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百鬼繚乱  作者: ひととせ紫
3/3

二妖目 人狼

 二妖目 人狼




 あっという間に放課後。

 今日は!ちゃんと!!予定がある!!!


 「真白帰ろう」

 「うん、行こうか」


 視線ぶっ刺さるのも、一日経過したら慣れました。

 むしろ、バイトに行く高揚感で気にならなくなったというか。


 まぁ噂なんて長くて七十五日って言うし。


 琥珀と連れ立って教室を出る。


 「琥珀、今からバイトならコレ持っていってくれ」


 玄関で靴を履き替えていたら後ろから声を掛けられる。

 振り向くと、背が高くてシルバーアッシュの髪をアシンメトリーヘアにしたイケメンが立っていた。


 上履きの色からすると2年生かな。


 「左伊多津万さんから、今朝預かった。園門直した修繕費の領収書」

 「あーあれか。はい真白これよろしく」

 「あ、ハイ」


 差し出された封筒を条件反射で受け取る。

 領収書ね、書類また増えたな。


 …ところで、2年のイケメンがめっちゃガン見してくるんですが。


 今日はよく視線が刺さる日だな。


 「…結城真白?」

 「え?あ、はい。結城真白です、よろしくお願いします」


 領収書渡してきたわけだし、楼月の関係者かな。

 …関係者?


 「よろしく。俺、望月滝。2年2組で、サッカー部。おおk」

 バッチ―ン。


 ジト目の琥珀が平手で望月滝さんの口を勢いよく塞ぐ。


 おぉぅ…痛そう。


 「はいマテ。ここで喋んな。場所考えろ。後で館来い。そこで話せド阿呆」

 「…ひょふ、ほふへふはひははほひひはひふ」(訳:今日、夜練無いから6時には行く)


 手ぇ退けてあげようよ…何て言ったんだろ。


 「じゃ、私らバイト行くから。また後で」


 さっさと歩きだしてしまう琥珀に、置いて行かれないよう慌てて頭を下げる。

 先輩だし、挨拶大事だよね。


 「失礼します」

 「ん、じゃあ、後で」


 そう言って、望月さんも部活棟の方へ去っていく。


 うーん…口回り、赤くなってるけど冷やさなくて大丈夫かな、痛そうだけど…。




 ・・・




 楼月館で、ひたすら書類の整理をする。

 琥珀は見回りに出かけてしまい、部屋には僕一人だ。


 まず書類を取り出す所からはじめ、部類ごとに積んでいく。次々に仕分けて、仕分けて…。


 「すごいね」

 「ふぉ!?」


 前から聞こえた声に驚き、顔を上げる。

 やば、集中しすぎた。今何時だ?座っていると向こう側が全く見えない。


 眼前には机の上全体に広がる書類の山。


 う~む…今ここで地震来たら色々終わるな。


 「え、っと?」


 書類を崩さないようそっと立ち上がると、入り口付近から少し入ったところで感心した顔でこちらを見る望月さんがいた。


 あ、部活終わったのか。

 時計を見ると6時まであと5分ほど。


 「さっきぶり」

 「はい、部活、お疲れさまでした」


 帰宅途中に琥珀から聞いたのだが、望月先輩はサッカー部所属らしい。

 1年の頃からレギュラー入りして、次期部長候補とのこと。


 「あ、お茶入れましょうか?」

 「うん、飲む」


 丁度キリがよかったので、部屋の隅に置いてある机へ向かう。

 その机の上には自由に休憩できるようと、電気ポットと急須、茶菓子が置かれている。


 茶筒から急須へ茶葉を移し、湯を注ぎ入れる。


 「琥珀は?」


 急須から、湯飲みへ程よく出たお茶を入れ、近づいてきた望月先輩に渡す。


 「見回りに行きました。熱いので気を付けてくださいね」

 「ありがと」


 フーフーと息を吹きかける姿を横目に、自分用に入れたお茶を一口飲む。


 うん、緑茶美味しい。

 あーやっぱ集中してたからか、ちょっと肩凝ったかも…。


 隣を見ると、まだフーフーしている。


 あまり見るもの良くないし、気にしないようもう一口飲む。



 フーフーフーフーフーフーフーフーっ



 「…望月先輩、猫舌ですか?」


 舌を出し、少し舐めて温度を確認している。


 ようやく飲める温度になったようで、一口飲んだ。


 「猫じゃなくて狼だけどね」


 狼かぁ。


 「狼ですか」

 「うん。人狼」

 

 人狼。


 「…人狼?」

 「人狼。この姿と、人狼の姿と、狼の姿になれるよ」


 人狼。…人狼。

 ワーウルフとか、ライカンスロープとも呼ばれるゲームによく出てくる二足歩行する狼だよね。


 「ほら」


 そう言いながら一気に姿が化わる。

 目の前には、美しいシルバーアッシュの毛並みと瞳を持つ人狼。



 …が、利き手で持ち反対の手を添える由緒正しい持ち方で湯飲みを手に、正座している。



 「…かっこいいですね!」

 「そう?ありがと」


 かっこいい、けど、その姿で正座はシュールなのでやめた方がいいと思います…言わないけど。


 「あ、そうだ。改めまして、結城真白といいます。ここでバイトさせてもらうことになりました。

  これからよろしくお願いします」


 しっかりと自己紹介をしていなかったことに気付いたので、しておく。


 「よろしく。俺は、望月滝。敬語使わなくていいし、滝、って呼んでほしい。

  学校は縄筋で2年2組、部活はサッカー部入ってる。種族は人狼」

 「えっと、じゃあ僕も真白で…滝さん」


 滝さん、と呼んだら耳がへたん、と下がってしまった。

 パタパタと視界の隅で動いていたモフモフした尻尾も地面に着地。


 「………滝?」


 何より、捨てられたような目に耐え切れず言い直す。


 「うん、真白」


 ぱぁぁ

 耳が立ち上がり、尻尾も嬉しい!を全力で表現するようにパタパタと左右に振られる。


 え、可愛い。


 …犬みたいだ、と思ったが言わないでおく。


 そんな思考を一度置いておき、空中に目をやる。

 パタパタと揺れ動く尻尾とともに舞い上がる、毛、毛、毛。



 …これって、あれだよね。時期的にも。


 「滝…あの、もしかして…換毛期、だったりする?」

 「うん」


 滝が頷くと、一緒に毛も舞い落ちる。


 実家の隣で飼われていた柴犬がこんな感じだったな~懐かしい。

 この時期になると抜けた毛が風で毬みたいに固まって転がってたっけ。


 服、毛まみれコースかな、これは。



 「げっ…滝、お前この時期に家の中でその姿ヤメロ。毛まみれになる」


 声のする方を見ると、嫌そうな顔で口面を外し首にかけながら琥珀が部屋に入ってきていた。

 その言葉に、シュンとしながら人間の姿に戻る滝。


 「おかえり琥珀。お茶飲む?」

 「もらう。熱いのでお願い」


 了解。と、一度食堂へ急須を洗いに行き、お茶を入れ直す。

 湯飲みに入った熱々のお茶を琥珀へ渡す。


 「ありがと」


 冷ますことなくお茶を飲み始める琥珀と、その横で渡された粘着カーペットクリーナー(通称コ〇コ〇)を片手に自分の毛を掃除している滝。


 「見回りは、問題なかったの?」

 「透き間的な意味でならYESだね。といってもそう高頻度でできるものでは無いから」


 代わりに、と言いながら左の裾をゴソゴソと探る。

 取り出したのは、紙の束。


 …請求書や領収書の文字が見える。



 「…よろしく☆」



 ぐっ、と親指を立てた拳を突き出してくる。


 「あ、ハイ…」





 それから書類の整理や、言われた雑務をこなしながら二人と雑談をしていたら、あっという間に就業の時間となった。


 帰宅の準備をしつつ明日は土曜日で学校が無いので、10時に来る旨を琥珀に伝えておく。

 スーパーの特売、9時からだったし買い物してからだとそれくらいで丁度いいでしょ。


 ふと思い、滝に声をかける。


 「滝、明日は来る?」

 「ん?午後から。午前は部活」


 話を聞くと滝も楼月館でバイトをしているそうだ。

 ただし、僕のように書類仕事ではなく「鴉」と呼ばれる透き間の修繕をし、楼月や人之世で迷った人や妖を保護する役職の見習いをしているらしい。


 少し考え、ある提案をしてみる。


 「あの、さ―」


 滝は驚きつつも、嬉しそうに了承してくれた。

 琥珀にも良いか確認すると、庭でならと許可をくれた。



 よし、明日頑張るぞ!





 ・・・




 翌日。


 午前中に集中して可能な限り書類を片付け、昼を食べ滝が来るのを待つ。

 楼月館のまかない、というか家事全般を担当しているのは(あまね)さんというふんわり系な猫娘のお姉さんで、食後に出してくれたお茶とお菓子をつまんで琥珀を含めた3人で談笑していると、学校指定のジャージ姿の滝が来た。


 未だ昼ご飯を食べていないということで、食べ終わるのを待って、作戦を開始する。


 庭に移動し、家から持ってきた三種類の櫛とヘアオイルをカバンから取り出し、縁側にセット。


 琥珀も、何か面白そうだから、と一緒に着いてきて縁側に腰かけている。


 「じゃ、始めようか!」


 縁側から少し離れたところで滝に狼姿に変化してもらい、敷いたビニールシートの上に乗ってもらう。

 別に人狼姿でもよかったのだが、狼姿の方がやりやすそうだから指定させてもらった。


 「よろしくお願いします」


 陽の光を浴びて白銀に輝く狼が、パタパタと尻尾を振りながら話す。


 「こちらこそ、じゃあやっていくね」


 毛を吸い込むのはよくないので、マスクを装着し、スケルトンブラシと呼ばれる種類の櫛を手に取る。

 滝に座ってもらい、まずは頭からブラシをかけていく。



 しゅっ、しゅっ、しゅっ………ぽいっ。

 しゅっ、しゅっ、しゅっ………ぽいっ。

 しゅっ、しゅっ、しゅっ………ぽいっ。



 三回ほど櫛を通しただけで網目いっぱいになる毛を根気よく取り、次に体、足、尻尾と進める。


 「…どっから出てきてんだその毛」


 縁側に寝転び、日向ぼっこを始めた琥珀がこちらを見ながら引き気味に感想を言う。


 分かる。

 換毛期の犬…狼だけど、の、毛って、もう一匹できるんじゃないかってくらい抜けるよね。


 櫛から外した毛を入れている市指定のごみ袋(大)の中は、既に半分ほど埋まっている。


 だが、こんなもんじゃない。


 「じゃあ、櫛変えるね~」

 「うん」


 目の細かいコームに持ち替え、先ほどと同じように、ただし何度かやって毛が出てこなくなったら次の場所へ櫛を通していく。



 すーっ、ぽいっ。

 すーっ、ぽいっ。



 目が細かいので、一回すいただけで目が詰まるので取ってごみ袋へ入れる作業を繰り返す。


 「……滝、起きてもらっていいかな~やり辛いよ」


 気候も暑くもなく寒くもない、そんな中でのブラッシングは相当気持ちよかったのだろう。

 右へ左へ大きく船をこぎ始めたので、笑いながら滝を起こす。


 「んぁ」

 「ありがと、もうちょっと頑張ってね」


 作業を再開する。



 すーっ、ぽいっ。

 すーっ、ぽいっ。



 「…………新しいごみ袋、出そうか?」


 本気で引いた声で琥珀が声をかけてくる。

 袋を見ると、とりあえず櫛から外しぽいぽいと入れているので、もう少しで袋から毛が溢れそうになっていた。


 「んー大丈夫、ありがとう。こうすれば、ほら、ね」


 袋に手を突っ込み押し込み圧縮すると、半分くらいになった。


 作業を再開し、尻尾の先まですき終わったら一端ストップする。

 座る滝の回りに落ちた毛を箒で集め、ごみ袋に押し込み袋の口を閉じる。



「よし、じゃ移動しようか」





 ・・・





 楼月館のお風呂は「男湯」「女湯」「じ()う」と3つに分かれていて、今いるのは男湯だ。


 昼間なので、誰もいないのを良いことに琥珀も付いてきている。


 濡れないように少し離れたところでしゃがみ込んでいるので、手伝うわけではなく見学のようだ。


 「じ湯う、って…」

 「性別不明な妖もいるから、ジェンダーレスって事じゃない?そう考えると、時代先どってんじゃん。やるなぁ、楼月館」


 なるほどね。


 ネーミングセンスもうちょっとどうにかならなかったのだろうか、と思いつつシャワーからお湯を出し温度を調整する。

 気持ち少しぬるめの37度がベストだ。


 「お湯かけるよー」


 声をかけてから、毛根までしっかり濡れ、かつ汚れが浮き出てくるようシャーヘッドを体に沿わせて、足から順番にお湯をかけていく。


 もふもふだった毛が体に張り付き銀色から濃いグレーに変わり、ほっそりしたシルエットになっていく。


 「情けない姿だな」

 「言わないであげて」


 琥珀が感想を言う。もっふもふだった分、余計そう感じるのだろう。


 僕は、これはこれで可愛いと思うんだけど。


 …滝が、お湯をかけ始めた辺りからきゅーきゅー鳴いてるから余計に。


 「この姿でお風呂苦手…」


 と、入る前に言っていたので早めに終わらせてあげよう。

 人間用ので大丈夫とのことだったので、シャンプーを手に取り泡立て、マッサージするように滝(狼ver)を洗っていく。


 わしゃわしゃ。


 毛が空気を含ませ、どんどん泡立っていく。

 お湯が入らないように耳には脱脂綿を詰めてあるので、そこや目鼻に入らないように気を付けながら顔までしっかり洗う。



 「…ヒツジ」


 ぽつり、と呟いた琥珀の言葉に、同感しながらシャワーでお湯をかけていく。

 大量の泡が毛を伝い、排水溝へと流れる。


 「もういい?終わり?ぶるぶるしていい?」

 「まだ。もうちょっと頑張ってね」


 水滴を落としたいのだろう聞いてくる滝に制止をかける。

 落胆する姿が可愛くて、つい頭を撫でてしまった。


 手で毛を撫でながらしっかりシャンプーが落ち切っているのを確認し、トリートメントを手に取る。

 地肌につけないよう気を付けながら付け、目の粗い櫛で毛全体にトリートメント剤が付くようにとかす。

 毛を束ね、ぎゅっと握る。圧をかけることで成分が毛の中に浸透していく、らしい。

 

 次に、痛くならないよう気を付けながら引っ張るを全身に繰り返して行う。

 これは、引っ張ることで皮下の毛細血管を広げ、血流をよくする作用がある、らしい。

 

 まぁ、ネットの知識だから真相は不明なんだけど、やらないよりはいいかなーと。

 先ほどと同じように全身をお湯で流し、トリートメントが残っていないのを確認する。


 よし、大丈夫そう。


 琥珀を伴い、離れてから滝に声をかける。


 「滝、ぶるぶるしていいよー」

 「わふ」


 返事とほぼ同時に、滝が全身をドリルのようにぶるぶると回転させる。

 飛び散る大量の飛沫。


 「うわっ、水滴飛んできた!」


 離れた距離では足りなかったようで、慌ててさらに離れる。


 頭から尻尾の先まで水滴を飛ばし切った滝が、足についている水滴を振りながら払っている。


 遠心力の影響で毛がまるでハリネズミのようにツンツンになっていて、少し笑ってしまった。

 もういいだろうと、準備していたバスタオルを手に取り近づく。


 「拭いていくね~」


  頭からふわり、とバスタオルを被せ、タオルドライをしていく。


 「くふん」


 タオルの間から現れた鼻が鳴り、あまりの可愛さに顔がゆるむ。

 犬…じゃなくて狼、しかも先輩だけど。


 歩いても足跡が付かないレベルまで全身がタオルドライできたので、再度庭に移動してもらう。

 再度ビニールシートの上に乗ってもらい、簡単に手櫛で毛並みを整えた後、持参したヘアオイルを薄く手にとり、マッサージしながら全身につけていく。


 「いい香り、する」

 「気に入った?後で残ったのあげるね」


 滝がうっとりとしながら言う。

 ふふふ、実はこのヘアオイル自作なのだよ。


 市販のものと迷ったのだが、いn…狼の体に影響が有ったらと考え、昨晩これを作ってきた。

 椿油を耐熱容器に入れ、湯煎にかけながら乾燥ラベンダーを入れ冷めるまで放置。

 ()したものがこれだ。


 油に香りが溶け出して、ラベンダーの香りの椿油が出来上がるんだよね。


 別に湯煎しなくても作れるけど、急ぎだったので今回はその方法(湯煎)を選んだ。


 ラベンダーには、有名なリラックス効果以外に抗菌や細胞促進などの効果もある。

 動物は換毛期に体調崩しやすいって聞いたことあるし、ぴったりだと思ったんだよね~。


 強すぎる匂いだと、いn…狼の嗅覚では辛いだろうからほんのり香りがする程度に調節してあるし。

 元は椿オイルなので、体についても安全だし、保湿効果も保証されている。



 「…何で当然のように家に乾燥ラベンダーがあるのか。いや、それ以前に何故当たり前のように作れる?菓子も美味しかったし…真白、私より女子力…高いんじゃ…いや女子力って言い方は時代遅れか。あ、ハイスペック!?HSってやつだな!」



 作り方と効果を説明したら琥珀が半目でブツブツ何か言っていたが、ドライヤーをかけていたので聞こえず。


 なんて言ったんだろ?


 「はい、終わったよ~お疲れ様」


 しっかり根本まで乾かして、仕上げに豚毛を使った艶出しブラシで全身梳きあげた。


 陽の光を浴び、まるでシルクのように艶々と輝くシルバーブロンドの毛。

 ふわふわなのが一目瞭然で、風が吹くとサラサラと靡く。



 …めっっちゃ、いい仕事したんじゃない?僕。



 思わず自画自賛するレベルの完成度でテンションが爆上がりする。

 ふんふん、と鼻を動かしながら滝も全身を確認している。


 それを見た琥珀が、


 「おぉ…滝史上過去に見たこと無いくらい最高級の毛皮」


 と呟いている。


 「毛皮、って…。換毛期も終わりかけだったみたいだし、もうそんなに毛も抜けないと思うよ」


 犬…多分狼も!個体差によって一気にどさっと抜けるのと、少しずつ長く抜けるのといるらしいけど滝は前者っぽいし。


 「真白、ありがとう」


 ぶんぶん、と高速で振る尻尾。


 「どういたしまして、役に立ててよかった。困ったら、相談してね。あと定期的にブラッシングとか、滝さえよければだけど、するよ?」


 大変ではあるけど、楽しいんだよね~。アニマルテラピー効果ってすごいと思う。


 「…ん!お願いする」


 ぺろり。

 近づいてきた滝に頬を舐められた。


 「?うん、任せて!」


 そのままお礼だ、と言わんばかりにペロペロ舐められる。くすぐったい。

 さらにお礼、と耳の裏から首をわしゃわしゃと搔いてあげる。


 気持ちよさそうなのがまた可愛い。

 そのまま暫くじゃれていた。



 「…いや、真白。ソレの人型、忘れてない?」


 あ…。




 ・・・




 その後、僕は3つある風呂の掃除(流した毛が残っている可能性があったし、他2つはついでで)と書類整理。


 気付いたら外は真っ暗になっていた。


 「白ちゃん、お夕飯ですよ~」

 「はーい」


 周さんに呼ばれて食堂へ向かう。

 食堂へ入ると6人掛けの机が4つ並んでおり、入り口側の奥の机に琥珀と滝が座って話しをしていた。

 滝がこちらに気が付き、手をふってくれる。


 「2人ともお疲れ様」


 近づき、滝が座る横の席に座りながら声を掛ける。


 「お疲れ」

 「うん、真白も…お疲れ様」

 

 トレーに乗せた夕飯を周さんが運んできてくれたので、お礼を言い受け取る。

 今晩のメニューは、山菜の天ぷらと茶碗蒸しに菜の花のお浸し…あとこれは、鳥飯かな。

 どれも温かそうな湯気がふわふわと上がっている。


 物凄く美味しそう…口の中でじゅわっ、と涎が溢れる。


 お茶は机ごとに自由に入れるようになっているので、3人分を入れ2人のトレーに置く。


 「お、ありがと。ほんっと、気利くね真白」

 「え、そう?どうせ自分のも入れるんだから、ついでだよ」


 いただきます、と手を合わせ料理に箸を伸ばす。

 サクサクの天ぷらに程よい塩気のお浸し。強い鳥のうまみが米に滲みている鳥飯、箸休めの出汁がきいた茶碗蒸し…。


 最高の一言に尽きる!




 「ごちそうさまでした!」


 最後の一粒まで食べ終わり、手を合わせる。


 お腹がくちくなり、幸福感で満たされる。

 あーそうだ、これ…。


 忘れないうちにと、同じように満足気にお茶を飲む琥珀へ質問する。


 「琥珀、この書類の締め切り今日までって付箋貼ってあったんだけど…」


 持ってきたA4サイズの用紙をはさんだクリアファイルを琥に見せる。


 「げっ何…あぁ、これ左伊多津万(さいたづま)さんとこに持ってく建築確認の確認済証か。

  今から幹部会議なんだよな…。あのさ、申し訳ないけど、この後届けに行ってくんない?」

 「それは良いけど…場所分からないよ。そもそも左伊多津万さん、って?」


 中身を確認した琥珀から返されたクリアファイルを受け取る。


 「あー滝、帰り道だったよね。帰宅がてら案内してあげて。真白は届けたら帰っていいから。

  左伊多津万さんは、幼妖(ようよう)を預かる楼月保育園を経営している旧鼠(きゅうそ)のおじいちゃん」


 じゃ、よろしく。

 そう言い残し、足早に琥珀が去っていく。


 窮鼠(きゅうそ)?猫を噛む?


 「その字じゃなくて、新旧の旧鼠。まぁ窮鼠も合ってる、けど別妖。で、左伊多津万さんは違うかな。


   『ある家の厩舎(家畜小屋)に旧鼠が棲みつき、母屋にいる雌猫と仲良く遊んでいた。

    やがて雌猫は5匹の子猫を産んだが、毒を食べ死んでしまう。

    親無しとなった子猫たちに対して旧鼠は、夜な々子猫のもとへやってきて世話をし、

    猫たちが無事に育った後にどこかへと姿を消した』


  なんて昔話が伝えられているんだけどその話の旧鼠が左伊多津万さん当妖。愛情深い方だよ」


 「へぇ~素敵な妖さんなんだね。…また僕、声に出してた?」



 こくり、と滝が頷く。


 ヤバい、この癖直さなきゃ…。




 ・・・




 もっふもっふもっふ。

 しがみ付いた腕や顔が、ほんのりラベンダーの香りがする柔らかい毛に埋まる。


 「この方が早いから」


 現在、狼姿に変化し、走る滝の背中に乗せてもらって楼月保育園に向かっています。

 …色んな意味で、癒される!


 本日二度目の、めっちゃいい仕事したな、などと思いながら落とされないようしがみ付く。



 結構…いや、かなり早いんだよねスピード。


 「着いた、よ」


 お寺を連想させる門の前で降ろされる。

 立派なのだが、最近修理されたのだろう一部木の色が新しい。


 そういえば昨日もらった修理費の領収書、楼月保育園門って内訳に書いてあったっけ。


 「ありがとう。えと、呼び鈴とか」

 「無いよ。勝手に入って大丈夫。この時間は園児居ないし」


 すたすたと狼姿のままの滝が門をくぐり、中に入っていく。


 慌てて後を追って中を見渡すと、庭に滑り台やブランコなど遊具が置いてある。

 右の建物がカラフルな色を壁に塗られた平屋の様で、そちらが保育園なのだろう。

 左は、平屋と渡り廊下で繋がっているが一軒家のようだ。


 滝が迷わず左の建物の玄関を、器用に鼻で開ける。

 ほら、とこちらを見たので声を出して呼ぶ。


 「こんばんはー、楼月館からお使いに来ました。左伊多津万さん、いらっしゃいますかー?」


 奥からはいはい、と初老の男性が出てくる。

 後ろで結ばれた白髪が混じった髪と、少し下がり気味の目じりと眉。顔に刻まれた笑いシワや笑窪が、優しい人…妖柄を象徴しているようだ。


 「おや、おや。よぉ来てくれたねぇ。滝と…」

 「結城真白と言います。誘ってもらって、数日前から楼月館でバイトさせてもらっています。未熟者ですが、よろしくお願いします」


 そうかね、そうかね。そう言いながら左伊多津万さんから片手を出されたので反射で握る。


 「ご丁寧にありがとうねぇ。旧鼠の左伊多津万といいます。楼月館で働いとるなら、これから関わる事もたぁくさん、あるやろうから、こちらこそよろしくねぇ」


 左伊多津万さんが反対側の手も添え、手を包み込まれた。

 たくさん皺の刻まれた手が、とても温かい。

 

 「琥珀から書類、渡すよう仰せつかってきました。こちらです」


 手を離してもらったあと、本来の目的を果たすために書類を渡す。


 「わざわざありがとうね、よかったらお茶でもって、誘いたいんやけど…。

  最近ここらへんで災厄が出てね。あんまり夜遅ぅなると危のぅて…先日も門を壊されてまってねぇ。

  困ったもんよ、やから、昼間にいつでもいいから、遊びにおいで」


 困り顔で溜息を吐く。


 「え、災厄…って、滝っ!?」


 話の途中でタイミングよく外からバキッという音が聞こえ、滝がそちらに走っていく。


 慌てて後を追いかけると、門を出た先でドロドロにとけたタールが蠢いているような物体に向かって唸り声をあげていた。


 「…滝、あれが、災厄?」


 顔らしき場所にある目はギラギラとピンクに光り此方を窺っているようだ。


 「そう。真白、門の中入って。門は、魔除けだから、コイツは入ってこれない」

 「ほら、こっち!」


 後ろから慌てた左伊多津万さんが来て、腕を引っ張られ門の中まで連れてこられた。


 「左伊多津万さん、滝がまだ…」

 「大丈夫、滝はまだ見習いやけど鴉の一員。弱い私らが居た方が邪魔になる。

  なんせ、真白君は人みたいやし、私は長生きしてるとはいえ鼠やからねぇ。ほれ、見てごらん」


 指をさした先を見ると、門の外で威嚇していた滝の体が一回り大きくなり、後ろ足で立ち上がる。


 「丁度今日は望月、満月や。人狼は満月の日が一番強いんよ」


 月の光で白銀に輝く毛並みと膨らんだ尻尾、長く伸びた黒く鋭い爪。人狼姿の滝が其処にいた。



 一触即発の空気の中、災厄が先に動く。

 

 タール状の体から何本ものトゲが吐き出され、スピードを付けて滝に向かって行く。

 刹那、振り下ろされた鍵爪により次々に切り裂かれ、霧散する。

 

 滝が腕を振り下ろした勢いのまま、災厄に向かって行き、鋭い爪で目の下辺りを引き裂いた。

 まるで水を引っ搔いたように黒いタールのような体の一部が飛び、一瞬で煙のように消え去る。


 唸り、グネグネと体の形を変える災厄。


 あれ?


 蠢くタールが、半透明になり中心に小さな人型が見えた気がした。

 ただし、本当に一瞬ですぐに元の姿に戻そうとするように、うねうねと動いている。


 攻撃の反動を利用して、空中で回転ながら元の位置に戻った滝が、再度身構える。


 「あ…え?」


 姿が落ち着いた災厄が再度攻撃してくるかと思ったが、滝と反対方向へ一目散へ逃げていく。


 「逃げ、た…?」

 「…勝てんと思ったんや。それを判断できるとは、厄介やね…」


 左伊多津万さんが言うには、災厄も色々で、唯々攻撃してくる者もいれば、今みたいに判断して弱いやつのみ襲ってくる者も、全く関わってこない者もいるらしい。


 人狼姿のまま、滝が門をくぐってこちらに来る。

 慌てて駆け寄ると、人狼から狼姿に変わり、尻尾をパタパタ降って迎えてくれた。


 「滝、怪我してない!?」


 わしゃわしゃと撫でながら確認する。

 うん、さらふわもっふもふ。


 「してないよ、逃げられたし」


 滝はまだ見習いなので、応戦は良いが逃げられても追うのは禁止されているとのこと。


 「…この前、うちの門壊したんもあの災厄や」


 暗い顔で左伊多津万さんが言う。


 「あの災厄、多分やけど…子どもから発生したんやろうな。……鴉には私から連絡しておくから、2人はもう帰りなさい」



 ―いつの時代でも、どんな生き物でも…子どもが辛い思いするんは、嫌やね―



 災厄が消え去った方角を見ながら、どこか遠い目で苦笑する左伊多津万さんが言う。

 鴉の皆さんが来るまで一緒に居ると提案したものの、結局促されて、滝と別れ門を使わせてもらい家へと帰宅した。


 風呂に入り、ベッドへ潜り込んで、目を瞑る。

 






  ―生き物じゃないよ。悪いものが寄り集まって、何かを核に異形として成り立ったのを災厄と呼んでる―






  ―あの災厄、多分やけど…子どもから発生したんやないかな―






  ―いつの時代でも、どんな生き物でも…子どもが辛い思いするんは、嫌やね―






 琥珀と左伊多津万さんの声が頭の中で浮かび消える。


 子ども、かぁ…保育園を攻撃する理由って、何だろ。

 モヤモヤした気持ちのまま、いつの間にか眠りに落ちていった。




二妖目 人狼「(たき)

「人狼」とは

ウェアウルフ、ワーウルフ、ヴェアヴォルフなど色々な呼び名があるが割と世界共通で似たような存在が居る。

一部紹介すると、ヘロドトス史の中のネウロイ人が一年に一度狼になるという記述や、医学的な記述でローマ帝国末期に人が獣化する現象が初めて「症候群」として紹介されている。また、ギリシア神話のゼウスがリュカーオーン王をオオカミに変身させる話もある。


現代では人狼ゲームが連想されますよね。

面白いですよね人狼ゲーム。

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