。親の権力で、自分が偉いと勘違いする奴もいるが、その類の人間にいくら説法を解いたとしても、理解が追いついていないのだ、土台無理なのである。
深く拘らず、適当にあしらえばいいものを、友は、そこは潔癖で明らかな拒絶を示していた。身体も弱く、喧嘩しても負けるのにだ。
ただ、そういうところがあるから、いじめの対象になりやすかったが、俺はその潔さと頑固さが快く、裏表のないその真っ直ぐさが好きであった。
だからこそ、友がいじめられているのは我慢できず、守ってというのは烏滸がましいかもしれないが、あの頃は、自分も正義感というものに固執していて助けたいとずっと思って、そうしてきた。
「稽古、きついの?」
稽古と言われ、今の俺はなんの話かと首を傾げるが、ちゃんと見れば友は小学生の姿。
ふっと視界が暗くなって、記憶が急速にフラッシュバック。映画のネガみたいなのに自分の記憶が、キュルキュルと映写機のような音がして、写し出され流れていった。
カチ カチ カチン
急速に流れていたのに、ある一定を過ぎるとゆっくりゆっくりと機械が止まるような音と共に記憶がコマ送りになって、ある記憶、一枚の写真のように貼り出され、そこで止まった。
その写真には、小学生の俺が大きな木に寄りかかって俯いて寝ているのを小学生の友が起こしに来た、そういう感じが光景が映っていた。それを見て俺は、
そういえば、昔、同じようなことがあった
そう、思うった瞬間だった。
霧が晴れたように暗闇から元の、元なのか、
夢
なのかは分からないが、そこには友がいて、小学生の姿がまた見えた。
その小学生の姿が一瞬ブレて、ふと思い出という、「夢」、を見ているのに違いないと思ったのだ。だって、今の俺は喋ることもできない、ただの傍観者なのだから。
「ねぇ、本当に大丈夫?なんなら、僕のうちに来る?少し、休んで行きなよ」
「いや...大丈夫。ただちょっと、目覚めたばかりで頭がぼんやりしてるだけだ。心配、ありがとな...あっ...もう空が...」
俺がそう言ってチラッと空を見上げると、日がくれた太陽がオレンジよりももっと赤く輝いて、青かった空は紫掛かっていた。
「帰らないと!稽古しないと」
自分の横に置いておいた黒いランドセルの肩ベルトを手に取って急いで立ち上がる俺に、友は複雑そうな顔を向ける。
「...無理しないでね」
「...あぁ...大丈夫だ。じゃぁ、な」
俺はランドセルを背負うと、友に背を向けて一目散に走っていった。
稽古は筒がなく終わり、夕飯と風呂を済ませて、パジャマ姿の俺は自室で敷いた布団を通り越して学習机の方へ歩いていった。
濡れた髪をバスタオルで頭に掛けてゴシゴシ拭きながら、机の上の写真立てに視線を落とす。
そこには、友と自分が仲良く笑顔で映っている。
歳が同じで近所だったせいもあって、何かと行事は一緒に過ごしていた。
これは、小学生の入学式の時のものだ。
暫く髪をタオルで規則正しく拭きながら、じっとその写真を見下ろしていた。
ゴシゴシ ゴシゴシ
規則正しい音しか聞こえない中、その音しかないような静けさ。
だがそれも、俺がタオルで頭を拭くのをやめて仕舞えば、ただ静寂しかない。
タオルを頭からスルッと取ると学習机の付属の椅子に掛け、写真立てに手を伸ばして取る。
「......そういえば、あいつ...来月、誕生日だったな」
ポツリと呟いて、写真立てを元に戻した。
朝起きて稽古をし、シャワーを浴びて学校へ行く身支度が整った頃には朝食が出来て、食べ終わると学校へ行く。学校で授業を終えて、友と遊ぶ時間も惜しんで家に帰り稽古をする。
その規則正しいサイクルで、ずっと生きてきて、お役目があるから当然だと思っていた。
それが、
誇らしくもあった。
ただ、この後、自分の十一歳の誕生日を迎えてから歯車がおかしくなって、俺は「誇り」というものを欠いてしまう。ただ、
可もなく、不可もなく
糸の切れた凧のようにただその場の流れに流れていくだけの人生となる。
でも、まだこの時は
そう
子供だったから信じていられた。
だから、友が好きで語る大昔の特撮ヒーローも俺の中では
「正義」
の象徴で好きだった。
けど、今思えば厳格な家で母が亡くなるまでどこかへ出かけたこともなかった。
ただひたすら稽古の日々で、それを変だとも思わなかった。
どこかへ出かけたと学校が長い休みから明けて、同級生が話すのを羨ましいとも思ったことはなく、
「慢心の塊」
だったのは、自分だったなと今なら思える。
そんな家であったから、友にプレゼントを買い行くことなど考えつきもしなかった。
テレビも、神社と家が燃えて移り住むまでなかったくらいだ。当然、漫画やアニメなんて友が学校で教えてくれなければ知らなかった。
友人の誕生日にはいつも、父に頼んで一緒に作ったクッキーを渡していた。
クリスマス、初めてプレゼント交換というものを知った時、迷った俺に父がこれなら家であるものであれば作れるからと教えてくれたのがきっかけで、俺のプレゼントの定番となった。
今まではそれでいいと本気で思っていて、友も俺に合わせて誕生日やクリスマスにはクッキーを焼いてプレゼントとして渡すのが普通だったから俺もそれでいいかと思っていた。
ある人からそれは変だ
と言われるまで。
学校が休みの稽古の日は、代々うち専属で稽古をつけてくれる剣道の師範が来る。
そこでみっちり稽古をつけられて一日が終わるのだ。
ただ、いつもの師範が都合が悪く来れないということで、次男坊の息子がやってきた。長男は師範の代役で度々来ていたが、次男坊とは初対面だった。
師範も長男も厳格な人で、とにかく稽古、稽古、稽古だけをする。
けどどういうわけか、この次男坊は朝稽古を一時間ほど済ませると稽古もせずに座り込んで話をし始めたのだ。
当然、俺自身、困惑していたがこれも何かの鍛錬かもしれないとただじっと正座をして次男坊の話を聞いていた。
「そう言えば、心って、友達とは遊ばないのか?」
「...学校では、遊びますよ」
「学校では?...それ以外は、もしや稽古三昧なのか?」
「...はい。それが俺に課せられた使命、だからです」
次男坊は大きく目を見開いて、くしゃっと顔で笑みを漏らすがどこか悲しげだ。
「...あーあー、そんなだから、お前の親父さんも心配するんだなぁ〜」
「え!?父さんが?何故?」
この時のことはよく覚えていて、立派に務めを果たしていると思っていた俺は何故、父が心配することがあるのだと全く分からずに困惑した。
「小学生といえば、元気にみんなで外で遊ぶのが、普通、なんだよ」
「...でも、俺には稽古があるから」
「...まぁ...そうだろうけど、な。お前の親父さんは、まぁ俺も話を聞けばそう思うんだが、少しくらい羽目を外してもいいんじゃないかって思うんだよ」
「それは...どういう?」
「たまには稽古をサボって、友達の家でゲームして遊ぶとかか?」
「さっきは、外で遊ぶって言ってませんでしたか?」
「比喩だよ、比喩。まぁなんでもいいが、学生時代は大人になってみればあっという間だったな、と思えるくらい短いもんだ。大人になっても戻りたい、やり直したいと思っても土台無理な話。だからこそ、学生時代は青春を謳歌して欲しいと、普通の親なら思うんだよ」
「......それでも、俺にはお役目の方が大事ですから」
「...ふー...たく、頭かてぇなぁ〜...まぁ...お前の人生だ、何を信じ、何処へ向かっていくのかはお前の自由だからな。ふむ...そう言えば、友達の誕生日が近いんだってな?」
「え?なんで知ってるんですか?」
「そりゃー、お前の親父さんがウキウキしながら、クッキーが一緒に作れるんですよって楽しげに話してたからな、知ってる」
「...父さんと、仲がいいんですね」
「...まぁ...色々縁があってな、今は呑み友達さ」
「...そうですか」
「それはそうと、今年も女子じゃあるまいし、クッキーだけしかやらないのか?」
「...え?だめですか?」
「おかしいだろ?男がクッキーなんぞで喜ぶわけ、ねーだろう?」
「でも、いつも喜んでくれます」
「そりゃー、おかしいぜ。クッキーなんぞ、かすみみたいなもんだ。数分で胃袋の中で消えて無くなるんだぞ。そんなもん、ありがたがる男がどこにいる!」
「...本当はさほど嬉しくもない...ということでしょうか...ただ俺に気を使って、嬉しいフリをしているだけなのでしょうか?」
「おっと...すまんすまん。そういうこっちゃ、ねーんだ。悪い...俺がクッキーじゃ、満足しねーもんだから、さ。話を聞く限りじゃ、喜んでるみたいと...思うぞ。たださ、お前ももう直ぐ十一歳。本格的な役目についたら、それこそ遊ぶ暇もねぇ。だから...今年だけでも、特別な何かを渡したらいいんじゃないかって、思ったわけよ」
「...特別...な何か...それって?」
「ふっ!まぁ、まぁ、よく聞け」
そう言って次男坊は稽古着の懐をゴソゴソ探り出し、巾着袋を取り出す。
そのまま無言で巾着袋を開けて逆さにすると、中から小さな彫刻刀と途中まで掘られた木彫りの何かが床に転がった。
「俺は、普段は仏師なんだ。これは、俺が途中まで掘ったもんだけどな...まぁなんだ、急に何かを上手く作れるわけもねぇだろうけど、ここまで彫ってあるなら後は今、ちょちょいと手を加えれば出来上がる...どうだ、少し自分で彫って、そのお前の友人にそれを渡してみたら?」
次男坊は床に落ちたものを拾い上げながらそう話すと、作りかけの木彫りと彫刻刀の柄を俺に差し出した。
「今...ですか?」
「そうだ!授業で、図工くらいあるだろう?そん時に、木を彫ったことくらいあるだろう?」
「...木彫りは...ないです」
「...そ、そうか。な、なら......こうやって少しずつ削るんだ。な、簡単だろ?やってみろ、な!」
次男坊は話しながら、手に持った木彫りを刃に刺さったキャップを取ると手慣れたように木を削る。数回、サッサっと削り終えると、またそれを差し出してくる。
俺はすこし戸惑いがあったが、受け取ってやってみることにした。
それは、次男坊の言う通り、もうこの先まともなプレゼントを渡す機会はそうそう無いかもしれないと思うと、特別なものを、今、贈りたいと思ったのだ。
といっても、やったことがなくて上手く次男坊の様に削れなく悪戦苦闘していると、次男坊が後ろ手に周り、二人羽織よろしく、そのまま削り方を手取り足取り教えてくれた。
段々それらしくなった木彫りを見て、ふと仏像を贈って友は嬉しいのだろうかと疑問が湧いた。
「あの...」
「あ?どうした?上手に出来てるぞ?」
「いや、そうじゃなくて...友は小学生だから、仏像を贈って嬉しいかなって」
「...あー...そう...だな...小学生だしな。うーん...その子何が好きなんだ?漫画とか好きなキャラクターとかさ、あんの?」
「ん?ウールマン」
「ウールマン?ってなんだ?」
「...あぁ...昔の特撮の、ヒーローです」
「へぇ...そうなのか...悪いな...知らなくて...心はそのキャラクターは覚えてるのか?」
「うん、学校で大事なコレクタブルカード?だったかな...そういうのを見せてもらうことが結構あるから。それの中に、いつもあるんです」
「そうか...なら、それをうる覚えでもいいから掘ってみな。まぁ、顔がそれっぽければそれなりに見えるもんだ」
「...うん」
そして、俺はウールマンを記憶の通りに彫った。夕方になって出来上がったその木彫りの人形は、ウールマンと言われなければ分からない、あまり良い出来ではなかった。横目で俺の木彫りを見ていた次男坊が、あっさりと同じような木彫り人形を作りあげていて流石、仏師だなと思うと共に、自分のよりも出来栄えが良くてウールマンを知らないのに次男坊の方が似ていたのが少し悔しかった。
「おーい!」
「あれ、心、おはよう」
「うん...あのさ、えーと、ちょっと早いんだけど...これ」
俺は人生で初めて自分で作った木彫人形が出来上がったのが嬉しくて、次の日、誕生日にはまだ早いのにいつになく胸が弾んで友に見せたくて持ってきてしまった。
次男坊の作ったのは次男坊から貰ったので自分が持っていて、当然友には自分が作った不恰好な木彫人形だ。
「うわぁ!!!これ、もしかして、ウールマン!」
木彫人形を見た瞬間、友は迷うことなく直ぐにウールマンだと気づいてくれて、それがとても嬉しかった。
「そう。俺が彫ったからあんまり上手くないけど、これちょっと早い誕生日プレゼント」
「え!本当!!!ありがとう!!!大切にするね!!」
友は俺の手から木彫人形を受け取ると、大事そうに両手で包んで胸の方へ持っていくと満面の笑みを浮かべた。
それから、友は母親に無くさないようにと木彫人形にチェーンを付けてもらいネックレスにしたと後で見せてくれた。
俺はというと、大事に学習机へ飾っていたのだが、火事があった日、一緒に燃えてしまった。だから、もう俺の木彫人形はない。
それを思い出した瞬間、急に胸がチクッと痛んで悲しくなった。
「おい、心、大丈夫か?」
黑の声がして、俺はパッと目が覚める。
「全く...人型となったとしても、ここではお前はその耳と尻尾がある限り、下手をすれば愛玩具にされかねない。一応、その印があればあの胡散臭いウサギの言っていた通り、問題ないとは思うが、ここはスラムだというから治安が悪い。何が起こっても仕方ないのだから、私から離れるな」
そう、犬型でいた時、犬というか動物全般がとても希少というこの世界では、人のものであっても高値で売れるらしく闇バイヤーに売るために人攫いならぬ動物攫いをする奴等がいるのだ。それにたまたま遭遇して、俺はしつこいそいつらを噛み殺すわけにもいかずに、とりあえず逃げたのだ。ちょっと巻いて戻ってくる予定だったが、入り組んでいて迷ってしまったということだ。
「...すまない」
「あ〜らぁ〜?カロ、見つかったの!よかったわぁ〜。ここ、臭いし、迷路みたいだし、本当ちょっとぼんやりしてたら迷っちゃうわよね。でもまぁ〜、こうして会えたんだからいいわね。少し向こうの屋台市場に、ヴァン達は待ってるわ。さ、こんなところはさっさと離れて行きましょう。お腹すいたでしょ?」
俺の顔を見ると安堵し嬉しそうな顔をするニフリートは、俺に手を差し出す。俺は、小さく頷くとその手を取ってシャッターからガシャンと音を立て離れながら立ち上がった。
その時、もう片方の手で握っていたウールマンのフィギュアが手から落ちた。
「何?その小汚いの?そんなの捨てときなさい」
「...いいんだよ...これは友との絆みたいなものなんだ。だから...これを持っていたら、もしかしたら、友に会えるかもしれない」
俺はそう言いながらフィギュアを拾い上げ、ズボンのポケットにそっと閉まった。
友との思い出を思い出せて嬉しい反面、
こんなに仲が良かったのにも関わらず、
その友の名前がどうしても思い出せない、ままであった。
ポケットの中のフィギュアをズボンの上からそっと指先で触る。そうするとジーンと少し心が温かくなった。
絶対また、会える
そう確信した瞬間で、自然と笑みが溢れた。
END