一妖目 鬼人
◇一妖目『鬼人』◇
ゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっさゆっ…のしっ。
「…ぅ……ぐるじ……」
「おぉ、気が付いたかの?」
目を開けると、可愛らしい顔の着物を着た子供が、にっこりと笑いながら胸の上で正座していました。
苦しい。あと重い。
「ど、ぉいっ…て、重…」
「おぉ、すまんすまん。あまりに目を覚まさんゆえ、ちょっと生存確認をの」
ふふ、と笑いながら胸から降りてくれた。
小花の髪飾りでまとめられた、ふわふわのサイドポニーテールが揺れる。
控えめに言っても、めちゃくちゃ可愛い子…あ、天使?もしかして僕死んだ?お迎え?
「ぬしは生きておるぞ?」
え、何で考えてた事…エスパー?
子どもを凝視しながら体を起こす。落ちた?割にはどこも痛くはないな。
「いや、ぬし、思いっきり喋っておるぞ。迎えは…まぁ呼んでおいたがの」
背中をポンポンとたたいてくる。あ、土付いたの落としてくれたのか優しい。
「ありがと、えっと…君は?と、いうかここは…どこ…え、待ってマジでどこここ!?」
僕がさっきまでいたのは今にも朽ちそうな鳥居のある神社だったはずで。
穴に落ちたなら、周り土壁とか…な、はず。
はずなのに。
周りを見渡すと。
右手に見えますのが~ピンク色小さな花が咲き乱れる草原。
左手に見えますのが~なんか、森。鬱蒼とした、森。
正面上空に見えますのが…何あれ。空飛ぶ毛玉?
「おぉ、ないすたいみんぐ、というやつじゃな。我は暦という。座敷童の暦じゃ」
こっちじゃ~と自己紹介をしてくれた暦ちゃんが空飛ぶ毛玉に向かって手を振る。
働くことを放棄した脳みそを置き去りに、ボケっと見る。
近づいてくる毛玉は、毛玉なんて可愛らしいものじゃなかった。
ん?
………座敷童?
ふぁさり。
「わー」
巨体な割に音も立てず目の前に降り立った毛玉、もとい何かよくわからない生き物。
着地で起きた風で草がさわさわと揺れる。
ええと。体が黄色と黒の、虎、だよねどう見ても。そして、猿のような顔。
キメラ?
キメラ?に乗っていた人が、目の前に降り立ち、暦ちゃんに向かって話かけている。
「暦さん、連絡ありがとうございました」
「よいよい、ちょっと散歩に来たらたまたま落ちてきての。大した事はしとらん」
「君、怪我は?」
目が合った。黒いストレートの髪が風に流されサラサラと揺れる。
切れ長で意志の強そうな目と、金の牙の生えた光沢のある黒い口面。
顔の半分が隠れているのに、整った顔立ちだと分かる。
右が半袖の、鳥居の色…丹色の着物と黒い袴。
左の脇には、刀…?
銃刀法違反ですよねそれ。
模造刀でも確か適用されるんじゃなかったっけ。
ってあれ?この人、どっかで見たような……。
「ん?」
向こうも同じことを思ったようで、お互い首を傾げる。
どこで見たんだっけ。
「うちの学校の制服……。あー…あぁ、君」
どうやら向こうは思い至ったらしい。
「運が悪い子だ」
「運が悪い子!?」
うんうんと頷いているが、言い方がひどい。
運が悪…いや、現在進行形でそうかもだけど。
「すまん、君あれだろ。入学初っ端事故に遭って入院して、最近来始めた…名前なんだっけ」
「ああ、運が悪いって事故の事か。確かにあれが諸悪の根源で…待ってなんで知ってんの?」
「私、君と同じクラスだから」
………はい?
サァと風が吹く。
視界の端で、キメラ?と暦ちゃんが談笑している。
あ、尻尾の部分、蛇なんだ。というか喋れるんだ。
友達が欲しくて神頼みしようとして、穴?に落ちて。
住所不明の場所で自称座敷童の暦ちゃんに保護されて、キメラ?に乗ってやってきたのが同級生(仮)。
「現実は小説より奇なり!」
「君、落ち着いてそうに見えてかなり混乱してるだろ」
しない方が、おかしいと思います同級生(仮)さん。
・・・
「場所を変えよう」
とキメラ?に乗せられ、同級生さん(仮)に連れてこられたのは、大きなお金持ちが住んでそうな昔ながらの豪邸。
大きな一枚板でできた机のある座敷に通された。
ここに来るまでに、どうにか大混乱を通り越して思考放棄する頭を、混乱まで戻すことに成功した。
「さて、どこから話しようか」
机を挟んで、座椅子に座った同級生さん(仮)がポットから急須にお湯を入れている。
くるくる回して、きれいな曲線を描きながら湯飲みに注がれる薄い茶色。
目の前にコトンと湯飲みが置かれた。
入れたてのほうじ茶の香りがする。喉が渇いていることにようやく気付いて、ありがたくいただく。
一口飲んで、混乱まで持って行った思考で、考えていた事を話す。
「えと、じゃあまず…名前、教えてもらえませんか。あと、ここがどこなのかも…」
「順番に答えよう。私は三条琥珀、君は?」
「結城真白です。あの、三条さん?は、同じクラスの方?」
「うん、同じクラスだね。縄筋高校1年4組」
ああ、本当に同じクラスなんだ。
「で、ここは『狭間』だよ」
「狭間?」
三条さんの説明によると、狭間というのは僕たちが住む場所とは別の、隔てられた場所らしい。
「現世の中にある、壁作って分けた場所…みたいな感じ。んー…あ、これ見て」
そう言って机の上に置いてあった螺鈿細工が施されている重箱の二段目を開け、中身を見せてくる。
九つに仕切られ、色鮮やかな和菓子が敷き詰められている。全て違う種類だ。
三条さんが、箱全体を指さす。
「この箱全体が現世って呼ばれる場所とする」
「現世?」
「そう、現世。
で、仕切られてるでしょ、この、仕切られた空間一つ一つが『狭間』。
――君や私が普段居るのも狭間の一つで、他の狭間からは『人之世』と呼ばれる場所になる」
磨かれ艶々した桜色の長い爪が、右上の角に位置する空間を指でトントンと突く。
「ここが今いる『楼月』って狭間とする」
そのまま流れで、すっ、と隣の空間を指す。
「でこっちが『人之世』。
『楼月』と『人之世』は隣り合ってるから、まれにこの壁に『透き間』って呼ばれる亀裂…穴みたいなもんね。
それが出来て、君みたいに迷い込んでくる人がいるわけだ」
ここまで大丈夫?と、自分用に入れたお茶をすすりながら三条さんが聞いてくるので頷く。
「それぞれの狭間には『管理者』と呼ばれる者がいて、狭間の経営を総括している大将、って認識でいいかな。
管理者を基に、特色ある狭間が出来上がってる。この、和菓子みたいにね」
好きなの食べな。
と、紙と楊枝を渡されたので、遠慮なく箱の中から一つ取る。
「因みに、さっき君を乗せてここまで運んでくれた朔蘭がうちの狭間の管理者ね」
さっきの…ってあのキメラ?
「口に出てるよ。キメラじゃなく『鵺』ね。
今は、他にも君みたいなのが迷い込んでないか確認しに行ってる。もうすぐ帰ってくると思うけど」
ん?鵺…
「鵺って妖怪じゃないっけ!?昔読んだ漫画に出てきた!そういえばさっき、暦ちゃんも座敷童って、言って…」
「正しく呼ぶと『妖』かな。楼月は、住人のほとんどが妖で、色々な種族の妖が寄り集まって生活してる。
妖は人之世にも居るよ。
今よりずっと昔は、狭間の壁も薄かったんだって。
人と妖は、光と闇みたいなもんで…今は、光が強くなりすぎて人からは認識されないんだ、って。
認識されなければ、記憶から消えていく。
記憶にないものは…人の目には映らないんだって御爺様に聞いた」
本当は、そこにいるのに見えていないだけ…ってことか?。
火のない所に煙は立たぬ、って言うし、正直ちょっと怖いけど、そういうものが居ても不思議じゃない、とは、思っていたから、こんな状況とはいえ、知れて少し嬉しい気がする。
まるでおとぎ話の中に入り込んだような、今流行りの異世界転生したようなドキドキ?ワクワク?
見えてないだけ、か。
―――ん?
と、いうことは。
「じゃあ、じゃあ!誰もいない神社で小学生の時かめ●め波の練習したり、中学生の時彼女が出来た時の予行練習の壁ドン練習したり、誰もいないのを良いことに毎日夜の高台でオタ芸練習してたのも…もっ、もしかして見られてたかも、しれないってことか!?」
僕の消え去りたい過去!と、現在進行形!
「可能性はあるかな。あー…えっと、まぁ誰にでも思い出したくない過去は、有る?から気にすんな。
きっと目撃した、かも、しれないであろう妖も、将来黒歴史になるんだろうなって生暖かく見守ってくれていたろうさ。
ヲタ芸趣味なん?」
うわぁぁあああ穴があったら入りたいぃぃぃいいー。
見たこともない妖さんが、生暖かい目で見守ってくれながらその場にいた(かもしれない)と考えただけで…恥ずかしすぎて涙出てきた。
ヲタ芸は趣味の一つだけど、たまたま動画サイトで見て、かっこいいなって、ひとりコソコソ練習してるだけで誰かに見せるレベルじゃない。
「泣きたい」
「もう泣いとる。はい、ティッシュ」
三条さんが差し出してきたティッシュボックスをありがたく受け取り、目じりに浮かんだ涙をふいて鼻をかむ。顔が熱い…。
竹で編まれた籠に、市指定のごみ袋(小サイズ)がかぶせられているごみ箱を渡されたので受け取ってティッシュを入れる。
「話戻すけど、どこで透き間に落ちたかと、その時の状況教えて」
三条さんが、ノートパソコンを取り出し起動させた。
スリープ状態だったようで、すぐにカチカチとタイピングする音が響く。
「えっと、名前は知らないけど、今にも壊れそうな神社の鳥居の下で…地面が抜け落ちた?ような…」
「壊れそうな神社…私が知ってる範囲には無いなそんなの。君、家どこ?」
ええっと…スマホを取り出してマップアプリを起動する。
ん?ここWi-Fi使えるんだ。…そもそも電波、あるんだ。
神社があったであろう場所にポイントを付け、三条さんに向けて差し出す。
「ここだったと思う。ごめん、まだ地理把握してないから、あんまり自信、無いんだけど」
スマホを三条さんがのぞき込む。
ふむ、と一度頷いてスマホを手に取り、すらりとした指を動かしマップを拡大や縮小して確認している。
「大体で問題ないよ。現場で確認すれば良いだけだし。地理把握してないって、君、最近引っ越して来たの?」
ありがと、とスマホを返され受け取る。
「うん、高校進学を機に祖父が住んでいた一軒家にね。あ、死んでないよ爺ちゃん。世界中の秘境温泉巡る旅に出てるだけで」
そう。僕が中学3年生の時、急に『温泉王に儂はなる!』とか言い出してね。怒られるぞ爺ちゃん…。
「もともと僕は、二つ隣町のマンション住だったんだけど。両親も多忙で世界中飛び回っていて不在な事の方が多かったし…兄も仕事忙しそうだったから、一人暮らしする良い機会かなって。志望高校を縄筋にして合格を機に引っ越してきたんだ」
人が住まなくなった家は廃るって言うし、祖父も両親もあっさり了承してくれた。
年の離れた兄だけが、最後まで反対していたけど。
そんなわけで、3月末に引っ越しして4月頭に入院したので、地理はほぼ頭に入っていない。
話を聞きながら、カチカチとタイピングしていた三条さんが溜息を付き、首をコキコキ鳴らしながら立ち上がる。
少し離れた場所にあるプリンターから紙が出てきた。
「こんなもんか。協力ありがと。これ、渡して来たら『人之世』まで送るから少し待ってて」
「あ、はい」
出力された紙を持って、部屋から三条さんが出ていく。
自分でも祖父の話とか、何言ってるんだコイツと思うのにノー突っ込みとかクールだな三条さん。
というか、何か疲れてる?さっきも首鳴ってたし。
考えながら湯飲みに残ったお茶を飲んでしまおうと持ち上げる。
「あれ、琥珀は?」
急に後ろから声を掛けられ、驚きすぎて固まった。
危ね…お茶、放り投げなくて良かった……。
振り返ると、癖のある亜麻色の髪を持ち、袖が着物みたいになった羽織と和風のドレス?を着た綺麗な壮年の女の人が立っていた。
「えっ…と、三条さんなら、っ!?」
ずいっ、と女の人の顔がドアップになった。ち、近い。
じぃっと金色の目に射抜かれたように見つめられ、固まる。
瞳が丸くない。猫みたいだ。
「うんうん、怪我はないようだね、よかった」
にこり、と笑い頭を撫でられた。
「あ、ありがとう…ございます?」
とりあえず笑い返しておく。
なでなで、なでり。頭を撫でられる。
「坊、名前は?」
「結城真白です」
ふむ、と僕の頭を撫でているのと逆の手を顎に持っていき、女の人が何か考えている。
なでなで、なでなで。
「よし」
何か思いついたようで、部屋の隅にある机から箱を持ってくる。
蓋を開けながら箱を渡された。
「この箱の中にあるモノを、部類毎に仕分けてみてくれ」
「はい?えっと、部類って…どんな」
「坊が思うように、分けてみて」
にっこり。また、頭を撫でられる。
思うように、って…。
訳が分からないけど、中に入ってた紙を取り出してみる。
ざっと見たところ、請求書と領収書…あと案内?っぽい書類だな。
お、購入希望書も出てきた。
ふむふみ、領収書のある請求書は、処理済みと考えて…
「すいません、クリップとかありますか?」
クリップを貰い、領収書と請求書をセットにして挟んでいく。
請求書だけのは、未処理ってことでいいかな。
ついでに日付順に並べておこう。
案内も、差出人や日付事にまとめてみる。
購入希望書も受付日順に並べよう。
いかん、楽しくなってきた。
5分もたたないうちに、いくつかの山が出来上がった。
「出来ました」
こういう仕事、実は結構得意なんだよね。実家で両親や兄の手伝いしてたし。
「合格」
え、何が?
「うちでバイトしない?」
・・・
その後すぐに戻ってきた三条さんと、意味が分からなくて固まる僕、そして自分でお茶を入れ椅子に座る謎の女の人。
「で、ちょっと席外した間に何があったの」
机の上の、分類された書類と僕、そして女の人を見ながら疲れたように三条さんが言う。
「僕にもよく分からなくて…あ、バイトしないか誘われました」
僕の発言を聞いた三条さんが、ジト目で女の人を見る。
「朔蘭、どういう事」
朔蘭、と呼ばれた女の人が湯飲みを机に置き、煙管を取り出して吸い出す。
「いやね、琥珀は優秀だけど流石にハードワークが過ぎるなって思ってて。で、同級生だって話してたでしょ。真面目そうな子だし、良いじゃない」
「まぁね。確かに最近処理が追い付かなくて…そもそも朔蘭がやれば済む話なんだけど?」
三条さんの言葉に、朔蘭と呼ばれた女の人が輪の形に煙を吐き出してにっこり笑う。
「私に出来ると思うなら、琥珀チャンはまだまだ修行が足りないね~」
「何の修行だそれは。事務仕事苦手だからやらないだけだろが」
ほーん、苦手なんだ事務仕事。
あと、さっきから何か引っかかってて…何だろう。
女の人…朔蘭さん?朔蘭……さん。聞いた名前のような。
「無理してやった所で、間違い量産するだけ。なら得手な者に任せるのも手腕よ」
「はぁ―――――もう少し楼月の管理者の自覚持ってよ」
三条さんがこめかみを薬指と中指をそろえてぐりぐり押す。
こめかみの痛みって片頭痛の一種で、ストレスとかで脳の血管が急激に拡張されて起こるんだって兄が言ってたな。
つまり、朔蘭さんがやる仕事を三条さんがやっていて、その処理が追い付かないから、僕をバイトにって事で良いんだよね。この状況からして。
ん?
「…管理者?」
って、三条さんが言ってた鵺じゃ…なかったっけ?
視界に入る管理者と言われた朔蘭さんは、どう見ても壮年の美しい女の人だ。
視線に気付いたようで、にっこり笑う。
「そう、私がこの楼月の管理者。鵺の朔蘭だよ、よろしくね真白…いや、白ちゃん」
ふむ。さっきのキメラ=鵺=朔蘭さん、ね。
「さっきと姿違いますね」
「鵺だからね」
またまたにっこり。
説明が説明じゃない気がするんですが。
ちょっと困って三条さんを見る。
はぁぁぁっと溜息を付かれた。
何かごめんなさい。
「鵺は百の姿を持つんだよ。朔蘭はその気になれば、どんな姿にも変化できるの。老若男女人妖動物、思うが儘にね。っても、基本さっきのザ・王道鵺か今の姿のどっちかで過ごしてる」
「変える意味も、あと気力も無いからねぇ」
三条さんの説明にカラカラと笑って朔蘭さんが答える。
百の姿って。
「凄いですね」
「ふふ、ありがとう。そんな凄い私の下でバイトしない?」
「朔蘭…」
また、誘われた。
うーん…別に嫌では無いんだよね。
先ほど説明された現世と狭間の事も、少しは理解できたと思うし。
もっと色々、知りたいとも思う。
それに、どうせ家帰っても一人暮らしだし、学校でも…ボッチだし。
頭の中で、楼月でバイトとボッチ生活を天秤にかけてみる。
ガッターンと勢いよく傾き、ボッチ生活が吹っ飛んでいく。
…うん。
「バイトします!」
「すんの!?」
「お、決まり。真白、これからよろしくね!」
こうして、僕は楼月でバイトすることになりました。
・・・
「じゃあ、あとは琥珀に聞いてちょーだい。よろしくねぇ~」
と、三条さんに丸投げして朔蘭さんは奥に消えて行った。
予想していたようで、一つため息をついてから三条さんが話し出す。
「正直な話、手伝ってもらえるのは、すごく助かる。…朔蘭は、あんなんでも妖や人を見る目は確かだし」
机の上に置きっぱなしだった分類済みの書類を手に取り、また戻す。
「いや、僕もボッチ回避できるし暇なんで…よろしくお願いします」
「敬語使わなくて良いよ。あと、私を呼ぶときは琥珀って呼び捨てでいい」
え、良いのかな。本人が良いって言ってるんだし、良いのか。
琥珀が、手を差し出してくる。
「じゃあ、僕も真白で。よろしくね、琥珀」
おめでとう僕、友人第一号ゲットだぜ!
手を取り、握手する。
琥珀の手の平は、タコだらけで少し驚いた。指はすらっとしてるのに…これ、剣ダコか?
「ああ、手ゴツゴツでしょ。この子使うからね」
そう言って、座った時に外して横に置いていた刀を取り出す。
「ごめん、ちょっと吃驚しただけ…。か、刀なんて、使うような危険があるって事?」
剣ダコできるレベルで振るってるわけだし…え、もしかして判断ミスしたか僕。
「全く無いとは、言わない。私が斬るのは災厄と呼ばれるモノ」
災厄?
「生き物じゃないよ。大なり小なり、悪いものが寄り集まって、何かを核に異形として成り立ったのを災厄と呼んでるの。災厄は全ての狭間…現世に存在する」
「人之世にもいるって事!?」
生まれてこの方見た事有りませんが!?
「いるよ。見えないだけでね…妖と同じ。まれに、見える人も居るけど。所謂霊感が強い、って人。
あ、真白は存在知っちゃったから多分見えるようになったね。おめでとう」
ああ、成程。うん。
「無理無理無理無理無理むりぃ!」
つまり!幽…お、おばけって事でしょ!?
居るって肯定されたじゃん、この会話で!
僕一人暮らしなんですけどぉぉぉぉおおおおおお!
「風呂で頭洗う時とか暗い廊下とか明るい部屋なのにそこだけ暗いベッドの下ぁぁあ!夜中にトイレ起きたら行けない怖すぎる!泣くよ!?」
想像しただけで恐怖。どうしてくれる。
「漏らすと処理大変だろうし、オムツして寝れば?」
「漏らさないよっ!!?」
寝る前は必ずトイレ行って、水分取りすぎないよう気をつけよう…。
後で聞いた話だけど、琥珀の刀は九十九刀で淡雪さんと言う名前だそうだ。
・・・
「じゃ、話戻して仕事内容とか説明して良い?結構時間経っちゃったけど、門限とか平気?」
「大丈夫。さっきも言ったけど、一人暮らしだから門限とか無いよ」
離れた手を机の上に戻し、足と姿勢を崩す。
いろんな意味で緊張して、正座&良い姿勢を保っていたから実は限界が近くて…うっ、足痺れてる。
「そうだったね。なら、夕飯込みの方が都合良かったりする?」
「え、良いの?」
「うん、私も夜は食べてくし。一人分増えるくらい大丈夫でしょ。ちょっと待ってて」
そう言って琥珀は立ち上がり、部屋から出ていく。
廊下で誰かと話す声がしたと思ったら、すぐに戻ってきた。
「今から作るし大丈夫、ぜひ食べて行きなって。じゃあ、仕事内容だけど…」
パチパチ、と琥珀がパソコンに文字を打ち込む。
暫くして、印刷したものを渡される。
「まず、真白の仕事は基本事務仕事ね。
さっきみたいな書類整理をメインに…慣れてきたらお使いとかも行ってもらう。
あと、雑務とかもお願いする、かな。
臨機応変が求められる事が多いから…その都度指示させてもらう。ここまでオッケー?」
「おけおけ。書類の仕分けなら、家の手伝いでやってたから得意だよ」
基本事務兼雑用ね、任せろ!
「私は学校が終わったら、用事が無い限りは『楼月』に来て仕事してるんだけど、真白はどうする?」
「じゃあ僕もそうしようかな」
部活に入っているわけでもないし…今更入る気も無い。
「バイト代だけど、一時間1200円で良い?ただし、一日50円は賄い代として差し引くけど。
仕事時間は、平日なら大体夕方5時から7時、場合によっては8時かな。
土日は、都合に合わせてもらっていいよ。
あと…状況によっては、臨時ボーナスも出す」
「問題ありません」
聞く限りだと好条件だと思う。
5時開始なら、学校終わりに食材買いに行く時間も有りそう。
状況によっては、って言った時、琥珀の目が一瞬虚ろになった…ような気がしなくも無いけど。
「取り決めは、こんなもんで良いかな。まず明日からアレを処理してもらう」
アレ、と指さした先、部屋の隅に置かれた蓋つきの重量感のある巨大な収納ボックス。
身長179㎝ある僕でも余裕で入って寝れそうな大きさだ。
琥珀に促され、近づいてみる。
「開けてもいい?」
「ドーゾ」
許可を得たので、手前にあるロックを外して蓋を持ち上げてみる。
バサバサバサ
「っ!?…う…わぁ」
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ
「待ってどんだけ出てくんのコレ!?箱の中四次元!?」
持ち上げた瞬間、無理やり押し込まれていたんだろう書類がまるで雪崩れのように滑り落ちてきた。
あっという間に、足が紙で埋め尽くされ見えなくなる。
ざっと見るに、さっき仕分けたみたいな領収書とかだなこれ。
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ…カサリ
あ、ようやく止まった…。
見渡すと、半径1メートルに渡り紙で覆いつくされている。
箱の中にはまだぱんぱんに紙が詰まっている。
本当にこの箱、四次元なんじゃ…?
「………」
琥珀を見る。
「………請求書は…入ってない、と思う」
目が死んでた。
「「………………」」
請求書は、相手先に迷惑かかるから、早く処理しないといけないよねー…。
・・・
その後、美味しい夕飯をいただいてから琥珀に送ってもらい無事に家に帰った。
「風呂~っと、コレ外さないと」
帰りがけに朔蘭さんから、木と透明な青い鉱石が合わさったチャームの付いたシンプルなブレスレットを渡された。
琥珀から説明されたが、これが『楼月』への鍵になるらしい。
「左手の親指・中指・薬指でチャームの部分を囲って…狐の手の形ね。
その状態で、囲われた間…扉や―何ならフラフープとかでも良いよ、そこをくぐれば『楼月館』の門前に出るから」
との事だ。
『楼月館』というのは、先ほどまでいた僕のバイト先になる屋敷の名称で、人之世でいう役場みたいな場所が、楼月館らしい。
何かあってもすぐ対応できるよう、楼月館の中に離れが何件かあって、そこに朔蘭さんや他の職員?も住んでいるそう。
夕飯の時に何人…何妖?か紹介されたが、皆優しくて、明日から楽しみだ。
ブレスレットを寝間着替わりのジャージの上に置き、服を脱いで洗濯機に放り込んで、風呂の扉をくぐる。
体と頭をしっかり洗って湯船に浸かり、広々とした黒いバスタブに体を預け足を延ばす。
爺ちゃん家、古い一軒家な見た目と違って、内装リフォームしてるから快適なんだよね。
「っふぁぁきもちぃ~…お?」
ピコン、と風呂に持ち込んでいたスマホの着信音が鳴る。防水ケース万歳だ。
手に取り、ロックを番号認証で解除してメッセージアプリを起動させる。
差出人は…兄。
『学校はどうだ?』
『リハビリ終えたばかりだから無茶は駄目だぞ』
『何かあれば直ぐにお兄ちゃんに連絡するように』
『夕飯ちゃんと食べたか?』
『夜は急に冷えるから布団をちゃんと首までかけて寝るんだぞ』
『やっぱお兄ちゃんと一緒に暮らさない?』
毎日恒例の連続メッセ。過保護過ぎるのも困りものだよな~。
最近お気に入りの、動物スタンプを選び押す。
可愛らしいわんちゃんが、画面上に現れ手を振っている。癒しだよね、わんちゃん。
さて、そろそろ上がろうかな。スマホがピコンピコンと鳴るが、無視するのはいつもの事なのでそのうち諦めるだろう。
いい加減、良い人見付けてそっちに執着…もとい愛情向ければいいのにね。
「今日は色々あって疲れたし、早めに寝よっかな」
予定通りトイレに行き、ベッドに潜り込む。
ふーっと息を吐いて、一日あった事を反芻していたら、幽れーいや、災厄か。
…思い出さなくてもいい事まで思い出したので頭まで布団を被る。
もー本当…どうしてくれんの怖いよぉう。
・・・
怖い怖いと思いつつ、結局人は睡魔には勝てないので朝まで爆睡。
ふかふか適温に温かいお布団と、適度な疲労による睡魔に抗える奴なんていない!
早く寝た分スマホのアラームが鳴る大分前、彼は誰時に目が覚めた。
起き上がってカーテンを開けると、闇の空から朝の空へ移り変わるグラデーションが綺麗だ。
身支度を整えた後、朝食と昼の弁当を作る。
料理は、多忙な両親や兄の代わりに作っていたので得意だ。
早起きのおかげで時間が余ったので、ついでにお菓子でも作ろうかな。
作り置きのドライフルーツとナッツを香り付けのラム酒(お菓子作り用)と蜂蜜で漬けたものを使って、ささっとパウンドケーキを焼く。
甘い匂いと焼き上がりの音が鳴り、オーブンレンジを開け出来上がりを確認する。
ふっくらと美味しそうなきつね色のパウンドケーキを型から取り出し、端を切り落として味見してみる。
ラム酒特融の香りが先に、後からふんわりと蜂蜜の香りが鼻を通る。
少し酸味のあるベリーと香ばしいナッツ、まだほんのり温かく、しっとりとした生地を咀嚼すると何とも言えない幸福感がある。
うん、久しぶりに作ったけど上出来じゃないかな。
このよく漬かったドライフルーツが美味しいんだよね。
適当に切り分け、冷めるまで待ってからささっとラッピングして弁当の袋に入れた頃には家を出るのに丁度いい時間。
「じゃ、行ってきます」
誰もいなくても、つい言っちゃうよね。
・・・
少し緊張しながら教室に入る。ざっと見回しても琥珀の姿は無く、まだ来ていないようだ。
ちょっと落胆したが、気を取り直して自分の席に着く。
通学に使用しているリュックを開き、使用する教科書やノート、タブレットなどを取り出して机にしまう。
ショートホームルームまで時間あるし、昨日の宿題見直そうかな。暇だし。
「授業前から勉強?真面目だね。おはよ真白」
ノートをめくった所で机の横に人が立ち、声を掛けられる。
顔を上げると、制服姿の琥珀が欠伸をしながらこちらを見下ろしていた。
「おはよう琥珀。暇だから宿題見直そうかなって…思っ、て」
ざわざわヒソヒソ
琥珀が声をかけてきた時点で、教室内の喧騒が大きくなったような気がしたけどこれ気のせいじゃないよね。
え、なんで三条さんが…
三条さんを呼び捨て!?
なんて声が聞こえる。主に男子から。
正統派美人だもんね琥珀。
「…真白、英語得意?得意なら、文法合ってるか確認してほしいんだが…多分今日当たる…」
「あぁ苦手?僕も得意まではいかないから、一緒に確認しようよ」
方々から飛んでくる視線に、内心冷や汗をかきながら答える。
だって、ぶっ刺さってんの視線。
一部から睨まれてない!?睨まれてるよね!
この感じだと、隠れファンクラブとかありそうだな…。
琥珀が前の席の椅子を引いて座り、ノートをリュックから取り出し僕の机に置く。
結局その後、多分好奇心と嫉妬?の視線に射抜かれながら、ショートホームルームまで一緒に英語その他の宿題の確認をしました…。
うぅん朝から疲れた。
・・・
昼休み、ここ数日でついた癖で机に弁当を広げようと取り出したところで、琥珀に声をかけられた。
「真白、弁当なら外で食べよ」
「あ、うん!行く!!」
正直かなり嬉しい。脱☆ボッチ飯!
朝と同様に刺さる視線は…無視しておこうかな。
他人事に対しての興味なんてそう長くは続かないだろうし。
教室を出て、琥珀について歩く。
縄筋高校は中庭があって、そこにいくつか東屋が立てられている。
そこで食べるのかと思いきや、中庭を突っ切り、体育館の裏を通った先に現れた山裾の階段を上る。
おぉ鳥居が見えてきた。鳥居の横の、石?に縄筋白山神社と書かれている。
昨日と違って朽ちては、無いな。
「あのー琥珀さん、どこまで行くの」
「もう着くよ。ちょっと色々話しとこうと思ってね」
そう言い、鳥居の下…階段の一番上に腰掛けて膝の上に弁当を広げ始めた。
一瞬迷ったが、琥珀の隣に腰掛けて顔を上げ少し驚いた。
「うっわ、すごい景色いい」
東屋や、中庭、屋上で食事をする生徒や、すでに食べ終わったのか校庭でサッカーやバスケを楽しむ生徒がジオラマの風景のようによく見える。
「早く食べないと昼休み終わるよ」
琥珀の言葉に、ごもっともと膝の上に弁当を置き、食べ始める。
「さて、食べながら話聞いてほしいんだけど。同僚になるのに隠し事しておくのは後で揉め事の元になりかねないし」
「隠し事?昨日の今日だし、キャパオーバーになりそうだから少しずつでいいんだけど」
「いや、話しておく。まず、私は『人』か、って言われたら正直分からん存在だ」
うぐっ!?
飲み込みかけたごはんを詰まらせるところだった…分からんて。
「分からん存在って…どういうことか聞いても?」
「うん。私の先祖に鬼神がいるんだよね。
で、先祖返りでその力を受け継いだから能力だけみると『鬼人』に近いんだよ―――」
琥珀の話を要約すると、琥珀のずっと昔のご先祖様に、鬼神『阿久羅』がいるそうだ。
その力…『剛力』と『超回復』『覇王』という力?ゲームでいうスキルみたいなもの?
を、鼠算のように増えていった子孫のなかでたった一人、琥珀だけが受け継いでしまったらしい。
「産まれる前に、ここら辺の産土神様が気付いてその先祖…鬼神『阿久羅』に連絡してくれて、うちの両親の元に大御爺様が来て説明してくれて。
3歳の頃から大御爺様の元で修行して力の使い方や、理を学んだおかげで、私は今もこうして過ごせている。…強すぎる力は、使い方を間違えると身を亡ぼすんだよ」
「へぇ…何か凄いね」
いや、昼休みに弁当突きながら聞く話じゃ無い気がするんですが。
「まぁ普段は能力セルフ封印してるから、『剛力』も人より少し力強い程度だし他二つも使えない。
使うには人の体だと反動凄くてね…」
だから、普段は人と変わらないそうだ。
「もしかして、鬼?にもなれるの?」
「一応は。力使ってる間は目の色変わるし、角も額から一本生えるよ。
ただ、時間制限有って、反動無しで変化していられるのは1時間くらいかな。
それ以上は…長くなればなっただけ体ガタつくし、3時間超えると命の危険有り」
命!?え、怖っ…
「過ぎたるは及ばざるが如し、ってこと」
「なーるほど」
何かかっこいいとか、安直に思ったけど、結構苦労してるみたいだ。
そういえば、祖母がよく言ってたっけ。人を見た目で判断してはいけない、って。
本当そうだね婆ちゃん。
見た目は人でも実は先祖返りで鬼になれます☆とか判断しようが無いけど。
個性ってことだよね、うん、個性。
あ、そうだ。
「今朝早く起きたからパウンドケーキ焼いてきたんだ、食べる?」
「食べる」
はい、と袋の中から取り出して渡す。
受けとって、包みをほどき一口食べた琥珀が目を見開く。
「え、うっま!」
「ありがと。まだあるから沢山食べて」
褒められるのは純粋に嬉しい。
料理もお菓子も、美味しいって言ってもらえると作るの楽しくなるよね。
そんなわけで、まぁ十人十色か。なんて思いながら、美味しそうにパウンドケーキを食べる琥珀に次のお菓子のリクエストをされつつ、昼休みが終わるまで過ごしました。
◆一妖目『鬼人』 了
「おに」の語は「おぬ(隠)」が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味する。
現代で連想される一般的な鬼のイメージは、頭部に角・口に牙・鋭い爪・虎の皮の褌や腰布。
これらは鬼門(丑寅…牛の角に虎の牙や爪、柄)からきていると云われています。
肌の色についても、五行説と五蓋説に起因しているため、色によりその鬼がどんな鬼なのか変わってきます。
一番浮かぶ赤鬼は『貪欲、欲望、渇望』を顕しています。
浮世絵でも、作者によってはきちんと塗り分けているので、気になった方はぜひ調べてみてください。結構面白いですよ。
鬼=地獄と連想されることも多いですが、地獄で働く鬼は『極卒』といい先述とは少し違います。
例えると、フリーターと公務員みたいな。
恐ろしいイメージ付けれれている鬼ですが、日本では一概に悪とはされていません。
鬼=強いものとされ、崇めたり、場所によっては『神』にもなります。
悪であり、善であり、時に神になる。
一番有名な妖でありながら、一番説明し辛い、
形がしっかりしているのに、話によって姿がぶれる、
『鬼』は不思議ですね。




